125.邂逅
振り向きざまに後方へ飛ばした斬撃が途中で何かに阻まれる。
俺の視界には誰も居ない。でも確かにそこに
(俺の斬撃を阻んだのは魔力障壁? いや、あれはそれよりも
今の俺の斬撃を魔力障壁で阻むことは難しいはず。
仮に俺の異能である【魔力収束】を併用した魔力障壁でも結果は同じだろう。
だというのに魔力障壁に限りなく近いそれは、難なく俺の斬撃を防いだ。
一体何者だ?
『全く、いきなり斬りかかってくるなんてどういう了見?』
警戒を解かずに思考を巡らせていると、突然聞き覚えのない声が頭の中で響いた。
頭の中で声が響く現象は俺も良く知っている。
セルマさんの【精神感応】だ。
しかし、今の感覚は【精神感応】とは何かが違う。
氣を限界まで活性化させたため、自分の感覚が変わっているだけか?
『いきなり斬りかかってきて、無視はひどくない? それともウチの存在を知覚しただけで、
なおも頭の中で声が響いている。
空気の流れに違和感はない。
つまり【
ただ、魔力に関しては
(ん?
「……声も聞こえている」
何もない空間、しかし確かにそこに居る存在に対して声を掛ける。
『なんだ、だったら早く反応してよ。せっかくウチが語りかけているというのに』
「お前、妖精か?」
妖精とは簡単に言うと自我を持った魔力のことだ。
人間は魔力を知覚できない。
【魔力収束】のような魔力に干渉できる異能を持つ者だけが、その程度に違いはあるがわずかに魔力を知覚することができる。
しかし、それだけでは魔力の中でも高度な存在である妖精は知覚することはできない。
そのため、その存在自体が不確実で、世間ではおとぎ話で登場した妖精は架空の存在だと思われている。
実際、おとぎ話には妖精が意志を持った魔力だとは書かれていないわけだしな。
俺の場合は、唯一妖精と意思疎通を図れるルーナが居たからこそ、その存在の正体を知ることができた。
『……へぇ、よくわかったね』
俺の呟きに対して妖精が肯定する。
その声音に敵意のようなものは感じない。
「お前はルーナの知り合いか?」
『ルーナ……? あぁ、ルゥ子のことね。あの子はウチが唯一気に入っている人間よ』
ルーナのことをルゥ子と呼ぶ妖精が居ることは、昔彼女から聞いたことがある。
ルーナ曰く、その妖精はおとぎ話の勇者と共に邪神との戦いを生き抜いた妖精で、現存する妖精の頂点に君臨する妖精の女王ということだ。
「ということは、お前がティターニアか」
『正解』
ルーナは過去に何度かティターニアに助けられたことがあると聞いている。
今のコイツの発言的にもルーナの味方であろうことは想像に難くないが、それがイコール俺の味方とはならないだろう。
だけど、敵意のようなものは感じないし、多少は警戒を解いても良いかもしれない。
(まさか、妖精と言葉を交わす日が来るとはな……)
急な展開に驚いているが、必死に思考を巡らせて状況を飲み込む。
氣の活性化との併行はきついが、戦闘にでもならない限りはこの状態はキープできそうだ。
「突然のことで驚いたとはいえ、さっきはいきなり斬りつけてしまって悪かった」
『全くだね。でもいいよ。許してあげる』
「ありがとう。もう一つ聞きたいことがあるんだが、質問してもいいか?」
『いいよ。答えるかどうかは質問次第だけど』
「……ここ最近誰かに見られているような感覚があったが、俺を見ていたのはお前か?」
『ここ最近? 一体何の――あぁ、
ティターニアが俺の質問に対して何か心当たりがあったんだろう。事も無げに肯定する。
視線の正体はティターニアか。
だけど、何故俺のことを見ていたんだ?
最近で起こった大きな出来事と言えば、オリヴァーとの
だけど、そんなもので妖精が人間に興味を示すのだろうか。
仮に興味を示すとするなら、それは俺ではなくオリヴァーじゃないか?
あの時のオリヴァーの【魔力収束】はそれほどまでに規格外だった。
「俺なんかを見ていて面白いのか?」
『面白いか面白くないかで言ったら、面白くないね。でもこれは暇つぶしみたいなものだから』
暇つぶしって……。
まぁ、妖精は人間とは比べ物にならないほど永い時間を生きる。
元が魔力ということは寿命という概念があるようにも思えないし、娯楽に飢えていると考えられなくもない。故に暇つぶしか。
というか、俺はなんで妖精と会話
妖精と会話できるのは【精霊支配】という異能を持っているルーナの特権だと思っていたが、実は違うのか?
俺がティターニアの視線を感じた――つまり、妖精を知覚していたのは、氣を活性化させていた時だ。
もしかして、氣を活性化させることで人間は誰でも妖精と意思疎通することができるとか?
