35-A.助言

 「おぉ、黒竜を討伐した英雄様ではないか。良いのか? こんなところで時間を無駄にしていて」


 俺を見たじいちゃんが、早速からかってきた。


「英雄って……。俺はそんなものになってないよ。それにしても、もう俺が黒竜を倒したこと知ってるんだ?」


「ほっほっほ。深層のボスを一人で倒したんじゃ。英雄と呼んでも遜色そんしょくないじゃろ。それに今街ではこの話で持ちきりじゃぞ? 耳の遠い儂にも声が届くくらいにのぉ」


 耳が遠い、ね。


「倒せたのは運が良かっただけだよ。もう一回同じ場面に出くわして倒せるかはわからない」


「そうなのか? 聞いた話によればオルンは一度も攻撃を受けていないと聞いたぞ?」


 いや、そんな情報まで出回ってるわけないだろ……。

 じいちゃんはたまに、現役の情報屋顔負けの情報収集能力を発揮する。

 じいちゃんとは長い付き合いだけど、未だに底が知れない。


 ま、身勝手ながら、じいちゃんのことは家族みたいな存在だと思っているから、どんな人だろうが気にしないけどね。


「それで? 今日は何用じゃ?」


「ちょっとじいちゃんに話を聞いてもらいたくて」


「ほぉ。言うてみ?」


「さっき、《夜天の銀兎》から勧誘を受けたんだ」


 じいちゃんにはこれまで何度も愚痴を聞いてもらっている。

 じいちゃんに隠し事をするつもりもないし、俺は素直に先ほどのことを話す。


「まぁ、当然じゃろうな。黒竜を討伐できるほどの剣士を、前衛アタッカーを喪った《夜天の銀兎》が見逃すはず無いだろうからのぉ」


「……うん。まぁ、十中八九じいちゃんが言ったことが理由だと思う。それにかなり魅力的な提案ではあったんだ。セルマさんのパーティの前衛アタッカーとして迎え入れてくれるし、幹部の席も用意するって言われた」


「ほぉ、それは好待遇じゃな」


「うん。――でも、迷っているんだ」


「……それは、なんでじゃ?」


「俺はさ、オリヴァーたちとパーティを組んでいた時、自分を押し殺してパーティに尽くしてきた」


 この街は大迷宮があるから、他の街よりも賑わっている。

 一獲千金を狙って常に若者が街に入ってくる。

 そのためこの街にはカジノなんかの娯楽も充実している。


「この都市には色んな娯楽がある。それらに興味はあったけど、各方面との交渉や諸々もろもろのパーティの裏方の仕事は、ほとんど俺がやっていた。ルーナが手伝ってくれることもあったけど、自分の鍛錬もあったし、遊んでいる時間は無かった。俺は強くなりたくて、理不尽なことがあっても泣き寝入りしないようにと思って探索者になったから、それに不満は無かった。……でも、最終的にパーティを追い出された」


 人によっては追い出されたことを理不尽だという人もいると思う。

 でも俺はそれを理不尽なことだと思っていない。

 俺が所属していたパーティは大迷宮の攻略を目的にしていたし、それについていけない人を脱退させるのは何もおかしいことじゃない。

 それは単にその人に実力がなかっただけの話だ。


 そう頭ではわかっている。

 でも感情はそう単純なものではない。

 やっぱり悔しいし、これまで尽くしてきたのにどうして、という気持ちはある。


「《夜天の銀兎》の作戦に参加して、あのクランが居心地の良いクランだということはわかっている。加入したいという気持ちは強いんだ。でも、《夜天の銀兎》が欲しいのは俺の知識。利用されて、不要になればまた捨てられるかもしれない。そう思うと怖くて……、踏ん切りがつかなくて……」


「ほっほっほっほっほ!」


 俺の話を聞いていたじいちゃんが突然笑い出す。


「突然笑ってすまんのぉ。いつも大人びて見えていたオルンじゃったから、年齢相応の考えも持っていると思うと嬉しくて、ついのぉ」


「年相応? 俺の考えは若いってこと?」


 じいちゃんの発言にムッとしたが、務めて冷静に質問する。


「そうじゃな」


 俺の質問をあっさり肯定する。


「いいかオルン、儂はこの社会は互恵関係ごけいかんけいで成り立っていると思っとる」


 互恵関係っていうのは確か、お互いに利益を与え合う関係、という意味だった気がする。


「人は一人では生きられん。皆が誰かしらには支えられ、自分が知らないうちに他人を支えていることもある。オルンと儂の関係もそうじゃ。オルンは儂を利用し欲しいものを手に入れる。儂はオルンを利用し金稼ぎをしている。確かに『利用する』という言葉は、前向きに捉えられにくい言葉じゃ。じゃが、オルンの言っている『利用する』は『足りない部分を補い合う』と言い換えることができる」


「足りない部分を補い合う……」


「そうじゃ。オルンは、クランに入ったら自分だけ・・が、何かを提供するだけだと考えているようじゃが、本当にそうなのか? クランはオルンに何もしてくれないのか?」


 じいちゃんの話を聞いて目から鱗が落ちたような気分になった。


 俺は自分が利用されることしか考えていなかった。

 俺だってクランに加入すれば、クランの伝手つてを頼ることもあるだろう。

 俺はクランの大迷宮攻略に力を貸し、クランは俺に様々なサポートをしてくれる。

 クランや固定のパーティに加わることに後ろ向きだったけど、じいちゃんの話を聞いて捉え方が変わった。


 これまで本格的な迷宮探索は、勇者パーティでしかやったことが無い。

 《夜天の銀兎》のメンバーと迷宮探索は、楽しそうだと思っていた。

 確かに俺はクランに利用されることになるだろう。

 でも、その後捨てられるかどうかは、俺の努力次第なんじゃないか?

 俺の持っているものを全て渡した後でも、俺のことを必要だとクランに思わせるほどに、俺が不可欠な人材になればいい。


 俺の顔を見たじいちゃんが笑顔になった。


「どうやら考えは変わったようじゃの」


「うん。やっぱり、じいちゃんはすごいや。話を聞いてくれてありがとう。もう少し真剣に考えて答えを出すよ」


「どういたしまして、じゃ。いいか、オルン。迷ってから決断したことは、必ず後悔する・・・・・・。だから、オルンが《夜天の銀兎》に入ろうが、入るまいが、いつかは何かしらの形で後悔することになるじゃろう。だからこそ重要なのは、後悔する未来の自分が少しでも納得できる選択を取るべきだと思っておる。まぁ、未来のことが分からないから今悩んでいるじゃがな」


 必ず後悔する、か。

 選択肢があるということは未来が分岐するということだ。

 『もしもあの時こうしていれば』なんて思うのは、誰しもが日常茶飯事だと思う。

 だからこそ、そう思った時に納得できる選択をするべきなんだろう。


 やっぱり年長者の言葉は重いな……。


「肝に銘じておくよ。アドバイスくれてありがとう。今度はちゃんと何かを買いに来るよ」


「うむ。待っておるよ」

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