113.【sideルーナ】夜闇を照らす月光②

「お姉さん、ワッフル食べる? 甘くておいしいよ!」


 オルンさんとそのお弟子さん達と一緒に馬車に乗り込むと、向かいに座っていたキャロラインちゃんが、ワッフルをくれました。


「あ、ありがとうございます。……美味しい」


 それを口に運ぶと、口の中にくどくない甘みが広がり、ほっとした気分になりました。

 本当に美味しいです。


「でしょ~!」


 キャロラインちゃんがこちらに笑いかけてきます。それにつられて私自身も笑顔になっていることに気が付きました。

 彼女の笑顔は、自然とこちらまで笑顔にしてくれる素敵なものですね。


「――それでオルンさん、この状況について説明頂きたいのですが……。私はもう何が何だか……」


 私の隣に腰かけているオルンさんに問いかけます。

 本当に私は今の状況に付いていけていません。


「まぁ、当然だな」


 私の問いかけにオルンさんは苦笑しながらそう呟くと、私の質問に答えてくれました。


「この状況自体は単純だ。結論から言うと、ルーナたちは保護観察処分となった」


「保護観察処分、ですか?」


 保護観察処分とは、罪を犯した人間が保護観察官の監督を受けながら、収容所の外で生活を送る制度だったはずです。


「そうだ。そして、ルーナの保護観察官が俺となる」


 オルンさんが、私の保護観察官……。


「…………あれ? 『たち』ということは、もしかして……」


「あぁ。ルーナだけじゃなくて、デリックとアネリも同じく釈放されている。と言ってもあの二人は精神的に大きなダメージを負っていてな。今日からは治療院で療養することになっている。あいつらの保護観察官はフォーガス侯爵だ。オリヴァーに関しては、現時点で釈放することが難しいから、今も収容所に居るよ。釈放がいつになるかは、正直わからないな」


「そうですか、彼らも。オルンさん、ありがとうございます」


「実際に手を回してくれたのは、フォーガス侯爵だ。俺は何もしてないよ」


「オルンさんが私の保護観察官となったということは、フォーガス侯爵と一緒に動いてくれたということですよね? それなら、ありがとうございます、ですよ」


 私の感謝の言葉を口にすると、オルンさんは軽く微笑みながら「どういたしまして」と返ってきました。



 それから少し経ち、馬車が動きを止めました。


「着いたな。ルーナも降りてくれ」


「は、はい」


 馬車を降りるとそこは、《夜天の銀兎》の敷地内でした。

 敷地内の建物には、クランの紋章も見えますし間違いないでしょう。


「三人とも、先にルーナを連れていつもの部屋に向かってくれ。俺もすぐに行くから」


 オルンさんが三人にそう告げると、三人が応答し、続いてキャロラインちゃんが私の手を握ると「行こ!」と声を掛けてから、私を軽く引っ張っていきました。


  ◇


 キャロラインちゃんに先導してもらい着いた部屋は、黒板の前に教壇がある以外は、一般的な探索者の作戦室のような場所でした。

 黒板にはオルンさんの筆跡で色々と書かれていますし、ここが彼らの部屋なのでしょうね。


「あ、そう言えば、自己紹介をしていませんでしたね。僕はローガン・ヘイワード、このパーティのリーダーを努めています。気軽にログと呼んでください」


 部屋を眺めていると、ローガン君が自己紹介をしてきました。

 私は彼らがオルンさんのお弟子さんということで、名前などは知っていましたが、この子たちはそれを知りませんもんね。


「あたしはキャロライン・イングロット! あたしのことはキャロルって呼んでね!」


「そ、ソフィア・クローデル、です。みんなからはソフィーと呼ばれています」


「ご丁寧にありがとうございます。私はルーナ・フロックハートです。えっと……」


 自分の名前を告げた後に何か言おうとしましたが、何も出てきませんでした。

 勇者パーティは事実上の解散状態ですし、実家のフロックハート商会も今はありません。

 今の私には、もう何も残っていませんでした。


「お待たせ」


 そんなことを考えていると、オルンさんが部屋に入ってきました。


「あ、ししょー、おかえり~」


「ただいま。――それじゃあ今後のことについて話をするから、全員椅子に座ってくれ。ルーナも空いている所に腰かけてくれ」


 オルンさんが私たちにそう告げると、三人はすぐさま部屋の中心にある大きなテーブルに備わっている椅子に腰かけ、オルンさんはその前にある教壇に移動します。

 キャロラインちゃんが「お姉さんこっちこっち!」と手招きをしてきたので、彼女の隣の椅子に座りました。


 私が着席するのを待ってから、オルンさんが口を開きます。


「よし、それじゃあ話を始めるぞ。まずはルーナの件だ。先ほども言った通り、俺がルーナの保護観察官となった。そこでルーナには、探索者として《夜天の銀兎》に所属してもらいたい」


