92.組み合わせ

 感謝祭六日目の夜、今日の業務を終えた俺は総長の執務室へと向かっていた。

 明日から始まるAランク以上の探索者が出場する武術大会の組み合わせが、ようやく発表されたとのことだ。

 既に民衆にも公開されているらしいから、今頃酒場なんかでは誰が優勝するかの賭け事で盛り上がっていることだろう。


「総長、オルンです」


 執務室に着いてから、ドアをノックし、到着したことを伝える。


 中から「入れ」という声が聞こえたため、ドアを開けて部屋の中へと入る。


 部屋の中には総長とセルマさん、ウィル、広報部の幹部であるジェロームさんの四人が既に揃っていた。


「失礼します。――俺が最後でしたか。すいません、お待たせしました」


「いや、問題無い。こちらこそ色々な仕事を任せてしまって悪いな」


 来るのが遅くなったことを詫びると、総長が逆に詫びてきた。


「明日からはあまり手伝えなくなるので、余裕があるときくらいは協力するのは当然ですよ」


「総長、早速話を始めましょう。俺たちも今後の方針を決めないといけませんので」


 ジェロームさんが話し合いを始めるよう提言する。

 確かに武術大会における《夜天の銀兎》の情報発信の方針を半日足らずで決めて、それを実行しないといけないんだ。

 これから一番忙しくなるのは、間違いなくジェロームさんを筆頭とした広報部だろう。


「そうだな。セルマ、三人にも武術大会のトーナメント表を渡してやってくれ」


「わかりました。――これが明日から始まる武術大会[上級探索者の部]のトーナメント表だ」


 セルマさんが総長の指示に従って、俺たち三人に組み合わせが書かれた紙を手渡してくる。


(トーナメントということは、初日からやっていた誰でも参加できる方の武術大会のように、予選があるわけではないんだな。さてさて、どんな組み合わせになっているのやら)


 そんなことを考えながら受け取ったトーナメント表を確認する。


「……作為的なものを感じるな。ランダムにしては出来過ぎだろ」


 内容を確認したウィルが感想を漏らす。


 受け取ったトーナメント表を見て、まず思ったのが参加者の少なさだ。

 本大会の参加者は十六人。

 まぁ、こちらは通達が遅かったことも要因の一つだと思うから、仕方ない部分もあるだろう。


 そしてウィルが言った作為的な組み合わせ。

 人数が少ないから、この組み合わせが偶然の産物という可能性もゼロではないが、主催者がフォーガス侯爵だからな。


「組み合わせはランダムに作成したと言われている。参加者はSランクパーティからは二人、Aランクパーティからは一人だな。同パーティに所属している者はそれぞれ別の山に配置されている」


 セルマさんが表向きに言われていることについて説明してくれた。


「ひとまず、ウィルクスとオルンが当たるのは決勝というわけだな」


「オルンはともかく、オレはオルンと戦う前に勇者パーティのエースと当たるから、決勝まで行くのは難しいんじゃね?」


 そう、俺はオリヴァーと別の山になっていた。

 フォーガス侯爵のことだから初戦でぶつけてくることも考えていたが、順当に一番盛り上がるであろう決勝でぶつけるようだ。

 仮に俺がその前に敗退したら、それはそれで良しということだろう。


「……なぁ、オルン、ぶっちゃけた話、オレがコイツに勝てる可能性はどれくらいあるんだ?」


 ウィルが俺に質問してくる。

 他の三人も興味があるようで、全員が俺に注目している。


「ウィルは手練れの武人だと思っている。双刃刀をあそこまで使いこなしている人を見たのは初めてだったし、それは間違いない。――でも、ウィルがオリヴァーに勝つのは難しい。多分十回戦えば、九回以上は負けると思う」


 俺の発言で部屋の空気が重たくなる。

 こうなることはわかっていたけど、ここで慰めを言っても意味がないからな。


「……ふっ、やっぱりそんなに差があるのか。とはいえ、勝てる可能性はゼロじゃねぇんだろ? だったら、本番で勝つことだって可能なはずだ。オルン、決勝で会おうぜ! お前も《剣姫》に負けるなよ?」


