269.【sideルシラ】首脳会議①

 

  ◇ ◇ ◇

 

 私がヒティア公国の首都セレストにある探索者ギルドへと足を踏み入れると、すぐに私たちに気付いた探索者ギルドの職員の一人が私たちの元へやってきました。


「ルシラ・N・エーデルワイスです。探索者ギルドの招聘に応じ、ノヒタント王国の代表として参りました」


 私が名乗ると、ギルドの職員が謙遜しながら頭を下げました。


「お待ちしておりました、ルシラ様。ここから先は護衛の同伴や武装をご遠慮いただいております。恐縮ですが、御一人で奥の部屋へお進みください」


 平時であればなかなかに強気な要求ですが、これから行われることや情勢を考えれば妥当な要求と言えるでしょうね。


「護身用の魔導具は身に着けたままでよろしいですか?」


「はい。能動的に他者に危害を加える魔導具でなければ、身に着けたままで構いません」


「わかりました。――では、ローレッタたちはこの建物の中で待機してください。他国の者と無用な衝突は避けるよう、慎重な行動を心がけてくださいね」


「心得ております、ルシラ殿下。行ってらっしゃいませ」


 職員の要求に応じた私は、護衛であるローレッタたちへ声を掛けてから、指定された部屋へと歩を進めました。


 


 早いもので、世界各地で迷宮の氾濫が起こり、オルンとベリアが王都で戦ってから、既に二カ月近くが経過しています。


 最初こそ人々は急激な変化に混乱していましたが、良くも悪くも人は慣れるようで、混乱は少しずつ収まっていきました。

 まぁ、魔獣が出てくる前と比べれば元通りとはいきませんが。


 指定された部屋へとやってくると、中には十人近くの人が居ました。


(本当に錚々そうそうたる顔ぶれですね)


 ここには、私のように各国の代表者や代理者が集まっています。

 これから行われるのは、世界各地で一斉に起こった迷宮の氾濫によって地上に蔓延った魔獣へ対策を話し合うための首脳会議です。

 地上に現れた魔獣の脅威に立ち向かうためには国の垣根を越えて人類が手を取り合わないといけないという名目の元、探索者ギルドが各国に呼び掛けたことで実現しました。


 これは、これまで中立を保ってきた探索者ギルドだからこそできたことでしょう。

 他の国が発起人となったとしても、これまでの関係性が邪魔をしてしまって話し合いの場を設けることすらままならなかったはずですから。


(それにしても、探索者ギルドも強気ですね)


 探索者ギルド――《シクラメン教団》にとってヒティア公国は敵地のど真ん中となります。

 いくらヒティア公国が大陸中央にある国だとはいえ、そんな場所を会談の場所に指定するなんて神経が図太いという他ありません。

 それだけ今のパワーバランスが《シクラメン教団》側に傾いているということなのかもしれませんが。


 私の立ち位置は、《シクラメン教団》一派にスパイとして潜り込んでいる《アムンツァース》一派というものです。

 先日の王都での一件で、私はフィリー・カーペンターの【認識改変】によって、オルンが探索者ギルドのグランドマスターを殺害したことに加えて、オルンへの強い敵意と教団への好意を刷り込まれました。


 実際はダルアーネでオルンが私の護身魔導具に仕込んでくれた【認識改変】を無力化する機能のお陰で効いていませんが、フィリー・カーペンターは私が【認識改変】を受けていると思っているはずです。


 これだけは気取られてはいけません。


(オルンは多くの国民を救うという約束を守ってくれたのです。次は私の番ですね)


 《アムンツァース》が人知れず国内の魔獣を多く狩ってくれたお陰で、被害が最小限に収まったのですから。

 彼らの協力が無ければ、今も国内には混乱が広がっていたはずです。


「ルシラ様、お久しぶりでございます」


 私が自分の役目を全うすることを改めて誓っていると、『優男』という表現が適切と思えるほどの金髪の男性が声を掛けてきました。


「ライル様。お久しぶりです。ストリス王国の代表は貴方でしたか」


「えぇ、ここ最近は文字通り東奔西走していますよ」


 彼はライル・ハワード。

 ノヒタント王国の隣国であるストリス王国の公爵家に連なる人物です。

 彼は三か月前の、帝国との戦争に際してダルアーネに近隣諸国を集めた時に、ストリス王国の代表として私の呼びかけに応じてくださった方でもあります。


 古くから続くノヒタント王国とその周辺諸国からなる連合の中では、南の大迷宮を有するノヒタント王国が一番力を持っていますが、その次に力を持っているのがストリス王国となります。

 ダルアーネではライル様が率先して賛同してくださったことで、いち早く連合軍が結成されました。


「ふふふっ。お互い疲労で身体を壊さないよう気を付けましょうね」


「えぇ、そうですね。……こう言っては失礼ですが、正直なところ帝国と休戦状態に入って安心しています。魔獣だけでなく帝国まで相手にしていたら、間違いなく僕たちも国も疲弊しきってしまったでしょうから」


 ライル様がおっしゃった通り、氾濫をきっかけに帝国との戦争は休戦状態に入りました。

 それは魔獣が地上に蔓延るという人類共通の問題を前に、探索者ギルドだけでなく、これまでは王国と帝国の戦争を静観していた大国までもが仲裁に入ってきたためです。


 国内ではお父様である国王陛下を亡き者にした帝国への怒りを持っている者も少なくありませんが、残念ながら帝国との相手をするのもやっとであったノヒタント王国に、帝国と魔獣を同時に相手取る力はありません。

 私個人としてもお父様が亡くなられたことに思うことが無いわけではありませんが、国が生き残る可能性の高い道へと進んだことに安堵している気持ちの方が強いです。


 そもそもここでノヒタント王国としての我を通して他国とは別の道に進めば、確実に孤立して、その先にあるのは地獄でしょうしね。


 ……肉親を殺されたというのに、損得勘定が第一になってしまう私はごく一般的な人間としての感情が乏しいのかもしれませんね。


「国王陛下の敵討ちができないことに歯がゆい思いもありますが、状況が状況ですからね。これから先も連合の士として手を取り合い、この難局を乗り越えましょう」


「はい。勿論です」


 それから他の連合国の代表者も集まってきて、それぞれの国の状況について情報交換を交わしました。

 私たちが関係性の強い国で集まっているのと同じように、部屋の中はいくつかの集団に分かれていて、各国の立ち位置と関係性が暗示されていました。

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