「……え?」


「その上で所属は新人部隊第十班、つまりこのパーティだな。厳密には明日の三十層攻略を以って第三部隊に昇格した後に、パーティに合流してもらう。新人部隊にSランク探索者を入れるのは流石にな」


「…………」


 少しずつ今の状況を飲み込んできたところでしたが、オルンさんが更にとんでもないことを口にしています。

 私が、《夜天の銀兎》に入る?


「と言っても、これはあくまで俺の希望だ。一介の探索者である俺が保護観察官を務めることからもわかると思うが、これはルーナを外に出すための方便だ。この処罰に効力は事実上存在しない。だからルーナには拒否権も当然ある。嫌なら嫌と正直言ってもらって構わない」


「嫌では、ありません。むしろこんな私を拾っていただけるなんて、有難いことだと思います。――ですが、明日三十層攻略ということは、明日からBランクパーティということですよね? その、自分で言うのもあれですが、Sランクである私がこのパーティに入るのは問題無いのでしょうか?」


「そこら辺の根回しは済んでいる。何の問題もない。後はルーナの気持ち次第だ」


「…………貴方たちは、私がパーティに入ることについて、どう思っているのですか?」


 オルンさんのお弟子さんたちに問いかけます。

 私の気持ちよりも、この子たちの気持ちの方が大切ですから。


「あたしは大歓迎だよ~! もともとメンバーは増やさないといけないって、ししょーもずっと言ってたし、お姉さんなら何の文句も無いよ!」


「この前の西門でのルーナさんの魔術はすごかったです! あんなにすごい方がパーティに入って頂けるなんて、こちらとしては嬉しい限りです」


「ルーナさんは優しそうですし、私たちのパーティの穴を埋めるには持って来いの方だとオルンさんも言っていました。ルーナさんさえ良ければ、是非私たちのパーティに入ってください!」


「ということだ。……ルーナ、残念だけど、ルーナの両親パスカルさんたちが釈放されることは無いだろう。仮に釈放されることになるとしても、少なくとも数年は先の話だろう。児童誘拐の現行犯じゃ言い逃れもできない」


 そうですね。

 お義父様たちにどのような処罰が下るかは分かりませんが、甘い処罰で終わるとは思えません。


「両親が罪人として捕まってしまったお前の気持ちがわかるなんて言うつもりはない。だけど、家族を喪った悲しみは理解しているつもりだ。今だから白状するけど、村の皆が野盗に殺されて、オリヴァーと俺だけが生き残って、俺たちは二人だったけどすごく寂しかったんだ。そんな俺たちに声を掛けてくれて、一緒にパーティを組んでくれたルーナには本当に感謝している――」


 ……オルンさんがそんなことを思っていたなんて知りませんでした。

 私は、フォーガス侯爵の指示に従ってオルンさんたちに近づいただけです。


 むしろこちらこそ、操り人形のようなこんな私を、仲間として受け入れてくれたオルンさんとオリヴァーさんに感謝しているというのに……。


「――だから、今度は俺の番だ。ルーナの居場所を作りたいと思っている。少しでもルーナの寂しさが紛れるよう、俺が一緒に居るから。また、仲間として一緒に迷宮探索をしよう。所属するパーティは違うけど、フリーの日は一緒にパーティを組んでさ」


 オルンさんが私に笑顔でそう告げてきました。

 その表情は彼が勇者パーティにいた頃に仲間だった私たちに向けていた、優しげな、すごく安心感のある表情でした。


 私はまた、オルンさんの仲間になれたのですね……。


 気が付くと私の目から一筋の涙が流れました。


 奇しくも私は両親が捕まってしまったことで、両親の束縛から解放されました。

 両親の逮捕はオルンさんの尽力によるものと聞いていますので、ある意味ではオルンさんが私の呪縛を解き放ってくれたと言えるでしょう。

 それだけに留まらず、勇者パーティという居場所を無くしていた私に新しい居場所まで与えてくれるなんて……。


 オルンさんが、暗闇の中で迷子になっている私に、道しるべとなる光で照らしてくれている、そんな気がします。


「……はい。よろしく、お願いします」


 フォーガス侯爵の思惑でも両親の指示でもなく、私は自分の意志でこれからもオルンさんに付いて行こうと決意を新たにしました――。


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