106.【sideルーナ】恐怖心
フウカさんとフィリーさんが睨み合っていると、
「ルーナ、ここに居るとフウカの邪魔になる。お前は侯爵を連れてギルドに向かってくれ」
ハルトさんから声を掛けられました。
どうやら彼らはフウカさん一人でフィリーさんに挑むのを止める気は無いようです。
確かに彼女は、先ほどまでとは別人と思えるほどに濃密な雰囲気を纏っています。
疲労困憊である私がここに居ても足手まといであることは明らかですし、すぐにこの場を離れた方がいいですね。
「わかりました。――フォーガス様、立てますか?」
「あ、あぁ。大丈夫だ。ギルドに向かうのだろう? 道中で状況を説明をしてもらえないだろうか?」
彼らのやり取りから推測するに、侯爵の記憶喪失にはフィリーさんが絡んでいるようですが、これも彼女の異能が絡んでいるのでしょうか?
「……畏まりました。まずはここを離れましょう」
既にハルトさんたちは北門に向かって移動を始めています。
私も侯爵を背に周囲を警戒しながらギルドへと向かいました。
◇ ◇ ◇
「不利な状況に身を置いた勇敢さに免じて、先手は譲ってあげるわ。さぁ、かかってきなさい」
フィリーが余裕綽々といった面持ちでフウカに告げる。
フィリーは先ほどの戦いから、自分の負けは万が一にも無いと考えていた。
しかしそれは、時間稼ぎを目的としたパーティメンバーとの連携に徹していたフウカが相手の場合であれば、だ。
先ほどまでのフウカの目的は、再び【未来視】が
フウカの【未来視】は数秒先を視ることができるというものだが、リスクを犯せば、更に先の未来を視ることが可能だ。
そのリスクというのが、更に先の未来を視るとしばらくの間未来を視ることができなくなるというもの。
マラントからの帰り道の馬車の中で、ルーナがフィリーに負けるという未来を視ていたフウカは、先ほどまで未来が視えない状態であった。
しかし、今は再び【未来視】を使用できる状態になっている。
現在のフウカは、異能を使用せずに且つ連携のために力を抑えていた、先ほどまでの彼女とは一線を画す存在となっている。
――そのことにフィリーが気付くのには、そう時間は掛からなかった。
フウカが小細工なしにフィリーとの距離を詰める。
「――っ!?」
フィリーは先ほどのフウカの初撃を受けた時とは異なり、彼女の動きに最大限の注意を払っていた。
しかし、超人的な反射神経を有するフィリーでも、フウカの本気の動きを捉えるのはギリギリだった。
どうにかフウカの動きを捉え、自身に迫ってくる刀を手に持つ杖で受けようとする。
――が、未来を視ることができるフウカの前には、防御も回避も意味を成さない。
フウカの刀が杖を避け、その刀身をフィリーに届かせる。
「う……ぐ……」
致命傷を負ったフィリーがその場に倒れ込む。
「……これが偽物なのは知っている。早く次の偽物を出せば? 貴女が限界を迎えるまで付き合ってあげるから」
フウカがこの場に居るであろうフィリーにそう告げる。
すると倒れ込んでいたフィリーの姿が消え、フウカから少し離れた位置に無傷のフィリーが現れる。
「……死になさい」
不愉快そうな表情を隠すことなくフィリーが呟くと、フウカの周囲から無数の攻撃魔術が襲い掛かってくる。
それに対してフウカは、軽やかな動きでその全てを躱す。
そして一瞬のうちにフィリーとの距離を詰めると、刀を振るう。
今回は回避を選択したフィリーだが、どのように回避するのかも既に知っているフウカは回避後の場所を斬りつけていた。
――それはまるで、フィリーが自ら斬られに来たかのようだった。
回避したと思っていたフィリーは、自身を襲う激痛に驚愕しながら絶命する。
◇
再びフィリーが消えると、近くに無傷のフィリーが現れる。
その表情には初めて焦りが見えた。
フィリーの異能は【認識改変】。
効果は読んで字のごとく、任意の対象の認識を書き換えるというもの。
先ほどフウカが斬った二人のフィリーは、フィリーの異能によって作られた偽物だ。
フウカの認識を書き換えて、あたかもその場にフィリーがいるかのように
これの厄介なところは、本人にとっては紛れもない
フィリーが攻撃魔術を発動し、それと同時に魔術が知覚できないようにフウカの認識を改竄する。
この攻撃を凌ぐことは不可能。――しかし、フウカは自身が攻撃を受けるという
(これすらも躱すの……!?)
