114.超えるべきもの

 ルーナが《夜天の銀兎》に加入した翌日、俺は第十班の三人とルーナの計五人で大迷宮の三十層へとやってきていた。


「――ログ! 今!!」


「わかった!」


 巨大なイノシシのような魔獣が、キャロルに向かって突進を仕掛けてくる。

 それを見たソフィーがすぐさまログに指示を出す。


「「【土壁ロックウォール】!!」」


 二人が魔術を発動し、キャロルとイノシシの間に二つの壁が現れる。

 イノシシの突進は巨体を活かした強烈なもので、一枚目の壁を突き破ったが、その際に勢いを殺され二枚目の壁に阻まれることとなった。

 イノシシがその動きを止める。


「――はぁっ!」


 キャロルはイノシシが壁に阻まれる前には動き出していて、素早い動きで足元を中心に両手に持つダガーで何度も斬りつけていく。


(よし、危なげなく対処できているな)


 三人の戦いを眺めながら心の中で呟く。


 俺たちは現在、南の大迷宮三十層のボスエリアに居る。

 ソフィーたち第十班が戦っているこのイノシシが三十層のフロアボスだ。


「キャロルは素早いのに身のこなしは丁寧ですね。それにログとソフィーも、並列構築を習得しているだけでも驚きなのに、発動待機まで活用しているなんて。流石はオルンさんのお弟子さんですね」


 三人の戦いを俺の隣で眺めているルーナが呟く。


 魔術は術式を構築してから魔力を流すことで、初めて発動する。

 つまり、魔術は任意のタイミングで発動できる。


 術式構築が完了してから魔力流入をするまでの間のことを発動待機という。


 発動待機は誰もができることだが、これを活用しているのは、並列構築を習得している者がほとんどだ。

 並列構築を習得していなければ、完成した術式を維持することしかできず、その間は術式構築することも魔術を発動することもが出来ない。

 そのため発動待機を活用するためには、並列構築の習得が必須と言える。


 だが、発動待機をしている最中は、術式構築と同等かそれ以上に脳に負担を強いるため何でもかんでもというわけにはいかない。

 術式構築完了の直後に魔力流入を行うのが、一番コストパフォーマンスが高いため、発動待機を活用する機会はそこまで多いわけではない。


 といっても有用な技術であることは間違いないため、相対している敵や状況に応じて咄嗟に発動待機を選択できる者は判断力に優れていると言えるだろう。


 今回のソフィーの場合は、あらかじめ発動待機しておくと決めていた。

 そのためとっさの判断ではないが、それでもこの選択ができただけでも現状では充分だ。


「俺の力は微々たるものだよ。全てあいつらの努力の賜物だ」


「ふふっ、そうですか。……あとは心――意識改革ができれば、ツトライルを代表する探索者パーティになる日もそう遠くないでしょうね」


 やはりルーナは見抜いていたか。

 今の第十班に致命的に足りていないもの・・・・・・・・に。

 だけどこればかりは、あいつら自身に気が付いてもらうしかない。

 俺の言葉では届かないだろうから。


「……そうだな。早いに越したことは無いだろうし、大きな敗北を知って日が経っていない今がタイミングとしては一番良いかな」


「大きな敗北ですか?」


「そう言えば、この情報は伏せられていたな。実は約一カ月前にあいつらは《アムンツァース》と交戦したんだよ」


「《アムンツァース》と!? 新人が何故……。それに失礼ですが、よく生き残れましたね」


 ルーナが心底驚いた表情をしている。

 無理もないだろう。上級探索者にとってあの組織は脅威でしかないのだから。


 南の大迷宮に現れることはここ十年無かったが、再びここにも出没するようになった。

 できれば探索者ギルドからこの情報を公開してもらいたいと思っているが、何故かギルドはこの件を伏せている。

 《夜天の銀兎》から公開することも考えたが、内容が内容だけにクランからの発信では必要以上の混乱を招きかねないため、俺たちもこの件を口外していない。

 噂というかたちで流そうとも試みているが、今のところそこまで広がっていないようにも思える。

 ルーナも知らなかったようだし、戯言と一蹴されているのか、それとも何者かによって揉み消されているのか。


「《アムンツァース》の狙いは俺だったようだ。どうにか俺が途中で介入できたから全員生き残れたが、俺が間に合わなかったら、恐らく……」


「……なるほど。だから・・・なのかもしれませんね」


 ルーナは思案顔で呟く。


「だろうな。でも、こればかりはどうしようもない」


「わかりました。そういうことなら私に任せてください」


 ルーナは何やら企んでいる表情で返答してくる。

 何をするつもりだ?


