96.武術大会③ 鎧袖一触

  ◇ ◇ ◇


「お、今日はオルンと同じ控室か」


 控室からウィルの戦いを見ていると、背後から声が掛けられた。


「ハルトさん、それにフウカ」


 そこには《赤銅の晩霞》の二人が居た。


 ハルト・テンドウ。

 《赤銅の晩霞》のリーダーを務める探索者だ。

 身長は俺よりも十センチほど高い。服装は和服とこちらの服を合わせたようなデザインになっている。


 実力に関してもSランクとして申し分ないと思っている。

 共同討伐では全力を出していなかったように見受けられたが、それでも周りの人たちと同等の働きをしていたのだからポテンシャルは高いんだろう。

 武器を使わない肉弾戦のスタイルで、軽い身のこなしからは想像できない強烈な一撃を放つ。

 昨日の一回戦でも相手の武器を拳で破壊していた。

 あの打撃には何か仕掛けがありそうだということはわかるが、そのタネまではわかっていない。


「久しぶりだな、オルン。三カ月ちょっとぶりか? 最近大活躍みてぇじゃん」


「お久しぶりです。この前の共同討伐以来なので、それくらいですね。活躍の方は周りに恵まれただけですよ」


「謙遜すんなって。――おぉ、オリヴァーの優勢だな」


 ウィルとオリヴァーの戦闘を見たハルトさんが、感想を零す。


「フウカにはこの戦いの結果がもう視えているのか?」


 俺が何気ない口調でフウカに問いかける。


「それは――」


「おっと、そうはいかないぜ。お前もなに正直に話そうとしてんだよ」


 フウカの【未来視】が、どこまで先を見ることができるのかを確認したくて質問をしたが、俺の意図に気付いたハルトさんに止められた。

 流石に教えてくれないか。

 ……ハルトさんが居なかったら聞けた気もするけど。


「だって、質問されたから」


「質問されたら答えるのか? 敵だろうが」


「……? オルンは敵じゃないよ?」


 フウカがコテンと首をかしげながら、「何を言ってるの?」と言わんばかりの雰囲気を醸し出している。


「……あれ? 俺間違えたこと言ったか? 俺が間違えているのか?」


 それに対してハルトさんは、さも自分が間違っているかのような錯覚に陥っている。今のやり取りはハルトさんが正しいだろ。


 相変わらず面白い人だな、と二人のやり取りを聞きながら思っていると、ウィルとオリヴァーの戦いに進展があった。

 このままウィルが押し切られるかと思ったところで、ウィルがやや強引ながらもオリヴァーの剣を受け流し、剣の軌道を逸らした。


 そのまま双刃刀の刃がオリヴァーを捉え、大きく後方に吹っ飛ばす。


「お、ウィルクスやるな。あれは、オリヴァーにも効いただろ」


 ハルトさんが感心したような口調で呟く。

 しかし、彼の予想とは裏腹にオリヴァーは何事も無かったかのように立っていた。


 ウィルが驚きを隠せない表情をしていると、オリヴァーの刀身に魔力が集まり金色の魔力が具現化する。


 ウィルは天閃だと判断したのだろう。

 斬撃が放たれる前に対処しようと距離を詰めたところで、オリヴァーがウィルの懐に入り込みその腹部に剣を振るう。


『ここで決着~! 勝者は《勇者》オリヴァー選手! ウィルクス選手も果敢に反撃をしましたが、やはり届かなかった』


 ウィルクスの反撃を防いだのは【魔力収束】によるものだろう。

 以前のオリヴァーは【魔力収束】を神聖視していたというか、特別視し過ぎていて攻撃以外で活用することは無かった。

 だけど、今の戦いでは二度も【魔力収束】を防御に転用していた。心境の変化でもあったのだろうか?