ハルトさんはそんなことを言ってなかったが、あの人は秘密主義なところがあるから敢えて伏せていた可能性は十分に考えられる。
そもそも妖精の数自体が世界に数体程度だとルーナから聞いている。
であれば、遭遇する機会なんか皆無だろうから言わなかったという可能性もある。
『それじゃあ、ウチからも質問していい?』
俺が思考の海を漂っていると、次はティターニアの方から声を掛けてきた。
「あぁ、俺に答えられることなら」
『なんで、こんな危険な賭けをしたの?』
危険な賭けとは【
確かにこれは危険なことだった。
なんとなくできそうな気はしていたが、そもそも詳しいことはわかっていないし、当然できるなんて確証は無かった。
最悪の場合、あの日のオリヴァーのように自我を失って暴れまわることも考えられた状況だ。
勿論、その可能性は極めて低いと思っていたし、そのための対策も行った上で実践したわけだが。
「答えは単純だよ。強くなるためだ。もう誰にも負けないために、護りたいものを護るために、俺にはまだまだ力が必要だから。――俺は〝後悔〟をしたくないんだ」
『後悔をしない? そんなのは不可能よ』
俺の回答を聞いたティターニアの声音が変わったような気がする。
「ティターニア?」
『後悔しないなんて不可能だ。生きている以上後悔は絶対にする。それは妖精も人間も変わらない』
ティターニアの力強い声音が頭の中で響く。
今の言葉には実感が伴っているように感じる。
ティターニアも過去に何か大きな後悔があるのかもしれない。
「……あぁ、そうだな。後悔のない人生なんてあり得ないだろう。でも、俺の言った〝後悔〟っていうのは、そういった一つ一つの出来事のことでは無くて、トータルで見たときのことだ。言い換えるなら自分が死ぬときだな」
オリヴァーに負けて死を覚悟したあの時、俺は後悔した。
あの時ああしていれば、こうしていれば、と。
あの感情を体験した俺は、今まで以上に後悔したくないと強く思うようになった。
もうあんな思いはしたくない。
「人間はいつか死ぬ。これは避けられない。だけど、その終着点に行き着くまでの過程は、その人次第だと思ってる。死を迎える時、俺は自分の人生に満足しながら逝きたい。そのためには勝ち続けないとダメなんだよ。負けたまま死んだら、絶対に〝後悔〟することになるから」
『…………負けたまま。……そうか、だから
聴覚を通じた音ではないのに、ティターニアの悲し気な声を聞き取ることができなかった。
「どうかしたか?」
『いいや、なんでもない。やはり人間のことは人間でないとわからないということだね。疑問が一つ氷解したよ』
俺が心配して声を掛けると、先ほどと同様の雰囲気に戻っていた。
「どういう意味だ?」
『それは秘密。それじゃあ、ウチはまた何か面白いことを探すため放浪することにするよ』
ティターニアがそう言うと、次第に気配が希薄になっていき、最終的に気配を感じ取ることができなくなった。
どこかへ行ってしまったのだろうか?
「……一体なんだったんだ?」
妖精との遭遇という予想だにしていない出来事に戸惑いはあるが、超常的な存在である妖精と言葉を交わせたという喜びはある。
もしかしたら今後、ティターニア以外の妖精との接点もあるかもしれないな。
それは楽しみであるが、今は氣の鍛錬が優先だ。
俺は気持ちを切り替えてから、しばらく迷宮内で戦闘を続けた。
まだまだ氣にかなり意識を割く必要があるため、現状では【重ね掛け】の方が高度な戦闘が可能だ。
だけど、この状態は上級や特級の魔術も使用できる。
ポテンシャルは断然こちらの方が上だろう。
将来的にはこちらにシフトできるように、これからも努力を続けよう。
◇
夜が明けてから俺は、《黄昏の月虹》のメンバーを引き連れて再び迷宮の入り口へとやってきた。
「迷宮調査だー! 頑張るぞー!」
「うん! オルンさんのお手伝いができるように頑張ろうね!」
「……師匠、ご指導よろしくお願いします」
「あぁ。今後の予定は先ほど軽く話した通り、まずはお前たちに一通り迷宮調査のやり方を説明する。その後はしばらくは一緒に行動するが、最終的には《黄昏の月虹》だけで一階層全ての調査をしてもらうつもりだ。そのつもりでちゃんと説明を聞いておいてくれ」
「「「はい!!!」」」
「ルーナもこの子たちのフォローよろしく頼む」
「わかりました。基本的には三人に任せて、何かがあったら手助けする、ですよね?」
「うん。戦闘に関しては混ざってもらって構わない。ツトライルに戻ったら大迷宮の攻略も再開するわけだし、今のうちに連携の確認もしておいてくれ」
「わかりました。それでは皆さん、頑張りましょうね」
「ルゥ姉に負担を掛けすぎないよう頑張る!」
一通り話すことを終えてから俺たちは迷宮の中へと足を踏み入れた。
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