  ◇


 キャロルがヒットアンドアウェイでイノシシのヘイトを稼ぎ、ログが死角に回り込み槍で攻撃を繰り出す。

 ソフィーも二人がいない位置に【火矢ファイアアロー】などで攻撃する。


 大きなダメージは稼げていないが、着実に勝利に近づいている。


「二人とも離れて! 上級魔術行くよ!」


 ソフィーの声掛けに、キャロルとログがイノシシから距離を取る。


「――【火槍ファイアジャベリン】!!」


 二人が離れたことを確認したソフィーが上級魔術を発動する。

 上空に現れた三本の火の槍がイノシシを貫くべく降り注ぐ。


「【風刃エアロカッター】!」


「…………【雷撃サンダーショック】!」


 ソフィーの【火槍ファイアジャベリン】によって大きなダメージを受けたイノシシに、二人が攻撃魔術で追撃する。


  ◇


 魔術の連撃によるダメージで更に動きが鈍くなったイノシシが、三人相手に善戦できるはずもなく、ソフィーたちが事前に組み立てた作戦通りに事が運んでいき――。


 イノシシが咆哮を上げながら最後の力を振り絞り、キャロルに突進をしてくる。


「ログ――!」

「わかってる! ――【雷撃サンダーショック】!」


「止まってっ!」

 

