271.【sideルシラ】首脳会議③
「何故、大迷宮の攻略なんですか?」
「西の大迷宮の最奥である百層のその先にある大迷宮の迷宮核があった空間には、通常の迷宮とは違って魔術式とは全く違う幾何学的な文字列が描かれているというのはご存じでしょうか?」
約一年半前、フェリクス殿下が率いる探索者パーティは、西の大迷宮の攻略という偉業を成し遂げました。
その後、探索者ギルドは迷宮としての機能を失った西の大迷宮をずっと調査していました。
その調査結果は公表されていて、迷宮核のあった場所に幾何学的な文字列が描かれていることも公表されている情報です。
私はダルアーネでオルンからこの世界の真実の一端について聞いています。
オルン曰く、これは邪神を封印するための術式の一部とのことなので、ベリアは間違いなく知っていたでしょう。
しかし、対外的に探索者ギルドはこの文字列の意味が未だ解明できていないと言っています。
……本当にベリア以外のギルドの人間が知らず、フィリー・カーペンターに思考誘導されている可能性も充分考えられますが。
「それは聞いたことがありますが、それが何だというんですか?」
「各地の迷宮が氾濫したその時も、我が探索者ギルドはそこで文字列の解読に勤しんでいました。そして、氾濫したと思われるタイミングと時を同じくして、その文字列が光り輝きました」
「「――っ!?」」
ソルダさんの発言を受けて参加者たちに衝撃が走りました。
この状況でこんな言い方をされれば、この各地の氾濫とその発光に何かしらの関連性があると考えるのも仕方ないでしょうね。
――それが意図的な誘導だったとしても。
大迷宮はその実、聖域と呼ばれるもので、迷宮とは似て非なるものです。
「大迷宮の最奥の意味不明な文字列が……。それはつまり、今回の各地の氾濫に大迷宮が関係しているということか!?」
「それについての確証はありません。ですが、他の大迷宮の最奥にも西の大迷宮と同じような文字列が刻まれているのなら、サンプルが増えることで解析が進むかもしれません。そして、それは長年謎とされていた『迷宮とは何なのか』という疑問の答えを導くきっかけになるかもしれません。それが解れば、この氾濫を止める術もわかるかもしれません」
「――決まりですな」
ここまで沈黙を貫いていたルダイン連邦のグンナルさんが、このタイミングで口を開きました。
「大迷宮を攻略しても氾濫を止められるという確証がなくとも、手掛かりがこれしかないのであれば、我々は全力で大迷宮攻略に取り組むべきでしょう」
この状況を打破することと大迷宮の攻略が無理やり紐づかれたタイミングで、大国の代表であるグンナルさんの発言は、鶴の一声となりました。
こうして人類は現状を打開するために大迷宮の攻略を目標として掲げました。
大迷宮の攻略。
それは人類を絶滅寸前まで追い込んだ邪神を解き放つことと同義です。
既に邪神の封印が解かれることは確定路線でしょう。
だからこそ、オルンを筆頭とした《アムンツァース》は邪神を討つための準備を始めています。
四つある大迷宮――正確には残り三つですが――の内、一つでも残っていれば邪神の封印は維持されます。
オルンたちが邪神を討つための準備が整う前に、全ての大迷宮が攻略されれば終わりです。
だからこそ、これから私がやるべきは、南の大迷宮の攻略の主導権を私が握ること。
そして、もう一つ――。
「――一つ、提案をさせていただいてもよろしいでしょうか」
グンナルさんの発言で今後の方針が定まり、首脳会議も終わりの雰囲気が漂い始めたところで声を上げます。
「提案、ですかな?」
僅かにグンナルさんが顔を顰めました。
私がここでやらなければならないこと、それは――敵を明確化させること。
私たちの敵は、邪神の封印を解いて人類を滅ぼそうとしている悪魔です。
オルンさんの推測では悪魔は既に国を動かせるほどに、〝その国〟に溶け込んでいるようです。
私もその意見には同意です。
その国についてもある程度予想が立ちますが、それをここではっきりさせること、これが今私がやるべきことです。
「この現状を引き起こした張本人である〝オルン・ドゥーラ〟についてです。彼は世界中の迷宮を一斉に氾濫させ、そして、前グランドマスターであるベリア様を殺した人物です」
会議の出席者のおよそ半数の人が目を見開きました。
今驚いている人は敵の対象から除外して良いでしょう。
ここで演技をしてまで驚く理由はありませんから。
「どうして、そのオルン・ドゥーラなる者が氾濫を引き起こしたと……?」
「オルン・ドゥーラが我が国を訪れていたベリア様を殺害したところをこの目で見たからです。その際に『魔獣を解放したは良いが、すぐに探索者ギルドに対処されては困る』と言っていました。これらの言動から、今回の氾濫にオルン・ドゥーラが関わっている可能性は極めて高いです」
オルンに汚れ役を押し付けてしまうことに、申し訳なさを覚えながらも話を続けます。
「そこで、彼を国際指名手配するべきだと提案いたします。氾濫を引き起こした彼なら、氾濫を防ぐ方法を知っているかもしれません。彼を拘束して迷宮の氾濫を防ぐ方法を吐かせるべきです」
これは教団の矛先をツトライルから逸らすためにと、オルンから提案されたことです。
彼は既にオリヴァーたちを逃すために事件を引き起こし、ツトライル内で指名手配を受けています。
それを全世界に広げ、そしてこれを私が提言することで、教団にオルンとノヒタント王国が完全に袂を分かっていることを知らしめます。
更に教団に、私が教団側の人間だと印象付けることもできるでしょう。
(さて、誰が最初にこの提案に乗りますか?)
私の提案はオルンという教団にとって厄介な相手を、更に社会的に孤立させることができるものです。
教団としては渡りに船でしょう。
「儂は賛成ですな。その人物がベリア殿を殺害して迷宮の氾濫を起こしたのであれば、明確な〝世界の敵〟でしょう。それに今は情報が圧倒的に不足しておる。我々の知らない何かしらの情報を持っている可能性があるのであれば、その意味でも捕まえるべきだろう」
私の提案にすぐに飛び込んできたのは、――ルダイン連邦のグンナルさんでした。
「俺も賛成だ。世界の敵であるなら、反対する理由が無い」
グンナルさんに続いて、サウベル帝国のフェリクス殿下が賛同しました。
「わ、私も、その……、そうするべきだと……、思います……」
更に白い着物に赤い袴という珍しい和服を着ている少女である、キョクトウの皇家当主ナギサ・アサギリ様が申し訳なさそうに声を震わせながら同意しました。
(……予想通り、ですね)
私の提案に乗ってきたのは、ルダイン連邦、サウベル帝国、キョクトウの三国。
これは私が予想していた教団の強い影響下にある国と一致していました。
大国であるルダイン連邦とサウベル帝国が私の提案に賛同したことで、その国と親交の深い国も次々と賛同し、最終的に私の提案は可決されました。
「世界の敵であるオルン・ドゥーラ、ですか。ここは彼に記号のようなものを付けた方が良いのではありませんか?」
嬉しい誤算に上機嫌なルダイン連邦のグンナルが更に提案をしてきました。
「記号……。それは異名のようなものですか?」
「えぇ、似たようなものです。そうですな……。魔獣を統べる世界の敵――《魔王》なんてどうですかな?」
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