93.精霊
俺の問題に対して三人とも答えを出せないでいた。
これは三人が知識不足というわけではない。
人間にとって、魔力というのは当たり前のようにあるものだ。
魔術に全く関わりのない人でも空気中に魔力があることを知っている。
いわゆる常識ってやつだ。
当然のようにあるものに対して、疑問を持つ人はほとんどいないだろう。
「言われてみれば、魔術ってその後どうなるんだ? 僕たちは当然のように使っているけど」
「確かに説明できないね……。なんか、考えれば考えるほど、得体のしれないものに思えてくるよ……」
「んー、魔術に詳しい二人でもわからないのかー。あたしもレインお姉ちゃんから魔術を教えてもらった時にそういう話は無かったなー」
三人とも混乱しているようだ。
「お前たちが知らないのも無理は無いから、あまり気落ちすなるなよ。そもそもこんな疑問を持つこと自体が稀だ。上級探索者であろうと知っている人は皆無だろう。《夜天の銀兎》トップの魔術の使い手であるセルマさんやレインさん、ルクレも多分知らないと思う」
「お姉ちゃんも……?」
「多分、だがな。だから知らなかったことを恥じなくても良い。これを知らなかったとしてもトップクラスの探索者になることはできる。逆に知っていたからといって、魔術の腕が途端に上がるという物でもない。やることは結局変わらないんだからな。だけど、これを知っていると
精霊についての講義なのに、何故こんな話をしているのか。それは精霊と魔術、延いては魔力が密接な関係にあるからだ。
精霊のことだけを説明するよりも、こちらの方が理解してくれると思っている。
「責めるわけじゃないが、お前たちは魔術を理解している気でいただろ? だけど実際は、まだまだ理解が浅いんだ。でも、落ち込むことはない。知らないなら、これから知っていけばいいんだからな」
「「「はい!!!」」」
俺の問題に満足に答えられず、暗い雰囲気を漂わせていたが、俺のフォローで少し持ち直したようだ。
「それでは、ここから解説に入るぞ。まずは問題の答えからだな。魔術が役目を終えたらどうなるか。それは――
「魔力に戻る、ですか?」
俺の答えに対してログがオウム返しをする。
「魔力は『万能な労働者』だと考えるとイメージしやすいと思う。例えば、俺たちが【
厳密にいえば、この待機状態に戻るのにも条件があるんだけど、そこまで詳細に説明すると混乱するだろうからそこは割愛する。
「魔術を発動すると、魔力は無くなるんだと思っていました。魔力は
ソフィーが納得したように呟く。
ここまでは全員付いて来られているな。
「ここから少しややこしくなるから、話半分に聞いて欲しいんだが、魔力は俺たちの術式――つまり命令を実行してくれている。仮にその魔力がいつも受ける命令の大半が、火系統だったとしたらどうなると思う?」
ちなみに攻撃魔術は、『火』『水』『風』『土』『雷』『氷』の六つの系統に分かれている。
攻撃魔術以外の回復魔術や支援魔術にも系統があるんだけど、これは今はあまり関係ないから割愛する。
「んー、特にどうともならないんじゃない? だって、単に命令を実行しているだけなんでしょ?」
「そうだな。十回、二十回ではどうにもならない。だけど、それが百回、千回と繰り返していると魔力にある変化が起こる」
「……その系統の魔術しか実行できなくなる、とかですか?」
ログが自分の考えを述べる。
「惜しい。変化した魔力でも全ての系統を実行できる。だけど、変化した魔力はその系統の実行が
「変化した魔力……。ということはその精霊を介した魔術は、発動速度が早くなったり、威力が高くなったりする、ということでしょうか?」
ソフィーが質問を投げかけてくる。
「正解だ。だから、その空間に精霊がいるのであれば、その系統の魔術を発動したほうが、効率が良くなるということだな」
「なるほど。それは知っていればアドバンテージがありますね……。それで、その精霊の有無を確認するにはどうすればいいんですか?」
「確認する方法は――無い」
「え……」
「精霊は魔力と一緒だ。魔力を感知できない俺たち人間に、精霊を感知することができないのは当然だろ?」
「えー、なにそれー!」
キャロルが肩透かしを食らったことに対して、不満を零す。
まぁ、これは仕方ない。
「だから、最初に言ったはずだ。これを知っていたとしても、魔術の腕が上がることは無い、と。――でも、これを知っていれば、魔術を上手く扱えるとも言ったな。特に迷宮探索を生業にしている探索者は、知っておいた方がいいことに間違いはない」
「あ、そっか」
俺の発言にソフィーが何かに気づいたようだ。
「ソフィー、何がわかったんだ?」
それに対してログが質問する。
「えっとね、精霊は同系統の魔術を何百何千と実行してきた魔力なんでしょ? それで、迷宮っていうのはその階層で出てくる魔獣が決まってる。つまり、火系統に弱い魔獣が多く出現する階層だったら、火系統の精霊が在ると思わない? みんな火系統の魔術を発動しているはずだから」
「んー。そういう場所には確かに在るかもしれないけど、意味ないんじゃないの? だって、有効なら精霊のことを知っていても知らなくても、みんなその系統の魔術を使うわけじゃん」
「キャロルの言うことは間違っていないよ。でもさ、オルンさんも言ってたでしょ?
……凄いな。
俺が説明しようとしたことをほとんどソフィーに言われてしまった。
「確かに威力を抑えれば、術式構築が楽になるから脳への負担も軽減できる。知ってるのと知らないのとでは、結構違うな!」
「その、オルンさん、私の考えは合ってますか?」
「あぁ、合ってるよ。よくその考えに行きついたな」
「んー? でも、それだと変だよ」
キャロルが何かに引っかかりを覚えたようだ。
「何が変なの?」
「ししょーの説明だと、精霊って要は魔力の延長線上に在るものってことでしょ? じゃあ、あのお姉さんが言っていた、『精霊に教えてもらった』ってどういう意味?」
「言われてみれば、確かに……」
「それはまだ説明していなかったな」
「んー? ししょーどういうこと?」
「精霊はさっき説明したように、会話することが
「例外、ですか?」
「そうだ。精霊の中には稀に自我を持つものが現れることがある。そいつらも分類的には精霊になるが、『妖精』という別称で呼ばれることがある」
「妖精って、おとぎ話で勇者に協力して一緒に邪神討伐をしてくれたと言われている、あの妖精ですか?」
「そうだ。とは言ってもおとぎ話の時代から存在しているのは、ごく一部らしいけどな」
「んー? ということはあのお姉さんは妖精と話せるってこと? でも妖精は精霊と一緒なんでしょ? それじゃあ、感知できないはずじゃん」
「悪いけど、そこら辺は俺から話すことはできない。ひとまず、精霊についての説明は以上だ。まぁ、精霊については頭の片隅にでも覚えておいて損はないだろう」
「「「ありがとうございました」」」
弟子たちからプレゼントを貰ったり精霊について説明したりと、想定外なことがありつつも一日が終了した。
そして、ついに武術大会が始まる。
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