126.迷宮 -実践編-

 迷宮の一層へとやってきた俺たちは、ひとまず俺が予め決めていたルートを辿りながら八層を目指す。


 既に一層から六層までの調査は前任者によって粗方終わっている。

 七層に関しても報告書を見る限りでは半分以上終了しているため、七層を後回しにして八層の調査を先にすることにした。


 ちなみに道中の戦闘は《黄昏の月虹》に任せている。

 氣の鍛錬は個人的にしているし、ここの敵は《黄昏の月虹》でも問題無く対処できる。

 ルーナが加入してからの戦闘はまだあまりできていないため、この機会に新しいパーティの連携を確認してほしいというのが大きな理由だ。




「先の曲がり角を右に曲がったところに、ゴブリンが五体いる」


 迷宮を進んでいると、ソフィーが声を上げた。


 ソフィーが見つけたゴブリンの集団は視界外で尚且つ距離も結構離れている。

 だというのに位置と数を正確に感知ができている。


 ソフィーの感知能力は日に日に磨きがかかっている。

 彼女の探知能力は、俗にいう〝勘〟に近いものだ。

 人によって差異はあるが、長年迷宮で活動している探索者は第六感ともいえる勘が鋭くなっていくと言われている。


 実際のところは、その時の迷宮の雰囲気などの情報と長年の経験から導き出された〝確度の高い推測〟なんだけどな。


 しかし、ソフィーの感知能力は前述の内容には当てはまらない。

 なにせソフィーには上級探索者に比べ圧倒的に経験が足らないから。


 だというのに上級探索者にも引けを取らない感知能力を有しているのは、恐らく【念動力】という異能のおかげだろう。


 異能には副次的な能力を誘発することがある。

 俺の【魔力収束】やルーナの【精霊支配】もそうだ。

 それぞれ魔力に干渉できる異能であるため、本来人間では感じ取れない魔力を感じ取ることができている。


 【念動力】にはまだわかっていない部分が多いが、物体に物理的な影響を与えることができる能力であることは間違いない。

 つまり、物体に干渉できる・・・・・とも言い換えられる。

 ここら辺がソフィーの感知能力に関係していると考えている。


 ソフィーが異能を発現してからまだ二カ月程度。

 これからどんどん異能を使いこなしていけるようになることは想像に難くない。

 今はまだ俺の感知能力の方が上だが、もしかしたら将来的には俺を追い抜くかもしれない。

 彼女がこれからどのように成長していくのかが本当に楽しみだ。


「ルゥ姉、曲がり角のところに【囮の魔光インダクション】をお願いできる?」


「わかりました」


 ソフィーの指示を受けて、ルーナが交差点に【囮の魔光インダクション】を発動する。


 《黄昏の月虹》のメンバーの中では当然ルーナが圧倒的に一番強い。

 パーティの指揮も一番上手くこなせるだろう。

 しかし、ルーナは自分が指揮者になることを辞退したため、これまで通りソフィーがこのパーティを指揮することになっている。


「ログ、魔光に釣られて出てきたところを魔術で倒すよ。ログが二体、私が三体」


「……了解だ」


 ソフィーとログが術式構築をしていると、ゴブリンが魔光の元へとやってきた。


「「【火矢ファイアアロー】!!」」


 五体全てを視界に捉えたタイミングでソフィーとログが魔術を発動し、複数の火の矢がゴブリンを貫いた。


「やった!」


「ソフィー、すごーい! なんでゴブリンが居るってわかるの!?」


「えと、なんとなくゴブリンがいるなぁって思ったの」


 キャロルが感心したようにソフィーに声を掛けている。


 その会話を背後に聞きながら、俺は少し離れたところに居るログに話しかける。


「ログ、お疲れ」


「師匠……。ソフィーの指示に従っていただけなので全然疲れてませんよ」


 ログが弱弱しい笑みを浮かべながら返答してくる。


(ログと話すのはもう少し後にしようと思っていたが、ちょっと踏み込んでみるか)


「ソフィーに役割を奪われたことを気にしているのか?」


「っ!」


 俺の問いかけに対してログが小さく息をのんだ。


 ソフィーが異能を発現する前は、ログが周囲の警戒をしていた。

 ログの感知能力も同レベルの探索者と比べれば断然上だ。

 だけど今のソフィーの感知能力は上級探索者にも引けを取らない。

 それと比べてしまうとやはり見劣りしてしまう。


「元々ログの負担が大きかったんだ。前衛と付与術士を同時にこなしてくれていることが、どれだけパーティに貢献しているか。お前はこのパーティに無くてはならない存在だよ。もっと自信を持っていい」


「……はい。ありがとうございます」


 今はこれ以上の踏み込みは難しいか。

 ここで踏み込みすぎて迷宮調査に支障が出る可能性もある。

 爆発してしまったら元も子もないからある程度のガス抜きは必要だが、悩むということも必要なことだし塩梅が難しいな。


「ログ! 次は前衛主体で戦うってソフィーが言ってたよ! 頑張ろうね!」


 ログの様子がおかしいことに気づいたキャロルがすぐさまログに声を掛けていた。


「……あぁ。頑張ろう」


  ◇


 その後、大きなトラブルも無く各階層の水晶をギルドカードに登録しながら、七層へとやってきた。


「七層からは魔獣が混成の集団になっているらしいから、念頭に置いておいてくれ」


 注意掛けをしていると、俺の警戒網に魔獣が引っ掛かった。

 魔獣が居るのは、このまま直進したところにある少し開けた場所だ。

 数はオーク一体にケルベロスが二体。


「接敵! オーク一体と四足歩行の魔獣、多分ケルベロス二体!」


 しばらくしてソフィーも魔獣の存在に気付いて声を上げる。


 ケルベロスは三つの頭を持つ犬のような魔獣だ。

 体は少年少女くらいであれば簡単に背に乗せられるくらいに大きく、その上非常に素早い。

 更には嗅覚も鋭く、魔法の使えない、いわゆる低位の魔獣の中では強い部類に入る。


「ソフィー、どうする? 魔術で一気に片付けるか?」


「うん、それが無難かな。まずはこのまま近づいて魔獣を視界に入れる。私たちの視界に入った時に相手が気付いていなければ、私とルゥ姉がそれぞれのケルベロスをログがオークを魔術で倒す。気付かれてたらキャロルとログでそれぞれケルベロスを抑えて。私とルゥ姉の魔術で各個撃破する」


