203.弟子の成長

 

  ◇ ◇ ◇

 

「――以上が、迷宮攻略の報告になります」


 《黄昏の月虹》がダルアーネにやって来た翌日、俺はフウカとハルトさんを連れてルシラ殿下へ迷宮攻略の報告をしていた。


 俺の報告を聞いたルシラ殿下が一つ頷くと、表情を綻ばせて口を開いた。


「やはりSランク探索者に頼んで正解でした。こんなに早く対象の迷宮を攻略してしまうなんて。中央軍を動員していたら、貴方たち以上に時間も人数も割かなければならなかったでしょう。改めて、各地の迷宮攻略をしてくださりありがとうございます」


「勿体ないお言葉です。私もこの国で探索者として活動させて頂いているのですから、協力は当然のことです」


「オルンにそう言っていただけると心強いですね。……これで、後顧の憂いを断つことができました」


 後顧の憂いとは、帝国との戦争中に国内で魔獣被害が起こる懸念についてだろう。

 未だに国内に迷宮は多くあるが、今ある迷宮はそこで活動している探索者や領邦軍、中央軍の兵士を動員することで、被害は最低限に抑えられる見通しだと聞いている。


 しかし、そう口にするルシラ殿下の表情はあまり優れない。


「オルンたちには先に話しておきますね。今朝早馬が私の元に来ました。遂に戦争の火蓋が切られた、と」


 ルシラ殿下からもたらされた情報に俺だけでなく、フウカとハルトさんの纏う空気も鋭いものに変わった。


(なるほど、ルシラ殿下の後ろに控えているセルマさんとローレッタさんが普段以上に硬い表情をしていたのは、これが理由か)


 王国と帝国の戦争が始まった。

 これから両国で大量の死者が出ることになる。

 俺がこれまで仕入れた情報を鑑みるに帝国は王国、延いては南の大迷宮を手に入れるまで止まらない可能性が高い。

 帝国が止まらない以上、王国も止まることはできない。


 このまま泥沼の戦いになるよりは、互いの妥協点を見つける方が良いと思うが、帝国側に話の出来る人間を探すのは骨が折れる。

 以前までであれば、帝国の《英雄》フェリクス・ルーツ・クロイツァーが候補であったが、首脳会談の場に居たにもかかわらず、開戦まで至っている時点で望み薄か。


「しばらくは劣勢が続きそうですが、既に連合軍の準備を大詰めまで来ています。我が国は負けませんよ」


 不安であるだろうが、そんな雰囲気は一切見せずに、ルシラ殿下は不敵な笑みを浮かべながら力強い言葉を紡いだ。

 それは自分を鼓舞しているようにも見える。


「はい。私も王国の勝利を願っています」


 俺たち探索者はルシラ殿下や王太子殿下の意向で、今は戦場に出るのではなく、国内の迷宮から資源を確保することを期待されている。

 しかし、戦況次第では戦闘力のある探索者は戦場に駆り出されることもあるだろう。

 ウチの団員をそんな場所で戦わせたくないため、連合軍には頑張ってもらいたい。


「ありがとうございます。次にオルンに会えるのは随分先になりそうですが、落ち着いたらまたお話し相手に――――っ!?」


 ルシラ殿下がコロコロと笑いながら言葉を紡いでいると、突然驚いたように目を見開くと、誰も居ない壁の方へと顔を向けた。

 彼女は冷や汗を流しながら「これは、どういうことですか……?」と、まるで信じられないものでも見たかのような表情だ。


 俺の見えないものが部屋の中に居るのかとも思ったが、ルシラ殿下の様子から察するに、壁の更に先、ずっと遠くの方を見ているように見受けられた。


「……オルン、面倒なことになったぞ」


 ルシラ殿下の変化について気にしていると、俺の隣に座っていたハルトさんが口を開いた。


「……面倒なこと?」


「あぁ。大量の魔獣がこの街に迫ってきている。時間にして一時間も経たずに街にやってくるだろうな」


「なっ――!? 何で魔獣が? 迷宮はこの前攻略しただろ!?」


 想定外すぎるハルトさんの発言に声を荒げる。

 今この地には他国の使者も多くいるんだ。

 彼らが魔獣被害に遭えば、その後面倒な展開に発展することは容易に想像できる。


 だからこそ、前クローデル伯爵はソフィーへの求婚という帝国の要求を呑んで氾濫を防ごうとしたし、セルマさんは迷宮を攻略したんだ。


 それなのに、ここにきて地上に魔獣が大量に現れるなんて、何が起こっているんだ?


