115.第十班改め――

 その後、俺から今回の攻略の総評をした。


 ソフィーたちがルーナと距離を取らないかが心配だったが、それは杞憂に終わった。

 むしろ、自分たちの意識を変えてくれたことにより、より親和感情を抱いているようにも見える。

 危険な橋を渡ることになったけど、終わり良ければ全て良し、かな。


「――実は、お前たちに渡したいものがあるんだ」


「渡したいもの、ですか?」


「あぁ。《夜天の銀兎》の正式な探索者となった、その祝い。良かったら受け取ってほしい」


 それから贈り物を収納している収納魔導具を三人にそれぞれ渡す。


「これは、武器と団服……?」


 収納魔導具の中にあったものを出現させたログが呟く。

 そう。これは感謝祭の準備期間に、アランさんとグレンダさんにそれぞれ製作を依頼していたものだ。


「そうだ。武器に関してはクランにあったデータを参考に、お前たちの身体が成長しても使用できるように調整を加えている。最初は少し違和感があるかもしれないが、問題無く扱えるはずだ」


 その辺りの微調整はアランさんに任せているけど、彼はプロだ。きちんと要望通りものに仕上がっているだろう。


「団服に関しては、俺の団服をベースにそれぞれの戦闘スタイルに合わせて作ってもらった。といってもこれらは俺の自己満足のために作ったものだから、武器も団服も気に入らなければ使わなくても構わない」


