207.【side黄昏の月虹】迷宮攻略③ 現在の実力
◇
時間は少し戻って、
「キャロル!」
最奥の外に出てしまったキャロラインとルエリアを追いかけようと、ソフィアが駆けだす。
「っ! ソフィー、下だ!」
ルエリアに蹴られて崩した体勢を整えていたローガンが、何かを感じ取ってソフィアに声を掛ける。
その声を聞いたソフィアが、瞬時に進路を変えた。
直後、地面から巨大な顎が隆起する。
「……ワニ?」
隆起してきたものを見たルーナが呟く。
ソレは岩石で全身が作られているかのような、巨大なワニだった。
「へぇ。少年、よく気付いたね」
ワニの出現を事前に察知できていたローガンにオズウェルが感心そうな声を上げた。
「アンタに感心されても全く嬉しくないんだよ。すぐにその余裕綽綽とした面をぶん殴ってやるから覚悟しろ。キャロルをずっと傷つけていたお前を僕は赦さない!」
「あはは! 良い威勢だなぁ。だけど、お前みたいなガキが俺の元まで辿り着けるかな?」
ローガンの殺気も籠っている視線に、全く臆することのないオズウェルがローガンを挑発しながら、指を鳴らす。
すると、オズウェルの周りの空間が歪み、そこから大量の魔獣が這い出てくる。
「これだけの戦力差、勝負の結果はもう見えてるよね~? 抵抗しないなら僕が楽に殺してあげるよ~?」
フレデリックが間延びした口調でローガンに声を掛ける。
背後には巨大なワニ、前面には大量の魔獣とフレデリック、数はオズウェル側が圧倒している。
しかし――。
「……劣勢? この程度が?」
ローガンが何を言っているのか理解できないとでも言いたげに、首をかしげながら言い放つ。
「この程度なら、
以前、ローガンはルエリアに不意打ちではあるが、勝利していた。
それによって心のどこかに油断があった。
その油断がキャロラインとの断絶に繋がってしまったこと、それを自覚している今のローガンには一切の油断もない。
ただ事実を述べ、キャロラインと一秒でも早く合流するために、この状況を打破すると己を鼓舞する。
「へ~、随分な自信だね~!」
ローガンの発言を聞いたフレデリックが感心したような声を漏らしながら、魔術を発動する。
フレデリックの十八番である、支援魔術によるデバフを。
デバフを受けた三人は地面に膝をつくことになる。――はずだった。
「――【
即座にローガンが自身とソフィア、ルーナの三人にデバフ以上のバフを掛けることで、相殺する。
「ちっ! それがあったか!」
自分のデバフが通じなかったことに、フレデリックが忌々し気に舌打ちをする。
ローガンが支援魔術を使用したタイミングで背後の巨大ワニが動き出そうとした。
――が、ソフィアの【念動力】が、ワニの動きを妨害し、
「――
ローガンの【影操作】によってワニの足元にあった影が沼のように変化する。
ワニは自重によってその身体が徐々に飲み込まれる。
「【
二人の異能によって動きを完全に封じ込められたワニの上空から、ルーナの魔術によって出現した巨大な雷が降り注ぐ。
しかし、特級魔術を受けても、ワニには大したダメージになっていなかった。
これまでの一連のやり取りを見ていたソフィアが、方針を固める。
「ルゥ姉は巨大なワニを、ログは魔獣の群れを相手して! 私があの少年と戦う! お互い余裕がある場合は、仲間のフォローも!」
「「了解!!」」
ソフィーの指示に従ったルーナは即座に二人から離れて、中級の攻撃魔術をワニに撃ち込みながら、自分の進行方向へとオリジナル魔術を発動させる。
「――【
ルーナのこの一連の行動で、ワニのヘイトはルーナに向いた。
それを確認したルーナは、行動を攻撃に切り替えようとしたところで、彼女の頭の中に青年のような声が響いた。
『ルーナ、この不細工を壊すなら、オレにも破壊の手伝いをやらせて』
オズウェルが
ルーナはノームの存在には気づいていたが、いつも通り傍観しているだけだと思っていたため、協力の申し出には驚きを覚える。
しかし、気分屋である妖精の協力を取り付けるのは難しいため、即座に了承する。
『……はい、わかりました。〝ノーム〟お願いします!』
『ありがと、ルーナ』
ルーナの承諾を得たノームはルーナを介して、この世界に干渉する。