「この前攻略した迷宮があった場所とは方角が違うな。一応そっちも視てみたが、その辺りには魔獣は見当たらねぇ。時間差で現れることも考えられるから油断は出来ねぇが」


 攻略した迷宮が無関係となると、考えられるのは……。


「セルマさん、ダルアーネにあの迷宮以外の迷宮はありますか?」


「いや、今兄上に確認を取ったが、クローデル家でも把握していた迷宮はあそこだけだった」


 未発見の迷宮があったという可能性もあるが、この状況でそれは都合が良すぎないか?

 だったら、新たに迷宮が出現したと考える方が、まだ可能性としては高そうだ。


 ここまでの情報が出揃えば、今回の首謀者は絞れる。

 十中八九シクラメン教団だろう。


「魔獣が地上に現れている以上、迷宮が氾濫したと考えるべきでしょう。その迷宮が偶々未発見のままだったのか、それとも突如出現したのかはわかりませんが、この際それはどちらもでも構いません」


 せっかくルシラ殿下とハルトさんのお陰で、被害が出る前に地上に魔獣が現れたことを知ることができたんだ。

 今回はいつも以上にこちらに被害が出てはならない。


「ルシラ殿下、俺とフウカで迷宮の攻略に当たります。ハルトさんはセルマさんと一緒にルシラ殿下の護衛に就かせます」


 ハルトさんの【鳥瞰視覚】とセルマさんの【精神感応】があれば、戦場における情報戦は優位に立ち回れる。

 幸いなことに今は弟子たちもダルアーネに居る。

 《黄昏の月虹》だけでなく、ルシラ殿下の護衛として同行していた《翡翠の疾風》やこの街の探索者たちといった、地上の魔獣から街を護る戦力は充分だ。


 俺の考えにはルシラ殿下も思い至っているだろう。

 だから彼女の承諾を得て、すぐに迷宮があると思われる場所に向かおうとしていた。


 しかし――。


「オルンの提案が最善手であることは承知しています。私としてもオルンには迷宮の攻略に向かってもらいたいと思っています。ですが、他国の使者もいるこの状況では、どうしても政治が関わってしまいます」


 ルシラ殿下が申し訳なさそうに、表情を曇らせながら俺の提案を却下してきた。


 要するに他国の使者に万が一のことがあってはならないから、俺も街の防衛、延いては他国の使者の護りを最優先して欲しいということだろう。

 そのうえで、『王国の英雄』として他国にも名が知れている俺のネームバリューを使って、今回の混乱を抑えたいといったところか。


 本当に政治というものは面倒くさいな。


「それでは、解決には相当な時間が掛かってしまいますよ?」


 今回の氾濫が自然的に発生したものとは考えづらい。

 ほぼ間違いなく人為的なものだ。


 一般的な氾濫であれば、時間が経つにつれて迷宮から出てくる魔獣の数は減っていくから、地上に出てきた魔獣を対処すればそれで良い場合もある。


 しかし、先日巨大なオオカミと戦った際にハルトさんが言っていた言葉から察するに、教団は魔獣を人為的に創り出す技術を確立していると考えられる。


 そんな連中が引き起こしている氾濫なら、魔獣が半永久的に迷宮から出てくることもあり得ない話ではない。


 ……完全にジリ貧だ。


「えぇ、わかっています。タイミングを見て迷宮攻略へと切り替えて頂きますが、最初は街の防衛を、お願いします」


 ルシラ殿下はそう言うと、頭を下げてきた。

 この場には彼女の行動に目くじらを立てるような者はいないとしても、王女が平民である俺に頭を下げるなんてよっぽどのことだ。

 彼女の言動からして、彼女も迷宮の攻略を後回しにしなければならない状況に不満を持っていることはわかる。


 それでも大局を見据えて耐えているルシラ殿下の姿を見て、彼女の要請を無碍にするという選択は取れなかった。


「……わかりました。まずは街の防衛を優先します」


「ありがとうございます、オルン。面倒を掛けますが、よろしくお願いしますね」


 ルシラ殿下の言葉に頷いてから、視線をセルマさんの方へと向ける。


「セルマさん、状況は既に他国の使者にも伝わってるのか?」


「あぁ。既に兄上が動いてくれている。魔獣が街に到達するよりも先に、領民も使者たちも避難は完了する見込みだ。魔獣を街の中に入れなければ、護り切ることは可能なはずだ」