フィリーは気丈に振舞っているものの、今日一日でかなりの回数の【認識改変】を使用しているため、既に体力をかなり消耗している。
そんな状況で相手にしているのは、自分の攻撃は全て躱され、対してこちらは防御も回避もできないという理不尽と言って差支えの無い存在。
フォーガス侯爵によって変更を余儀なくされた計画の修正は完了しており、その計画におけるフィリーのやるべきことは全て終えている。
東雲家当主の抹殺はついでに過ぎない。
「遺憾ではあるけれど、この辺りが引き際ね。――それにしても、まさか、わたくしやオルン・ドゥーラ
フウカが容赦なく自分を斬り伏せている光景を見ながらフィリーが呟く。
――しかし、フウカから逃れることは容易なことではなかった。
◇ ◇ ◇
周囲の警戒を絶やさず、ゆっくりとではありますが確実にギルドに近づきながら、フォーガス侯爵にここ最近で起こった事柄を大まかに伝えました。
「――そして、貴方もこの事件のきっかけを作りだしたおひとりです。具体的に何をしたのかは、私では説明できないのですが……」
「……そうか。私がこれを……」
倒壊されている建物を見つめながら侯爵が呟きます。
私は今回のこの騒動、侯爵がオリヴァーさんに金色の魔石を見せたところから始まったと考えています。
オリヴァーさんの様子がおかしくなったことに付随して、フィリーさんもあのような行動を取ったように私には見えました。
私は侯爵が許せません。
しかし、侯爵が魔石を使ってオリヴァーさんをおかしくしたという明確な証拠はありませんし、私では説明ができません。
私とフィリーさん以外、あの場に居た者は正気では無かったようですし、フィリーさんが真実を話してくれるとは思えません。
そのため、この件の首謀者として侯爵を罪に問うことができないのです。
更には、この混乱している状況で首謀者が侯爵であると公言すると、今以上の混乱を招くことになりかねません。
悔しいですが、今は領主である侯爵を中心に軍やギルド、探索者が纏り事態の収束に尽力しないといけません。
そのためにも何としても侯爵をギルドに連れていく必要があります。
侯爵の処遇については、この件が終わった後に残っている人たちが決めることです。
◇
普段よりも時間が掛かりながらも、ようやくギルドの入り口が見えてきました。
「フォーガス様、護衛はここまでです。ここからはお一人で行ってください。私はこれ以上進めませんので」
「わかった。ここまで護ってくれてありがとう。――ルーナ君、私は自分の罪と向き合うと約束する。しかし、今は領主としての責務を優先させてくれ」
「……はい。よろしくお願いいたします」
侯爵には私の現状についても既に説明しています。
私の発言に二つ返事で応じ、ギルド本部へと一人で向かいます。
(さて、私は南門に向かいましょうか)
侵攻してきている魔獣の強さや多さは、東門、北門、南門、西門の順となることが予想されます。
東門には《夜天の銀兎》が、北門には《赤銅の晩霞》がそれぞれ居ますので、次に苦戦が予想される南門に向かおうと考えていました。
移動をしようとしたところで、フォーガス侯爵がギルドの中に入るのと入れ違いに、複数の探索者パーティがギルドの中から出てきました。
恐らく彼らもギルドから持ち場の門を聞いて、今から向かうところなのでしょう。
そして、彼らが私の存在に気づき、
――おい、勇者パーティのルーナだ。
――なんで街で暴れている奴の仲間がここに居るんだよ。
――捕まえた方が良くないか?
彼らは忌まわしげな視線を向けてきます。
しかしそれは仕方のないこと。
私の仲間が街に被害をもたらしていることは、先ほどのセルマさんの声で周知の事実となっているのですから。
「……おい! 勇者パーティのルーナ! どうしてこうなったのか説明しろよ!」
そしてついに男性の一人が私に怒りをぶつけてきます。
「……申し訳ありません。後で説明することを約束しますので、今は魔獣の対応をお願いします。今、私たちが最優先でやらなければならないのは、魔獣の侵攻を食い止めることですから」
「ふっざけんな! そもそもお前らが原因なんだろ!? 何が勇者だよ! オリヴァーが暴れているせいで、娘が不安がっているんだ! 娘が立ち直れなかったらどう責任を取るつもりなんだ!?」
「…………」
『……ほんと人間って感情で動く生き物だよねー。ここでルーナを責めても何の意味も無いのに。むしろ娘のことを思っているなら、ルーナなんて無視して一匹でも多く魔獣を倒すべきじゃないの?』
男性の発言にシルフが苦言を呈します。
実のところ、この子も感情で動いているはずですが、それを指摘は野暮でしょう。
『仕方ありませんよ。皆さん、この突発的な状況に戸惑っているんです』
「おい、こいつも暴れるかもしれない。今ここで拘束するぞ!」
男性の発言を皮切りに私は探索者に囲まれました。
この人たちは高く見積もってもBランク上位のパーティでしょう。
今の私でも問題なく彼らを無力化することができます。
――ですが、私に抵抗の意志はありません。
実家は誘拐、延いては人身取引という大犯罪に手を染め、パーティメンバーは街を破壊している。
どちらにも直接関与していないとはいえ、私にも処罰が下るはずです。
私はここで捕まって、しばらくは牢屋生活でしょうね。
とはいえ、シルフやティターニアといった話し相手が居るだけ、まだましかもしれません。
まぁ、彼女たちが付き合ってくれればですが。
(せめてこの一件の結末を見届けたかったですが、仕方ありませんね)
探索者の一人が私の腕を掴もうとしたその瞬間――。
「――やめなさい!」
少し離れた場所から女性の声が聞こえました。
その声によって、私の周りに居た人全員が声の発せられた方に顔を向けます。
「エレオノーラさん……」
私もそちらに視線を向けると、そこには《黄金の曙光》を担当しているギルド職員であるエレオノーラさんが居ました。
彼女は常に笑顔を絶やさずほんわかとした雰囲気のあるお姉さんですが、今は厳しい顔つきで取り囲んでいる彼らを睨みつけています。
「ギルド職員か。こいつはこの事件の主犯格の一人だ。拘束しても問題無いだろ」
「貴方たちは、彼女が街や人に危害を加えたところを見たのですか? 彼女が魔獣の氾濫を起こしたという決定的な瞬間を見たのですか?」
「そ、それは……」
厳しい表情で捲し立てるエレオノーラさんの雰囲気に飲まれ、男性は歯切れが悪くなりました。
「今の貴方たちの役目は街を襲おうとしている魔獣の討伐です。彼女の処遇を決めるのは貴方たちではありません。ギルドや軍です。貴方たちはすぐに持ち場の門に向かいなさい!」
「「は、はい!」」
私を囲んでいた人たちが、エレオノーラさんの有無を言わせない雰囲気に飲まれて、彼女の指示通りにそれぞれの門に向かって移動しました。
普段優しい人は怒ると怖いというのは本当のようですね……。
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