33.西の大迷宮

 誰一人として口を開くことなく、長い時間がすぎているように錯覚する。


(やっちまった……。つい感情的に色々口に出してしまったが、どうすんだよ、この空気……)


「オルン君、キミの気持ちもわかるが、まずは我々の話を進めてもいいだろうか?」


 この冷え切った空気をどうすれば良いか考えていたところで、ギルド長が口を開いた。


「は、はい。勿論です。すいません。お恥ずかしい姿を見せました」


 今、俺の顔は真っ赤になっているじゃないだろうか?

 ここまで感情を爆発させたのも久しぶりな気がする。

 スッキリした気分もあるが、今は恥ずかしい気持ちの方が強い。


「君がそこまで感情的になるところは初めて見た気がするよ。常に冷静で淡々としているから感情が死んでいるのではないかと、エレオノーラ君も心配していた。よかったね、ちゃんと感情はあるようだよ」


「ちょっと! ギルド長!」


 いきなり暴露されたエレオノーラさんが、慌てた表情でギルド長にツッコミを入れている。


 これは、ギルド長なりの場の和ませ方だろうか?

 勇者パーティの面々は変わらず暗い雰囲気だけど、ギルド側は多少空気が和らいだようだ。


「さて、話を戻して。オルン君、まずは念のための確認だが、あの黒竜はキミが一人で倒したのかい? 《夜天の銀兎》のセルマ君は、キミが一人で倒したと発言していた」


 ギルド長が問いかけてくる。

 正直、《夜天の銀兎》と共闘して倒したと報告したかったが、セルマさんが既に報告しているならごまかしても無駄か。

 この建物に入った時に感じた視線から、探索者にも既に広まっているだろうし。


「……はい。俺が一人で倒しました」


「ひ、一人で深層のフロアボスを倒すなんて、本来ならあり得ない! 何か特殊な魔術でも使ったのか⁉」


 俺が一人で倒したことを肯定すると、同席していたギルド幹部の一人が興奮しながら俺に質問をしてきた。


「どうやって倒したかはお教えできません。話せるのはあくまで黒竜の戦闘能力や弱点などですね」


 探索者の戦闘スタイルやオリジナル魔術など、戦闘に関わることは詮索しないという暗黙の了解がある。

 機会は少ないが、パーティ間で抗争があった際に不利に働くからだ。


 それにオリジナル魔術に関しては、自分が必死になって作り上げたものだ。

 そんなものをむやみやたらに公開するような物好きは少ない。


 ただし、探索者は迷宮で得た情報はギルドに報告する義務がある。

 そして、その報告内容は公開されることになる。

 そのため、自身の戦闘スタイルやオリジナル魔術を報告する義務はない。


 ただ、報告の過程で、その者がどのような戦い方をするのかは見当が付く場合が多い。


 あ、先ほど、黒竜の討伐は俺の単騎討伐じゃないと報告しようとしていたが、それは報告義務の範囲外だ。


 あくまで迷宮で出会った魔獣の特徴や、鉱石などの素材が入手できる場所なんかを報告するのであって、誰がどうやって討伐したかは報告する必要はない。


「勿論、わかっている。では、黒竜について話を聞かせてもらおうか」


 ギルド長は、ギルド幹部の質問には答えられないことを承知してくれた。


 俺は今回の戦いで新たに知った攻撃パターンや、前回の戦いとの比較、共通点を報告した。


「相変わらず、要点のまとまった報告だな」


 ギルド長が何とも言えない複雑な表情で呟く。


「俺の報告に不備がありましたか?」


「いや、オルン君の報告は申し分ない。ただ、他の探索者の報告ではもっとパーティでどのように戦ったのかわかるんだが、勇者パーティは知名度の割に個人の情報が少ないからな。相変わらず情報を伏せるのが上手い」


