第八章

243.【sideベリア】グランドマスター

「――お前たちには働いてもらうぞ、《異能者の王》が歪めた世界を在るべき姿に戻すために」

 

 とある一室に集められた《シクラメン教団》の幹部たちへと、ベリア・サンスが号令をかける。


 その言葉を最後にベリアはこの部屋に現れた時と同様に、その身体が霧散し、赤黒い霧だけが周囲に漂っていた。

 その霧が消えると、そこにベリアの姿は無かった。


 ベリアの退室を確認した《英雄》フェリクス・ルーツ・クロイツァーが何も言うことなく部屋から出ていく。

 《羅刹》スティーグ・ストレムが、そんなフェリクスの後ろ姿を視界の端に捉えながら口を開く。


「それでは《戦鬼》殿、まずは第二農場セカンドファームに向かいましょうか」


「あァ? 第二農場セカンドファームだとォ? 何であんな無人島に寄る必要があんだよ。このまま直接ツトライルに乗り込めばいいじゃねェか。オレはすぐにでも《剣姫》と戦いたいんだよ」


 スティーグの提案に《戦鬼》ディモン・オーグルは難色を示し、不快そうに顔を歪めていた。


「彼女は今ダルアーネに居ます。ですので、今すぐにツトライルを攻めたとしても彼女が現れることはありませんよ? 第二農場セカンドファームで作った魔獣の性能も確かめたいですし、彼女たちがツトライルに帰ってくるまでの時間を有効に活用した方が良いでしょう?」


「だったら、行先はダルアーネでいいじゃねェか」


「目的を見失わないでください。あくまで私たちの目的はオルン・ドゥーラの心を壊すことです。徹底的に壊すなら、やはり《夜天の銀兎》の団員が多くいるツトライルが適当なのですよ」


「テメェ……、新入りの分際でアレコレと指図しやがって。温厚なオレ様もそろそろ我慢の限界だぞォ?」


 ディモンが顔を赤くしながら身体を震わせる。


「温厚……? もしかして、ディモンも寝不足で頭が回ってないの?」


 机に突っ伏しながら会話を聞いていた赤髪の幼女である《焚灼》ルアリ・ヴェルトが、あくびをしながら口を挟んできた。


「んだと……? オイ、クソガキ。口の利き方には気を付けろ。死にたくなけらばなァ」


 ディモンが血走った目でルアリを睨みつける。


 対するルアリは、特段驚いた様子もなく眠たそうに半分閉じている目でディモンを見返す。


「……ねぇ、フィリー、やっぱりコレ、灰にしていい?」


 ルアリの隣でいつの間にか開いていた地図を眺めていた《導者》フィリー・カーペンターが大きくため息を付く。


「…………止めておきなさい。眠いなら出発するときまで好きなだけ寝てていいから」


「え、ホントに!? やった! この身体・・・・、可愛くて好きだけど燃費悪いんだよね。じゃあ早速寝てくる!」


 ルアリが見た目相応に喜びを表現すると、既にディモンのことは眼中に無いようで、ルンルン気分で部屋から出ていった。


「オイ、待ちやがれ――」


 ディモンが自分を無視して走り去っていったルアリを追いかけようとしたところで、フィリーから待ったがかかる。


「《戦鬼》、その辺にしておきなさい。貴方は今回、《羅刹》の指示に従うことに納得したのでしょう? 一度決めたなら、それを貫き通しなさい」


 そう言うフィリーがディモンに向ける瞳には、異様な圧力があった。


「…………チッ! わァったよ!」


 未だに不満げな表情をしながらもディモンは押し黙る。


「ほほほっ。若いモノはエネルギッシュじゃの」


 そんな彼らのやり取りを静かに見守っていた《雷帝》グンナル・シュルテンが自身の髭を弄びながら、微笑まし気な表情をしていた。

 

    ◇

 

 一足先に退室していたベリアは、探索者ギルド本部にあるグランドマスターの執務室で書類を確認していた。


 すると、ドアからノック音がして、


「ベリア様、よろしいでしょうか」


 続けてドア越しに男の声が聞こえた。


「入れ」


 ベリアが入室を許可すると、一人の男が「失礼します」と言いながら入ってくる。


 やってきた男にベリアが視線を向ける。

 そこに立っていたのは、何の特徴もない男だった。別れてしばらくすれば忘れてしまうほどに。


「ソルダか。何の用だ?」


「定例会議の時間が迫っていますので、お声がけをと思いまして」


 ベリアから『ソルダ』と呼ばれた彼は、大陸東部を統括するギルド長だった。


「……あぁ、もうそんな時間か。わかった。今から向かう」


「相変わらずお忙しいようですね。まぁ、今や世界の中心と言っても過言ではない探索者ギルドのグランドマスターを務められているのですから、当然と言えば当然ですが。私も微力ながらお力添えいたしますので、何なりとお申し付けください」


「お前にはいつも助けられている。俺に何かあれば、次期グランドマスターはお前だろうな」


 ベリアは【永劫不変】という異能を有している。

 彼が探索者ギルドを立ち上げてから数百年、グランドマスターの椅子にはベリアが座り続けている。

 そのため、そんなことはあり得ないと内心では思いながらベリアはそう言っていた。


「あはは……。私には荷が重すぎますよ。ですが、もしそうなったらベリア様の遺志を継いでその役目を全うさせていただく所存です」


「……ふっ、心強い限りだ」


 ベリアはそんなやり取りをしながら、ソルダを連れて執務室を後にする。


 


「そう言えば、昨年は《アムンツァース》の被害報告がほとんどありませんでしたね。最後に連中が探索者を殺したのは、昨年五月の南の大迷宮だったと記憶しているのですが」


 昨年の五月は、オルンの弟子たちである《黄昏の月虹》がまだ第十班として新人部隊に所属しながら、三十層の攻略を目指していた頃だ。


 《アムンツァース》は探索者殺しの犯罪組織として悪名が広がっている組織であり、探索者ギルドにとっては宿敵ともいえる相手となる。

 その探索者ギルドのナンバーツーと言っても過言ではないソルダでも、昨年の六月以降の《アムンツァース》の動きは追えていない。

 それは、《アムンツァース》が南の大迷宮の一件を最後に、探索者を殺していないことを意味していた。


「連中は『大迷宮の攻略をしてはいけない』などという意味不明な主張をしている組織だ。確かに昨年は目立った活動をほとんどしていないが、嵐の前の静けさという言葉もある。連中を一掃するまでは警戒を解くべきじゃない」


「そうですね。一層連中への警戒を強めるよう、会議でも提言してみます」


「あぁ。よろしく頼む」


 二人が話をしている内に会議室に到着した。


 そこには、南のギルド長であるリーオン・コンティを始め、他のギルド長や探索者ギルド内で上の立場にいる人たちが一堂に会していた。


 そんな彼らを纏めているのが、探索者ギルドのグランドマスターというベリアの表の顔だ。


「忙しいところ集まってくれて感謝する。では、定例会議を始めよう」

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