 本当にセルマさんが居てくれて良かった。

 常日頃から思っているが、こういう事態が起こった時にはより一層彼女の存在のありがたみを再認識する。


「……わかりました。では、俺とフウカ、ハルトさんが最前線で魔獣を迎撃します。セルマさんには負担をかけてしまいますが、第二防衛ラインで《黄昏の月虹》や《翡翠の疾風》、他の者たちの指揮をする、ということでどうでしょうか?」


 俺の名前を使うのなら、最前線の人数は減らしておいた方が良いだろう。

 とはいえ、不測の事態が起こらないとも限らないため、独自の視点・・・・・で情報をいち早く掴めるフウカとハルトさんは傍に置いておきたい。


 俺の提案を聞いたルシラ殿下は、後ろに控えているセルマさんに目で質問をする。

 その質問に答えるように、セルマさんが口を開いた。


「私は問題ない」


 セルマさんの返答を聞いたルシラ殿下は一つ頷き、強い意志の籠った目をこちらに向けてくる。


「こちらの都合を押し付けてしまい申し訳ありません。貴方たちの働きには必ず報いることを、ノヒタント王国の第一王女である私の名に誓ってお約束します。ですので、今一度、貴方たちの力を私にお貸しください」

 

  ◇

 

 ルシラ殿下たちと別れた俺は、すぐさま《黄昏の月虹》のメンバーと合流した。


「突然呼び出して悪いな。全員状況は把握しているか?」


「はい。先ほど、領邦軍の方が領民たちに伝えている内容を聞きました。地上に現れた魔獣がこの街に向かってきていると」


 俺の質問にログが代表して答える。


「把握しているなら話が早い。俺たちも街の防衛に協力することになった。今回は誰一人として被害者を出してはいけない。だからお前たちの力も貸してほしい」


当然とーぜんだよ! あたしたちも戦う気満々だよ!」


「あの、オルンさんは迷宮の攻略に向かわれるんですよね? 私たちはオルンさんが迷宮攻略をするまで、街を防衛するということで良いですか?」


 ソフィアが質問をしてくる。

 まぁ、普通はそう考えるよな。


「いや、今回は街の防衛が最優先だ。俺も地上で魔獣の迎撃にあたる。地上の魔獣の数を減らしてから、迷宮攻略に切り替えることになっている」


 俺が今回の作戦について大まかなことを話すと、それを聞いていたログが眉をひそめた。


「どうしてですか? 迷宮を攻略しても良い状況なら、師匠が迷宮を攻略することが、街の防衛に繋がるじゃないですか。この街には師匠が居なくても、防衛できるだけの戦力があるはずです。僕たちだって、戦力に数えてもらえる程度には強いつもりです!」


「そうだな。ログの意見は正しい。街の被害を最小限にするなら、迷宮攻略も同時進行で行うべきだろう」


「だったら――」

「政治が関わっている、ですね?」


 自分の考えを肯定されながらも、その手段を取らないと言っている俺に、ログが更に食い下がろうとしたところでルーナが口を挟む。


 ルーナの言葉を肯定するように俺は頷いた。


「んー? 政治って、どういうこと、ルゥ姉?」


「現在、この街には他国の使者が多くいらっしゃいます。彼らに万が一にも危害が及んではならないことは当然、ここでの立ち回りが、今後の外交にも影響を及ぼす恐れがあるのですよ。ですので、王国としては使者たちを護るのは『王国の英雄』だと喧伝したいのでしょう。その方が・・・・外交を行いやすいからです」


「そんな、くだらないことで、師匠を拘束するっていうのか!? 長引けば、それだけ被害が及ぶリスクが高まるだけだっていうのに……!!」


 ルーナの説明を聞いたログが怒りで声を震わせている。


「政治は正しいことをすれば良いというものではない。理屈が通じないことも多々あるのが政治だ。だからこそ、政治に関わらないようにしている探索者が大半だし、《夜天の銀兎》もその方針なんだ。だが、この状況ではそうも言っていられない」


