127.迷宮 -考察編-

 迷宮調査を始めて二週間と少しが経った。

 最近は二日迷宮調査、一日休みのローテーションで活動していて、今日がその休日だ。


 最初こそ屋敷の雰囲気に呑まれて緊張しっぱなしだったログとソフィーも、次第にここでの生活にも慣れてきて、この家の使用人たちとも仲良くなっているようだ。

 今日も《黄昏の月虹》の四人と休暇になっている使用人たち数人で街に繰り出しているらしい。


 俺はというと、


「オルン君、お待たせした。僕の考えを纏めてきたから、話を聞いてもらえるかな?」


 アベルさんの研究部屋で椅子に腰かけ、机越しに向き合っている。

 彼の言葉の通り、この部屋の本を読ませてもらう代わりに彼の話を聞くという約束を果たすべくここにやってきた。


「勿論です。この部屋にある本はどれも私が初めて知る内容ばかりでとても興味深かったです。アベル様のお話は私も楽しみにしていました」


「期待に沿えられるかどうかわからないけどね。それじゃあ、早速始めようか」


「よろしくお願いいたします」


「この前も言った通り僕は歴史研究を趣味にしていてね。色々な文献を読み漁っているんだけど、とある時期を境にそれ以前の文献が異常なほど少ないんだ。その時期というのが、おとぎ話の時代。これは有名な話だよね?」


 おとぎ話の時代は一昔前の勇者が邪神を討伐した時期のことだ。

 今の暦である四聖歴元年よりも更に前の旧暦の時代となる。

 当時のことはおとぎ話の内容以外、伝承や記録のほとんどが失われている。


「はい。文献が失われた理由は、世界規模にまで拡大した邪神の被害によるものと聞いています」


 詳しいことはわかっていないが、おとぎ話の時代では邪神の出現と共に世界各地で争いが勃発していた。

 それに巻き込まれた結果、当時の伝承や記録のことごとくが喪失したというのが有力な説だ。

 勇者譚については、人伝に話が広まっていたため風化しなかったと言われている。


「うん、邪神の被害が世界全土を巻き込んだものというのは恐らく本当だ。僕は自分の身分のお陰もあって、つい最近わずかに残ったその時代の文献をいくつかを読むことができた。だけど、それらの文献にはおかしな記述がいくつもあった。もしもその時代の文献を正とすると、今の通説には矛盾があるんだ」


「……その矛盾とは?」


「通説だと勇者が邪神を討伐し同年に建国した。その年が四聖暦元年と言われている。これは知っているよね?」


「えぇ、存じています」


 それは常識だ。

 勇者が建国したその年が新たな時代――四聖暦の始まりと言われている。


「これが矛盾だ。僕が読んだ文献では、勇者は邪神を討伐した後に〝あること〟に注力していた。それが終わってから国を建国した。そのあることには数年の時間を有したらしい。つまり、勇者が邪神を討伐してから建国までの間は最低でも数年の差がある・・・・・・・はずなんだ」


「……邪神を討伐してすぐに建国していない? だとすると――」


「そう。少なくとも邪神を討伐してから建国するまでの数年の間の文献はもっと残ってないと・・・・・・・・・おかしい・・・・んだ。だってもうその時は邪神の被害が無いんだから」


 アベルさんの話が正しいなら、確かに『邪神の被害で失われた』という通説と矛盾する。

 であれば、文献の喪失と邪神は関係が無いというわけか? 


