208.【side黄昏の月虹】迷宮攻略④ 呪詛から祝福へ
「くははっ! いやぁ、フレッドがこうもあっさり俺に攻撃をしてくるなんてなぁ。ちゃんと恐怖で縛っていたつもりだったが、難しいものだ」
雷の矢に胸を貫かれ、本来であれば即死のはずのオズウェルが口の端から血を流しながらもケラケラと笑っていた。
「いやいや~、《博士》は僕たちの恐怖の対象だよ。ただ、《博士》への恐怖よりも『もう後悔したくない』って気持ちが勝っただけのこと」
フレデリックが先ほどまでの間延びした口調ではない、真剣味の帯びた声でオズウェルに言い放つ。
「後悔したくない、ねぇ。あははっ! 残念だったな。お前たちは俺を裏切ったことで、すぐに後悔することになるぞ!」
笑い交じりに声を上げているオズウェルの胸元から雷の矢が消えると、みるみるうちに彼の胸に空いた穴が塞がっていく。
「あれは、【自己治癒】……? なんで、《博士》があたしと同じ異能を……」
オズウェルの胸を塞いでいる現象が、【自己治癒】によるものだと看破したキャロラインが戸惑いの声を漏らす。
「何を今更驚いているんだ? お前を使ってあれこれ実験していたのは、【自己治癒】を他者にも発現させるという大目標があったからだ。お前の協力のお陰で、俺は異能について詳しく知ることができた。そして、
「……っ」
オズウェルから狂気すら孕んでいる視線を向けられたキャロラインを護るように、彼女の前に出たルエリアが口を開く。
「【自己治癒】があるからって、ずいぶんと余裕な態度で居るけど、内心は相当焦っているんじゃないの? 《博士》じゃこの戦力を相手にはできないでしょ」
「確かに、俺自身には大した戦闘能力は無い。魔獣をいくら出現させても今のお前たちなら難なく対処できるだろう。それは正しい認識だ。だけど、俺はあの教団で幹部まで上り詰めたんだ。そんな俺がお前らガキどもに後れを取るとでも? 全く舐められたものだな」
ルエリアの挑発にも近い言葉に、オズウェルの纏っていた空気が変わった。
「どうせ、戦争中か、それが終わったタイミングで、《導者》とは
オズウェルは声を上げながら、再び指を鳴らす。
すると、魔獣たちが全て赤黒い霧へと変化し、オズウェルの手の平へと集まると、赤黒い球体を形作った。
「……私とフレッドは眼中にないみたいな発言は、腹が立つわね」
オズウェルの発言を聞いたルエリアが不満の声を漏らす。
「いやいや、ルエラとフレッドには、この実験に参加する権利がないというだけのことだ。君たちにはここで、退場してもらうからな!」
「っ!?」
「なに、これ……」
突如、ルエリアとフレデリックが胸を押さえながら苦しみだす。
そして、すぐに立つこともできなくなり、地面に膝をついた。
「ルエラお姉ちゃん、フレッドお兄ちゃん、どうしたの!?」
突然苦しみだした兄姉を見たキャロラインが、心配そうに二人に駆け寄る。
「ははは! だから言ったじゃないか。『すぐに後悔することになる』と! お前たちが裏切った場合の対策は当然しているに決まっているだろ? でも、簡単に処分するのは勿体ないからな。最後まで俺の役に立ってもらうぞ!」
オズウェルの手に集まる赤黒い球体から二本の細い線が現れると、すごい速さでルエリアとフレデリックの方へと向かっていった。
「二人に近づくなっ!」
キャロラインがその線を切り落とすべく、短剣を振るう。
しかし、赤黒い線は短剣をすり抜け、触れることすらできなかった。
そのまま赤黒い線の先端が二人の胸元に繋がると、二人が更に苦しみだす。
「……こ、これは、私たちの、血が、吸われている……?」
《博士》の人体実験の影響で五感が鋭敏になっているルエリアが、赤黒い線によって自分たちの血がオズウェルの手に持つ球体に吸われていることに気付く。
「何しているかよくわからないけど、このまま自由にはさせない! ルゥ姉!」
「はい!」
ソフィアがオズウェルを妨害するべく、ルーナと二人で彼に攻撃魔術を放つ。
しかし、それらはオズウェルを覆った赤黒い霧によって防がれてしまった。
「だったら、僕が!」
攻撃魔術が通じないとみて、ローガンが槍を霧へと突き刺す。
しかし、これも阻まれる。
「これは……、万事休す、かな~……」
一気に近づいてくる〝死〟を感じて、フレデリックが声を漏らす。
「フレッド……、後悔、してる?」
同じく死を悟ったルエリアが、フレデリックに問いかける。
