94.武術大会① 開幕
『皆さん、初めまして! 本大会の司会兼実況を務めさせていただきます、ネル・プラントと申します。さぁ! 皆様が待ちに待った上級探索者たちによる武術大会がついに始まるぞー!!』
拡声魔導具によって闘技場全体に響き渡った女性の声を聞いた観客たちが、大興奮で思い思いの声を上げている。
「盛り上がってるな」
「そうですね。この大会は毎年大人気の魔術発表会よりも、注目を集めているみたいですよ」
俺が思ったことを呟くと、俺の隣に座るソフィーが補足してくれた。
まぁ、上級探索者の戦闘なんて本来見れるものではないからこの盛り上がりも納得かな。
俺は現在、《夜天の銀兎》のために用意されている闘技場の観客席に座っていた。
ウィルやオリヴァーがいる山のトーナメントから試合をしていくことになる。
そのため俺の試合は最後となることから、最初はここでみんなと一緒に観戦しようと思っている。
『さて、まずは本大会を企画いただいた、ツトライルの領主であらせられるフォーガス侯爵よりご挨拶を頂戴したいと思います! フォーガス侯爵お願いします』
司会者の発言を聞き、先ほどまで騒がしかった観客席に居る人たちが静かになる。
『毎年盛り上がりを見せている武術大会だが、皆思っていたことだろう。今やこの国の経済を支えていると言っても過言ではない上級探索者達は、どのくらい強いのか、と。私もそう思っている一人だ。いつも新聞で彼らの活躍を見るたびに、彼らはどのような戦い方をするのだろうかと、夢想にふけることもあった。そしてついに今日、私たちは上級探索者たちの戦いを目にすることができる! 参加を表明してくれた十六人の探索者には感謝を。優勝者には褒美も用意している。是非とも優勝を目指して全力で戦ってほしい。以上だ」
フォーガス侯爵の言葉を聞いた観客が更に盛り上がる。
『フォーガス侯爵、ありがとうございます。では、早速参りましょう! 一回戦第一試合は勇者パーティのリーダーにしてエース、《勇者》オリヴァー・カーディフ選手! 対するは、Aランクパーティ《真紅の烈火》所属のバートラム・サウス選手です!』
司会者に名前を呼ばれた二人が、闘技場に姿を表す。
「Aランクの方の武器は槍なんですね! 良い動きがあったら盗まないと!」
バートラムは南の大迷宮で活動している探索者の中では、トップクラスの槍の使い手だろう。
新聞に幾度も載っている探索者で、確か八十三層まで到達していたはず。
本来ならログの言う通り彼の動きを見て学べと言っていたはずだ。しかし――。
『両者準備ができたようです。それでは、一回戦第一試合、勝負開始です!』
司会者の言葉に続いて、ドラの音が鳴り響き戦いが始まった。
開始早々にオリヴァーが真正面から突っ込む。
バートラムはオリヴァーの間合いの外から攻撃を繰り出すが、攻撃が当たる直前にオリヴァーの動きがもう一段階早くなる。
俺たちは観客席にいるから戦闘を俯瞰して見れているが、対峙しているバートラムには突然オリヴァーが消えたと感じていることだろう。
バートラムの側面に回ったオリヴァーが、そのまま右手に握っている長剣を横に薙ぐ。
バートラムもギリギリで反応して槍の柄で斬撃を防ぐが、オリヴァーの重い斬撃をそんな不安定な体勢で受けきれるはずも無く、更に体勢を崩すことになる。
『オリヴァー選手の一閃! バートラム選手は堪らず距離を取ろうとする。――が、剣の間合いから逃れることができない! オリヴァー選手の攻撃に対して防戦一方だ! このままだと厳しいぞ、どうするバートラム選手!』
バートラムが必死に距離を取ろうとしているが、敵の動きを予測して動いているオリヴァーが相手では意味を成していない。
バートラムが槍の柄でオリヴァーの重い斬撃を受け続けるが、ついにが槍を吹っ飛ばされる。
そして次の瞬間にはバートラムの目の前にオリヴァーの剣の切っ先があった。
『ここで、バートラム選手が降参し決着! 《勇者》はやはり強い! 相手に何もやらせずに勝利をつかみ取りました!!』
――滅茶苦茶強いじゃないか!
