228.【sideルシラ】急転直下

 

  ◇ ◇ ◇

 

 王女ルシラを乗せた馬車が王都の門を潜る。


「ふぅ……。何とか無事に帰ってこられたね」


 護衛として馬車に同乗していたローレッタが安堵の息を吐いた。


「長い間気を張らせる生活を強いてしまってごめんなさい、ローレ」


「気にしないでくれ。今回の会談にルーシーの存在が必要不可欠であったことは明白だし、これが私の仕事なのだからね。ルーシーが謝る必要ないさ」


「ありがとうございます。戦争が始まったばかりで気の休まる日は当分先になりそうですが、私が王城に戻ったら、今日くらいは羽を伸ばしてください」


「うん、そうさせてもらうよ」


 王都へ無事に帰ってこられたことを二人で喜んでいる間に、 馬車が王城に着いた。


 ローレッタが馬車から降りると、そこにはルシラの出迎えに来ていた数人の人間が集まっていた。

 彼女はこの場にいる者が全員ルシラの側近や従者であることを確認したところで、馬車の中にいるルシラに手を伸ばす。


 その手に引かれながらルシラが馬車から降りる。


「お帰りなさいませ、ルシラ殿下。お変わりないようで安心いたしました」


 五十代後半の老人――アザール公爵が、彼らを代表してルシラに声を掛ける。


「アザール公爵、ただいま戻りました。他の皆さんも、出迎えに来てくださりありがとうございます」


 ルシラが彼らに労いの言葉を口にしながら笑いかけた直後、――ルシラから無理やり引き離れさるかのように彼女を除くその場に居た全員が吹き飛ばされた。


「――――」


 突然の出来事に、ルシラが目を見開く。


 そんな彼女の傍には、いつの間にか男が立っていた。


「――全員、動くな。口も開くな。無視すれば、容赦なく彼女の首を刎ねる」


 ルシラの傍に立っている男――《英雄》フェリクス・ルーツ・クロイツァーが刀身をルシラの首元に沿えながら全員に忠告する。


「……フェリクス殿下、どうして、ここに?」


 ルシラは刃物を向けられながらも、毅然とした態度で疑問を口にする。


「手っ取り早く戦争を終わらせるためだ」


 フェリクスが濁った瞳をルシラに向けながら答える。


「降伏しろ、ルシラ王女。無駄に血を流すことは本意じゃない。この場で王国が帝国に下ると言ってくれるなら、王国への攻撃を止めると約束しよう」


「……王国の行く末を決めるのは、私の兄である王太子です。私にその決定権が無いことは貴方もわかっているでしょう? なのに、そんな私の言葉で良いのですか?」


 王が崩御したノヒタント王国の現在のトップはルシラの兄である王太子だ。

 ルシラには王族としての権威はあるが、王国の舵を取れる立場にいない。――表向きには。


「ふん。俺たちが知らないとでも思っているのか? この国のトップはお前・・だろう。今の王国では、お前の意見が最優先される。違うか?」


「…………」


「まぁ、どちらでもいい。お前らが負けを認めるまで、王国への攻撃を止めないだけのことだ。 手始めにこの城を崩壊させて、ついでに王都に居る人間を皆殺しにしようか」


 そう言うフェリクスの表情は本気だった。


 彼は以前オルンに敗北した。

 しかし、それは公表されていない出来事だ。

 世間の評価では、未だにフェリクスこそが『世界最強』である。


 実際、元勇者であり近衛部隊隊長だったウォーレンを喪った王国には、フェリクスと真正面から戦えるほどの実力者はおらず、王国の兵士が束になってもフェリクスには敵わない。


 唯一の対抗手段はヒティア公国から譲り受けた魔導兵器だが、それも今は最前線にあるためこの場にない。


(私の見立てが甘かったですね。《英雄》が戦場を無視してこちらにやってくるなんて……!)


 ルシラは自身が楽観視していたことを悔いる。


 王国と帝国は隣接していることから、ルシラとフェリクスは過去に何度も顔を合わせ、言葉を交わしてきた。

 その知見から、ルシラはフェリクスのことを民思いの心優しい人物であると分析していた。


 その分析は正しい。

 ただし、それには彼が【認識改変】を受ける前であれば、という前置きがが必要だ。


 フェリクスが戦場に現れることはルシラも予測していたが、単身で王都にやってきてくるような行動を取ることまでは導き出せなかった。


(しかし、この人はどうやってここまで……? 帝国の皇太子なんて有名人が誰にも気づかれることなく王都まで来られるなんて、普通に考えればあり得ません。しかし、彼は現にこの場に居る。それを可能にするとするなら……。――まさか、長距離転移!?)


 ルシラは自身が持っている情報を元に、通常はあり得ないと一蹴される結論を導き出した。


 世間では長距離転移という技術は未だに確立されていないとされている。

 しかし、彼女は過去に起っている様々な事件を分析して、《アムンツァース》と《シクラメン教団》の両組織は、既に長距離転移を可能にしていると推測している。


 そして、その推測は当たっている・・・・・・


(私の推測では、教団の人間でも長距離転移を行使できるのは幹部だけのはず。彼が長距離転移でここにやってきたとするなら、帝国の皇太子は教団内で幹部、もしくはそれに匹敵する地位にいるということになります)


「それで、どうするんだ? 早く決めてくれ」


 徐々に空気が物理的に・・・・重たくなっていく。

 建物や周囲のオブジェクトから軋むような音が聞こえてきた。


(長距離転移が可能な《英雄》が本気になったら、この国を滅ぼすのに一週間はいらないでしょうね……)


 ルシラは降伏をしなかった場合、そして、降伏した場合のそれぞれの今後の展開を頭の中でシミュレートする。

 彼女の今考えるべきことは、一人でも多くの民を救うこと。


「一つ、質問をさせてください」


 悔恨の色を現しながら、ルシラが口を開く。


「……なんだ?」


「降伏した場合、王国民の権利は保証されるのでしょうか?」


「ここで降伏をするなら王国内でも帝国の法を適用し、お前らにも帝国民となってもらう。俺は帝国民に危害を加えるつもりはない。そこは皇太子として約束しよう。当然、反発する勢力が居るのであれば、そいつらは排除することになるが」


 フェリクスの言葉を聞きながら、ルシラは顔を伏せて悔しさに耐えるように唇を噛んでいた。


 そして、声を震わせながら呟く。


「……わかりました。降伏、いたします……」


 こうして王国は帝国の支配下に置かれることになった――。

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