268.詰問

「…………ぁ、がっ……!」


 ベリアとの戦いが終わったところで、全身が燃えるように熱くなり、耐え難い苦しみが襲い掛かってきた。


 声にならない叫びをあげながら、即座に【魔剣合一オルトレーション】を解除して、【時間遡行】を行使する。


「……っ! はぁ……はぁ……はぁ……。この痛みは、慣れそうにないな ……」


 身体の崩壊が収まったところで息を整えながら、周囲を確認する。


 全力でベリアと戦ったが、王都はシオンが作り出してくれた氷によって戦いの余波による影響を受けていなかった。


 ベリアも力尽きたように氷の上に倒れているが、死んではいない。


「休んでいる暇は無いぞ。ここからが本番・・なんだから」


 今すぐにでも倒れ込んで眠りたいが、そんなことは許されないと自分に活を入れる。


 そのまま王城前までやってくると、手を伸ばしながら周囲の魔力を操って王都を包み込んでいる氷を溶かし始める。


 五分と経たずに巨大な氷塊は姿を消し、元通りの王都の光景に戻った。


(さて、と。ルシラ殿下は……)


 王都の状況を確認して問題が無いと判断してルシラ殿下を探していると、住民たちがぞろぞろと俺を取り囲むように集まってきた。


 そんな彼らの瞳は虚ろで、生気が無いようにも感じる。


 


 ――「なんてことをしてくれたんだ……!」


 


 住民の一人から、怒りの孕んだ声が飛んできた。

 それ以外の人たちも、その表情に怒りの色を表していた。


 


 ――「なんとか言えよ!」


 ――「貴方は王国の英雄なんでしょ!? どうしてこんなことしたのよ!」


 


 他の人たちも、感情を発散させるように思い思いに罵詈雑言を俺に投げかけてくる。


(どういうことだ……?)


 この結果自体は、俺が求めていたもの・・・・・・・・・だ。


 だが――。


(これではまるで誰かに煽動されているかのような――っ! まさかっ!)


 一つの結論に辿り着いた俺は、すぐに【鳥瞰視覚】を使ってベリアが倒れている場所を確認する。


 そこには、ベリアの姿が無かった・・・・・・・・・・


 ベリアには自力では立つことが不可能なほどのダメージを与えていた。

 そんな彼が姿を消している。

 これが意味することは……。


 続いて俺は、【鳥瞰視覚】と【時間遡行】を掛け合わせた【過去視】で、その場所の光景を早送りで逆再生する。


 すると、ベリアが消える直前に二人の女の姿が見えた。


 彼女たちが現れる直前から通常再生で何があったのかを確認する。

 力尽きているベリアの元に現れたのは、フィリー・カーペンターと、意識を失っているフェリクスを引きずっている赤髪の少女だった。


 その時、フィリーは何かに気付いたかのように空を見上げた。


 そんな彼女は今の俺・・・を視ているようだった。

 その証拠に、彼女と時空を超えて目が合った気がする。


 俺が視ていることがわかっているかのように、フィリーは不敵に笑った後、人差し指で下瞼を引き下げながら舌を出した。


「――っ!!」


(フィリーに出し抜かれた……! 最後は周囲まで気を張る余裕が無かったとはいえ、ベリアとの戦いの中で彼女が近くに居る可能性には思い至っていたのに……。くそっ!)


 【過去視】を止めて意識を現在に戻しながら、悔しさから歯を食いしばっていると、


「いい加減答えてください……! 何故このようなことをしたのですか、オルン……!」


 女性の怒りの声が耳に届いた。


 その声の方向へと視線を向けると、そこではルシラ殿下が左目を左手で隠す・・・・・・・・ようにしながら、悲し気な表情を見せていた。


 それはダルアーネで彼女と事前に決めていたサイン。

 つまり彼女は、俺の味方のまま・・・・・ということだ。

 フィリーの介入があったから【認識改変】で敵側に転ぶ可能性も充分あった。

 お守りがきちんと機能してくれてよかった。


「ギルドのグランドマスターを手に掛けるなんて、どうしてそのような暴挙に出たのですかっ!?」


 ルシラ殿下が声を荒らげながら問い詰めてくる。


 彼女の演技は真に迫っていた。

 これなら第三者には俺と彼女が協力関係を結んでいるとは思わないだろう。


(そうか。そうなった・・・・・のか)


 俺を取り囲んでいる人たちには、恐らく全員【認識改変】を受けている。

 そして彼らは、俺がベリアを殺した・・・・・・・と認識しているということだろう。


 色々と想定外なこともあった。

 だけどこの状況は、俺が望んだ結果・・・・・に近い。


「何故って、そんなの決まってるだろ。グランドマスターが邪魔だったからだ」


 髪をかき上げる素振りをしながら左手で左目を隠して、ルシラ殿下に敬語を使わずに答える。


 状況を理解した俺は、更にみんなの怒りを買うために悪役を演じる・・・・・・


「……邪魔?」


 ルシラ殿下も俺の演技に乗っかってくる。


 出来レースだが、今は俺が自ら言ったという事実が欲しい。


「そうだ。魔獣を解放したは良いが、すぐに探索者ギルドに対処されては困るからな」


「魔獣を解放……? まさか、今起こっている迷宮の氾濫は……」


「あぁ、俺が起こした・・・・・・


「そん、な……」


 ルシラ殿下が本当にショックを受けているような反応をする。


 この人、演技もこんなに上手いのか。

 本当に多才だな。


 そんなことを頭の片隅で考えながらも、迷宮の氾濫を『俺が引き起こした』と、俺の言葉を聞く人たちが思うような言い回しで話す。


「この世界は人間だけのものではない。だというのに、人間は魔獣を迷宮という名の牢獄に封じ込めて、人間だけが世界の恩恵を享受する。そんなのは不公平だ! だから俺が公平な世界にした。弱い者が淘汰される。それが自然の摂理だろ?」