「気に入らないわけないよ! ししょー、ありがとう! 一生大切にするね!」


 キャロルが感謝の言葉を述べ、ソフィーとログもそれに同意する。

 気に入ってくれたみたいでよかった。


「早速身に着けてみてもいいですか!?」


 ログが興奮を隠せない雰囲気で、問いかけてくる。


「いいけど、その前に、ルーナ」


「……え、はい」


 自分に声がかかることを微塵も予想していなかっただろうルーナから、少々気の抜けた返事が返ってくる。


「ルーナにもこれを」


 そう言って、ルーナのために・・・作られた団服を手渡す。

 ルーナが呆然とそれを受け取る。


「どうして。団服の用意には時間が掛かると探索管理部の人が……」


 俺の加入時は大急ぎで製作してもらったようだが、団服の製作には数日ほど時間が掛かる。

 だけど、俺の手元にはルーナの団服がある。


 これは剣帯と弟子たちの団服の製作を依頼したときに、グレンダさんから提案されたもう一つの団服だ。

 あの時点で彼女はルーナの加入を見越していた。

 Sランク探索者、それも勇者パーティ所属の人間が《夜天の銀兎》に加入するなんて誰が予想できるだろうか。

 女の勘とは恐ろしいとしみじみ思った。


「偶然が重なったとしか言えないんだけど、これは間違いなくルーナのために製作されたものだよ。武器は用意できなかったけど、良かったら受け取ってくれないか?」


「いえ……、団服だけで充分です。ありがとう、ございます」


「どういたしまして。――三人とも武器の使い心地なんかも確認したいだろ? 屋内訓練場の使用許可は取っているから、装備を整えたら屋内訓練場に来てくれ」


「わかった! ルゥ姉も一緒に着替えに行こ! ほら、ソフィーも早く!」


 キャロルがルーナとソフィーを連れて退室する。


 ルーナは第十班のメンバーから『ルゥ姉』と呼ばれている。

 三人が愛称で呼び合っているということでルーナにも愛称が付けられた。

 俺は何年も『ルーナ』と呼んでいたから今更変えると違和感があるため、お互い昔と同じ呼び方だ。


  ◇


 室内訓練場で四人を待っていると、最初にログがやってきた。

 やはり、こういう準備は男の方が早いな。


「師匠、お待たせしました! どうでしょうか?」


 俺の近くまでやってきたログが槍を出現させて手に持つ。


 ログの恰好は一見すると付与術士――後衛が身に纏う黒と青を基調としたローブのように見えるが、激しい動きをしても邪魔にならないように趣向が凝らされている。


 手に持つ槍は、シュヴァルツハーゼと同様に光を飲み込みそうな黒色をしていて、石突きの部分に人工魔石が取り付けられている。


 人工魔石とは、魔石に特定の鉱物を混ぜ合わして作られた合成石のことだ。

 この人工魔石には周囲の魔力を引き寄せる特性があり、魔力流入が楽になることから、主に魔術士が使用している杖に使われていることが多い。

 なお、人工魔石は別の鉱物が混ざっているためか、魔石を狙うはずの魔獣に狙われることが無い。

 その代わりに魔導具に使用することができなくなる。


 ログは槍での攻撃の他に支援魔術を含めた魔術を多く使用するため、人工魔石を取り付けるよう依頼していた。


 俺の戦闘スタイルも剣術と魔術を併せたものになるため、シュヴァルツハーゼにも人工魔石の取り付けを提案されたが断った。

 【魔剣合一オルトレーション】の際に邪魔になるし、俺の異能である【魔力収束】で人工魔石の働きができるためだ。


 ちなみにソフィーとキャロルに渡した杖とダガーも同じ色合いで、そちらにも人工魔石を組み込んでいる。

 黒竜のウロコをメインに使っているからどうしても色は黒系統になってしまう。


「似合ってる。カッコいいぞ」


「ありがとうございます! ……でも、この槍の素材って上層のものではないですよね? 武器の目利きができない僕でもすごく良質な物だとわかるんですが」


「見る目があるな。お前たちに渡した武器は黒竜のウロコをメインに使っている」


「黒竜ってあの黒竜ですか!? そ、そんなの受け取れませんっ! 僕たちには見合っていませんから!」


 ログの言う通り、Bランクになったばかりの探索者が使う武器ではない。

 だけど、そんなことは関係ない。

 もしかしたら今後、武器の性能の低さが原因で命の危険にさらされることがあるかもしれない。

 その時になって後悔するくらいなら、誰に何と言われようとも俺は厭わない。


「受け取ってくれ。これは投資でもあるんだ」


「投資、ですか?」


「あぁ。俺の教え子であるお前たちが活躍してくれれば、それだけ俺のクラン内での評価も上がるからな。だからお前たちは、これからもどんどん活躍していってくれ」


「……わかりました。ありがとうございます」




「ししょー! お待たせ~!」


 ログと会話をしていると、入り口のあたりからキャロルの声が聞こえた。


「早かったな。全然待ってないぞ」


 訓練場へとやってきた三人が俺の近くまでやって来る。


 キャロルの服装は、この中では俺の装いに一番近いかもしれない。

 色合いは《夜天の銀兎》のカラーである黒と青を基調としたもので、ロング丈のアウターを羽織っていているがピッタリ目のサイズで、下はショートパンツにハイソックスとなっているため、見た目以上に動きやすい衣装になっている。


 続いてソフィーは、以前までの団服と同様にワンピースの上からマントを羽織っている。

 だけど、デザインは一新されていて、受ける印象は以前のものよりも大人っぽい。

 これは服装だけでなく、少し前まで見受けられた自信が無くておどおどとした雰囲気が無くなっていることも大きいかもしれない。


 最後にルーナ。

 彼女の服装は細部こそ変化があるが、デザインは勇者パーティにいた頃とそこまで変化はない。

 大きく変わっているのは色合いだろう。

 これまで彼女が羽織っていたアウターは白を基調としたものだが、それが黒を基調としたものになっている。

 色合いが変化するだけで受ける印象はだいぶ変わるものだな。


「ししょー、どう? 似合ってる?」


「あぁ、三人とも似合ってる。すごく可愛い」


 俺が素直な感想を口にすると、キャロルは「えへへ~」と笑みを浮かべ、ソフィーは「はぅ……」と顔を赤らめ、ルーナは珍しいものを見たような表情でこちらに向けてくる。


「ルーナ、どうした?」


「いえ、オルンさんがそのようなことを口にするのは、珍しいなと思いまして」


 ルーナの言葉を聞いて、俺は苦笑してしまう。


「確かにな」


「ふふっ、でも、今の方が良いと思いますよ。曙光に居たころよりも伸び伸びしていて、以前よりも素が出せているような気がします」


 勇者パーティに居たときは、色々なものに追われていた。

 《夜天の銀兎》に入ってからは、多少は肩の荷が下りた気分になって、ルーナの言う通り自由に振舞えている気がする。

 ……今も課題は山積みだけどな。


「ありがとう。ルーナも勇者パーティに居たころよりは時間に余裕ができるはずだ。最近は色々なことがあったし、しばらくはのんびりしてくれ」


「はい、ありがとうございます」


「ねぇねぇ、ししょー」


 ルーナとの会話に一区切りがついたタイミングで、キャロルが話しかけてくる。


「どうした?」


「さっき三人で話してたんだけどね、これから大迷宮に行きたいの!」


「大迷宮? 早速三十一層を探索するのか?」


 少し発破を掛け過ぎたか? 