「あはは~、まさか~……。だって、こんな、救いようのない……、僕たちの死に、妹が、泣いて、くれているんだもん。最後の最後の、選択は……、正解でしょ……」
「イヤだ、イヤだよ! 死ぬなんて言わないでよ! せっかく、せっかく仲直りができるのに、これでお別れなんて絶対イヤだ!!」
大粒の涙を流しながら、キャロラインが叫ぶ。
「私たちは、これまで……、たくさんの、人を殺してきた。どっちにしても、貴女と、一緒に、居ることはできない。……そうだ、忘れていたけど……、これを、渡しておくわ……」
キャロラインをあやすように優しい口調で彼女に話しかけるルエリアは、震える手で、自分の右耳に付いているイヤリングを取ると、それをキャロラインに差し出す。
同じくフレデリックも左耳に付いているイヤリングを彼女へと差し出した。
「これは、《博士》の実験を、手伝って……、私たちが、知り得た技術で、作った、魔導具よ……。この中には、私たち、それぞれの、オリジナル魔術が、封入してあるの。貴女なら、使いこなせると、思うわ。……受け取って」
キャロラインが差し出された二つのイヤリングを受け取る。
それを見て満足そうに笑いながらフレデリックが口を開いた。
「ごめんね、キャロライン……。謝って、赦されることじゃ、ないことは、わかってる……。半年前、キャロラインと、再会した時、生きていると知って、すごく嬉しかった……。突然のことで、すぐに、手元に、置いておきたくて。あの時も、酷いことを、言ってしまって、ごめん」
フレデリックの謝罪にキャロラインは『怒っていない』と言いたげに、思いっきり首を横に振っている。
「私たちは、地獄に行くから、天国に行く、貴女とは、もう二度と、会えないかもしれない……。それでも、私たちは、地獄から、貴女の、幸せを、願っているわ……。【自己治癒】があるから、寿命以外で、死ぬことは、無いだろうけど、それでも、身体には、気を付けなさい。私たちの分も、長生きしなさい、キャロライン……」
苦しみの中、意識を切ることなく、ルエリアが何とか最後まで言葉を紡ぐ
「【自己治癒】……?」
兄姉の死を拒絶しながらも、心のどこかでは助からないことを理解していたキャロラインは、姉の最期の言葉を一言一句聞き逃さないように、彼女の言葉に集中していた。
そんな時に出てきた【自己治癒】という単語に、キャロラインは引っ掛かりを覚えた。
「異能の、拡大解釈……。もしも、この異能があたし以外にも作用されれば……!」
自分の異能に一縷の望みを託すことにしたキャロラインが、兄姉から貰ったイヤリングを収納魔導具に収納してから二人の背後に回ると、自分の手を二人の背中に添える。
「お願い。二人を、あたしの家族を救って」
それからキャロラインは嘱するように声を漏らす。
「あたしは自分の異能を、呪詛だとずっと思ってきた。これのせいで嫌な思いを散々してきたから。でも、他の異能者たちはみんな、異能が自分を〝助けてくれる力〟だって言っている。だったら、あたしの望みを叶えてよ! あたしももう自分の異能から逃げないから。だからお願い、二人を助けて……!」
キャロラインの異能である【自己治癒】は、異能の中では珍しく受動的な力だ。
彼女の意志が無くとも、勝手に異能が発動される。
これまで呪詛として認識している【自己治癒】と、向き合ってくることは無かった。
そんな彼女が初めて自分の異能と向き合った。
自分の大切なものを失わないために。
キャロラインは手に触れている兄姉を、
「…………ぅ……ぐっ……」
その認識の変化は功を奏した。
しかしその結果、現在二人が感じている苦痛をキャロラインも感じることになった。
「キャロライン……!? 何、しているの……! 手を、離しなさい……!」
キャロラインが苦痛の声を漏らしていることに気付いたルエリアが、何とか声を上げる。
「イヤだ……! 絶対二人を助ける……! 死なせるもんか!」
彼女の覚悟の為せる業か、【自己治癒】の効果が二人にも及び、二人の苦痛はかなり軽減されることになった。
「やった……! 成功だ!」
兄姉から流れ込んでくる苦痛がかなり少なくなったことで、キャロラインは自分の狙いが成功したことを確信して、喜びの声を漏らす。
「……既に致死量の血を抜いているはずなのに、まだ生きているとは。【自己治癒】が他人にも効果を及ぼすなんてねぇ。やはり異能の本質は――――。ま、二人ともしばらく動けないほど消耗しているし、良しとするか」