「そんな理由で……? 私は貴方を信じていたというのに……」


「……アンタが俺に過度な期待をしていただけのことだろ。アンタの理想を俺に押し付けるなよ」


「そう、ですね。では、オルン・ドゥーラ、貴方をこの場で拘束させてもらいます!」


 ルシラ殿下がそう言うと同時に、剣を握ったローレッタさんが先陣を切って俺に向かってくる。


 俺と目が合ったローレッタさんが、周りに気付かれないくらい小さく頷く。


(すみません、ローレッタさん)


 心の中で彼女に謝罪しながら、【切れ味減殺シャープネスゼロ】を掛けたシュヴァルツハーゼを彼女に振るう。


 同時に周りの人に【認識改変】を行使する。


 これで彼らには、俺に斬られたローレッタさんが出血している・・・・・・ように見えるはずだ。


 ローレッタさんはそのまま倒れる。


「よくもローレッタを!」


 彼女に続いて他の兵士たちも向かってきた。


「グランドマスターを殺すという目的を達した今、この場に留まる理由も無いな」


 わざとらしくそんなことを言いながらやってくる兵士たちを風の魔法で軽く吹き飛ばしてから、ルシラ殿下へと視線を移す。


「まぁ、精々頑張れよ。俺の手駒たる魔獣に国を滅ぼされないように」


「貴方に言われるまでもありません。私は許しませんよ。世界をこんなにした貴方を絶対に!」


 ルシラ殿下が俺を射抜くように睨みつけながら声を上げる。


 その言葉を聞きながら、俺は【転移シフト】を行使して王都を去った。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 一方、その頃――。


「ルアリ、どうかしら?」


 フィリーが王都から離れた人気のない場所へと転移したところで、赤髪の少女ルアリに声を掛ける。


 ルアリは腰を落とすと、目を閉じながら地面に倒れているベリアの胸元に手を置く。


「…………うん。かなり小さくなってるけど、オベロンの魔力はまだ感じる」


「そう。ならいいわ」


「……ぅ……。フィリー、か……?」


 意識を取り戻したベリアが弱々しい声を漏らす。


「あら、まだ生きていたの。しぶといわね」


 フィリーはそんなベリアにこれ以上ないほど冷たい声を投げる。


「な、なにを、言っているんだ……?」


 フィリーの言葉に違和感を覚えたベリアが戸惑いの声を漏らす。


「何って。《シクラメン教団》はこれまで、不要になった人間は処分してきたじゃない。今回は貴方がその処分対象になったというだけのことよ」


「お、俺を、処分、だと……!? ふざけるな……!」


「ふざけてないわ。もうベリア・サンスという人格に用は無いのよ。わたくしたちが必要としているのは貴方の身体のみ。ルアリ、始めてちょうだい」


「わかった」


 フィリーの指示を受けた赤髪の少女――《焚灼》ルアリ・ヴェルトが頷くと、ベリアの身体に沿えていた右手から次第に茜色の魔力が漏れ始める。


「な、なにを、するつもりだ!? や、やめろ……!」


 ベリアが抵抗しようとするが、オルンとの戦闘によって疲弊している身体はまともに動かなかった。


「――ぐああぁぁ!?」


 悲痛な叫びをあげるベリア。


 彼の身体からドス黒い邪神の魔力が漏れ出る。


「ふふふっ。死の間際まで追い込まれた貴方は、異能の力をそちらに回さないと死んでしまうのでしょう? わたくしの異能に抵抗する力は残ってるかしら? でも、喜びなさい。貴方はこれからわたくしたちの王の器となるのよ。貴方は『世界の王』になりたかったのでしょう? 良かったわね。夢が叶うわよ」


「フィリー!! 俺を、裏切ったな!?」


 邪神の魔力がベリアを飲み込み始める。


「心外ね。わたくしが貴方の味方だったことなんて一度も無い・・・・・わ。いつの日か言ったでしょ? 人間なんて生き物は、わたくしの手足となって働いてくれる都合の良い人形に過ぎないって。ふふふっ、どうして自分は違うなんて都合の良い勘違いをしていたのかしら?」


 フィリーは昏い笑みを浮かべていた。


「人形……。【認識改変】……。まさか、俺は……」


「えぇ、《シクラメン教団》を作ったときから、貴方は働き者の人形だったわ。長い間ご苦労様。――もう死んでいいわよ」


「クソがあぁぁ!!」


 怒りの声を上げているベリアの全身が涅い魔力に飲み込まれた。


 涅い魔力は、高さ二メートルほどの卵のような形を取る。


「……ようやくなんだね、フィリー」


 いつも眠たそうにしているルアリだが、今は涅い卵を見上げながら目を輝かせていた。


「えぇ、もうしばらく時間は必要だけれど、これで邪神オベロン様はベリアの身体を依り代にこの世界でも活動ができるわ」


 フィリー達の暗躍によって、世界は着実に崩壊へと近づいていた。


 そして、それは人類の絶滅と同義だった――。

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