『――そんな不格好な岩は、この世界には似合わない。砕けろっ』
ノームの力によってワニの全身に亀裂が走る。
「ノームが壊せないとは……」
ノームは土系統の妖精だ。
土や岩への干渉はノームにとって当たり前にできる。
そして、ノームは岩のワニを四散させるつもりで、ワニに干渉した。
それでも全身に亀裂を入れるに留まっていた。
『……へぇ。これが王女様の言っていた、魔の理に踏み込もうとしている人間の創作物か。面白いもの創るじゃん!』
『感心しているところ申し訳ないですが、時間をかける相手でもありません。精霊魔術で斃します。ノーム、協力してください』
自分の力が及ばなかったことにノームが感心していると、術式構築を完了させたルーナがノームに声を掛ける。
『あぁ、あれね。いいよ。面白いものではあるけど、やっぱり存在は気に入らないから、とっととぶっ壊そう』
「では、行きますよ! ――【
【
巨石が超高温によってドロドロに溶かされ、溶岩となった巨石を墜とすというもの。
マグマから逃れようと、ワニが地面に潜ろうとする。
『逃げるなよ、バカ』
しかし、ノームによってワニの周辺の地面が超硬質なものに変えられ、ワニが地面に潜ることができなかった。
そんなことをしているうちに、溶岩がワニと接触し、衝撃とともにマグマがワニを覆う。
このマグマは、元はノームが作り出した巨石を、ルーナの魔術によってマグマに変えられたものだ。
つまり、このマグマはノームが最も干渉しやすいものということ。
『はっはー! 内部から焼き尽くしてやる!』
ワニの全身の亀裂から、マグマは中へと侵食していく。
外皮は硬質な岩石に覆われていたとしても、その内側は普通のワニに近いものだ。
超高温であるマグマに耐えられるわけもなく、ワニはあっけなく黒い霧に変わった。
「僕の相手を自ら買って出るなんて、随分と自信家なんだね~、ソフィア・クローデル」
自分と向き合ったソフィアに向かって、フレデリックが口を開く。
その言葉を聞いた彼女は首を横に振る。
「自信なんて無いよ。だって私は《黄昏の月虹》の中で
「……それは、一番弱い君でも、僕の相手に事足りるって意味かな~?」
「そう受け取ってもらっていいよ」
何を考えているのかわからない表情で問いかけるフレデリックに、ソフィアは淡々と返答する。
「…………なるほどね~。はははっ! それじゃあ、相手してもらおうかな!」
フレデリックの声を皮切りに、二人の魔術が飛び交う戦いが始まった。
フレデリックが放った雷の矢が、ソフィアの異能で作られた力場によって進路を強引に変えられ、彼女の横を通り過ぎる。
以前にオルンから聞いていた、帝国の《英雄》――フェリクスの防御方法を参考にしているソフィアの力場は、本家には程遠いものの、並大抵の攻撃では彼女に届く前に逸らすことができる。
「ちっ! 異能者がっ!」
自身の攻撃が異能によって逸らされた光景を見て、フレデリックが毒を吐く。
「【
続いて、ソフィアが岩の弾丸をフレデリックへと放つ。
フレデリックは自身に【
暗躍やデバフによる妨害が主だった仕事である付与術士のフレデリックと、魔術士として大迷宮の下層で活動しているソフィアでは、魔術戦に於いて後者に分がある。
状況は、徐々にソフィア優勢へと流れていく。
「――【
魔獣の群れという物量を相手にローガンも物量で対抗する。
ローガンが異能を行使すると、彼の周りに影で作られた犬や鳥、延いては象や熊といった多種多様の動物が姿を現した。
その影の動物がそれぞれローガンの思い描いた通りに動き出し、魔獣の群れと影の軍団が激突する。
ローガンも影の軍団の中に混じって、魔術と槍術を駆使して魔獣の黒い霧へと変えていく。
多種多様な影の動物たちを用いることで、状況に応じた作戦・戦術行動を個人で可能にしているローガンは、既に彼一人でAランクの
加えて、彼単体でもSランク探索者と遜色ない実力を有している。
オズウェルが出現させた魔獣の群れは、ローガンの相手ではなかった。
――しかし、
「……くそっ、魔獣が全然減らない!」
ローガンは既にオズウェルが最初に出現させた数以上の魔獣を討伐している。
