267.陥穽

「矛盾だと?」


「お前の言う『世界の王』っていうのがどういうものかは知らないが、お前は悪魔を滅ぼすために邪神を喰らうんだろ? だったら、その過程で人間は確実に全滅する・・・・。そして、お前が魔力生命体を全部殺せば、最後に残るのはお前一人だけだ。そんな世界で生きていきたいのか?」


「人間が、全滅するだと……?」


 ベリアは本当にそのことに考えが至っていなかったようで、俺の言葉に瞳を揺らしていた。

 この様子だと、自分が憎んでいるはずの悪魔と共に行動していることにさえ、疑問を抱いていないようだな。


 これまでは仮説にすぎなかったが、今ので確信した。


 彼は【認識改変】を受けている。


 そのタイミングは、フィリー・カーペンターの前任者・・・が自身の命と引き換えに術理の世界を介して全人類の記憶を書き換えた時期だろう。


「邪神の封印を解くということは、聖域――大迷宮を全て攻略するということ。それは外の世界とこの世界を隔てている術理の壁を壊すということだ」


「……っ!」


「お前以外誰もいない世界で『王』を名乗りたいのか? 名乗ったところで、そんなの虚しいだけだろ」


「うるさい……。黙れ……!」


 頭痛がするのか、ベリアが頭を手で押さえている。


「俺がお前の立場なら嫌だね。――振り返ってみれば、俺の歩いてきた道は何度も方向転換している一貫性の無いものだ。だけど、その時々には俺を理解してくれる人が、俺を信じてくれる人が、少なくとも一人はいてくれた」


 幼少期の時は異端なものだった俺の夢を肯定してくれたシオンが、どんどんと俺の扱いが酷くなっていった《黄金の曙光勇者パーティ》ではルーナが、《夜天の銀兎》では弟子たちや第一部隊のみんなが、それぞれの時に理解者が居てくれたから、俺は独りじゃなかった。


「今の俺が在るのは、みんなが居てくれたからだ。だから俺は、これからもそんなみんなと、共に歩める未来が欲しい。だからベリア――」


「――黙れと言っているだろ! 不愉快なんだよ。お前ら・・・の話はもう聞きたくない!」


 俺の言葉を、ベリアが大声で被せる。


 『お前ら』というのは、恐らく俺とアウグストさんのことだろう。


 ベリアとアウグストさんは兄弟関係・・・・にある。

 幼少のころから優秀だったベリアだが、そのすぐ近くに彼よりも更に優秀な兄であるアウグストさんが居た。

 その環境が鬱屈とした感情が育まれやすいのも想像に難くない。

 ベリアのアウグストさんに対する劣等感は、【認識改変】の異能者にとっては格好の獲物だったんだろうな。


「――あぁ、そうだ……。俺は誓ったんだ。世界の王になると。それを阻むというなら、殺す!」


 しばらく頭を押さえながら頭痛に苦しんでいたベリアだったが、急に頭痛が消えたのか、スッと雰囲気が変わった。


(この急激な変化。また【認識改変】を受けたか? とすると、フィリー・カーペンターが近くに居るのか?)


 そう考えて周囲の気配を探るも、近くに別の人がいる気配は感じ取れない。


 俺が周囲を確認している内に、ベリアの失った左腕から邪神の魔力で形作られた何本もの骸の腕が現れていた。


「死ねっ、オルン!」


 邪神の魔力は確かに厄介だ。

 通常の武器は当然、ただの魔力で作った魔剣でも対抗はできないだろう。


 だけど、邪神は将来的に討たなければならない敵だ。


 邪神を斃すために俺は幽世で力を付けてきた。


「ベリア、悪いが予行演習の相手になってもらうぞ。――【終之型モント・エンデ】」


 魔剣となったシュヴァルツハーゼを身体に取り込む。


 それから体内を巡る氣と掛け合わせる。


 肉体に収まりきらなかった〝力〟が身体から漏れ出る。


 力に触れた身に纏う衣服が魔衣へと変わった。


 俺の周囲に蒼黒いあおぐろい電光が迸る。


 新たに作り出した魔剣を振るう。


 無数の斬撃が、俺に迫ってきていた骸の手を消し飛ばした。


(よし、これなら邪神の魔力にも対抗できる。邪神の魔力を捉えられていることを確認できた。後は時間との勝負・・・・・・だな)


 先ほどスティーグを倒した時にも【終之型モント・エンデ】を使用したが、すぐに身体の崩壊が始まっていた。


 今はベリアと対峙して【永劫不変】が理解できたから、それと【時間遡行】の併用で無理やり崩壊までの時間を引き延ばすことが出来る。


 だけど、それでも一分も持たないだろう。


 《黄金の曙光勇者パーティ》で付与術士をしていて良かったな。

 あの時、それぞれのバフの時間をカウントしながら戦闘に参加していた経験がここで生きている。


遡行可能時間デッドラインは厳しめに見積もって三十秒といったところか。それを過ぎれば、その先に待っているのは身体の崩壊、すなわち死だ。時間は無駄にできない。一気に決着を付ける!)


