34.勧誘
そんなこんなでギルドを後にした。
昨日の事件についての情報はある程度入手できた。
昨日の疲労がまだ残っているし、このまま宿に戻って惰眠をむさぼろうと考えて宿へと向かう。
(そろそろ宿暮らしも終わらせて、ちゃんとした部屋を探さないとな)
宿に到着し、カウンターを素通りして借りている部屋に向かおうとしたところで、受付の人に呼び止められた。
どうやら俺に尋ね人が来ているらしい。
このタイミングでの尋ね人ということで、面倒くさい展開になることが想像できるけど、会わないわけにもいかない。
受付の人に言われた通りに宿に併設されている食事処に向かうと、そこにはセルマさんが居た。
「突然すまないな。体の方はどうだ?」
怖がられていると思っていたが、以前と変わらない雰囲気で話しかけてくる。
演じている感じはしないけど、実際のところはわからないな。
「えぇ。普通に生活する分には問題ありません」
「それは良かった」
セルマさんがホッとしたような表情を見せる。
それから座っていた椅子から立ち上がり、頭を下げてきた。
「昨日はありがとう。オルンのおかげで誰一人欠けることなく今日を迎えられた。本当に感謝している」
俺はセルマさんの行動に驚いた。
感謝を述べることはあっても、頭を下げるとは思っていなかったから。
「感謝は受け取りました。なので、顔を上げてください。セルマさんが公衆の面前で頭を下げるのは、よろしくないのでは?」
セルマさんは国内最大規模のクランの幹部だ。
しかも貴族の娘でもある。確か爵位は伯爵位だったはず。
そんな彼女が平民である俺に頭を下げるなんて、本来ならあり得ないことだ。
どこで誰が見ているかもわからない。
貴族は弱みを見せちゃいけない。
これが原因で立場が悪くなることは無いと思うが、可能性はゼロではない。
頭を下げないに越したことはないはずだ。
「確かに簡単に頭を下げられる立場に無いことはわかっている。しかし、それでも頭を下げて感謝を伝えなければならないと思うほど、今回の件は感謝しているんだ。私を含め未来のある我がクランの新人たちの命を救ってくれた。それを言葉だけの感謝で終わらせるのは私の矜持が許さない」
本当に真っ直ぐな人だな。
伯爵家の長女で、尚且つ大手クランの幹部であれば、多少はひねくれそうなものだけど。
……あ、そっか。だからこそ尊敬できるのかもしれない。
「ありがとうございます。そこまで言ってくれるのは素直に嬉しいです」
「それで、もう一つの用件なのだが、先日の教導探索の報酬などについて話がしたい。問題が無ければ今から私と一緒にクラン本部まで来てほしいのだが、どうだろうか?」
報酬をどうやって貰おうか悩んでいたから、この提案は助かる。
「予定も無いですし、いいですよ」
「良かった。ではこの続きはクラン本部でしよう。付いてきてくれ」
◇
クラン本部に到着し、案内された部屋には《夜天の銀兎》の総長であるヴィンスさんが居た。
……なんかデジャヴを感じるな。
というか、俺が今日ここに来るかもわからなかったはずなのに、なんでこの人は先に居るんだ? そんな不確実なことに、時間を割くような人には見えないんだけど。
「来たか。
俺が入ってきたのを確認したヴィンスさんは、お礼を言ってから頭を下げてきた。
「いえ、教導探索を引き受けた以上、当然のことをしたまでです」
「いや、当然のことではないだろう。あの状況では、キミ一人が逃げていても責めることは誰にもできない。それなのにキミは逃げずに立ち向かい、そして打ち勝った。もっと胸を張っていいと思うがな。……さて、ここに来た理由は報酬を渡すためだったな。これが今回の報酬だ。受け取ってくれ」
ヴィンスさんはそう言いながら、収納魔導具から何かが包まれた布を取り出して俺に渡してきた。
恐らく中には金貨が入っているんだろう。
「ありがとうございます」
それを受け取った俺は、包みを開け中身を確認する。
中には白金貨が十枚入っていた。
ん?
「あの、報酬は金貨十枚だったと思うんですが……。種類間違えていませんか?」
元々の話では金貨十枚だった。
白金貨一枚で金貨十枚分。
つまり、提示されていた報酬の十倍の金額が俺の手に乗っている。
「黒竜から団員たちを救ってくれたからな。それで金貨十枚では安すぎる。間違えていないよ」
多分要らないと言っても応じてくれないだろうな。
ここはありがたく貰っておくか。
カネは無いよりあった方がいいし。
「そうですか。では、ありがたく頂戴します。それでは、俺はこれで――」
「あぁ、待ってくれ。もう一つキミに話したいことがあるんだ。むしろこの話がしたいから私がここに居ると言っていい」
報酬を受け取って、帰ろうとしたところをヴィンスさんに呼び止められた。
どうやらこれから話すことの方がこの人にとっては重要なことらしい。
なんとなく内容は想像できるけど。
「単刀直入に言わせてもらう。オルン君、是非我がクラン、《夜天の銀兎》に加入してくれないだろうか?」
予想通り内容はクランへの勧誘だった。
クランのトップ自ら勧誘に来るとは、どうやら本気のようだ。
「キミがクランに入るのであれば、当然探索者として迎え入れる。所属は第一部隊――セルマが率いる我がクラン最強のパーティの前衛アタッカーを務めてほしい」
前衛アタッカーか。
先日の黒竜討伐が効いたのかね。
そうじゃなきゃ、俺を前衛アタッカーとして迎え入れてくれるところは無いだろうし。
「更にこれにはクラン幹部の三分の二以上の同意が必要となるが、キミを幹部に推薦したいとも考えている。キミの実績や、勇者パーティを実質的に運営していた経験と知識があれば、我がクランの幹部であっても申し分ないと私は考えている――」
クラン幹部といえば各部門のトップだ。
クラン全体で見れば総長の次に偉い人となる。
本来はクランに加入してからクランの中で実績を積み上げることで、幹部になるのが通例だ。
クラン加入時から幹部というのは、異例の大抜擢と言える。
仮に俺が幹部となった場合は、セルマさんと二人でクランに所属している探索者をまとめることになるのか?
この話は非常に魅力的だ。
俺のことも剣士として迎え入れてくれるなんて、思っていなかった。
(さて、どうしたものか……)
《夜天の銀兎》が欲しいのは南の大迷宮の九十二層と九十三層攻略に必要な情報や、これまで俺が蓄えてきた知識やノウハウだろう。
それらは俺が必死に、ときには文字通り命を懸けて手に入れて来たものだ。
それを簡単に差し出すのは、少し面白くない。
「……急な話だったな。答えは今すぐでなくても問題ない。一度ゆっくり考えてみてくれないだろうか?」
俺が迷っているのを察してくれたのだろう。
ヴィンスさんが助け船を出してくれた。
「ありがとうございます。では、しばらく考えさせてください」
そう告げてから、俺は《夜天の銀兎》の本部を後にした。
◇
何気なく街の中を歩いていると、見慣れた店の前に着いた。
そこはじいちゃんが経営している雑貨屋だった。
(自分の中でモヤモヤしているものもあったし、じいちゃんと話してみようかな)
そんなことを考えながら店内に入っていく。
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