259.【sideフウカ】鬼退治
◇
オルンとスティーグが居なくなった大穴の底で、フウカとディモンが対峙していた。
「不意打ちとは、舐めた真似しやがって。テメェらは確実に殺す! 泣き喚いても容赦しねェから、覚悟しろよォ?」
オルンの攻撃によるダメージから回復したディモンが、怒りで血走った瞳をフウカに向ける。
「……御託はいいから。早くかかってきて」
対してフウカは刀を構えて、冷たく鋭い殺気を身に纏っていた。
「小娘がッ!!」
フウカの言葉が気に障ったディモンが青筋を立てながら、縮地でフウカとの距離を詰める。
大剣を勢い良く振り下ろした。
ディモンのこの一連の動作は常人には反応できないほどの速さで、大抵の勝負はこれで決着が付く。
しかし、ディモンが相手をしているのは、フウカ・シノノメ。
キョクトウの姫にして、武の極致に手を掛けている剣士だ。
ディモンの大剣がフウカに届く直前、彼女の姿がブレる。
次の瞬間には、その場にフウカの姿はなく、
「があァァッ!?」
ディモンの絶叫が周囲に響き渡る。
彼の背後で背を向けていたフウカが、
膝をついたディモンが手で抑えている横腹からは血が止めどなく流れている。
振り返ったフウカが、冷徹な瞳でディモンを見下す。
「そ、その刀、妖刀か!? じゃあお前が……!?」
フウカの刀を見たディモンが動揺したような声を漏らす。
しかし、彼の動揺はすぐに収まり、次第に歓喜しているかのような表情に変わった。
「――お前が《剣姫》かァ! 自らやってきてくれるなんてなァ! ハハハ! 最ッ高じゃねェか!」
ディモンが斬られた場所の痛みを忘れたかのように目を輝かせていた。
彼が自身の大剣を力強く握ると、フウカの刀と同様、大剣の刀身が赤銅色に染まる。
「ようやくだァ。ようやくこの日が来た! さァ、やろォぜ。人智を超えた
ディモンが歓喜の声を上げながら、斬撃を飛ばすべく大剣を構える。
その瞬間、フウカは縮地で自身の間合いの内側にディモンを入れていた。
「……悪いけど、私と死合をするには、貴方では実力不足」
フウカは淡々と事実を言いながら、振る前の力が全く加えられていない大剣に刀を振るう。
そのまま返す刀で、大剣を叩かれ体勢を崩したディモンを斬りつける。
「ぐッ……! まだまだァ!」
ディモンの傷口から噴き出した血が、意思を持っているかのように動き出す。
先端が鋭利になった血の塊がフウカへ襲い掛かった。
フウカはそれを華麗な身のこなしと刀さばきで凌ぎながら距離を取る。
それに追従するようにディモンがフウカに近づいた。
間合いに入ったところで大剣を薙ぐ。
フウカは自らに向かって迫る巨刃を一瞥することもなく、必要最低限の動きでそれを躱した。
紙一重で空振りに終わり、隙だらけのディモンに赤銅色の刀が襲い掛かる。
一度しか振っていないように見えたフウカの刀が、ディモンの身体に無数の斬り傷を刻み込んだ。
「がァッ!?」
フウカの攻撃はそれだけでは終わらなかった。
そのまま流麗な動作でディモンの懐に入り込むと、彼の血に染まった胸元に手を沿えた。
氣を勢い良く体外に放出した際の衝撃波を乗せた発勁を繰り出す。
「あがッ!?」
吐血しながら後方に吹っ飛ばされたディモンが、二度三度バウンドしながら地面を転がる。
「ッ……! バカ、なッ……。このオレが、手も足も出ないだと……? ありえねェ……、こんなこと……」
地面に突っ伏したままのディモンが、フウカとの圧倒的な実力差を前に、うわ言のように呟く。
「こんなものなの?
