272.【sideソフィア】今よりも強くなるために
◇ ◇ ◇
「あ、ソフィー、おはよ~!」
《夜天の銀兎》の探索者たちのために設けられている部屋に入ると、先にいたキャロルが声を掛けてきた。
「うん。おはよう、キャロル」
キャロルも疲れが溜まっているはずだけど、そんなことを一切感じさせない普段通りのニコニコとした表情をしている。
早いもので、オルンさんとルゥ姉が《夜天の銀兎》を脱退してから二か月が経ってる。
この二カ月の間に、大陸中の迷宮が氾濫して地上に大量の魔獣が現れるようになったり、本格化し始めていた王国と帝国の戦争は休戦となったりと、私たちを取り巻く環境は大きく変化した。
特に私たちにとって一番大きく変わったことは、ツトライル以外の場所に行く機会が凄く増えたこと。
地上に現れた魔獣を退治するために、私たち探索者は国内の各地に赴いている。
今日もこれから近くの町に応援に行く予定だ。
「ログもおはよう」
キャロルの隣で眉を顰めながら新聞を読んでいたログに挨拶をする。
ログは落としていた視線を私の方へ向けると、顔が少し和らいだように見える。
「あぁ、おはよう。ソフィーはもう今朝の新聞読んだか?」
「ううん、今日はギリギリまで寝てて、まだ目を通せてないんだ。何かすごい記事でもあったの?」
「んー、ある意味ビッグニュースかな」
私の質問にキャロルが答えた。
キャロルも既に読んでいるようだ。
去年オルンさんに読んだ方が良いと言われてから、私たちは可能な限り新聞に目を通すようにしている。
「ほら読んでみな」
ログが差し出してきた新聞を受け取って、記事へと視線を落とす。
新聞の一面に書かれていたのは、先日行われた各国の首脳が集まった会議の内容だった。
首脳会議は、魔獣が地上に現れるようになってすぐに探索者ギルドが各国に呼び掛けたことで実現したものだ。
その場では、最初に探索者ギルドから新たなグランドマスターの就任が発表された。
それから、この会議で三つのことが合意された。
一つ目が、国の枠組みを超えて、人々が団結して魔獣の脅威に立ち向かうことが合意されたこと。
二つ目が、大陸に残っている三つの大迷宮を攻略すること。
そして三つ目は、魔獣に与するような言動をしていたオルンさんが、《魔王》という異名と共に世界共通の敵として国際指名手配を受けたこと。
「すごい……。オルンさんの
記事を読み終えた私は思わず呟いてしまった。
私たちがダルアーネから帰ってきたあの日、突如オルンさんの口から脱退する旨を告げられた。
それと一緒に、これから起こるであろう未来の姿についても。
大陸全土の迷宮が氾濫を起こすなんて、オルンさんの言葉でもあまり信じられなかったけど、それは実際に起こった。
その際にオルンさんは、自分がそれを引き起こした張本人であると喧伝するために大事件を起こすと言っていた。
それが王都でのグランドマスター殺害のことだと思う。
そして、オルンさんが望んだとおり、彼は世界共通の敵となった。
全て、オルンさんがあの日に私たちに言った筋書きの通りに進んでいる。
「だよね~。それにしても《魔王》だってさ。なんかカッコいいね」
私の呟きにキャロルが反応した。
それにしてもカッコいいって……。
「それは『魔獣たちの王』って意味だぞ? そんなの全然カッコよくなんて無い」
キャロルの感想をログは否定する。
「師匠の言うことが正しいなら、この事態を引き起こしたのは探索者ギルドなんだろ? なのに、何でそのギルドが世界の味方になってるんだよ! 師匠は何も悪いことしてないじゃないか!」
不満が爆発したのか、ログが声を上げる。
「ちょっと、他の人に聞かれたら大変だよ!」
慌ててログを宥める。
オルンさんの真意を知っているのは、あの日総長の執務室でオルンさんの話を聞いた九人だけ。
総長が当初の予定通りオルンさんを除名処分にしたことも相まって、他の団員たちはオルンさんの行ったことを表面通りに受け取っている。
団員たち、特に探索者はオルンさんに憧れていた人が多かったから、よりショックが大きかったのか、オルンさんに怒りを向けている人も少なくない。
