171.【Sideシオン】天敵

「貴方が魔人ということで良いのかな?」


 そう問いかけると、男は軽く呆気にとられた表情を浮かべる。

 それからすぐに視線を下げながら顎に手を当てた。


「……ふむ。ここを知られていただけでなく、魔人まで知っているとは驚きですね。そこまで知っている者は教団内でも少数だと聞いていましたが……」


 男は小さく呟きながら思考の海を漂っているようだった。


「私が知っていることはどうでもいいでしょ。私の質問に答えてほしいんだけど?」


「あぁ、これは失礼しました。私が魔人か、という問いでしたね。いいえ、私は魔人ではありませんよ。あくまで私は《博士》殿の助手としてここに居るに過ぎませんので」


「オズウェル・マクラウドの助手、ね。それなら、さぞ有用な情報を持っていそうだね。今の私は虫の居所が悪いんだ。素直に吐いてくれると嬉しいんだけど、話してくれるかな?」


「一介の助手が持っている情報なんてたかが知れていると思いますが、仮にお答えしないと申し上げたらどうするのでしょうか?」


「ここを任されているということは、ここのやり方を容認しているってことだよね? だったら遠慮するつもりは無い。私のことを《白魔》と呼ぶくらいなんだから、私の異能も把握しているんでしょ? ――死ぬ寸前まで痛めつけてあげる。でも安心して、すぐに元通り・・・にしてあげるから。貴方が情報を吐くまでそれを繰り返す。肉体はともかく精神がこれに耐えられるといいね」


 これまでの鬱憤を晴らすかのように、殺気を乗せながら言い放つ。

 私の感情が周囲の氷の精霊に伝播したのか、私が立っている周辺の気温が一気に下がり始めた。


 並大抵の相手であればこの時点で震えあがるものだけど、目の前の男は私の本気の殺気を真正面から受けても大した変化は無かった。


「それは、流石に耐えられそうにありませんね。いやはや、怖いお姫様・・・ですね、《白魔》殿は」


「だったら話してくれない?」


「いえ、お断りします。その方が面白そう・・・・ですから」


 男は邪気の無さそうな満面の笑みでそう言い放ってきた。

 簡単に口を割る人間ではないと思っていたけど、理由が面白そうとはね。

 元々期待はしていなかったけど、だったら無理やりにでも口を割らせるだけだ。


 方針を固めた私は氷の槍で全身を串刺しにするために、即座に【氷槍アイスジャベリン】を発動した。

 男の周囲に魔法陣が現れると同時に、いくつもの氷の槍が未だ椅子に座っている男に襲いかかる。


 その槍が男の急所を避けつつ体を貫く――ことはなく、男に届く直前で、まるで虚空に飲み込まれたかのように消え去った。


「……ふむ。これが《白魔》殿の魔術ですか。本当に早いのですね。これを対処するのは骨が折れそうです」


(なに、今の……)


