242.分岐点の出口
◇ ◇ ◇
俺はまだ二十年程度しか生きていないが、それでもわかったことがある。
それは『後悔しない人生なんて、そんなものは結局無い』ということだ。
最良の選択をしたつもりでも、失敗というものは必ずある。
しかしそれと同時に、その選択によって得られるものも多くあるはずだ。
だからこそ、迷ったときは選んだ先で何を得るのか、それを考える方が建設的なんだと思う。
そして、大切なのは選んだ道で死力を尽くすこと。
多くのことを得て、満足できるように努力を続ける。
選ばなかった未来を想像しなくても済むくらいに。
……それでも、もしもやり直せる機会を得られるのなら、俺は――あの理不尽に抗う。
じいちゃんが命を賭して、俺にもう一度チャンスをくれたんだ。
じいちゃんの想いに報いるためにも、何よりも、もう二度とあんな思いをしなくて済むように。
俺は改めて誓う。
この先どんな理不尽が待ち受けていても、歩みを止めない。
大切な物が俺の手から零れ落ちないように、もう二度と失わないために、全身全霊を尽くす!
アウグストさんを見送り、俺とシオンだけになった幽世で、俺は誓いを改めて心に刻む。
「それじゃあ、行こっか、オルン!」
そんな俺に笑顔を向けてくるシオンが、晴れやかな声を発した。
俺とシオンの時間も再び進み始めた。
――『〝外の世界〟にはさ、これにも負けないくらい綺麗な景色がたくさん広がっていると思うんだ』
――『オルンは外の世界に行くの……?』
――『うん。問題がたくさんあることは知っている。でも、その問題を解決して、俺は外の世界を見て回りたい。……だからさ、シオン。一緒に色んな景色を見に行かないか?』
――『え、私も付いて行っていいの?』
――『もちろん! 逆に何でダメだと思ってたんだ? 独りの旅は寂しいし、シオンも一緒に来てくれたら嬉しい』
――『そ、それだったら、私も一緒に行きたい!』
――『よし! じゃあ〝約束〟だ! 一緒に外の世界を見て回ろう!』
――『うん!』
あの日のシオンが俺に見せてくれた霜でできた銀世界の中で交わした約束を思い出すと、心が温かくなる。
しかし、それと同時に十年近くも約束を忘れてシオンに苦しい思いをさせてしまったことに対する申し訳なさも募る。
だから、ここからだ。
全てここから再び始める。
「――あぁ。世界を
心を新たに、俺は再び歩き始めた――。
◆
「――重い……」
ソフィーの婚約騒動から端を発した《シクラメン教団》の幹部である《博士》との戦いやクローデル元伯爵の断罪などがあった日の翌日。
この日は腹部に何か重たいものが乗っているような感覚から始まった。
(…………あぁ、そうか。――
今日がダルアーネを発つ日であるとはっきり認識している。
それでいて、これから起こることや幽世での出来事もきちんと覚えている。
少々変な感じだが、何一つ忘れることがなくて安心する気持ちが強いな。
そんなことを考えながら体を起こすと、案の定、そこには突っ伏して気持ちよさそうに寝ているフウカが居た。
「ん……んぅ……」
そんなフウカを微笑まし気に眺めていると、彼女がむくりと起きあがった。
「…………オルン、おはよう」
「おはよう、フウカ。……なるほど。お前がここに居たのは、【未来視】でここが分岐点だと知っていたからか」
俺が分岐点という単語を口にすると、フウカが目を見開く。
それからフウカは、表情を今までに見たことがないほど真剣なものに変える。
「――オルン、調子はどう?」
フウカが問いかけてくる。
あの時と同じ質問だ。
「あぁ。万全だ」
俺がそう返答すると、フウカは満足げな表情で頷く。
「そう。
「あぁ、記憶と異能を取り戻して帰ってきたよ」
「良かった。おかえり、オルン」
「ただいま。――早速だけど、俺に力を貸してほしい」
その言葉に、フウカは一も二もなく頷いた。
「当然。私はオルンの剣だから」
(俺の剣、か。はははっ。言い得て妙だな)
何度か聞いたことのある単語だが、当時の俺には全く意味が解らなかった。
だけど、今なら意味が解る。
彼女は俺と一緒に戦ってくれる存在。
そして、――俺を
朝の身支度を済ませて部屋を出ると、部屋の外で待機していたフウカと合流する。
「オルン、これからどうするの?」
屋敷の廊下を歩いていると、フウカから質問が飛んでくる。
「色々手は打っておきたいが、俺とフウカが最優先にやることは、《羅刹》と《戦鬼》の殲滅だ。フウカ、
ツトライルを滅茶苦茶にしてくれた実行犯の二人、アイツらに慈悲は無い。
「そういうの得意。任せて」
話をしているうちに食堂へと到着すると、
「あ、オルンさん、おはようございます!」
「師匠、おはようございます!」
「おはよ~、ししょー!」
俺に気が付いた弟子たちが笑顔で挨拶をしてきた。
それに続くようにルーナとセルマさんからも挨拶の言葉が来る。
みんなの笑顔と声を聞いて、視界が僅かにぼやける。
(俺は、この日に戻ってきたんだな……!)
一度は俺の手から零れてしまった大切なもの。
それが目の前に広がっている。
全員が、俺の心を温かくしてくれる大切な存在だ。
――だからこそ、もう二度と喪いたくない。
もう、みんなの
みんなが自分らしく生きていてくれるなら、それ以上に有難いことは無いのだから。
「…………あぁ、おはよう」
「んー? どうしたの、ししょー。もしかして怖い夢でも見たの~?」
「オルンさんにしては珍しく遅い目覚めですし、もしかして体調が芳しくないとかですか? それでしたら、ツトライルへ向かうのを遅らせても構いませんけど……」
そんな俺の機微にいち早く気付いたキャロルと、一番付き合いの長いルーナが心配そうな表情をする。
「あぁ。ちょっと怖い夢を見てしまってな。でも、みんなを見たら怖さは吹き飛んだから大丈夫だ。体調も問題ない」
「オルンが怖がるほどの夢となると、その内容が気になるな」
空気が重たくなり過ぎないように、その場に居たセルマさんが茶化すように会話に入ってくる。
「あはは……。機会があったら話すよ。この夢は、怖くても、――忘れちゃいけないものだから」
《夜天の銀兎》に加入するという選択をしたことを一度は後悔した。
だけど、《夜天の銀兎》に加入したからこそ、弟子たちやセルマさん、それ以外にも多くのかけがえのない仲間と出会うことができた。
ルーナともまた一緒に過ごすことができた。
この選択の先で得たものだって多くある。
教団は、そんな俺の大切なものを理不尽な理由で奪おうとしている。
それは許容できない。
奇しくも、俺と教団の
だが、その過程、そしてそれが齎すものは全く違う。
だからこそ俺は、《シクラメン教団》を叩き潰す!
もう二度と大切な物を奪われることが無いように。
そして、俺の新たな物語の幕が上がる――。
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