 三十層攻略はこの子たちにとっては、そこまで難易度の高いものでは無かった。

 それでも疲労は溜まっているだろうし、今日はもう休んでもいいと思うんだが。


「ううん、違うよ。三十層に行くの。あたしたちはししょーを超えると決めた。だから、今のししょーの実力を改めて知っておきたいんだ!」


「つまり、俺が三十層を攻略するところが見たいと?」


「うん! 最初はあたしたちの新装備の使い心地を確認して、その後はししょーとルゥ姉の二人で攻略しているところを見てみたいの!」


「……なるほど。ルーナ、どうだ?」


「私は問題ありませんよ。むしろこんなにも早くオルンさんとパーティを組める機会を恵んでくれて有難いくらいです」


「それじゃあ、三十層を攻略してみるか。ソフィーとログもそれでいいか?」


「は、はい。問題ありません」

「僕も大丈夫です。よろしくお願いします!」


「よし、決まりだな。――だけどその前に一つやっておくことがある」


「やっておくことですか? それは何でしょう」


「お前たちのパーティ名を決めることだ。もう第十班では無くなったからな」


 新人部隊のパーティはパーティ名を決めていない。

 新人の間はパーティメンバーを入れ替える機会が多い。

 第三部隊に上がってからはメンバーを変更する機会があまり無いため、このクランでは第三部隊になってからパーティ名を決めることになっている。


「んー、パーティ名か~。あたしは考えてなかったな~」


「私も名前は考えてない……」


「僕もだ。……あの、もしよければ、師匠に僕たちのパーティ名を命名してほしいのですが、どうでしょうか?」


「あ、それ賛成! あたしもししょーに決めてもらいたい!」


 ログがそう言うと、すぐさまキャロルが同意してくる。

 ソフィーもコクコクと頷いている。


(やはりこうなるか……)


 俺が命名することになるんじゃないかと、薄々は思っていた。

 一応俺の方でパーティ名は考えているが……。


「……俺が命名してしまっていいのか? パーティ名は基本的に改名できないものだぞ? 大げさかもしれないが、一生名乗っていく名前なんだし、自分たちで決めた方がいいと思うが」


「んー、だからこそ、ししょーに決めてほしいかな~」


「わ、私もオルンさんに決めてもらいたいです……! 私たちがここまで来れたのは間違いなくオルンさんのお陰ですし」


「ここまで来れたのはお前たち自身の努力によるものだよ。……でも、わかった。それじゃあ、提案させてもらおうかな」


 俺が三人の要望に応えると、ソフィー達はキラキラとした目をこちらに向けてくる。


「――《黄昏たそがれ月虹げっこう》なんてどうだ?」


「黄昏というと夕方ですよね。夕方の月の光ですか?」


「ゲッコウはそっちを想像するよな。月の光ではなくて、月の虹でゲッコウだ」


「んー? 虹って雨上がりの日中に出るものじゃないの?」


「かなり条件は厳しいけど、月の光でも虹はできるぞ」


「へぇ~! そうなんだ!」


「それで師匠、この名前にはどのような意味が?」


 ログがわくわくとした雰囲気で問いかけてくる。


「《夜天の銀兎》ってのは『夜空に浮かぶ月』って意味なのは知っているだろ? 黄昏時は日が沈み、月が昇り始める頃合いだ。時間が経つにつれて月は高く登り、夜を照らす。常に高みへと登り続けるために、という意味を込めてみた」


「常に高みに登り続けるために……」


「うん! 駆け出しのあたしたちにはピッタリだね! あたしたちがベテランになったとしても、この名前を口にすれば、初心の今の気持ちを忘れない気がする!」


「そうだね。素敵な名前だと思う。オルンさん、そうなると月虹の意味というのは……」


「月虹の方には色々と意味は込めてはいるけど、受け取り方は人それぞれだと思ってる。これについては、全部を口にするのは風情に欠ける気がするから、各々で感じ取ってほしい」


「ふふっ、オルンさんも意外とロマンチストなんですね」


 ルーナが笑みを浮かべながらからかい口調で声を掛けてくる。


「俺も自分はリアリストだと思っていたから、こんな名前が出てきて驚いてる。変かな?」


「いえ、素敵だと思いますよ。みんな不満は無いようですし」


「はい! とても気に入りました。僕たちのパーティ名は《黄昏の月虹》にします! キャロルとソフィーも異存ないよな?」


「問題なーし!」


「オルンさんが付けてくれた名前だもん。反対なんてしないよ」


「喜んでくれたようで良かったよ。それじゃ、パーティ名も決まったことだし、三十層に向かおうか」


「「「おぉ!!!」」」


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