 躱すわけでも何かで防ぐわけでも無く、まるで男の周囲が別の空間に繋がっていて、その中に氷の槍が飲み込まれたようなそんな感覚だった。


 不可解な現象には大抵異能が関わっている。

 だけどこんな異能があるということは聞いたことがない。

 《アムンツァースウチ》は、異能に関しては間違いなく世界で一番詳しい組織だ。

 元々異能者の王の関係者であった私の先祖が設立した組織だし、今は妖精の女王・・・・・も味方に付けている。

 彼女からは教団の拠点の情報と一緒に異能についても聞いていたけど、こんな現象を引き起こせる異能があるという情報は無かったはず。


『……バカな……あり得ない……。教団が、何故それを……』


 私も情報にない現象に驚いたけど、私以上にティターニアは動揺していた。


『……ティターニア、どうしたの?』


 声を発することなく、精霊の瞳を介してティターニアに問いかける。

 精霊の瞳と同化したためか、本来【精霊支配】の異能者の特権である妖精との念話を私も可能としている。

 だだ、妖精との念話は必要以上に疲れるから、普段は声を発してコミュニケーションを図っている。

 しかし敵が居るこの場では念話の方が良いと判断して、こちらを選択した。

 どうやら男はティターニアが関与していることには思い至っていないようだし。


『……どうやらウチは楽観視していたようだ。最悪・・だ……! シオン、今すぐこの場から逃げろ!』


 いつも余裕綽々でいたティターニアが、切羽詰まったような声音で逃走を命じてきた。

 私には何故ここまで彼女が焦っているのかがわからないけど、それほどの事態ということだろう。

 理由を問いただしたい気持ちもあるけど、それは後回しにした方が良いんだろうね。


『……わかった。撤退する』


『悪いが、今のウチ・・・・は無能も無能。何もすることができない。すまない。何とか逃げ延びてくれ!』


『それってどういう――っ!?』


 ティターニアとの念話の最中、視界の端で光に反射したかのように何かが煌めいた。

 それを注視すると、水のような何かで形作られた刃が私の首に迫ってきていた。


 体を逸らしてそれを躱すと、私に一番近づいたタイミングで切っ先が人の手のような形に変わり、刀身も人の腕のような形になっていた。

 そのまま動きを変えて人の手をしたものが私の首を掴んでくる。


「ぐ、ぁ……」


『シオン!?』


 まるで本当に人に首を絞められているかのように、手の形をしたそれは力を加えはじめる。


(水に近いものなら、まずは凍らせてから――っ!? 魔力が……!?)


 私の首を絞めてきているものを凍らせてから砕こうと術式を構築する。

 それから魔術を発動しようとしたが、私の周囲から魔力が消えていた・・・・・・・・ため魔力流入ができなかった。


「よくもパパに攻撃を! 許さない!」


 そんな声が前方から聞こえると、腕の先も徐々に形が作られて、最終的に目の前に十歳前後にしか見えない少女の姿が現れた。


(これが……、この子が、魔人……?)


『今助ける! もう少しだけ我慢してくれ!』


 息ができない中、ティターニアの声が頭に響く。

 それから彼女が私を介して何かをしたことがわかった。


 いくつもの風の刃が上に向かって放たれると天井の一部が削られ、その破片が私の首に伸ばしている少女の腕に落下したことで、少女の腕が物理的に分断された。

 それによって力が伝わらなくなったのか、分断された先が形を失い水のように地面に落ちた。


「ごほっ……ごほっ……」


 首絞めから解放された私は咳き込みながら空気を体内に取り込む。

 それから直ぐに後ろに大きく跳んで距離を取る。


『助かった。ありがとう、ティターニア』


『いや、今のウチにできるのは、これが精一杯だ』


「ドゥエ、戻ってきなさい」


「うん、パパ!」


 男からドゥエと呼ばれた少女は、前腕から先が落下物によって分断されたというのに対した反応も示さず、無邪気な子どものような笑みを浮かべながらスタスタと男の元へ小走りで向かう。

 その道中で無くなっていた腕の部分に流動的な何かがうごめくと、腕は元通りになっていた。

 外見は五体満足な少女の姿だ。

 そのまま子どもが親に甘えるかのように、ドゥエは男の左腕にギュッと抱きついた。

 対して男は、ドゥエの頭を撫でながらも意識は完全に他所に向いているようで、


「驚きました。あの状況で魔術を使えるとは。これはまだまだ改善の余地あり・・・・・・・と言ったところですね。貴重なデータを提供して下さり感謝しますよ、《白魔》殿」


 ドゥエには一切目を向けずに男がこちらに声を掛けてくる。


「なんなの、この状況……」


 目の前に映る光景や精霊の瞳を通して視た光景に思わず言葉が零れた。


 男とドゥエの関係性は本当に親子なのだろうか……?

 それも気になるけど、それ以上に私はドゥエが通った場所や彼女の周りに一切の魔力が無いことに驚きを隠せなかった。


 魔力は世界のどこにでも在るものだ。

 今は迷宮の存在によって多少の偏りがあるけど、それも大局的な視点から見れば微々たるもの。

 魔力が無い場所――そんな例外は、私が知る限りでは世界でたった一つだけ・・・・・・・


 その例外・・が目の前の少女に当てはまるということは……。

 その結論に到達してしまった私は、全身を巡っている血が凍りつくような悪寒に襲われる。


『ティターニア、あの子は、まさか――』


『……あぁ。そのまさかだろうな。オリジナルには全く届いていないが、それでも脅威であることに違いはない。特にウチにとっては、な」


 私の言葉を否定してほしかった。

 でも、返ってきた答えは最悪に限りなく近いものだった。


妖精を殺すため・・・・・・・あるじによって生み出された北と南の聖域の守護者――いや、今は北と南の大迷宮百層のフロアボスと言うべきか。ソイツの特性である【魔力喰い】を再現した魔人で間違いないだろう』