――おい、誰だよ! オリヴァーは弱いって言ってたやつ!
――これ、昨日優勝していた軍人のあの人より強いんじゃない……?
――うわぁぁ、これならオリヴァーに賭けておくべきだった……!
オリヴァーの戦いを見ていた観客たちからの感想が聞こえてくる。
最近は《夜天の銀兎》のスポンサーを含めた貴族たちによって、勇者パーティの名声を落としにかかっていた。
主に新聞を利用して。
それを鵜呑みにしていた人たちからしたら、今の戦いは衝撃を受けるものだっただろう。
「さっきの槍の人、師匠と戦っているときの僕よりも……」
ログが今の戦いで感じたことを口にしていたが、流石にまずいと思ったのか最後は濁した。
「そうだな。オリヴァーと戦うならバートラムよりもログの方が粘れたと思うぞ」
「本当ですか?」
俺の発言を聞いたログが嬉しそうに目を輝かせている。
「あぁ、ログは俺との模擬戦で接近されることに慣れているからな。だけど、勘違いするなよ? あくまで接近されたときの対処がログの方が上というだけで、槍術全体の技術はまだまだバートラムの方が上だ。今回の戦いでログが参考にできるものは無かったけどな」
「わかってます。僕よりも強い人がたくさんいることは、身をもって知っていますから」
それからも試合は続き、結果は全て俺の予想通りのものだった。
ウィルも危なげなく一回戦を突破した。
◇
「それじゃあ、俺はそろそろ控室に行ってくるよ」
別の山の試合が全部終わったため、俺は席を立ってから周りの人にそう伝える。
「オルンさん、頑張ってください!」
「ししょー絶対勝ってね!」
「師匠が一番であると、ここにいる全員に知らしめてやってください!」
皆からのエールを受けながら、観客席を後にする。
係の人に案内された控室に入ると、当然だけど他の参加者たちもいた。
控室は二つしかないからな。
この部屋の奥が試合会場と繋がっている。
「ん? よぉ、雑魚探索者じゃねぇか。わざわざ無様を晒すために出場するなんて、俺じゃあ恥ずかしくて出来ねぇよ! よく参加する気になったなぁ!」
(めんどいやつと同じ控室かよ。テンション下がるな)
「……久しぶりだな、デリック。にしても、会って早々その発言は流石にひどくないか?」
「はぁ? 本当のことを言ってるだけだろうが」
周りの迷惑も考えろよ。
……というかコイツ、ここまでひどかった?
元々感情で動くやつではあったが、こういう場所でむやみやたらに騒ぐようなやつでは無かった。
最近似たような違和感を――あ、そうだ、パスカルさんだ。
パスカルさんとデリックに共通しているのは、俺が記憶している印象と実際に見た時の印象に齟齬が
そして、どっちも勇者パーティの関係者、か。
フォーガス侯爵がいきなりフロックハート商会を切り捨てた件といい、勇者パーティで何が起こっているんだ?
「おい! 無視してんじゃねぇよ! 失礼な奴だな!」
俺が考え事をしていると、なおもデリックが突っかかってくる。
「あぁ、悪い。それで、なんで武術大会に出場するか、だっけ? それはフォーガス侯爵に出るよう言われたからだよ」
「あのおっさんに? 数合わせの雑魚ってことか」
「そうなんじゃないの? 知らんけど」
流石にコイツの相手をするのがめんどくさくなってきたので、話を切り上げてデリックから離れたところに座る。
デリックは舌打ちを一つしただけで、これ以上俺に絡んでくるつもりはないらしい。
周りの冷めた視線もあったからだと思うが。
椅子に座ってから時間が来るまで、気分転換もかねて昨日プレゼントしてもらった本を収納魔導具から取り出して、読書に耽ることにした。
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