 ウィルが努めて明るく振舞っていることはすぐに分かった。でも、そこには触れるべきではないだろう。


「――あぁ、わかった」


 ウィルの言う通り、俺は順当にいけば決勝に行く前に、準決勝で《剣姫》――フウカと当たることになる。

 他に当たる可能性が高いのは、一回戦は確定で新進気鋭のAランクパーティ《翡翠の疾風ひすいのはやて》のエースであるローレッタさん。

 二回戦は勇者パーティのデリック。

 準決勝がフウカ。

 そして、決勝はウィルには悪いが、オリヴァーが濃厚。次点が《赤銅の晩霞》のリーダーであるハルトさんだと思っている。


「武術大会のルールは既にわかっていると思うが、念のため確認しておこう」


 セルマさんがそう言ってから、大会の説明を始める。


 まずは日程について。

 参加者が同日に二度戦うことはない。

 一回戦が感謝祭七日目、二回戦が感謝祭八日目といった具合に、全勝しても一日一回の戦闘で済む。


 場所はツトライルにある闘技場で戦うことになる。

 闘技場は直径二十メートルほどの円形のごく一般的なものだ。


 勝利条件は単純。

 相手が負けを認めた場合、もしくは審判が勝敗が決したと判断した場合だ。


「以上だが、何か質問のある人はいるか?」


「宣伝などはこちらに任せてもらっていいか?」


「問題無い。私は引き続き全体の指揮があるからな」


「わかった。早速部門内で内容を検討する。――それでは総長、失礼いたします」


「あぁ、クランの宣伝、よろしく頼む」


 ジェロームさんはそういうとすぐに部屋を出ていく。

 本当に時間がなさそうだ。


「ウィル、オルン、改めてになるが、武術大会頑張ってくれ。二人が決勝で戦えることを祈っている」


 総長から激励の言葉を受け取ってから俺たちも部屋を出ていく。


「そうだ、オルン。ソフィアから伝言だ。こっちの話が終わったら探索管理部のいつもの部屋まで来てほしいと」


 ソフィーが? 何かあったのかと思ったが、セルマさんが特段慌てている様子もないし、トラブルなどは起こっていないようだ。

 だったら、俺を呼び出す理由はなんだ?

 まぁ、行ってみればわかるか。


「わかった。これから行ってくる」


「オルン、お互い頑張ろうな! もし決勝で戦うことになったら、その時は全力で戦おうぜ」


 ウィルがそう言いながら拳を自身の胸の位置まで上げていた。


「……あぁ。その時は全力で戦うと約束する」


 ウィルの拳に自分の拳を合わせながら、返答する。


  ◇


 言われた通り探索管理部のいつもの部屋にやってくると、ソフィーだけでなく、ログとキャロルも居た。


「師匠、お疲れ様です! 突然お呼びしてしまい、すいません」


「いや、今日やることは全部終わってるから問題無いぞ。それで、俺をここに呼んだ理由は?」


「実は、オルンさんに渡したいものがありまして」


 俺の質問にソフィーが答える。

 ……渡したいもの?