 俺の中で勇者パーティの面々に対する違和感がどんどん膨れ上がっていく。


 気絶したウィルが担架で運ばれながら控室へやってくる。

 顔色があまり良くない。


「ウィルの容態は?」


 ウィルを運んできてくれた係の人に問いかける。


「命に別状はありません。ただ、肋骨が折れている可能性があるため、このまま医務室に運んでから治療に当たります」


「俺も同行していいですか?」


「問題ありません。では、行きましょう」


 ハルトさんやフウカの戦いも見たかったが、ウィルが目を覚ました時に仲間が誰も居ないのは心細いと思う。

 せめて目が覚めるまでは付き添っていてやりたい。




「ウィル!」


 医務室へとやってきて、これから回復術士に治療をしてもらおうとしたところで、医務室の扉が勢いよく開いてルクレが中に入ってきた。


「ねぇ! ウィルは大丈夫なの!?」


 中に入ってくるなり、切羽詰まった様子で質問してくる。


「ルクレ、落ち着いて。ウィルは大丈夫。ケガはしているけど、命に別状は無いから」


 俺の発言を聞いてようやく落ち着きを取り戻したようだ。


「そっか、良かった……。騒いじゃってごめんね。――あの、ウィルの治療はボクがやってもいいですか?」


「えっと……」


 ルクレの突然の申し出に、回復術士が戸惑うように俺の方に視線を向けた。


「彼女は俺たちとパーティを組んでいる回復術士です」


「なるほど、《夜天の銀兎》の回復術士でしたか。であれば問題ありませんね」


「ありがとうございます」


 回復術士がルクレに場所を譲る時にウィルの状態を説明する。


 ウィルの傍に立ったルクレが一瞬で高位の回復魔術である【快癒エクスヒール】を発動する。

 相変わらず回復魔術の発動が早い。


「ひとまずこれで大丈夫かな?」


 ちゃんと効果があったことを確認したルクレが、ウィルの顔を覗き込みながら安心したように呟く。


「……それじゃあ、俺は控室に戻るよ。ウィルのこと頼んでいいか?」


「え!? あ、うん! まっかせて! オルンくん、頑張ってね! ウィルの分まで勝ってね!」


「――あぁ。それじゃあ行ってくる」


 ウィルのことをルクレに任せて、俺は再び控室へと戻った。


  ◇


「オルン、お帰り」


 控室に戻ってきた俺に対してフウカが声を掛けてくる。

 本来なら普通に返答しただろうが、今の俺はそれ以上に目の前の光景に固まってしまった。


「…………なに、その量」


「……? お昼ごはん。次私の番だから、その前に食べちゃおうと思って」


 フウカは控室の床にシートを敷いてその上に大量の食べ物を並べている。

 全部屋台で買ったものだろうが、量は大人数人分の量に迫っている。


「いや、食い過ぎじゃない? これから戦うんだろ? 苦しくならないのか?」


 俺としてはここで負けてくれた方がありがたい限りだが、指摘せずにはいられなかった。


「これくらい食べただけじゃ、苦しくならないから大丈夫」


 たこ焼きを幸せそうに頬張りながらも俺の質問に答える。

 ……この前、カティーナさんが食べ過ぎだって言った理由がわかった気がする。


『おぉっと、ここでハルト選手が一回戦同様に、相手の武器を破壊した! これで、お互い武器が無い状態! これはハルト選手優勢か!?』


 実況の声が聞こえてきたため、ハルトさんの戦いが見える位置に移動する。


 実況者の言う通り、ハルトさんの対戦相手である《群青の時雨》のオーラフさんの傍に砕けた武器が転がっていた。


 ハルトさんは軽いフットワークで、あらゆる方向から打撃を繰り出し反撃の隙を与えない。


 オーラフさんがジッとハルトさんの連撃を耐えていたが、ついに限界を迎えガードが緩くなったところに強烈な一撃を叩きこまれ、それが決め手となった。


『ここで決着! 武器が無いという不利を覆してハルト選手が勝利しました! これがSランク探索者の実力だ!』




「いや~、疲れた疲れた。――お、オルン、戻ってきてたのか」


「はい、つい先ほど。勝利おめでとうございます」


「ありがとさん。ま、支援魔術に慣れきっているヤツと戦っているんだ。負けるわけにゃいかんだろ」


「今の発言だと、ハルトさんはバフに慣れていないって聞こえるんですが」


「さぁて、どうだろうな。――って何やってんだよ、お前は」


 控室の中へと入って行ったハルトさんが、フウカを見ると堪らずツッコミを入れていた。


「お昼ごはん」


「カティに叱られても知らねぇぞ」


 ハルトさんが呆れながらも食べきれるかどうかに対しては何も言っていないので、これくらい食べるのは日常茶飯事なのかもしれない。


  ◇


 ハルトさんの試合が終わってから約一時間の間隔を空けて第三試合が始まる。

 戦うのはフウカと《琥珀の閃光》のキーロンさんだ。


 既に二人は闘技場の真ん中で対峙している。


『それでは! 二回戦第三試合、勝負開始です! ――――え?』


 司会者が戦いの開始を告げた直後、間抜けな声が漏れた。


 それも無理はない。

 開始と同時に、フウカはキーロンさんが立っていた場所に移動していた。キーロンさんはというと、その近くで意識を失い倒れている。


 俺が知る限り、試合中に闘技場全体が静寂に包まれたのは初めてだ。


「まだ戦わないとダメ?」


 フウカが審判に問いかける。

 そんな静かな空間だからこそ、フウカの小さな声も周囲にしっかりと聞こえた。


「しょ、勝者、《赤銅の晩霞》のフウカ選手!」


『け、決着! まさに瞬殺! 何をしたのか全く分からなかったぞ!?』


 観客席もどよめき立っている。


 それはそうだろう。

 昨日も一撃でフウカが勝利したとは言っても、あくまで相手の攻撃に対してのカウンターだった。

 こんな結果になるなんて、観客は誰一人想像していなかっただろうから。


「なんで『』まで使っちゃうかねぇ……」


 本来なら聞き洩らすくらい小さな声でハルトさんが呟いた。

 今の俺はフウカの一挙手一投足を見逃さないようにと、【技術力上昇テクニカルアップ】の【四重掛けクアドラプル】に【視覚上昇サイトアップ】と【聴覚上昇ヒアリングアップ】を自身に発動していたおかげで、その呟きをかろうじて聞き取ることができた。


「『キ』ってなんですか?」


「ん? 聞こえてたか。耳が良いな。氣っつーのは俺の家系に伝わる技術のことだ。悪ぃが、これ以上を言うつもりはない」


 『俺の』ということは、テンドウ家に伝わる技術ってことか?

 だけど、フウカの姓はシノノメだ。なのに『キ』を使ったと言った。

 単純に門外不出の技術ではなくてフウカがそれを習得しているだけってことだろう。


 『キ』ってやつがどういうものかはわからないけど、それがフウカの強さに関係していると考えるべきか?

 ……少し調べてみるか。




『さぁ、気を取り直して! 第三試合はあっという間に終わってしまいましたが、第四試合は再びS探索者同士の対決だ!! 《勇者》デリック・モーズレイ選手対 《竜殺し》オルン・ドゥーラ選手!』


 準備を終えた俺は、闘技場の中心へと歩いていく。


「雑魚探索者、昨日はまぐれで勝ったようだがお前の幸運はここで潰える。相手はこれ俺だからな」


「…………」


 デリックの言葉を無視して、左手で後腰に差さっている短剣を抜いてから、それを逆手にして右手で握る。


 さて、とっとと終わらせるとしよう。

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