しかし、オズウェルが随時新たな魔獣を追加してくるため、魔獣の総量にはあまり変化が無い。
その状況にローガンが愚痴を零す。
「ログ! 加勢します!」
「ルゥ姉、ありがとう!」
巨大ワニを討伐したルーナがローガンと合流する。
ソフィアの方は優勢ではあるが、未だに決着は付いていない。
ノームの協力も得ているルーナが加わったことで、魔獣の群れの殲滅速度が一気に増した。
「ほら、頑張れ頑張れ。魔獣はまだまだ残っているよぉ」
ローガンとルーナの戦いを見ていたオズウェルの愉し気な声が最奥に響く。
「そんなこと言われなくてもわかってるっての! ルゥ姉、頭痛とかは起きてない?」
「えぇ、大丈夫です。体力の方もまだ余裕がありますよ!」
ローガン達が戦闘を始めてからかなりの時間が経過した。
未だに魔獣が減りそうな兆候は見えておらず、オズウェルの余裕の態度からも、まだまだ魔獣のストックは有りそうだ。
ローガンとルーナは、魔獣の相手をしながらオズウェルへ直接攻撃も試みているが、それらはすべて魔獣が攻撃魔術の射線に割り込んでくるため、オズウェルには一度も攻撃が届いていない。
魔獣自体は大した強さではない。
しかし、彼らが人間である以上、どうしても時間の経過と共に体力や集中力は低下してしまう。
そして遂に、ローガンが見落としてしまった魔獣が彼に迫る。
「っ! しまった……!」
魔獣からの攻撃が避けられないと悟ったローガンが、急所だけでも守ろうと体を動かす。
「――あたしの仲間を、傷つけるな!」
その声と共にローガンと魔獣の間に割り込んできたキャロラインが、両手の短剣を振るい魔獣を黒い霧へと変える。
「キャロル……!?」
「危なかったね、ログ。だいじょーぶ?」
キャロラインがローガンの方へ向くと、いつものニコニコとした表情でローガンに声を掛ける。
「あ、あぁ。――って、キャロル、後ろ!」
キャロラインの突然の登場にローガンが呆けていたが、後ろからキャロラインに迫ってくる魔獣を見て、ローガンが声を上げた。
直後、その魔獣は複数の斬撃に襲われていた。
「キャロライン、一人で突っ走って、魔獣の前で呑気にしているんじゃないわよ」
ローガンの後ろから別の女性の声が聞こえ、驚きながら振り返ると、そこにはルエリアの姿があった。
「えへへ~、お姉ちゃんが護ってくれるってわかってたも~ん」
「まったく……」
先ほどまでキャロラインを殺そうとしていたように見えたルエリアが、妹に振り回されている姉にしか見えず、ローガンの困惑が強くなる。
それは、オズウェルも同じで、魔獣が動きを止めた彼がルエリアに問いかける。
「一応、聞いておこうか。何でキャロラインと仲良く帰ってきたのかなぁ?」
オズウェルの冷たい視線を受けて、ルエリアは冷や汗を流しながらも、努めて不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「見たまんまよ。悪いけど、もう《博士》の手伝いはできないわ」
「残念だなぁ。お前のことは気に入って――――っ!?」
ルエリアの返答を聞いて、全く残念そうに聞こえない声でオズウェルが言葉を紡いでいた声が突然止んだ。
オズウェルは驚いたように息を飲んでいて、その彼の胸には雷の矢が貫かれていた。
「じゃあ、僕も、や~めた。《博士》、今まで僕たちを世話してくれたお礼だよ~。喜んでもらえたかな~?」
オズウェルへ攻撃を行った張本人であるフレデリックが、間延びした口調でオズウェルに声を掛けながらルエリアの方へと歩いていく。
それをソフィアが止めることはせず、彼女もルーナの傍へと移動した。
フレデリックとソフィアはお互いに本気を出していなかった。
フレデリックは、キャロラインとルエリアの戦いの結果如何で立ち位置を変える必要があったため、ソフィアを殺すわけにはいかなかった。
対するソフィアもキャロラインの兄であるフレデリックを、キャロラインの意志を無視して倒すわけにもいかずに足止めに留めていた。
お互いに相手が本気で戦う気が無いと察し、戦いの引き延ばしを目的とした茶番を行っていたにすぎない。
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