 俺が宥めるようにログに声を掛ける。

 ログだけでなく、ソフィーとキャロルも不満そうな表情を浮かべている。


 ルーナは表情にこそ出していないが、気持ちは三人と同じだろう。


 俺もルーナも《黄金の曙光》時代に、こういった政治が関わった理不尽には何度も遭っているから、三人よりは耐性がある。


 こういう理不尽から自身や周りの人を護るために力を求めていたのに、俺には力がまだまだ足りないことを痛感させられる。

 それでも、ここで感情的になれば、その先に更なる理不尽が待っている。


「……師匠の話は分かりました。納得は今もできないですが。――でしたら師匠、《黄昏の月虹ぼくたち》が迷宮を攻略します!」


 なんとかわかってもらえたかと安堵していると、ログから予想外の言葉が飛び出してきた。


「おぉ! ログ、その案良いね!」


「うん! 私も賛成! オルンさんが動けないなら、代わりに私たちが動けばいいんだよ!」


 俺が固まっているうちに、キャロルとソフィーはログの提案に賛同していて、三人の目がこちらを向く。


「待て待て! 氾濫元である迷宮は恐らく普通の迷宮じゃない。そんな危険な場所に、お前らを行かせられるわけないだろ!」


「危険な場所だってことはわかっています! 無理だと判断したらすぐに引き返します! だからお願いします!」


 俺がログの提案を却下すると、ログは強い感情の籠った声で反論してくる。


「だっておかしいじゃないですか! 師匠も防衛と同時に迷宮攻略をするべきだと思っているんですよね!?」


 《黄昏の月虹》が迷宮攻略に向かってくれると、俺としてもやりやすくなる。

 しかし、大切な弟子たちをそんな危険な場所に向かわせるわけにはいかない。


 というのに、ログの提案が有効な手段の一つだと頭では理解しているからか、却下するための相応な理由が咄嗟に出てこなかった。


「それはそうだが。お前たちに何かあったら……」


「っ! 僕たちは師匠に護られるだけの存在じゃありません!」


 俺が言い淀んでいると、ログが怒りの声を上げる。


「――っ!?」


 そこの声音と内容に、俺は自分の頭をぶん殴られたように感じた。


「僕たちは《夜天の銀兎》の第二部隊に所属する探索者です。このクランに於いて第二部隊の探索者は、クランの主戦力・・・であり、パーティの一存で大迷宮以外の迷宮に潜る権利も持っています!」


 俺がログの反論に息を飲んでいると、ログは更に言葉を畳み込んでくる。


「確かに、師匠にはこれまでたくさん護ってきてもらいました。師匠から見れば、僕たちはまだまだなんでしょう。それでも! 僕たちは師匠の背中を追いかけてきました! 僕たちの中には師匠の教えが染みついています。判断は見誤りません! だから、僕たちに行かせてください!」


 ログの言葉が俺の考えを破壊する。

 その後に残ったのは、どこか清々しい気分だった。


「ははは……。ログがこんなに俺に声を荒らげるとはな」


 俺がログたちの師匠になったとき、ログは俺に盲目的な部分があった。

 それを不安に思っていたこともあったからだろうか、こうやって真正面から俺に食い掛ってくれたことが嬉しく思う。


「あ、す、すいません! 師匠に反抗するつもりではっ!」


 俺の言葉を聞いたログが突然慌てふためく。


「いや、怒ってないよ。……でも、そうだよな。お前たちは、もうちゃんと歩いているんだよな。そんなお前たちを未だに子どもだと思ってしまっていた。すまない、俺が間違っていた」


「そ、そんな! 師匠は悪くありません。未だにそんな考えにさせてしまっている僕たちが悪いんです! ――だから、迷宮を攻略して証明して見せます! 師匠の弟子が立派な探索者であることを!」


「あぁ。次はお前たちの探索者としての成長を見せてくれ。お前たちが抜けた防衛戦力の低下は俺が埋める。だから、これはお前らの師匠として、そして、《夜天の銀兎》の探索部を任せられている幹部として、お前たちに依頼する。――俺の代わりに迷宮を攻略してきてくれ!」


「「「「はい!!!!」」」」

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