 ソフィーがすぐさま作戦を組み立ててそれを仲間に伝えていく。

 作戦の内容に問題はない。だけど相手が悪かった。


「んー、もう気付かれてるっぽいよ?」


 ケルベロスの嗅覚が既に俺たちを捉えていたようで、前方から縦に並んでこちらに迫ってくる。


「っ! キャロルは前のケルベロスを抑えて! ログ、ルゥ姉、後ろのケルベロスの動きを止めるから魔術で迎撃をお願い!」


「あいあいさー!」「わかった!」「はい」


 即座にログがキャロルにバフを掛け、それを受けたキャロルは一気に前を走るケルベロスとの距離を詰める。


「止まって!」


 ソフィーが左手を前に突き出しながら、後方のケルベロスの動きを【念動力】で強引に止める。


「【土棘ロックニードル】!」

「【雷矢サンダーアロー】!」


 ログが地面を隆起させて作り出した棘で、動きを止められたケルベロスの足や腹部を貫く。

 更にルーナの雷の矢がいくつも降り注ぎ、ケルベロスは黒い霧となり魔石だけがその場に残った。


 もう一方の戦闘は、キャロルが圧倒していた。

 一瞬で距離を詰めると手に持つダガーで斬りつけ、ケルベロスがすぐさま反撃をしようとしても既にキャロルは敵の間合いの外に移動している。

 地面、左右の壁、天井を縦横無尽に跳びまわり、その速度は既に常人では見切れないほどの速さに到達している。


 キャロルはここ最近の成長が著しい。

 特に身体能力に関しては、上級探索者を含めた探索者全体で見ても上位に位置できるレベルだ。

 先日の武術大会の二回戦でフウカが見せた、氣の活性化による転移と思えるほどの超高速と比べると流石に見劣りするが、氣の活性化の完全下位互換である支援魔術のバフの状態でそのフウカに追随しているように感じる。

 もしもキャロルが氣のコントロールをマスターしたら、フウカと肩を並べるほどの存在になるかもしれない。


「キャロル! 攻撃魔術行くよ!」


 ソフィーの声を聞いたキャロルが最後に天井から垂直に跳びながらケルベロスの頭の一つに踵落としを繰り出してからすぐさまその場を離れる。


「【火槍ファイアジャベリン】!」


 キャロルが離れたところに火の槍がケルベロスを貫き、魔石に変える。


 残ったオークに関してもログが引きつけているところにルーナの攻撃魔術が命中し、難なく討伐した。


「ししょー、あたしの戦いどうだった!?」


 戦闘が終わったところで、満面の笑みを浮かべながらキャロルがこちらにやってきた。


「上手く立ち回れていたと思うぞ。ケガもしていないし、本当に成長したな」


 キャロルの頭を撫でながら褒める。


「えへへ~」


  ◇


 迷宮自体が狭いということもあって、迷宮に潜り始めてから二時間足らずで未到達の八層へとやってきた。


「よし、ここからが今日の本番である迷宮調査だ」


 小休憩を挟んでからみんなに声を掛ける。


「迷宮調査にはいくつかの工程があるが、未到達階層にやってきて最初にやることは何かわかるか?」


「それなら知っています。地図作成マッピングですよね?」


 俺の問いかけにログが答える。


「正解だ。何をするにもまずは地図を作ることが最優先だ。内部構造を知っていれば、効率よく見回ることができるからな。そして地図の作成にはこれを使う」


 そう言いながら収納魔導具の中からスケッチボードのようなものを出現させる。


 昔の迷宮調査時に作成する地図は全て手書きだった。

 しかし、これでは人によって尺度がまちまちであるという弊害があった。

 そこで探索者ギルドが作り出したのが、この板のような魔導具マッピングボードだ。

 この板の上に専用の紙を置いて地面と水平になるように持ちながら迷宮の中を歩くことで、この魔導具が勝手に地図を描いてくれる優れものだ。


「おぉ! すごい! 便利~」


 マッピングボードの説明を終えてからキャロルがマッピングボードを持ちながら周囲を歩く。

 すると紙に地図が描かれる。


「本当に便利ですね。こんな魔導具まであるなんて。でもよくよく考えたら当然ですね。クランで有している大迷宮の地図も全て尺度が同じでしたし」


「この魔導具が俺たち探索者にとってどれほど有難いものかは説明しなくてもわかるだろ」


「はい。ギルドカードであったりマッピングボードであったりと、探索者ギルドには感謝しないといけませんね」


「そうだな。――よし、マッピングを始めるぞ。この迷宮が狭いとはいえ全ての道を一回は通らないといけないとなると時間は結構掛かる。戦闘回数自体は普段の迷宮探索よりも断然多くなるから、毎回全力で戦っていればすぐにバテるぞ。かといって力を抜きすぎて大怪我をするのは本末転倒だ。ペース配分にも気を付けるように」


「「「はい」」」


「それじゃあ、行くぞ」


「「「「おぉ!!」」」」


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