35-B.道しるべ
じいちゃんの店を出た俺は、街から少し外れた場所にある丘の上へとやってきた。
西の空は夕焼けの名残を残しているが、既に黄昏月が空に昇っている。
「さて、どうすっかなぁ……」
「――オルン、さん?」
月を見上げながら物思いにふけていると、この数日間毎日のように聞いていた声が聞こえた。
その声の方へ顔を向けると、予想通りソフィアが居た。
「ソフィア? こんな時間に一人でここに来て大丈夫なのか?」
努めて優しい声音でソフィアに話しかける。
昨日は怖い思いをさせているからな。
セルマさんは普段通りだったけど、ソフィアもそうだとは限らない。
もしも俺のことを怖がっているなら――。
「大丈夫です。お姉ちゃんにはここに来ることは言ってますし、クラン本部からそこまで距離も離れていませんので。オルンさんはどうしてここに?」
怖がっては無いのか?
というよりむしろ昨日よりも距離感が近い気が……。
「少し考え事をしてて、風当たりの良い場所を探してたらここにたどり着いた。そういうソフィアは?」
「私も少し考え事をしに来ました。ここ、私のお気に入りの場所なんですよ。何かあった時は、ここで月を見上げるようにしているんです。――あっ! すみません、オルンさんに会ったら言おうとしていたことがあったんです」
「……なんだ?」
「その、昨日は私たちを助けてくださりありがとうございました!」
そう言いながら、ソフィアは深々と頭を下げてきた。
本当に怖がっていないんだな……。
というより、なんで俺はこんなにも人に怖がられることを、恐れているんだ?
「引率者として当然のことをしただけだよ」
「オルンさんならそう言うと思っていました。それでも、私たちがオルンさんに助けられたことは事実です! 昨日だけじゃなくて、オークに襲われていた時も……。私はオルンさんに返しきれないほどの恩があります! 私なんかがオルンさんのお力になれるかわかりませんが、私にできることがあったら何でもします! 何かありましたら、遠慮なく言ってくだださい!」
ソフィアが真剣な表情を向けてくる。
「……うん、ありがとう。その時が来たらソフィアを頼ることにするよ」
「はい!」
真剣な表情から一転、満面の笑みに変わる。
「ソフィアは月が好きなのか?」
会話を続けるために、取り留めのない質問をしてしまった。
今は一人で考え事をしていても同じことをぐるぐると思考してしまいそうだから、ソフィアとどんな内容でもいいから会話をして気を紛らわせたい。
「そうですね……。好きなんだと思います。私、子どもの頃から月を見上げることが多かったんです」
ソフィアが懐かしむような、それでいて寂しそうな、何とも言えない表情で語り始める。
「月って真っ暗な場所でも、それに負けないくらい明るく輝いているじゃないですか。だから月を見ていると、なんか力を貰えるような気がするんですよね! オルンさんは《夜天の銀兎》の由来って知っていますか?」
「『夜空に浮かぶ月』っていうのは知っているけど、由来までは知らないな」
「月は『夜の道しるべ』とも呼ばれているんです。《夜天の銀兎》が探索者の道しるべになるようにという意味が込められているみたいですよ」
「道しるべ、か」
なんでだろう、
そんなことあるはずないのに。
「はい。大げさに聞こえるかもしれませんが、私は《夜天の銀兎》に入って、世界が変わりました。まだ、将来のことは何も分かりませんが、このクランに居れば、何かが見つかりそうな、そんな気がするんです!」
「そうか。それは大げさじゃないと思うよ。環境はその人の価値観に大きく影響するものだから。《夜天の銀兎》のように人が大勢いるところに居れば、それだけ人と接する機会が増える。それは言い換えると、自分とは違う考えに触れる機会が増えるとも言える。それをたくさん経験したから『世界が変わった』って思ったんじゃないかな」
「オルンさん、すごいです……。私では言葉にできなかったんですけど、今のオルンさんの言葉がスッと心の中に入ってきました。そっか。みんなに出会えたから私の世界が変わったんだ……」
ソフィアが呟きながら、スッキリしたような晴れ晴れした顔をしている。
失礼な言い方だけど、ソフィアは人見知りそうだし、パーティメンバー相手にも必要以上に遠慮をしているように見受けられたし、精神的に未熟な子どもだと思っていた。
でも、ソフィアにも信念があるのだとわかった。
どうやら彼女自身はそれに気づいていないみたいだけど。
「……なぁ、ソフィア、一つ聞いてもいい?」
「はい。何でしょうか」
「ソフィアにとって、《夜天の銀兎》ってどんな場所なのかな?」
「そうですね……。私にとって《夜天の銀兎》は、私を救ってくれたところで、私に様々な道を示してくれたところで、私に笑顔をくれたところで、――胸を張って『私の帰る場所』と言える、そんな場所です!」
ソフィアが曇り一つない表情で、力強く回答をしてくれた。
そんなソフィアに他の場所以上に月光が当たっているように見えて、ある種の神々しさを感じる。
まぁ、完全に俺の思い込みだけど。
それに――。
「そっか。答えてくれてありがとう」
――答えは出たな。
俺がどちらを選択しても将来で必ず後悔する。
じいちゃんは未来の自分が少しでも納得できる選択をするべきだと言ってくれた。
だけど、いくら未来の自分を想像しても、その時の自分が絶対に納得できるなんて断言できる選択肢は無かった。
だったら、
それが一番納得できる未来が待っている気がするから。
「いえ、でもなんでそんなことを聞いてきたんですか?」
「俺がこれから所属するかもしれないクランのことを知りたくてさ」
「え、それって――」
「さ、完全に日が落ちちゃったし、クラン本部まで送るよ。俺もそこに用事があるからね」
「は、はい!」
俺はソフィアと一緒に《夜天の銀兎》の本部へと向かった。
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