241.【sideアウグスト】勇者と呼ばれた男の最期
◇ ◇ ◇
「ごほっ……ごほっ……ごほっ……」
幽世から帰ってきたアウグスト・サンスが、ベッドの上で咳き込む。
その姿は、オルンたちと話していた壮年ではなく、衰弱している老人だった。
『死ぬのか、
そんなアウグストに、ティターニアが無感情に声を掛ける。
「ははは……。死ぬのかもなぁ……。力はほとんど使いきったし」
『そうか。だったらウチは、崩壊へと進むこの世界を眺めるとしよう』
「おいおい、主と仰いでいる人間が死ぬんだぞ? もっと何かないのか?」
『特にないわね』
「はぁ、悲しいねぇ。――さてと、最期の仕事をしますかね」
アウグストがそう言いながら起き上がる。
そのまま立ち上がるが、衰弱した身体では自身を支えるのも一苦労のようで、膝が笑っていた。
『……何してるの?』
「いや、ちょっくら行くところがあってな。一緒に来るか?」
『暇つぶしにはちょうどいいかもね』
「素直に気になるから連れて行ってくださいって言えばいいのによ」
『うるさいわね』
アウグストはティターニアと軽口を叩き合いながら、ゆっくりとした足取りで隣の部屋へと移動する。
その部屋の床には魔法陣が描かれていた。
アウグストが魔法陣の上まで進んだところで口を開いた。
「〝不死鳥の社〟へ」
その言葉に呼応するように魔法陣が光り出すと、その場からアウグストの姿が消える。
「はぁ、疲れた……」
目的の場所へと転移したアウグストが、肩で息をしながら呟く。
そこはとある場所にある社の中だった。
『なんで、今更こんなところに?』
「未来の若人へ贈り物を届けるためさ。ま、受け取る奴らからしてみれば、嫌がらせに思われるかもしれないがな」
楽しそうに笑いながらティターニアの質問に答えるアウグスト。
『答えになってないんだけど』
アウグストはティターニアの不満げな呟きを無視して、御神体のようにして祭られている水晶玉の元へと歩いていく。
そして、アウグストがその水晶玉に手をかざした。
すると、水晶玉から膨大な量の術式が現れ、社の中を術式が埋め尽くした。
「えーっと、日付は四聖暦六二九年の三月二十九日だったな」
アウグストが記憶を漁りながら、
「この日における南の大迷宮九十二層のフロアボス黒竜が、
『……なんで、
「言っただろ、未来の若人への贈り物って。これがある意味で〝物語の始まり〟だからな」
『なにそれ』
「今は分からなくていいさ」
◇
「あぁ……、疲れた……。もう、やること済ませたよな……」
自室へと戻ってきたアウグストがベッドに横になる。
『本当に何がしたかったの?』
ティターニアが呆れたような声を漏らす。
「……いずれわかるさ。っと、もう一つ残っていたな」
満足げな表情をしていたアウグストだが、やり残したことを思い出し、ティターニアの在る方へと視線を向ける。
「――ティターニア」
『な、なに? いきなり真面目な表情になって……』
「お前は、これから、どうするんだ?」
『何って、さっきも言った通りよ。〝傍観者〟としてこの世界の結末を見届けるだけ』
「……やはりそうか。……そんなお前に、一つ言っておくことがある」
『一体何なの? 今日の主、いつにも増して変よ?』
「まぁ、いいから聞け」
『…………』
「お前が傍観者で居ると言うなら、それもいいだろう。それだってお前が決断した選択だ。今の俺に言えることはただ一つ。〝オルン・ドゥーラ〟、この名前を覚えておくと良い。何百年も先、アイツらに立ち向かうと決意する人間の名だ。オルンと関わりを持ったお前は、それでも傍観を貫けるのかな」
アウグストは
彼は元々体力が衰えていたところに、幽世への干渉、術理への介入という膨大な力を必要とすることを連続で行った。
その代償は、当然――。
「『オルン・ドゥーラ』、『何百年も先』。そのために、
「どうせ、何もしなくても、消える命だ……。多少なりとも……、俺の生きた意味のようなものを……、残したかった、んだよ……」
その言葉を最後に、アウグストは眠りについた。
『…………。ホント、最期まで自分勝手な人間だったね。でも、だからこそウチは……』
ティターニアが 消え入るような声で呟く。
妖精である彼女の声を聞ける人間は、この場にはもう居なかった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます