157.来訪者

  ◇ ◇ ◇


『オルン、突然すまない。今少し大丈夫か?』


 じいちゃんの店を出てクラン本部へと向かう帰り道で、突然セルマさんから念話で声をかけられた。

 迷宮以外で突然声が頭の中に響くこの感覚は慣れないなと苦笑いをしながらセルマさんに応答する。


『あぁ、大丈夫だ。何かあったのか?』


『ありがとう。今は本部の外に居るのか?』


『ちょっと行きたいところがあったから外出している。今本部に向かっているところだから夜の打ち合わせの時間には本部に居るけど?』


『そうか。総長が私とオルンを呼んでいる。帰ってきたら私と総長室に行ってほしいんだが、いいだろうか?』


 セルマさんからの用件は総長からの呼び出しだった。

 近日中に総長と話すような用件は無かったはずだが、セルマさんに頼んでいるところから察するにかなり急ぎの内容ということだろう。


『わかった。内容は何か聞いてる?』


『いや、まだ私も詳しいことは聞かされていない。これは私の推測になるが、先ほど総長に客人が訪れてきたと聞いているからそれ関連だと思う』


 総長の客人?

 総長が直接応対をしているということは、上級貴族やそれに準ずる大物である可能性が高いが、そんな人物が俺に何の用だ?

 セルマさんなら上級貴族の娘であるからわからなくもないが、俺はただの平民でしかない。

 とすると、探索者としての俺たちに用があるということになるが……、


『なんか、あまり良い話ではなさそうな予感がするな……』


『それには同感だ。総長の客人が誰なのかも団員に伏せられている。かなりの大物であることはほぼほぼ間違いないだろうがな』


『とりあえず用件はわかった。今から急いで帰るよ。待たせすぎると心象を悪くしかねない』


『頼む。私はロビーラウンジに居るから、そこで合流しよう』


『了解』


  ◇


 セルマさんとの念話を終えてから急いで本部へと向かい、彼女と合流してから一緒に総長室へと向かった。


 総長室の前へとやってくるとセルマさんがドアをノックしてから俺たちが到着した旨を中にいるであろう総長に伝えた。

 中から部屋に入るよう言われたため、ドアを開いて中に入るセルマさんに付いていくようにして部屋へと入る。


 俺が部屋に入ってから中にいる人物を確認すると、総長と筋肉質で長身の男が居た。

 身に纏っている衣服は、誰が見ても上質なものであるとわかるが動きやすいようにデザインされている。

 年齢が四十半ばと言ったところだろう。

 決して若いとは言えない男だった。

 しかし佇まいや雰囲気が只者ではないことを雄弁に語っている。


(この人、相当強い。さきほど出会った鎧の探索者に勝るとも劣らない……。何者だ?)


 そんなことを考えていると隣のセルマさんも初老の男を確認して息を飲んだ。

 しかしセルマさんの驚きは只者ではない雰囲気に気圧されてというよりは、あり得ないものを見て驚いていると表現したほうが適切に感じる。


 セルマさんのこの感じからして、相手が上級貴族であることは確定かな。

 俺の場合、貴族の名前は把握しているが面識のある人物はあまり居ないため、顔を見ただけで誰なのかは判断がつかないが、セルマさんなら俺よりも多くの貴族と面識があるだろうから。

 名前を聞いたら流石に分かるはずだが、この雰囲気から軍方面の人間であることは間違いないと思う。

 であれば、中央軍の第一から第三師団の師団長だったりするのか?

 第四師団の師団長であるレスター師団長とは面識があるから、彼ではないことはわかる。


「セルマちゃん、久しぶりだな! しばらく会わないうちにより一層綺麗になったなぁ!」


 初老の男が人懐っこい笑みを浮かべながらセルマさんに声を掛ける。

 やはりというべきか、この二人は面識があった。


「恐縮です。ウォーレン様」


 セルマさんが緊張しながらもどこか嬉しそうな声音で返答する。


(セルマさんの今の姿は珍しいな。――って、ウォーレンだと!?)


 彼女の緊張した雰囲気を珍しく思っていたが、初老の男の名前が判明した途端、俺の全身に衝撃が走るような感覚に陥った。


 俺が知るウォーレンという人物は一人しかいない。


 ウォーレン・ヘイズ。

 約二十年前、当時探索者であった彼は、自身が率いるパーティが誰も到達したことのない九十三層に到達したことから《勇者》と呼ばれていた。

 彼のパーティ――《金色の残響こんじきのざんきょう》の実力は他とは一線を画すほどのものと言われており、不可能とも思われていた大迷宮の攻略すら『彼らであれば』と言われるほどに期待を寄せられていた。


 それなのに九十三層に到達してしばらく経った頃に突然パーティを解散した。


 その時の民衆の衝撃は計り知れないものであったらしいが、パーティメンバーの誰からも解散の理由が語られることは無かったため未だに謎のままだ。

 噂ではパーティメンバーの誰かが事故で命を落としたのが原因なんて言われていたようだが、その真偽は不明となっている。


 それからしばらくして彼はノヒタント王国中央軍の近衛部隊に所属することとなり、十年ほど前からは近衛部隊の部隊長に就任してそれ以降は国王の護衛をしていると聞く。


 ちなみに《金色の残響》のメンバーであったアルバート・センシブルはパーティ解散後に《夜天の銀兎》に移籍し、彼が亡くなるその日まで《夜天の銀兎》の絶対的エースと呼ばれていた。


 ウォーレンと呼ばれた初老の男がセルマさんへの声掛けを終えると、俺の方に視線を移動させた。

 変わらずに人懐っこい笑みを浮かべているが、その目は笑っておらず俺を品定めするかのようなものだった。


「そして、お前さんがアルバの後任か」


 アルバとはアルバート・センシブルのことだろう。

 彼と親交のあったルクレやキャロルが彼のことを『アルバさん』と呼んでいたから間違いないと思う。


「初めまして。《夜天の銀兎》所属の探索者、オルン・ドゥーラです」


「ノヒタント王国中央軍近衛部隊のウォーレン・ヘイズだ」


 俺が自分の名前を告げると初老の男も自分の身を明かしてくれた。

 予想通り彼は前勇者パーティリーダーであるウォーレン・ヘイズ本人だった。

 それにしても、王の護衛という重職に付いている人がなんでここに居るんだ?


「お前さんのことはこっちでもよく話題に挙がっているぞ。王国最強の探索者にして、世界最強と言われている《英雄》にも勝利した傑物だってな」


 先日の帝国の侵攻時に《夜天の銀兎俺たち》がレグリフ領に居たことは、エディントン家が情報統制しているため知る者がほとんどいない。

 とはいえ、流石に国の中枢には知られているか。

 とすると彼がこの場に現れた理由として考えられるのは……。


「……過分な評価痛み入ります。ただ、あれは巡り合わせが良かっただけのことです。私は一介の探索者に過ぎませんので」


「謙遜する必要ねぇと思うがな。帝国の《英雄》とは俺も会ったことがあるが、あれは化け物だ。俺が出会ってきた中で二番目・・・にヤバイ。確かに勝敗には運が絡んでいた・・・・・・・ようだが、勝利は勝利だ。それは誇るべきものだと思うぞ」


「……はい、ありがとうございます」


「ウォーレンさん、早く用件に移ってください。彼らも暇ではないのですから」


 俺のウォーレンさんの会話がひと段落ついたところで、総長がウォーレンさんに声を掛ける。

 総長の強めの口調に少し驚くが、ウォーレンさんは気にした様子もなく「はいはい、相変わらずだなぁ」と呟いていた。


「さて、口うるさい奴もいることだし早速用件に移らせてもらうぞ。――セルマ・クローデル、オルン・ドゥーラ、お前たち二人には中央軍に籍を移してもらいたい」


 先ほどまでの人懐っこい笑みを取っ払い真剣な表情でウォーレンさんが口を開いた。


 ウォーレンさんの用件は、予想通りではあったが中央軍への勧誘だった。

 俺だけでなくセルマさんも一緒に勧誘されたことには少し驚いたが、彼女の異能や能力を考えれば勧誘されるのも納得だ。


 総長は先ほどの口調からしても、ウォーレンさんの用件を事前に知っていたと思われるが、彼が反発しなかったことには違和感がある。

 総長とはまだそこまで長い付き合いではないが、団員を大切に思っていることはわかっている。

 俺が中央軍に所属するつもりが無いことも知っているはずだ。

 彼なら俺たちに話が来る前に自身の手で握り潰すくらいのことはやりそうだが、それだけウォーレンさんや中央軍から圧力を掛けられているということか?


 色々と思考を巡らせながら総長の方へ視線を移すと、彼が柔らかい表情で小さく頷いた。

 総長の行動を見て俺の返答は固まった。


「「お断りします」」


 俺とセルマさんの声が重なった。


 総長は言外に素直に返答して良いと言っていた。

 恐らく俺たちの気持ちを聞いてから、彼がウォーレンさんや中央軍との話し合いに口を挟むつもりだったんだろう。

 相手は国だから大変な仕事を押し付けることにはなってしまうが、彼は信頼に足る人物だから任せてしまって問題無いはずだ。


 真剣な表情で俺たちの返答を聞いたウォーレンさんが小さく息を吐くと、


「だよなぁ」


 再び人懐っこい笑みを浮かべながらあっけらかんとしていた。

 これからめんどくさい交渉が始まるのかと思っていただけに彼の態度に拍子抜けする。


「そ、そんな簡単に引き下がって良いんですか……?」


 セルマさんも俺と同じ気持ちのようで、ウォーレンさんの態度に戸惑っている。


「あー、いいのいいの。これは中央軍の顔を立てるために一応聞いてみただけだから。俺も元は探索者だから気持ちはわかる。『税金は一般市民よりも納めているんだから、くだらないまつりごと探索者俺たちを巻き込むな』ってな」


「それを貴方が言ってしまうのはどうかと思いますが……」


 簡単に引き下がってくれたことは有り難いが、曲がりなりにも国の中枢に関わる人がそんな考えで良いのかと少し不安になる。


「陛下は俺の考えもわかったうえで今の役職に就けているんだ。ま、そのせいで俺を煙たがるやつは少なからず居るがな」


 ウォーレンさんがケラケラと笑いながら問題が無いと告げてくる。


「――さて、それじゃあ俺の本題といこうか」


 先ほどまで笑っていたウォーレンさんが再び雰囲気真剣なものに変えると、本題に移ると口にした。


「ウォーレン様がここに来られたのは中央軍への勧誘が目的ではないのですか……?」


「いやいや、断られることがわかっているのに、このためだけに来るわけないだろ。流石にこれだけが理由ならもっと適任の奴に行かせてる」


「それは確かに……。それで、貴方の本題とは?」


 俺がウォーレンさんに問いかけると、彼が不敵な笑みを浮かべながら口を開く。


「オルン・ドゥーラ、俺と模擬戦をしてくれ」


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