95.武術大会② 一矢報いる

「オルンさん、そろそろ試合の時間となりますが、準備はよろしいでしょうか?」


 のんびりと本を読んでいたため、読み終えたころには俺の試合が差し迫っていた。


「はい。大丈夫です」


 声を掛けてきた係の人に返答し、本を収納してから立ち上がる。

 それから係の人に案内されて控室の奥へとやってくると、目の前には円形の試合会場が広がっていた。


 その試合会場から前の試合に出ていたデリックがこちらへやってくる。どうやらデリックも一回戦を突破したらしい。

 デリックと目が合うと、笑みを浮かべながら近づいてくる。


「災難だな。Sランク探索者で唯一の初戦敗退になるとは。これじゃあ、兎の中でも風当たりがきつくなんじゃねぇか?」


 デリックが小馬鹿にしたような声音で話しかけてくる。


「心配無用だ。勝つからな」


「はっ、雑魚のお前が勝てるかよ。仮に勝てたとしても次の相手はこの俺だ。お前の敗北は確定しているんだよ」


 ……なんでコイツはこんなに絡んでくるんだ? 正直鬱陶しい。


「もう黙ってくれ。耳障りだ」


「んだと……!?」


 俺の発言に怒ったデリックが俺に手を出そうとするが、


「デリックさん、それはダメです! ここで手を出したら場停止になりますよ!」


 ギリギリのところで係の人が仲介に入る。

 向こうが攻撃してきたらこっちも反撃していたから、間に入ってくれてよかった。


「……チッ!」


 デリックは不満げな表情を隠すことなく控室から出て行った。


「さてと、オルンさん、その腕輪は魔導具ですね? 試合会場に魔導具の持ち込みは禁止とされています。本体もしくは付属されている魔石をお渡しください」


 デリックが退室すると、係の人が何事も無かったかのように声を掛けてくる。

 この人中々胆力あるな。


 事前のルール説明で聞いていたため係の人の発言にも特に驚くこともなく、収納魔導具から剣帯と武術大会用の剣を二本取り出した。

 それから腕輪に付いている魔石を取って係の人に手渡す。

 そのまま剣帯を腰に巻いて、左腰に長剣、後腰に短剣を差して準備を整える。


『さぁ、本日の試合も残すところ、あと一戦となりました! まずは、《夜天の銀兎》所属のエースにして、本大会の優勝候補筆頭である、《竜殺し》オルン・ドゥーラ選手! 対する相手は、この一カ月で到達階層が八十九層となり、現在最も次のSランクパーティに近いと言われている《翡翠の疾風》所属のローレッタ・ウェイバー選手!』


 司会者の声に第一試合の時と変わらない歓声が闘技場全体に響いていた。

 準備を終えた俺はゆっくりと試合会場の所定の位置に向かって歩き出す。


  ◇


「初めまして、《竜殺し》。まさか初戦から優勝候補と当たるなんて、自分の運の悪さには嫌気が差すよ。でも、君に勝てば私たちは一躍有名になれる。だから勝たせてもらうよ!」


 所定の位置へとやってくると向かい合っているローレッタさんが声を掛けてくる。


「この勝負に負けても、あなたたちの知名度はそこまで変わらないと思いますよ。この一カ月で八十七層から一気に八十九層まで進んだパーティなんですから」


 そう。先月時点ではAランクパーティで一番階層を進めていたのは《夜天の銀兎》のバナードさんが所属しているパーティだった。


 しかし、この一カ月で瞬く間に彼女たちがAランクパーティトップに躍り出た。

 この躍進は素直に称賛できる。

 中層ならまだしも、下層をこの短期間で攻略できるのは容易なことではない。


「まだまだ足りないの。赤銅を抜いて、兎を抜いて、曙光を抜いて、私たちが《勇者》になるんだから!」


 ローレッタさんが両手に持っている二本の長剣を構える。

 女性がバフ無しで上手く扱えるのか? 筋力的な意味で。

 彼女は標準的な体型だし、剣に振り回される気がするんだけど。


「そうですか。その目標は応援したいですが俺にも負けられない理由があるので、勝たせてもらいます」


 左腰から長剣を抜き、軽く重心を落としながら、全身の力を抜く。


『両者準備ができたようです。それでは、一回戦第八試合、勝負開始です!』


 開始直後、ローレッタさんが迫ってくる。


 俺は動かずにローレッタさんの動きを注視する。


 剣の間合いに入ったローレッタさんが、右手の剣を俺から見て右から左に水平に振るう。

 ――俺の予想通り剣の重さにやや振り回される形で。


 彼女に合っていない重さの剣だからか、その攻撃は遅い。


 難なくその攻撃を躱すと、間髪入れずに左の剣が右の剣とほとんど同じ軌道を走る。

 これだけ剣に振り回されていれば、左の剣を振り終わった後に大きな隙ができると判断し、カウンターを繰り出す。


 ――が、その直後俺の左下から、剣の切っ先が俺の喉元を目掛けて迫ってくる。


「――っ!」


 即座に攻撃を止め、体を逸らして突きを躱してから距離を取るべく後ろに跳ぶ。


 ローレッタさんは、左の剣を振った直後に右の剣で突きを繰り出していた。

 今の動きは体幹がしっかりしていないとできない動きだ。


(剣に振り回されているように見せていたのはブラフか)


「……これに反応するのか。今の攻撃で一気に攻め落としたかったんだけど、な!」


 ローレッタさんが軽い口調で声を発しながら距離を詰めてくる。それから再び剣を振るってくる。


 剣速がそこまで速くないため対処することはできる。

 しかし手数が多い。

 二刀流の利点を最大限利用しているといえるな。


 ローレッタさんが繰り出す斬撃を躱したり防いだりすることはできているが、攻撃に移ることができない。


『これは予想外の展開! オルン選手が攻撃に転じることができていない! 凌ぐので精一杯なのか!?』


 ローレッタさんの攻撃を凌ぎながら何十回と斬り結ぶ。


(彼女の動きも大体わかった。――そろそろいいか)