「今月がししょーの誕生月だって言ってたから。はい! あたしたち三人からプレゼントだよ!」


 キャロルがそう言いながら、結構な重みのある布に包まれた何かを手渡してきた。


「オルンさん、おめでとうございます!」


「おめでとうございます!」「おめでとー!」


 それから三人が俺の誕生月を祝ってくれた。


 不意打ち過ぎる……。

 俺は探索者になってから、自分自身も含めて人から誕生月を祝われたことはほとんど無かった。

 そもそも誕生月――いや、誕生日にお祝い事をする文化は他国にはあるが、この国ではあまり聞かない。

 嬉しさが込み上げてくるが、正直どういう反応をすればいいのかわからない。


「…………ありがとう。ごめん、誕生月を祝われたことがほとんどなくて。でも嬉しいよ、本当に。中身見てもいいか?」


「はい。喜んでもらえればいいんですが……」


 ログが期待半分不安半分といった表情をしている。

 俺のことを想って贈ってくれたものだ。どんなものだって嬉しい。


 わくわくした気分で包みを開けると、三冊の本が出てきた。


「…………本?」


 本は全て他国で出版されているものだった。


「は、はい。オルンさんは、いつも本を読まれていたので、その、こういう物が良いかなと思いまして……」


 ソフィーが俺の反応を気にしながら、恐る恐るといった感じに答える。


 今の俺は、何とも言えない表情をしていると思う。

 もしも、ここに誰も居なかったとしたら、俺は今頃ハイテンションで喜びを表現していたと思う。

 ただ、弟子たちが居る手前、あまりそういう姿は見せたくない。


 受け取った本は全部読んだことのないもので、且つ内容も俺の興味を引く物ばかりだ。

 このプレゼントは心の底から嬉しいと思えるものだった。


「冗談抜きで嬉しいよ。三人とも、ありがとう」


「ししょーが喜んでくれたみたいで良かった! 実はこのプレゼントはセイレイのお姉さんのアドバイスなんだ」


(精霊の、お姉さん? なんでキャロルが精霊のことを知っているんだ? というか、そもそも精霊とは会話することはおろか、認識することも……、――ん? まさか)


「その人は俺と同い年くらいで、藍色の長い髪の人か?」


「そうです。もしかして、オルンさんのお知り合いですか? あのお姉さんは、セイレイさんがオルンさんの喜ぶものを教えてくれたって言っていましたけど」


「……あぁ、よく知っている。そっか、あいつのアドバイスか。ははっ、流石だな」


 その人は間違いなくルーナだろう。

 ルーナの前では、何回か新しい本を手に入れてはしゃいでいたところを、見せてたからなぁ……。


 そっか。嫌われてなかったのか。良かった。


 俺はルーナから恨まれていると思っていた。

 ルーナのパーティに戻ってきてほしいという気持ちを無視して別のクランに加入しているし、最近ではルーナの父親の逮捕に直接ではないものの関わっているのだから。

 ルーナがその時の状況をどこまで知っているかはわからないが、俺がその現場にいたことは知っているはずだ。

 だから恨まれても仕方ないと思っていた。


 ルーナとこいつらがどう出会ったかはわからないけど、アドバイスをくれたのは、児童誘拐が発覚した後だろう。

 俺の誕生月をソフィーに教えた日と事件が発覚した日は同じだしな。


 嫌われていようと恨まれていようとも、フロックハート商会関連のことでルーナが罪に問われないように動くつもりで、今は情報収集をしているところだ。

 児童誘拐にルーナが携わっているとは思えないから。

 ちなみに裁判が行われるのは、感謝祭が終わってからとなる。


「ねぇねぇししょー、セイレイって何なの? あのお姉さんはししょーが詳しいって言ってたけど」


 キャロルが精霊について質問してきた。

 精霊のことは普通に生活していれば、関わることはまずない。

 精霊の存在を知らないまま一生を終える人が大半であるため、知らなくていいことだとは思うが、興味があるなら概要くらいは話してみるか。

 全員魔術にある程度の理解があるから、大丈夫かな。


「わかった。それじゃあ、今から精霊について教える。臨時の講義だな」


 俺が講義というと、通常の講義時と同じように三人が席に着き、ペンとノートを取り出す。

 そこまで真面目に聞かなくてもいい内容なんだけどな……。

 多分完全に理解することはできないだろうし。


「講義を始める前にキャロル――」


「んー? なにー?」


「最近魔術の勉強を始めているキャロルに問題だ。魔術の発動手順を言ってみろ」


「ふっふーん! そんなの簡単だよ! 魔術の設計図を脳内で組み立てる『術式構築』と、周囲の魔力を魔術に変換させる『魔力流入』によって魔術が発動するんでしょ?」


 流石レインさん、ちゃんと理論も教え込んでいるな。


「正解だ。魔術とは人間が魔力で起こす現象の総称だと言うことは前にも言ったから覚えているな? ――では、ここでもう一つ問題だ。わかった人が答えてくれ。仮にお前たちが初級魔術を発動したとしよう。術式によって決められた現象が終わったあと、言うなれば魔術の残滓ざんしだな、これはどうなると思う?」


 【火弾ファイアバレット】で敵を攻撃した後、見た目上は火が消えて無くなる。

 だけど実際はきれいさっぱり消えるなんてことはあり得ない。


 さて、これを答えることはできるかな。


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