128.休日①

「海水浴って言うと、海で遊ぶってこと?」


「その通り! 今は夏! この時期にレグリフ領に来たのに海で遊ばないなんて勿体ないでしょ!?」


 俺の問いにルクレが答える。

 確かにこの領地は観光地として有名で、夏には海で遊ぶというのが定番だとは聞いたことはある。

 弟子たちの方に視線を向けると、三人とも期待を孕んだ視線をこちらに向けてきている。

 元々ローテーション的に今日は休みだし、行きたいなら俺の許可を得なくても行けばいいと思うのだが。


「ししょーも一緒に行こうよ! あたし、ししょーと一緒に遊びたい!」


「わ、私も……。オルンさんが良ければ、ですけど」


 俺の許可というよりは、俺と一緒に行きたいということか。

 ここ最近、休日は基本的に弟子たちとは別行動を取っていたからな。

 たまにはいいか。


「そうだな。今日は海で遊ぼうか」


「やったー!」


「だけど、水着とかはどうするんだ? 俺は持ってきてないけど、みんな持ってきてるの?」


「私たちも持ってきていませんが、先ほどエディントン伯爵が提供するとおっしゃってくれました。屋敷の裏手にあるエディントン家のプライベートビーチまで貸していただけるようです。エディントン伯爵から『今日は英気を養うためにも楽しんできなさい』と伝言を預かっています」


 俺の疑問にルーナが答えてくれた。

 どうやら既に話を詰めていたようだ。

 にしても水着だけでなくプライベートビーチまで提供してくれるとは、本当に至れり尽くせりだな。


「そうか。折角の厚意だし、遠慮なく享受させてもらおう」


「だね! 海で遊ぶのは初めてだから楽しみ! 朝食を食べ終わったら早速行こうってみんなで話してたから、オルンくんも早く食べちゃってね!」


「了解だ」


  ◇


 いくつか出された候補の中から適当なサーフパンツと薄手のパーカーを選び、着替えを終え、屋敷の裏口から外に出る。


「これはまた、絶景だな」


 外に出るとすぐに白々と広がった砂浜と青くどこまでも渺々びょうびょうとした海が視界に飛び込んできた。

 プライベートビーチであるため先客はおらず、幻想的な光景は異世界に迷い込んだかと錯覚する。

 それほどまでにキレイな光景だった。


「いやぁ、これは荒らすのが躊躇われるな」


 俺の呟きを肯定するように、ウィルも感想を口にする。


 ログやAランクパーティの男衆三人も感動していて言葉を失っているようだ。


「最近は閉鎖的な空間に居ることが多かったから、感動もひとしおだ」


「オルンたちの方の迷宮は洞窟なのか?」


「うん。ウィルたちの方は違うの?」


「俺たちの方は一言でいえば森だ。鬱蒼としているから環境としては洞窟よりも悪いかもしれない。まぁ、そこまで広くないのが救いだな。おかげで調査がかなりスムーズにできている」


 迷宮調査は迷宮の広さや階層の数に比例してやることが増える。

 狭い迷宮というのは、それだけで調査が楽になる。


「こっちも迷宮自体はかなり狭いよ。先に終わったらそっちも手伝うつもりだから、無理はしないで。――っと、休日なのに迷宮調査の話題を出しちゃってごめん。女性陣はまだ来なさそうだし、先に準備しておこう」


そう言いながら先ほど使用人から預かったパラソルやらブルーシートやらを収納魔導具から取り出す。


「だな。とっとと設置しちゃおうぜ」


 それから俺たちは砂浜へと足を踏み入れ、端の目立ちにくい場所に移動する。


「師匠、なんでこんな端に設置するんですか? 今日は僕たち以外誰も来ないと言ってましたし、真ん中の方でも……」


 男性陣で休憩所の設営をしているとログが質問してきた。


「まぁ、ログの言う通りなんだけど、女性陣がやってきたときに砂浜の中心にパラソルとかの異物があるのは避けたかったんだ。彼女たちにも俺たちと同じ感動をしてもらいたいし、【空間跳躍スペースリープ】の術式を少し弄れば設営済みのものをそのまま移動できるしな」


「ログ、これがモテるヤツの思考だ。覚えておくといい」


 俺の発言を聞いたウィルがログの肩に手を置きながら、からかい口調で声を発する。


「モテるって、俺よりウィルの方がモテるでしょ?」


 ウィルは整った顔立ちで、男の俺から見てもカッコいいと思う。

 それにちゃらんぽらんに見えるところもあるが、気配り上手だしモテる要素は俺よりあるだろう。


「聞いたかよ、ログ。《黄昏の月虹》の女の子たち全員がコイツにほの字だってのに、当の本人はこんなこと言ってるぞ。どう思う?」


「ど、どうと言われましても……」


「ウィル、ログが困ってるだろ。それに全員から好意は持たれているだろうが、ルーナとキャロルは俺に恋愛感情は無いと思うぞ」


「お? そう言うってことは、姉御の妹の方は否定しないんだな?」


 ウィルがニヤニヤしながら詰めてくる。

 ……なんでこんな話になっているんだ?