「情報は武力に勝ることもありますからね。悪いですが、ここは譲れません。過不足が無いならこれ以上の報告は控えます」


「食えないやつだ。……あぁ、最後に一つ。言える範囲で構わないが、今後の君の方針を聞いておきたい。君は黒竜を一人で討伐した実力者だというのに、勇者パーティを抜けてフリーの状態だ。君を欲するパーティやクランは無数に存在するだろう。君の取り合いで混乱が起きる可能性も考えられるから、ギルドとしても君の動向を把握しておきたい」


 今後の方針、か。ぶっちゃけ何にも考えてないな……。


 勇者パーティにいるときは色んなことに追われていて、自分の時間がほとんどなかった。

 いざ、時間ができて、やりたいことをやっていいと言われても、案外困るものだな。

 こういうのをワーカーホリックって言うんだっけ? 違うか。


「……何も考えていませんね。一人で生きていく分には現状のままでも問題無いですし。まぁ、このままのんびり探索者を続けていくつもりです。いずれは再び南の大迷宮の攻略に乗り出すと思いますが」


「そうか。ちなみにオルン君は、西の大迷宮が攻略されたことは知っているかな?」


 いきなりギルド長が西の大迷宮について聞いてきた。


 今、俺がいるのは、大陸の南西にあるノヒタント王国のツトライルという都市だ。

 そして、ノヒタント王国の北西に隣接していて、大陸の西部を占有しているサウベル帝国にも大迷宮が存在した・・・・


 その都市の名前がセバール。

 セバールには西の大迷宮と呼ばれる大陸に四つある大迷宮の一つがあった。

 確か勇者パーティに新たに加入したフィリー・カーペンターも、セバールから来た探索者だったな。


 今から約三カ月前に、その国で《英雄》と呼ばれている探索者を有するパーティが西の大迷宮の最深部に到達し、そこにあった直径十メートルほどの超巨大な魔石ダンジョンコアを地上に持ち帰ってきたらしい。


 その後、西の大迷宮には魔獣が発生することが無くなり、大迷宮にある素材を安全に取ることができるようになった。


 それによって、市場には深い階層の素材が多く市場に出回ることになって、経済が活発になっているとのこと。

 攻略されたことのある大迷宮はこの西の大迷宮のみだ。


「えぇ、勿論知っています。それがどうしたんですか?」


「セバールを拠点にしていた探索者が、この街を含めた残り三つの大迷宮がある街を活動拠点にするべく移動してきてね。その時に解散をしているパーティも多くあるから、現在パーティ募集なんかが活発に行われているんだよ。オルン君なら自分で対処できると思うが大きな問題になる場合は我々に報告してほしい」


 なるほど。

 西の大迷宮から安全に素材が入手できるようになれば、大迷宮に入るのは探索者じゃなくてもいいしな。

 将来的に再び魔獣が出現するようになるとしても、それまでは稼ぎが無いわけだし、活動拠点を変えるという選択もおかしなものじゃないだろう。

 それに際して解散するというのは、よくわからないが。


「……なるほど。わかりました」


 こうしてギルドでの話は終わった。


 黒竜の死体に関しては討伐者である俺に所有権があるとのことだったので、傷ついていない鱗をほぼ全部貰って、それ以外はギルドに売ることにした。

 金額はまだわからないけど、しばらくカネに困らない程度には貰えると思う。

 ……元々結構持っているけど。


 にしても、今回の事件についてはわかったが、何も解決していないな。

 何故、黒竜がボスエリアの範囲外で活動していたのか。これがわかっていないし、ギルドも原因については見当もつかないとのこと。


 迷宮に関する様々な情報が集まるギルドでも把握していない事態だ。

 さすがに判断材料が少なすぎて、独自に調査するにしてもその糸口が無い。


 結局のところ、今後もこういうことが起こるかもしれないし、注意は怠れない、ということだな。


 まぁ、迷宮に入っているときは、常に警戒しているけども。


 ギルドでの話も終わり、知りたいことも知れた俺は、帰るために席を立つ。

 勇者パーティの面々は顔を伏せたまま動かずにいた。

 ギルドの人たちも誰一人として立っていない。恐らくこれから強制送還を使用したペナルティについての話があるんだろう。

 とっとと出ていこう。

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