 ログが【雷撃サンダーショック】でイノシシの動きを鈍らせ、ソフィーの【念動力】で完全に動きを封じる。


「いい加減、――倒れろっ!」


 身じろぎひとつできないイノシシの周りをキャロルが縦横無尽に駆け、何度も何度も斬りつける。


 キャロルの素早い動きに合わせて、二人が攻撃魔術を叩き込む。


 三十層のボスエリアに入ってから約二十分、フロアボスである巨大なイノシシは魔石へと姿を変えた。


「勝ったああ!」

「やったな!」

「うん! 私たちの力を充分発揮できたと思う!」


 三十層のフロアボスを倒した三人が喜びを分かち合ってる。


 無事勝てて良かった。

 三人の勝利はほぼ確定的だったが、万が一ということもあるからな。

 これで一安心だ。


 さて、と――。


「……オルンさん? どうかしましたか?」


 この状況に似つかない俺の雰囲気を感じ取ったルーナが不安気に声を掛けてくる。


 この前の教導探索では、フロアボスを倒した後に深層のフロアボスが突然現れた。

 あれは、勇者パーティが使った『気まぐれの扉』が原因だと結論付けられた。

 その結論には俺も同意する。

 だけど、人為的に魔獣の氾濫を引き起こせる可能性が高まった以上、教導探索時の件を偶然で片付けることはできなくなったと考えている。


 可能性が低いと理解しつつもしばらく周囲を警戒するが、異常は無さそうだ。


「…………いや、なんでも無い。さ、あいつらの元に行こうか」


 警戒レベルを引き下げながらルーナに笑いかける。


「――あ、ししょー! あたしたち勝ったよー!」


 俺たちが近づいてきたことにいの一番で気付いたキャロルが、俺に駆け寄ってきて喜びの声を上げながら、頭を撫でてほしいとアピールしてくる。


「あぁ、見てたよ。ちゃんと連携も取れていた。よく頑張ったな」


 キャロルを労いながらその頭を撫でる。


「えへへ~」


 幸せそうな表情をしているキャロルの頭から手を離すと、続いて近づいて来たソフィーとログの頭も撫でる。


「二人もよく頑張った。今回の戦いは満点に近い内容だ。お疲れ様」


「あ、ありがとうございます……」


 顔を真っ赤にさせながら、俯きがちに顔をほころばせるソフィー。


「いえ、まだまだです。師匠に少しでも近づく・・・・・・・ためにも、こんなところで満足していられません!」


 嬉しいはずなのに、それを必死に隠そうとするログ。


「…………それじゃあ、総評は後にして、三十一層に向かおうか」


 弟子たちが自分たちの力で開いた三十一層へと向かう道を見ながら三人に告げる。


「「「はい!!!」」」


  ◇


 三十一層へとやってきた俺たちは、水晶を介して入口へと転移し、そのままクラン本部へと帰ってきた。


「さて、改めて三十一層到達おめでとう。これでお前たちは名実共に《夜天の銀兎》の探索者になった。これからは今まで以上に自分たちの行動には責任が伴う。今のお前たちなら大丈夫だと思うが、肝に銘じておいてくれ」


 俺の言葉を聞いた三人が真剣な表情で頷く。


「それじゃあ、今回の三十層攻略の総評に移ろうか。まずはルーナの感想を聞こうかな。初めてこのパーティの戦いを見て、どうだった?」


「そうですね。新人にしておくのは勿体ない、というのが私の素直な感想です。個々人の実力は当然、迷宮内での立ち居振る舞いやパーティ間の連携、どれを見てもCランクパーティとは思えない物でした。既にAランク――下層に行けるくらいの実力はあると思います」


 Sランク探索者であるルーナの肯定的な意見に三人の顔がほころぶ。


 対して、ルーナの表情は真剣そのもので、


「――本来ならここで話を止めるべきでしょう。私を迎え入れてくれるパーティにこのようなことを言うのは憚られますが、それでもやはり仲間なのであれば、言うべきだと判断しました。一つ聞きたいのですが、このパーティの目標はなんですか?」


 ルーナが三人に問いかける。


「僕たち個人の目標はそれぞれ違います。ですが、このパーティの目標は南の大迷宮の攻略です!」


 ルーナの問いかけにログが代表して答える。

 ソフィーとキャロルの表情を見るに、三人とも同じ気持ちのようだ。


「そうですか。では、はっきりと言わせてもらいます。先ほどオルンさんは満点に近い内容だと言っていました。その言葉を鵜呑みにしていませんか? 私から言わせてもらえば、ギリギリ落第を回避できているレベルですね。――オルンさん、この子たちへの採点甘くないですか?」


 ルーナの矛先が俺に向く。


(……なるほど。さっきの『私に任せてください』という言葉は、そういうことか。ルーナに嫌われ役を買ってもらうために、このパーティに加入して貰ったわけじゃないんだけどな)