 文献は記録だ。その時代の者たちの軌跡そのものといっても過言ではない。

 そんな重要なものが大量に喪失しているのには、必ず原因があるはずだ。

 俺はそれが邪神の被害だと思っていた。いや、今でも思っている。

 今の内容がアベルさんの妄想や勘違いである可能性だって充分にあるのだから。


 だけど、アベルさんの目は、何かを確信しているようなそんな目をしている。


「それで、勇者が邪神討伐後に注力していた〝あること〟とはなんでしょうか?」


「文献によると、それは聖域の構築と書かれている」


「……聖域というと『神聖な場所』という意味でしょうか?」


「うん。その意味で合ってると思うよ」


「……聞いたことがありませんね」


 人々から崇拝されていたであろう勇者が作った聖域があるとするなら、そこは一般人にとっては禁足地になっていた可能性が高い。

 勇者が生きていた時代が数百年前とはいえ、そんな場所があれば今でも語り継がれているはずだ。

 しかし、俺はこれまで一度も『勇者が聖域を作っていた』なんて聞いたことが無い。


「うん。聞いたことは無いと思うよ。僕もその場所を『聖域』なんて呼んでいる人に出会ったことは無いからね」


「その言い方ですと、アベル様はその場所をご存じであると受け取れますが……」


「絶対に正しいとは言い切れない。でも、文献に書かれていた場所と現代の地図を照らし合わせると、とある場所と合致するんだ」


「現代にも存在しているということですか?」


「うん。――大迷宮・・・だよ」


「…………は? ――あ、申し訳ありません」


 予想外すぎるアベルさんの発言に、つい素の声が漏れた。


「あはは。気にしてないよ。こんな話をいきなり聞いたらそんな反応になるだろうしね。むしろ普段から敬語抜きでも良いけど?」


「いえ、それは、恐れ多いです」


「僕は気にしないんだけどな。――話を戻そうか。文献によると大迷宮は聖域と呼ばれていた。それが長い年月によって大迷宮へと名前を変えたと僕は考えている」


 アベルさんの発言は衝撃的すぎる。

 彼の話が正しいとすると、大迷宮は勇者が作った・・・・・・ということになる。

 更に聖域なんて仰々しい名前まで付けている。


 聖域とは、大迷宮とは、なんだ?


 大迷宮の存在理由については未だにわかっていない。

 しかし、今の人間の暮らしを維持していく上で必要な場所であるから活用されている場所だ。


 ――『世界に巣くう害虫が! お前らのような存在が結果的に世界を滅亡に近づけているんだよ!!』


 大迷宮について思考を巡らせていると、ふと《アムンツァース》のローブ女の発言が頭をよぎった。


「流石に混乱しますね。この話は……」


「そうだよね。でもこれはまだ前座だよ。ついて来られる?」


 これだけの内容が前座か。

 ここから更にどんな話が飛び出してくるのやら。楽しみでもあり怖くもある。


「……大丈夫です。続けてください」


 俺の返答を受けてアベルさんが一つ頷いてから話を続ける。


「僕は以前から疑問に思っていたことがある。今や迷宮の存在は人間の生活に密接な関係にあるものだ。それ自体はいいんだけど、迷宮は自然に発生するものにしては、人間にとって都合が良すぎる・・・・・・・気がするんだ」


「そう思われているのは、魔石が取れる唯一の場所・・・・・だからでしょうか? しかしそれは魔石を活用する技術が確立されたからであって、元からあったものを人間が利用しているに過ぎないと思いますが」


「魔石に関してはそうだね。僕が言っているのは迷宮の構造そのもの・・・・・・についてだよ。その最たる例は各階層の入り口に設置されている水晶だ。この水晶の効果は探索者のオルン君の方が詳しいよね」


「迷宮の水晶ですか。今の探索者にとってそれは転移装置です。ギルドカードにさえ登録していれば、同迷宮内の水晶間の移動を可能にしています。それ以外ですと、魔よけの効果ですね」


「正しくそれだよ。迷宮は魔獣を生み出す空間といっても過言ではない。だというのに各階層の入り口に水晶があるせいで、魔獣は迷宮内に閉じ込められている・・・・・・・・・ようなものだ。まるで、人間に狩ってもらうために」


「……そうですね」


 確かにそういう見方もできる。

 迷宮に水晶が無ければ、今ごろ魔獣は地上に蔓延っていただろう。

 それを防いでいるというということは、人間にとって都合が良いと受け取れるわけか。


「そんな漠然とした疑問を抱えながらも、『運良く迷宮が〝そういうもの〟だったから人間が活用できた』と無理やり自分を納得させていたよ。そこに来て先ほど言った文献の内容だ。だから僕はこう考えた。聖域――大迷宮が勇者によって作られた物なら、迷宮も誰かによって作られた・・・・・・・・・・・のではないか、と」


「確かにそうとも考えられますね。しかし、仮に迷宮が人工物だとして、迷宮を大陸各地に作り出す理由は何でしょうか? 迷宮は大陸中に存在しています。その分布も無差別とも言って良い。迷宮を作り出せる技術があるなら独占するものではないですか? 少なくとも私ならそうします。それだけで莫大な富と影響力を得られるのですから」