キャロラインが見せた【自己治癒】の拡大解釈に驚くとともに、二人を殺せないと察したオズウェルは次へと進むことにした。
オズウェルの手のひらの上に乗っている赤黒い球体は、いつの間にか果実のような形に変化していた。
それから彼の後ろに輝いている巨大な魔石――迷宮核を破壊し、その中に内包されていた膨大な魔力が果実の中へと取り込まれる。
「さぁ、魔の理へと近づくとしようか」
そう呟いたオズウェルが赤黒く禍々しい果実を口にする。
オズウェルを守るように彼の周りを漂っている赤黒い霧と同じものが、彼の身体中から漏れでる。
それは徐々に濃くなっていき、最終的に赤黒い濃霧がオズウェルの姿を隠す。
「……気を付けなさい、キャロラインと《黄昏の月虹》の探索者たち。博士が自分の身体を使って何かをするということは、失敗はまず無い。状況から考えて相当まずいものが現れるはずよ」
キャロラインによって一命を取り留めたものの体力の消耗が激しく、ふらつきながらも立ち上がったルエリアが、《黄昏の月虹》の面々に注意を促す。
「言われるまでもない。あんな禍々しいものが碌なものであるなんて考えられないさ」
ルエリアの声に、赤黒い濃霧から目を離さずにローガンが反応する。
《黄昏の月虹》のメンバーとルエリア、フレデリックが一か所に集まり、臨戦態勢を取りながらオズウェルの動向を注視していた。
「ははは。あはははは!」
赤黒い濃霧の中からオズウェルの高笑いが聞こえてくる。
その声は複数の声が重なっているかのような鳴音だった。
そして、徐々に濃霧が晴れると、オズウェルが居たはずのそこには、辛うじて人の形をした化け物としか形容できない存在が佇んでいる。
身長は二メートルを超え、肌は炭のような灰色がかった黒になっており、そこにいくつか赤黒い線が描かれていた。
頭からは山羊の角を彷彿とするものが生えていて、両の肩部からは濃密な魔力が漏れ、それが竜の首のようなものを形作っていた。
「ついに触れたぞ! そうか。これが、術理の壁か。これを突破するのは骨が折れそうだなぁ!」
化け物になったオズウェルが上機嫌そうにつぶやく。
「なんだよ、この化け物……」
オズウェルの姿を見たローガンから恐怖の声が漏れた。
ローガンだけでなく、全員がオズウェルの纏う雰囲気に圧倒され、身体を震わせていた。
「それじゃあ、まずは小手調べだ。――黒竜!」
オズウェルが右手を上に伸ばすと、上空に穴が空き、そこから咆哮とともにオズウェルが創り出した黒竜が現れた。
黒竜がローガン達の元へと急降下し、その巨躯で全員を踏みつぶそうとしてくる。
「っ! ――
黒竜の接近を防ぐべく、ローガンが異能を行使して、実体化した影が巨大な竜を形作る。
ローガンが過去に一番恐怖を植え付けられたのは、約一年前に参加した教導探索で乱入してきた黒竜だ。
自分が見てきた魔獣で一番強かった黒竜を参考にしているため、両者の姿かたちは似ている。
「――【
影の竜が黒竜を抑えたのを見て、ルーナがオズウェルへ巨大の雷を落とす。
しかし、オズウェルには傷一つ付いておらず、意に介した様子も無い。
「だったら、これで! ――【
続いてソフィアがオルンから授かったオリジナル魔術を発動する。
先ほどルーナが発動させた巨大の雷の威力を更に高めた、極大の雷が再度オズウェルを襲う。
それでも、オズウェルには大したダメージにはなっていなかった。
「……魔術の威力を上げる魔術だと? 面白い魔術を作るものだ。それにしても、すごいな、この身体は。あれだけの威力の魔術を受けても多少痺れを感じただけとは」
オズウェルが頑丈になった自分の身体に感心していると、氣を活性化させ、目にも止まらぬ速さでオズウェルに肉薄したキャロラインが短剣を振るう。
「――っ!」
黒竜のウロコをメインに作られた短剣は、オズウェルの身体を切り裂く。
――が、オズウェルは自分の傷を無視して、無造作に腕で払いのける。
傍から見れば、ただそれだけだった。
だが、それを受けたキャロラインは、ものすごい勢いで後方へとぶっ飛ばされる。
「キャロライン!?」
ルエリアとフレデリックがボロボロの身体に鞭を打って、キャロラインの進路へと先回りして、彼女を受け止める。
「……ありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん」
激痛がキャロラインを襲っているが、痛みになれている彼女は弱々しくも自分を受け止めてくれた兄姉へとお礼の言葉を告げる。