「バカ、な……。邪神の魔力だぞ!?」


 邪神の魔力が無敵だとでも思っていたのか、ベリアが驚きの声を漏らしていた。


 呆けてくれているなら有難い。


 このまま邪神の魔力を消し飛ばす!


 それからすぐに、縮地でベリアに肉薄する。


 涅い魔力が迎撃をしてきた。


 俺の動きにベリアは反応が遅れたように見受けられたが、邪神の魔力にはベリアとは別の意思があるのか?


 そんなことを頭の片隅で考えながら、【転移シフト】で背後に転移する。


「――破魔天閃!」


 至近距離から収束した力をベリアにぶつける。


 刀身がベリアに届く直前に、涅い骸の手が何重にも重なりクッションとなってベリアを護った。


 漆黒の衝撃波によって邪神の魔力の一部を消し飛ばすが、全てを消し飛ばすには至っていない。


(時間は無いが、着実に削っていくしかないか!)


 ベリアが衝撃波に逆らわず俺と距離を取りながら、涅い魔力を槍のようにして俺に撃ち込んできた。


「――破魔之太刀!」


 魔剣を魔刀へと変え、ひとつ残らず斬り伏せる。


 そのまま斬撃を飛ばして追撃を行う。


 ――が、


「……ぅ、ぐっ!」


 早くも身体にダメージが入り始めたのか、眩暈に襲われた。


 そんな俺をベリアが待ってくれるはずもなく、距離を詰めてこようとする。


「――【射撃+散布ショットガン】!」


 ベリアへ無数の魔力弾を放ち、無理やり足を止める。

 ただの魔法では大したダメージは見込めない。

 ベリアを――邪神を討つには、魔力と氣を掛け合わせて作ったこの魔剣を叩き込む必要がある。


 ベリアに肉薄するために、凍り付いた足場を蹴ろうとしたところで、


「っ……! く、そ……!」


 鼻からは血が流れ始め、時間があまり残されていないと身体が主張しているようだった。


 そうこうしている内に上空に移動していたベリアが、邪神の魔力を収束させ、巨大な骸の手を作り出していた。


 それを振り下ろして、王都ごと俺を叩き潰そうと振り下ろされる。


「っ! うおおぉぉ!」


 声を上げて身体を奮い立たせる。


 力を練り上げた魔剣で巨大な骸の手を迎撃する。


 邪神の魔力はティターニアの魔力とは対極にあるが、これも魔力の極致と言える。


 俺の魔力も漆黒に染まっているが、邪神には届いていない。

 だが俺はそれに加えて、人間本来の力である氣の極致たる〔破魔〕へと至っている。


 漆黒の魔力と、氣の極致点たる〔破魔〕。

 相反する二つの力を掛け合わせたそれは、万象を消滅させることができる力だ。


 そんなのが俺の全身を巡っているせいで身体が崩壊することになるが。


「消し飛べ!!」


 魔剣を振りぬくと力を乗せた斬撃が、邪神の魔力によって作り出された巨腕を斬り裂いた。


「何だとっ!?」


「――【束縛バインド】!」


 鼻からだけでなく目からも血が流れ始めたのか、視界が赤く染まり始めているが、それを無視して魔法を発動する。


 虚空から漆黒の魔力で作られた鎖が現れる。


「くっ! 俺に寄るな!」


 鎖がベリアを拘束しようとすると、ベリアは【永劫不変】を使って鎖の動きを阻もうとする。


 だが、そんなことはさせない。


「――【対消滅アナイアレーション】!!」


 ベリアの力場を無力化し、鎖で動きを封じる。


 その頃には俺はベリアの間近まで迫っていた。


 魔剣でベリアの胸元を貫く。


「がぁ……!?」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ベリアを拘束していた鎖が消え去り、ぐったりとしたベリアが地へ墜ちる。


「まだ、終わってない……!」


 【永劫不変】がある以上、臓器の機能が止まってもベリアは死なない。


 このままベリアを殺さずに邪神の魔力のみを祓うべく、周囲の魔力を限界以上に収束させる。


 蒼黒い魔剣が周りの空間を歪ませ、それに耐えきれない一部の空間には亀裂が走った。


 亀裂から〝外の魔力〟が流れ込んでくる。


 その魔力を刀身に纏わせ、


「――天玄てんげん


 今の俺が扱える最強の斬撃をベリアへ放つ。


 王都全域を漆黒の魔力が飲み込む。


 そして、飲み込んだ範囲内の邪神の魔力を消し去った。

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