フウカがゆっくりとディモンに近づきながら、つまらなそうに声を漏らす。
「クソがッ……! 見下してンじゃねェぞ……!」
「底は知れたから、もういい。西洋の鬼は専門外だけど、きちんと祓うから安心して」
フウカが握る赤銅色に染まる刀に、オーラのような白に限りなく近い桜色の魔力が纏わりつき始める。
遥か昔より伝説として語り継がれていた存在――吸血鬼。
《シクラメン教団》は、それを生み出すべく人体実験を行ってきた。
そして、長年の研究と実験の果てに、吸血鬼の特徴を反映させた魔人が誕生した。
それが、《戦鬼》ディモン・オーグルだ。
血を操る術を身に着け、常人を遥かに凌駕する身体能力に加えて、【自己治癒】には劣るものの驚異的な回復能力を持ちわせている。
「オレを祓う、だとォ? ふざッけんなッ!! オレはテメェを殺して、人間を超越した完璧な存在になるんだ! こんなところでくたばってたまるかよ!」
ディモンがふらつきながらも、立ち上がる。
驚異的な回復能力を持っている彼であれば、本来ならやフウカに与えられたダメージもすぐになくなるはずだった。
しかし、妖力を解放しているフウカの赤銅色の刀は、キョクトウの国宝にも指定されている特別なモノだ。
妖刀は
そして妖刀には、妖怪や魔の者といった人外の存在に対する特効性能が備わっている。
魔人であるディモンもその例に漏れず、斬撃を複数受けていることで回復能力の大半が阻害されていた。
万全な状態のフウカと、ボロボロなディモン。
勝敗は既に決している、かに思われた。
フウカが桜色の魔力を纏った赤銅色の刀を鞘に納めると、
「――『動くな』!」
ディモンが彼女へ異能を交えた声を飛ばす。
「っ!?」
その声を聞いたフウカの動きが止まる。
フウカも想定外だったのか、息を飲みながら目を大きく見開いていた。
「アハハハハ! オレの
ディモンが高笑いをしていると、彼の身体から赤黒い霧が発生し始めた。
徐々に彼の身体が霧に溶けるかのように消えていく。
霧化したディモンがフウカへと近づく。
フウカは待っていた。――彼が油断して近づいてくる瞬間を。
フウカの間合いにディモンが踏み入れてきたところで鯉口を切る。
霧へと姿を変えているディモンに普通の攻撃では届かない。
しかし彼女の握る刀は、妖刀。
「――
フウカが目にも留まらぬ速さで刀を抜く。
鞘の中で増幅された魔力を纏った赤銅色の刀が、空間ごとディモンを断ち斬った。
次第に霧が一か所に集まると、深い切り傷を負ったディモンが姿を現す。
「な、ンで……」
地面に横たわっているディモンは、身動きの取れないはずのフウカに斬られたことに驚きを隠せないでいた。
フウカはそんな彼に左手を伸ばすと、徐々に彼女の左手の周囲が陽炎のように揺らぎ始めた。
「手袋みたいに氣で手を覆っていたから、血に触っていなかっただけ」
あっけらかんと答えるフウカを見て、ディモンは乾いた笑いを零した。
「ブラフだったって、ことかよ……。つーか、何で、オレの異能の詳細を、テメェが知ってんだ……?」
「事実が無かったことになっても、その事実は術理に記録されているから。私たちの王は、それを視ることができる」
「術理を読み取る……? 《異能者の王》が、力を取り戻したってことかァ……? あー、クソッ! だったら
ディモンが悔しそうに呟く。
「なァ、見逃してくれねェか? そんな祭りが始まるって聞いちまったら、死にきれねェよ」
「それは無理な相談。『楽しい』とか『祭り』とか言ってる時点で、貴方をこのままにしておく理由は無い」
「…………あァ。クソッ……! ここで終わりかよ。なァ、オレは強かったか?」
自分の終わりを悟ったディモンがフウカに問いかける。
「……良い線は行ってた。でも、まだまだ」
「あァ、そうかよ」
フウカの返答を聞いて、ディモンは悔しそうな、それでいて満足しているかのような複雑な表情を浮かべた。
そんな彼に、フウカが刃を落とした――。
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