 ルーナの扱う精霊魔術が、第十班の不足を補うのに最適だと判断したからパーティ加入を提案したんだ。


 今はルーナと三人との間には実力に雲泥の差がある。

 でも、ソフィーたちには第一部隊にも迫るポテンシャルがあると思っている。


 いや、だからこそ、か。


 元々自分たちよりも実力が数段上の者をパーティに迎え入れるんだ。

 ルーナは微妙な立ち位置に居ると言える。

 自分の位置を確立するための発言と受け取るべきか。


 探索者の先輩として厳しい意見を言っても仲間として迎え入れてくれるのであれば、それで良し。

 仮に嫌われ距離を置かれるのであれば、俺がアメ、ルーナがムチの役割を担うことで、ソフィーたちの成長に寄与しようとしているんだろう。


 ルーナがソフィーたちに嫌われる展開は避けたい。

 だけど、ルーナの瞳が雄弁に語っている。『覚悟の上だ』と。


 それに、このやり取りが良い方向に転がれば、このパーティの懸念点は解消される可能性が高い。


 ――第十班に致命的に足りないもの、それは〝俺を超えようとする気概〟だ。


 ソフィーたちは俺に追いつくことは絶対に無理だと思っている。

 確かに新人にとってSランク探索者は雲の上の存在だ。

 新人の時点でSランク探索者を超えようなんて本気で思っている人間は、ほとんどいない。

 だけど、そんな覚悟では上には行けない。大迷宮の攻略は不可能だ。


 だって、今のSランク探索者でも、南の大迷宮を攻略できて・・・・・いないのだから・・・・・・・

 大迷宮を攻略できるのは、今のSランクパーティすら圧倒できるパーティだけだ。


 だったら、俺はルーナの意志を尊重する。

 ただの仲良しこよしでは、先にいけないのも事実だ。

 第十班の覚悟を改めて問うには絶好の機会だろう。


「そうか? みんな充分頑張っただろ。内容としても、申し分ないものだ」


「それは、下層に到達するレベルを基準にした場合、ですよね?」


「……否定はしない」


「と言うことだそうです。私もこのパーティの目標が下層到達なら、満点に近い点数を与えられます。ですが、深層到達、そして大迷宮攻略を目標にしているのであれば、あのような内容で満足してはいけません」


 ルーナが再び三人に向き合って声を上げる。


「――貴方たちにオルンさんを超えるという気概はありますか?」


「そんなの――」

「無理、ですか? 貴方たちがオルンさんを神聖視していることは、昨日今日のやり取りで充分伝わってきました。同じSランクである私から見てもオルンさんは凄い存在です。貴方たちが神聖視するのも仕方のないことだと思います」


「「「…………」」」


「ですが、忘れていませんか? 貴方たちの目標である南の大迷宮攻略というのは、オルンさんですら成し得ていないことだということを」


「「「――っ!」」」


「今のオルンさんを超えようともしていない貴方たちでは、南の大迷宮攻略なんて夢のまた夢です」


 この部屋を沈黙が支配する。


 ルーナはソフィーたちが目を反らしていた事実をはっきりと突き付けてくれた。


(さて、ルーナの言葉を聞いて三人は何を感じ、何を成そうとするのか。三人の返答次第で、今後のソフィーたちとの向き合い方も変わってくる。いずれにしても、俺は弟子の意志を尊重する。それだけは変わらない)


 短くない時間の沈黙が続き、


「わ、私は――!」


 意外にも三人の中で最初に口を開いたのはソフィーだった。


「――私は、オルンさんを超えるなんて絶対に無理だと思っていました。何度も助けてもらって、何度も凄いところを見てきて、『この人には絶対に敵わない』、そう考えていました……」


「…………」


「ですが、今の言葉にはハッとさせられました。私はオルンさんが困ったときに手助けができるようになりたいと思っています。オルンさんの後ろをついて行くだけの私が手助けなんてできるはずがありません。――なので、私はオルンさんを超えます! そうでなければ、オルンさんが困るような状況で、オルンさんを助けられませんから!」


「今の師匠でも届かないところを目標にしているなら、今の師匠は超えなくてはいけない。わかっていたけど理解していなかった。僕は適当な気持ちで大迷宮攻略という目標を掲げていない。あの日僕を送り出してくれた村の皆に、あの選択は正しかったと胸を張って言ってもらえるように、最高の探索者になるために、――僕は師匠を超えます!」


「いつの日か、ししょー言ってたよね。『師匠にとって弟子が師匠を超える瞬間が一番嬉しいらしい。俺もその気持ちを味わってみたい』って。その瞬間があったらししょーはあたしたちに最高の笑顔を向けてくれると思うんだ。ししょーの最高の笑顔を見るためにも、あたしもししょーを超えるよ!」


 三人の目の色が変わったように感じる。

 この子たちは《アムンツァース》に敗れて更に強くなると誓い、今、俺を超えると本気で考えているようだ。


「えぇ、一緒に成長していきましょう。――私も今の自分には満足していません。もっともっと強くなって、オルンさんを追い越しますからね」


 ルーナがこちらに笑みを向けてくる。


(ありがとう、ルーナ。この子たちの意識を変えてくれて。この子たちはこれから更に強くなる。……俺も負けてられない)


「先ほども言ったな。『これからは今まで以上に自分たちの行動には責任が伴う』、と。簡単には超えさせないからな」


 オリヴァーに負けてくよくよしている場合じゃないな。

 弟子たちの最大の壁で在り続けるためにも、立ち止まっては居られない――!


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