オズウェルに殴られた箇所の骨が砕かれていたが、【自己治癒】によって早くも治り始めていた。
「……ここまで弱いとはな。いや、俺が強くなりすぎただけか」
オズウェルが失望したような声を漏らしたタイミングで、黒竜の魔法であるモヤによる連撃によって、ローガンが作り出した影の竜が形を保てなくなり消え去った。
「っ! ノームお願いします!」
黒竜がローガンへと迫っていたところで、ルーナが声を上げる。
その直後、地面が捲りあがり、それがオズウェルと黒竜をそれぞれ覆う。
突然現れたドームは、その材質を土から鋼鉄に変化させる。
「これも長くは持たないはずです! 今のうちに撤退しましょう! あれは私たちの手に負える相手ではありません!」
「転送の準備は整ってる! 全員僕の傍に来て!」
ルーナが撤退の提案をするのと同時に、フレデリックが迷宮の入り口まで転移できる魔法陣を起動していた。
今の攻防で自分たちでは歯が立たないことを実感した《黄昏の月虹》のメンバーは、異議を唱えずにフレデリックの周りに浮かび上がっている魔法陣の中へと入る。
「それじゃ~、跳ぶよ!」
フレデリックのその言葉を最後に、ローガン達は最奥から姿を消した。
◇
「……本当に何なんだよ、あの化け物は……! 黒竜まで出してくるなんて反則だろ!」
迷宮の入り口へと転移して、オズウェルと黒竜から逃れたところで、ローガンが愚痴を零す。
「まずはオルンさんと合流しよう。オルンさんに押し付けるのは申し訳ないけど、あの化け物はオルンさんじゃないと相手をできないと思う……」
続いてソフィアがこれからの方針について提案する。
「…………何はともあれ、まずは迷宮を出ましょう。キャロル、ケガの方は大丈夫ですか?」
ソフィアの提案を聞いたルーナが、先ほどまで大怪我をしていたキャロルに問いかける。
「うん! 異能とルゥ姉の回復魔術のお陰で完治してるよ! ルゥ姉、ありがと!」
キャロラインがその場でジャンプしながら、身体が何ともないことをアピールする。
「それじゃあ、師匠のところに向かおう」
方針が固まったところでローガンがメンバーに声を掛けてから、地上へと繋がっている出入り口に向かう。
それに《黄昏の月虹》の面々が追従しようとしたところで、ルエリアが口を開く。
「……キャロライン、私たちとはここで一旦お別れよ」
「…………え? ど、どうして!?」
ルエリアとフレデリックも一緒に迷宮を出ると思っていたキャロラインが、驚きの声を上げる。
「僕もお姉ちゃんも、まともに動けないんだよね~。一緒に居たら足を引っ張っちゃうから、しばらくこの迷宮で身を隠して、体力の回復に努めるつもりなんだ~」
フレデリックが一緒に迷宮を出ない理由を語る。
キャロラインの異能によって、死を免れた二人だが、それでも体内の血が少なくなりすぎて貧血状態であることには変わりない。
そんな状態では戦闘ができないため、二人は迷宮に残る判断をした。
「そんな……」
「《博士》の狙いはソフィア・クローデルよ。貴方たちが逃げ切るためにも、足手まといの私たちとは別行動の方が良いわ」
「キャロル、この二人の言っていることは正しい。あの化け物からソフィーを護りきるだけでも大変なのに、その上満身創痍の二人を連れて行くのはリスクが高すぎる。幸いは迷宮核を《博士》が取り込んだから、この迷宮は機能を失っている。魔獣が現れない以上、ここの方が安全とも言える」
二人を置いていくことに抵抗感を示しているキャロラインに、ローガンが早口で合理性を説く。
「……わかった。お姉ちゃん、お兄ちゃん、また、会えるよね?」
「えぇ。すぐには会えないかもしれないけど、絶対にまた会えるわ。それなら約束しておく?」
妹を宥めるように優しい表情で、ルエリアが再会を誓いながら、小指を立てた手をキャロラインの方へと伸ばす。
「……うん、約束、する」
キャロラインが涙をこらえた声でそう言うと、ルエリアの小指に自分の小指を絡める。
ルエリアと指切りをした後、フレデリックとも同じく指切りをした。
「キャロルがお前たちを赦しているから、僕もお前らを赦す。だから、勝手にどこかで死んだりしないで、キャロルの元に帰って来いよ!」
キャロラインたちの指切りを見たローガンは、兄姉に言葉をぶつけてから《黄昏の月虹》のみんなと一緒に迷宮から出て行った。
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