「そこなんだよね。そこが僕にもわからない。だけど迷宮が本当に人工物だとしたら必ず理由があるはずだ。この技術で得られる富や影響力なんかとは比較にならない〝見返り〟があると考えるのが妥当だよね。とすると、これはとんでもないことだよ」


 アベルさんの言う通りだ。

 この仮説の通りだと考えるとすると、迷宮を出現させている者は何かしらの目的があってそんなことをしているはずだ。

 そして、迷宮が大陸各地に存在しているということは、その目的は世界規模のモノになると考えるのが妥当だろう。

 更に迷宮はおとぎ話の時代に突如出現したと考えられている。とすると、その目的に至る計画は、おとぎ話の時代から続く計画である可能性が高い。


 そう考えた場合、その者にとって都合の悪い文献が処分されていたと考えると、おとぎ話の時代以前の文献が極端に少ないこととも辻褄が合わないこともない。

 かなり強引になってしまう上に、その者は既に世界規模の影響力を持っていることになってしまうが。

 この推測が正しければ、そんな者は一国のトップ以上の存在だろう。でなければ各国の文献が喪失するなんてことにはならないのだから。

 そんな存在が本当に居るのか? 少なくとも俺は聞いたことが無いぞ。


「……これは、個人でどうにかできる域を優に超えていますね」


「それは同感。だから僕はこの話を国王陛下に上申するつもり。幸いにして僕は第二王子と親しくさせていただいているから、その伝手を頼ってね」


 確かにこの話は国家レベルにまで行くかもしれない。

 真偽はともかくこの考えに至るまでの情報源がしっかりとしたものであるなら、国を動かせる人の耳に入れておくに越したことはないだろう。


「だとすると、これは国家機密に値する内容な気がしますが、私如きが聞いて良かったのでしょうか?」


「…………それは……、そ、そう! まだまだ不明瞭だからさ、Sランク探索者の意見を聞いてみたかったんだよ! だからこの話は他言無用でお願い」


 アベルさんが視線を逸らしながら、言い訳するようにまくし立てる。

 ……何かを隠しているようだが、そこは教えてくれないだろう。


「勿論です。他言しないとお約束します」


「ありがとう」


 それからもアベルさんと迷宮についてのあれこれを話した。

 かなり突飛な話であるし、あくまでも考察の一つとして頭の片隅に置くに留めておく。


 聖域と呼ばれていたのは事実っぽいが、だとすると大迷宮と名称が変わったことには何か大きな出来事があったのだろう。

 それは、世界の状況が変わって大迷宮を活用せざるを得ないことになったのかもしれない。

 その状況の変化というものについては全く見当がつかないが。


 そもそもアベルさんは喪失を免れたおとぎ話の時代の文献をどうやって読むことができたんだろうか。

 自分の身分のお陰と言っているが、正直この話は一国の伯爵の息子程度が簡単に目にすることができるようなものには思えない。

 ……まぁ、これ以上は判断材料が少なすぎるし考えても仕方ないか。


  ◇


 アベルさんと話をしたあの日から更に数日経過した。

 休日のため遅めに目を覚ました俺は、朝食を頂くために俺たちのために設けられた食堂へとやってきた。

 するとそこには先客がいた。


「おはよう、オルン。お前にしては遅い起床じゃねぇか?」


「おはよう。……何で、ウィルたちが居るの?」


 食堂では俺たちとは別の迷宮の調査を引き受けたウィルとルクレ、Aランクパーティ五人の計七人が《黄昏の月虹》の面々と食事していた。


 ウィルたちはロイルスから更に北にある帝国との国境に一番近い街であるルガウに居るはずだが。


「あー、それな。迷宮調査の方が予定よりもかなり順調でさ。こいつらが遊びたいってうるさいんだよ」


「うるさいって何さ! ウィルだってボクたちの意見に賛成してたじゃん!」


 ウィルの発言にルクレが文句を言うとAランクパーティの面々も『そうだそうだ』と同調する。

 別動隊の面々も仲良くやっているみたいだ。


「まぁ、そうなんだけどな。つーことでオルン、海水浴に行こうぜ!」


 ……なにが、『つーことで』なんだ?


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