 攻撃を受けながら彼女の動きを充分に観察していた俺は、攻撃に転じるために行動を起こす。


 ローレッタさんは遅い剣速を手数で補っている。

 しかしその攻撃のテンポは、ほぼ一定でわかりやすい。


 まずはそのリズムを崩すべく、左手で後腰の短剣を抜いて、攻撃前の彼女の右の剣に打ち付ける。


「くっ!」


 攻撃のリズムが崩れたところで、長剣を振るう。


 ローレッタさんが即座に受けに回り、俺の攻撃を左の剣で防ぎながらバックステップで距離を取る。


 そのまま追撃するために距離を詰めると、直ぐに体勢を整えていた彼女が右の剣を振るう。


 残念だけど、その攻撃は俺に届かない。


 彼女の攻撃の起点が右の剣であることも、彼女の剣の間合いも既に見切っている。


 彼女の攻撃は僅かに俺に届かず空振りに終わる。


 空振った直後の右腕に長剣を振るう。


 刃引きしているため斬れることはないが、彼女の骨が折れる感覚が長剣越しに伝って来た。


 そのまま左手で持っている短剣で追撃をしようとしたが、再び彼女が後ろに大きく跳んで距離を取ったため断念した。


 代わりに彼女の着地のタイミングを狙って短剣を投擲する。


 ローレッタさんが飛んでくる短剣を躱すために体勢を崩した隙を付いて、距離を詰めながら全力で長剣を水平に薙ぐ。


 体勢を崩しながらも左の剣で俺の斬撃を受け止めるが、踏ん張ることができずに剣を落としながら尻もちをついた。


 そのまま眼前に切っ先を突き付ける。


「……うん、私の負け」


『決着! 勝者は《夜天の銀兎》のオルン選手です! 攻撃に転じてからは一方的! やはり強いぞ、《竜殺し》!』


 司会者の興奮気味の声に呼応するように観客のボルテージも上がる。


「あーあ、やっぱり勝てなかったかぁ……。バフ無しの即席の戦闘スタイルで勝てるほど甘い相手じゃないよね」


「やっぱりさっきのは、普段の戦い方とは違うんですね」


「まぁね。言い訳にしかならないけど」


 彼女は上手く立ち回れていたけど、これがAランクパーティのエースの実力かと言われると、疑問符が浮かんだ。


「右腕、すいません」


「ううん、謝らないで。この大会に出るって決めたときからケガは覚悟してたから」


 武術大会でケガは当然ある。

 そのため優秀な回復術士が数人常駐している。

 彼女もこれから治療を受けることになるだろう。

 恐らく今日中には完治するはず。


「それじゃあ、次の試合も頑張って! 優勝してね。そうしたら私は優勝者に負けたから、一回戦負けだったんだーって言い訳ができるから」


「わかりました。元々優勝するつもりですしね」


 こうして一日目は終わりとなった。

 優勝までは残り三勝。

 次はともかく準決勝、決勝は簡単には勝てそうにないけど、クランのため、そして何より自分自身のためにも負けるわけにはいかない。


  ◇  ◇  ◇


 武術大会二日目。

 昨日の一回戦を難なく突破したオレとオルンは二人で控室へとやってきた。


『皆様、おはようございます! 昨日の興奮冷め止まぬ中、早くも第二回戦が始まります!』


 昨日と変わらず、ハイテンションな司会の声に引っ張られるように盛り上げを見せる観客。


『さて、本日の対戦カードを確認して参りましょう! 第一試合は勇者パーティのオリヴァー選手対 《夜天の銀兎》のウィルクス選手。第二試合は《赤銅の晩霞》のハルト選手対 《群青の時雨》のオーラフ選手。第三試合は《琥珀の閃光》のキーロン選手対 《赤銅の晩霞》のフウカ選手。そして第四試合は勇者パーティのデリック選手対 《夜天の銀兎》のオルン選手となります! 特に第一試合と第四試合ではSランク同士の激突となります! さぁ、私たちにどんな戦いを見せてくれるのか――』


「ウィル、調子はどう?」


 隣にいるオルンから声を掛けられる。


「悪くはねぇな。昨日のオリヴァーの戦いを参考にシミュレーションもしたし、勝ってくるぜ」


 アイツの戦闘スタイルは、攻撃は最大の防御と言わんばかりに攻撃一辺倒だった。

 攻撃しかしてこないのであれば、オレの戦闘スタイルとは相性が良い。


「……昨日のオリヴァーの戦闘を参考にするのは、あまり良くないと思う。全く意味が無いとは言わないけど」


 オルンが心配気な声音で忠告してくる。


「わかってるよ。昨日の戦闘スタイルがミスリードの可能性もあるしな。ちゃんと見極めながら戦うさ」


『さぁ、定刻となりましたので、早速武術大会第二回戦を始めましょう! 第一試合は、昨日圧倒的な連撃により一瞬で敵を打ち倒した勇者パーティのオリヴァー・カーディフ選手。対するは相手の攻撃を往なし受けに回りながらも戦いの主導権を握り巧みな戦いを魅せた《夜天の銀兎》のウィルクス・セヴァリー選手!』


 自分の名前を呼ばれ、闘技場の中心へと向かい歩く。

 対面からはオリヴァーが歩いてくる。

 やっぱり雰囲気あるな。

 どことなくオルンに似ている・・・・・・・・気もするが。


「お手柔らかに頼むぜ、勇者様」


「……お手柔らか? バカを言うな。全力で叩き潰すに決まっているだろ」


 挨拶みたいな感じで言ったつもりだったのに、真面目な返答をされてしまった。

 それも視線だけで人を殺せるんじゃないかと思わせるほど鋭い眼光と一緒に。

 だけど本気で向かってくるということはわかった。

 オレも気持ちを切り替えて、双刃刀を構える。


『それでは、二回戦第一試合、勝負開始です!』


 司会者の声と共に、大きなドラの音が周りに鳴り響く。


「……?」


 昨日と打って変わって、オリヴァーは開始早々攻撃をしてくることは無かった。


(オレを警戒している? そんなわけないと思うが)


 オレの戦闘スタイルは、基本的に敵の攻撃に合わせるものだ。

 頭の回るヤツが昨日のオレの戦い方を見れば、自分から攻撃しないということはすぐに看破されることはわかっている。


 なら、オレから動いてそのまま主導権を握る!