「【魔力喰い】……」


 私が思わず小さく呟くと、それまで余裕の笑みを浮かべていた男が目を細めた。


「……《魔女》の先祖返り、聞いていた以上に厄介な存在のようですね。ドゥエ、貴女に大切なお仕事を頼みたいのですが良いでしょうか」


 男が未だ彼の腕に抱き着いているドゥエに初めて顔を向けてから声を掛ける。

 その声にドゥエは目を輝かせ、声を弾ませていた。


「うんうん! 私、パパの言うことならなんでも聞くよ!」


「良い子ですね。では、まずはそこに居る銀髪の女を殺してください。その後はここを出てヒティア公国に向かい、その国に居る人間を手当たり次第虐殺するように」


 彼は、何を、言っているの……?


 いや、言葉の意味は分かる。

 しかし肉体的にも精神的にも未成熟にしか見えない子どもに下す命令では無い。

 そんなことを口にするこの男も教団クズどもの関係者に恥じない人間ってことか。


「……パパは?」


「私には別のお仕事があるので一緒には居られません。ですが、ドゥエがきちんとお仕事を続けて居ればいつか・・・再会できますよ」


「ホント!? だったら頑張る! だから早く会いに来てね!」


「……えぇ、そうですね」


 男がドゥエとの会話を終えると、椅子から立ち上がる。

 そして彼女から離れると、男の体が陽炎のように揺らめき始めた。


「――っ! 逃がさない……!」


 ドゥエに【魔力喰い】の特性があったとしても、それは不完全なもの。

 その影響下は彼女の周囲数十センチと言ったところだ。

 彼女と離れている今であれば問題なく魔術を行使できる。


 未だ頭の中は疑問でいっぱいだけど、ここであの男を逃すわけにはいかない。


 氷塊の中に閉じ込めるべく【刻凍スティルネス】を発動する。

 しかしそれよりも早く、男の周りに水のようなもので作られたドームが現れる。

 それに魔力が触れると、魔力が虚空へと消え去った。


 魔術という現象を起こしているのは魔力だ。

 その魔力が消えれば、当然魔術は発動されない。


 【刻凍スティルネス】が不発に終わりドームが無くなると、先ほどまでその中にいた男の姿は無くなっていた。


「またパパに攻撃しようとしたな、ギンパツ!」


「銀髪って……。なんか私のあだ名多くない? オルンからは『ローブ女』って呼ばれるしさ」


 怒りの形相で怒号を飛ばしてきたドゥエに、努めて冷静を装いながら口を開く。


『シオン、ここに居ても殺されるだけだ。今は逃げろ。魔術士であるお前に勝ち目は無い』


 そんな私にティターニアが焦った口調で撤退するよう言ってくる。


「あはは……。そうだね。あの子と戦っても、私に勝ち目なんてほとんど・・・・無い」


 ティターニアへの返答に念話を使わず、敢えて口から言葉を発する。

 予想通りドゥエは、いきなり独り言を始めた私を怪訝な表情で見ながら様子をうかがっている。 


「――でも、逃げられないんだよねぇ」


『何故だ! あいつの【魔力喰い】は不完全なものだ! 距離を取れば魔術は使える! ここでリスクを取る必要なんて無いだろ!』


 ティターニアの言っていることは正しい。

 彼女でなくても、ここは無理する場面では無いと言う者が大多数だろうしね。


 それでも、ここで退くことを私は許さない。


「いいや、ダメだ。あの子が私を殺そうが逃そうが、どちらにしても次の行動はヒティア公国の蹂躙だ。それだけは防がないといけない。公国の統治を任されている・・・・・・一族の人間として、臣民は守らないといけないから。政は他の人たちに丸投げしているんだから、こんな時くらいは体を張らないとね」


 私は逃げられない理由を紡ぎながら、昔のことを思い出していた。

 ――私の原点を。


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