「まぁ、そういう感情を向けられているな、というのは感じているよ」


「おぉ! 楽しくなってきた! で? で? オルンの方はどうなんだ?」


 ウィルのやつ、本当に楽しそうな表情しているな……。憎たらしい。

 ログや他の三人も作業しながらも聞き耳を立てていることがわかる。


「……少なくとも今は誰ともそういう関係になるつもりはない。今の俺にそんな余裕は無いから」


 正直、今は自分のことで精いっぱいだ。

 その上で弟子たちの教導も請け負っている。

 こんな状態で誰かと付き合っても良い関係を築けるとは到底思えない。


「なーんか無難な回答で逃げられた気がするなぁ……」


 俺の回答にウィルが落胆する。

 タイミングはここかな。

 俺をいじったって事は、反撃されても文句は言えないだろうし。


「そういうウィルはどうなんだ? ルクレのこと好きなんだろ?」


「…………」


 反撃を食らうとは思っていなかったらしく、ウィルの表情が固まる。


「え、そうだったんですか!?」

「なんだよウィルクス、言ってくれれば二人きりにしてやったのによ。水臭ぇぞ!」


 俺の発言で他の男たちもウィルに集中砲火を始める。


「そ、そんなわけないだろ。オレは頼りがいのある年上が好みなんだよ。誰があんなヤツ……」


 ウィルが明らかに動揺したように目を泳がせている。

 ……まさか、気付いていないとでも思っていたのか? ウィルがルクレに向ける表情は明らかに他とは違うってのに。


「そんなこと言って、他の男に取られてもいいのか?」


 更に追撃する。

 まぁ、傍から見れば明らかに両想いだからそんなことにはならないと思うが。


「もうこの話終わり! 誰だよこんな話振ったの!」


  ◇


 それから話題を変えて雑談をしていると、女性陣が屋敷から出てきた。


 出てきた気配はあるが、誰の声も聞こえない。

 彼女たちもこの光景に言葉を失って見惚れているのかもしれない。


「あ、ウィルたちあそこにいるみたい。みんな行こ!」


 しばらくしてルクレが声を発し、みんなの気配がこちらに近づいてくるのを感じる。


「おっまたせ~!」


 近くまでやってきたところでルクレが俺たちに声を掛けてきた。


 そして水着を身に着けた女の子たちが視界に映る。


 ソフィーは、白地に花柄のビキニでトップスにはフリルが付いている。彼女の雰囲気にも非常に合っていて、とても可愛らしい。


 キャロルは青いシンプルなビキニ。元々十四歳とは思えないほどスタイルは良かったが、それが水着になったころでより一層際立っているように感じる。


 ルーナはホルターネックのビキニで腰には薄手のパレオが巻かれていて、普段以上に大人な雰囲気になっている。


 ルクレはハイネックのビキニを着ている。全体的にスッキリとした印象で、元気溌剌げんきはつらつとしている彼女ととてもマッチしているように思う。


 Aランクパーティの女性二人もそれぞれ雰囲気に合った水着を着ていて、とても似合っている。


「全然待ってないよ。こっちもちょうど準備が終わったところだし。それとみんな水着似合ってる。とてもかわいいよ」


 俺は素直な感想を口にする。


「流石オルンくん! こういう時一番に褒めてくれるのはオルンくんだよね! ウィルもボクの水着姿に何か言うことあるんじゃないの?」


 ルクレは一番褒めてほしいであろうウィルを名指しする。


「ん? 似合ってるんじゃねぇか? 他の皆もすっげーかわいいぞ。いやぁ、眼福ってこういう時に使う言葉だな」


 ウィルに続いてAランクの男衆もそれぞれ彼女たちの水着姿を褒めていたが、ログは固まったままだった。

 ログには刺激が強すぎたのかもしれない。


「ログはあたしたちに言うことないの~?」


 固まっているログにキャロルが声を掛ける。


「え!? あ、皆さん、とても素敵だと、思います……」


 ログが顔を真っ赤に染めながら小さく声を発する。


「えへへ、ログありがとう」


 それを聞いたキャロルが嬉しそうにはにかむ。


「それじゃあ、今日は楽しもうぜ!」


 ウィルの掛け声を聞きながら【空間跳躍スペースリープ】で先ほど設置した休憩所を砂浜の真ん中あたりに跳ばす。

 さて、俺も今日は深いこと考えずに楽しもうかな。


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