『おぉっと、ウィルクス選手が先に動いた! これはお互い昨日とは真逆の動きだ』


 オレが肉薄しても、相変わらず剣を握ったままオレの動きを注視していた。

 そういうところは、オルンにそっくりだな。

 でも、対応力はオルンの方が上だろ。

 オルンと何度も模擬戦をしているオレなら、カウンターを狙ってきているとしても対応できるはず!


 双刃刀を振るう。


 その刃がオリヴァーに迫っているにもかかわらず、未だに動かない。


(どういうことだ? もう動かなきゃカウンターが間に合わないんじゃ――っ!?)


 刃がオリヴァーに到達する前に何かに当たって・・・・・・・オレの攻撃が止められた。


 すぐさま刃に何が当たったのかを確認すると、金色の塊が刃を防いでいた。


(これは【魔力収束】――っ!?)


 オレの動きが止まったところを逃さず、オリヴァーの刃が迫ってくる。


 カウンターを警戒していたオレは何とか反応できたが、完全には躱すことができずに切っ先が横腹に当たる。


「ぐっ」


 刃引きされているから斬られることは無かったが、それでもかなりの速度で殴られた。

 滅茶苦茶痛ぇ……。


 痛みを堪えながらオリヴァーの二撃目を双刃刀で受ける。


(重すぎだろ……)


 攻撃を往なすことができず、真正面から受けた剣撃は予想以上に重たいものだった。


 それでも何とか堪え、鍔迫り合いに持って行く。


 このまま体勢を整えてから反対の刃で攻撃をしようと考えていたが、その前にオリヴァーが剣を引いてくる。


 たたら足を踏みそうになったところを踏みとどまることができたが、その時には既にオリヴァーの攻撃が迫ってきていた。


 その攻撃も防ぐことができたが、今のオレに往なすことは当然、真正面から受け止めることもできない。凌ぐのが精一杯だ。


『オリヴァー選手の怒涛のラッシュ! ウィルクス選手はどうにか防ぐも防戦一方だ! ここから巻き返すことができるか!?』


 オリヴァーの攻撃が衰えることなく、オレの体力をじりじりと削ってくる。

 体勢を整える余裕も与えてくれない。


(……わかっていたつもりだった。オリヴァーに勝つことは難しいと。でもここまで差があるのか……。最初のにらみ合いからここまで、全部あいつの手の平のうえだったってことかよ……)


「ウィルー!! 頑張れー!!」


(――っ!)


 観客の喧騒の中、ルクレの声が聞こえた気がする。


(なに諦めモードに入ってるんだよ! 情けない姿を見せるわけにはいかないだろ! 負けるにしても爪痕くらいは残せ!)


 体勢を崩しながらも、無理やり攻撃を斜めから受けることで、オリヴァーの剣が双刃刀の刀身の上を滑る。


「なっ!?」


「はぁぁ!!」


 そのまま双刃刀を振り抜き、刃が腹付近に当たったオリヴァーが後方に吹っ飛ぶ。


(手応えはあった。今のはかなりのダメージになったは、ず……) 


 全力で殴ったというのに、何もなかったかのようにオリヴァーが立っている。


(攻撃は直撃しただろ!?)


「今のは驚いた。このまま攻めきれると思ったんだがな」


「驚いているのはこっちだっての……」


「だったら、次の攻撃だ。これは凌げるか? 兎の盾」


 そう言いながら、オリヴァーの刀身に魔力が集まって金色の光を放っている。


(これは天閃!? まずい!)


 普段のオレが使用している双刃刀なら天閃をかき消すことができる。

 しかし、この武器は武術大会用に作成した純粋な打撃武器だ。

 あんなヤバいやつの直撃を受けて立っていられるわけがない! というか死ぬだろ!?


 天閃を撃たせまいと咄嗟に距離を詰める。


 すると、オリヴァーが笑みを浮かべた。


(くそっ、ブラフかよ!)


 オリヴァーが動かないと思い込んでいたオレは、一瞬で懐に潜り込まれたオリヴァーに反応できず、黄金の光を纏った刀身で殴られ意識を手放した。

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