「それはそうと、二人はこれからどうするの?」
キャロルが私とログに質問してくる。
すごく曖昧な質問だけど、私たちには何が聞きたいのか分かった。
「勿論、南の大迷宮を攻略する。それが師匠の願いだから、絶対に成し遂げてみせる!」
「私も同じ気持ちだよ! オルンさんは私たちを護るためにあんな事件を起こしたんだもん。その恩返しはしないと!」
ログと私は即答した。
「そっか! 良かった! あたしも同じ気持ちだよ! 絶対にあたしたちで大迷宮を攻略しよ!」
良かった。二人も同じ気持ちでいてくれたみたいで。
二人の気持ちを聞いて安堵していると、ログが口を開いた。
「でも、今のままじゃ攻略できない――」
ログが悔しそうに歯噛みしながら気持ちを吐露した。
うん。私もそう思う。
この一年間、オルンさんに鍛えてもらってすごく強くなれたと思う。
だけど、この程度じゃまだまだ足りない。
去年、ルゥ姉が《黄昏の月虹》に加入してくれた日にルゥ姉に言われた言葉が、今も脳裏に焼き付いている。
――『同じSランクである私から見てもオルンさんは凄い存在です。貴方たちが神聖視するのも仕方のないことだと思います。ですが、忘れていませんか? 貴方たちの目標である南の大迷宮攻略というのは、そんなオルンさんですら成し得ていないことだということを』
今の私たち三人が揃っても、去年のオルンさんに届いているかどうか怪しい。
そんな状態で南の大迷宮の攻略なんて無謀だ。
むやみやたらに挑んで攻略できるほど、大迷宮は甘いところじゃない。
「――だから僕はヒティア公国に行こうと思ってるんだ!」
ログの発言に私もキャロルも驚く。
「ヒティア公国って、ログもオルンさんを追いかけるの? 大迷宮の攻略は?」
「場所が公国だったのはたまたまだよ。師匠は多分僕に構ってる時間なんて無いと思うし」
「それじゃあ、どうして?」
「ヒティア公国にあるストロメリア魔術学園に行きたいんだ。魔術についてもっと学ぶために」
学園、か。
外国に行くなんて考えてもみなかった。
でも、ログに言われて、光が差し込んだような気がした。
私はここ最近ずっと考えていた。
魔導具について学びたいと。
ヒティア公国は魔術大国と言われるほど魔術が盛んな国で、魔導具を扱う世界有数のダウニング商会もある。
魔導具について学ぶ環境としては、ツトライルよりもヒティア公国の方が良いかもしれない!
そう考えていると、自然と口が動いた。
「私もヒティア公国に行きたい!」
「ソフィーも?」
「うん! 私、魔導具について学びたいんだ! キャロルのイヤリングを見てさ、私も自分専用の魔導具があれば戦術の幅が広がると思って!」
「そっか。それじゃあ、一緒に行こう!」
「あー! 二人だけズルい! あたしも行くー!」
「遊びや観光で行くんじゃないぞ?」
「ぶ~、そんなことわかってるよ! あたしも少し思うところがあってヒティア公国には行きたい って思ってたんだ」
「……? 思うところ?」
「んー、ごめん、それはまだ秘密。あ、それと、ルゥ姉にも文句言いに行かないと!」
「あ、そっか。オルンさんが拠点にしている場所ならルゥ姉がいてもおかしくないもんね!」
ルゥ姉はオルンさんが脱退したあの日に、私たちに置き手紙だけ残して、《夜天の銀兎》を去ってしまった。
その手紙の中には突然去ってしまうことに対する謝罪も書いてあったけど、確かにあれだけで終わらせるなんて悲しいもん。
「それじゃあ、三人でヒティア公国に行こう! でも、目的は師匠を追いかけることじゃない。あくまで南の大迷宮を攻略するための力を付けに行くため。それと何も言わずに居なくなったルゥ姉に文句を言うため、これが目的だ!」
「うん、それでいい!」
「異議な~し!」
こうして私たちはヒティア公国に行くことになった。
この選択が正しいのか、それは分からない。
でも、『急がば回れ』なんて言葉もある。
大迷宮を攻略するため、私たちはもっともっと強くなる!
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