232.【sideルーナ】《黄金の曙光》の三人目

 

  ◇ ◇ ◇

 

  ―南の大迷宮:入り口付近―

 

 スティーグとディモンが探索者ギルドへとやってきたのとほぼ同時期、ルーナは南の大迷宮の入り口へとやってきていた。


『……ピクシー、大迷宮に着きましたよ。私をここに連れてきて何をするんですか?』


 大迷宮の入り口近くに到着したところで、ルーナはピクシーに念話で問いかけた。


 彼女の急用とはこのことだった。

 数か月前、クローデル元伯爵によってソフィアはダルアーネに連れ去られた。

 ルーナはそんな彼女を見つけ出すために、条件と引き換えに妖精であるピクシーの力を借りた。

 その条件というのが、ピクシーの要望を『何でも一つ叶える』というもの。

 そして本日、ピクシーはその権利を行使してルーナに南の大迷宮まで向かわせた。


『えっと……、わたしの目的は、ここまでルーナを連れてくることだから……。その後のことはルーナ次第、かな……』


『それって、どういう――』


『久しぶりね、ルゥ子』


 ピクシーの要領の得ない返答に、ルーナが質問を重ねようとしたところで、二人の念話に別の女性の声が割り込んできた。


『……この声、ティターニアですか?』


 ルーナは、声の主が彼女のことを『ルゥ子』と呼んでいたことから、割り込んできたのが妖精の女王であるティターニアだと察した。


『正解。元気そうで何よりよ』


『本当に久しぶりですね。最後に貴女と言葉を交わしたのはエディントン伯爵の依頼で私たちがレグリフ領に行っていた時ですから、あれからもう九カ月ですか。時間が経つのは早いですね』


『ウチにとっては、ほんの少し前程度の感覚だけどね』


『ふふっ、数百年も生きているティターニアにとっては確かに一年なんてあっという間でしょうね』


 ティターニアと久しぶりに言葉を交わすことができて、ルーナの表情が綻ぶ。


『もしかしてピクシーを介して私を大迷宮に連れてきたのはティターニアですか?』


 ティターニアと再会したルーナがティターニアと二言三言言葉を交わしたところで、彼女へ質問を投げかける。


『……えぇ、そうよ。ルゥ子にはこれから起こること・・・・・・・・・、その一部始終をしっかりと見届けて欲しいの。【精霊支配】は他の異能よりも術理の影響が少ない。だから、記憶は引き継げなくとも、感覚くらいは残る・・はずだから』


『それは、どういう意味ですか……?』


 意味深な発言を受けてルーナは首を傾げた。


『ごめん、その説明している時間は無いみたいだ』


 ティターニアはルーナの問いに明確には返答をせず、セルマが非常事態宣言を発令するためにルーナへと繋いだ【精神感応】のパスを断ち切った。


 直後、突如として大迷宮の前に一人の男が現れる。


 ルーナがその男が放つ圧倒的な威圧感に気づき、身体を震わせながら振り返る。


 彼女の視界に映ったのは、右目を眼帯で覆った隻腕の青年の見た目をした男 ――ベリア・サンスだった。


「……本当に忌々しいな。俺だけが大迷宮に入れない・・・・・・・・なんて、不条理だろ。そうは思わないか? なぁ、ティターニア・・・・・・


 ベリアが体を震わせているルーナではなく、彼女の近くに在る妖精であるティターニアへと声を投げる。


 その言動は、ベリアが本来知覚できないはずの妖精を捉えているという証明だった。


『それは当然だろう。この世界の破壊を目論んでいるお前を、あるじが入れると本気で思っているのか?』


 ベリアの言葉を受けて、ティターニアが冷淡な声を返す。


「はははっ! 世界の破壊だなんて大袈裟だな。俺は正そうとしているだけだ。なんせ、この世界が存在していること自体が間違いなんだから。妖精・・のお前もそう思っているんだろ?」


『……この世界の存在意義について議論するつもりはない。確かに以前のウチはこの世界が滅ぼうが存続しようがどちらでも良かった。だが、今は違う。オルン・ドゥーラの選択に委ねる。それが今のウチの意見だ』


「オルン、ねぇ。残念ながらオルンは俺の部下が殺す。アイツに明日は無い。残念だったな」


「ちょっと待ってください! オルンさんの選択に委ねる? オルンさんを殺す? 貴方たちは一体何を言っているんですか!?」


 ベリアに気圧されていたルーナがようやく 声を上げる。


「……ルーナ・フロックハート、ティターニアの操り人形の分際で、数百年ぶりの旧友との話に水を差すなよ」


 初めてルーナの方へ視線を向けたベリアが冷たく彼女に言い放つ。


『それは聞き捨てならないわね。ウチがルゥ子を操ったことは一度もないわよ。ルゥ子は、ルゥ子自身の力と意思でこれまでの人生を歩んできた』


「ほぉ。《黄金の曙光》の三人目・・・にルーナ・フロックハートが選ばれたのが、偶然・・だとでも言うのか? それは無理があるだろ」


「……三人目?」


 ベリアの言葉に引っかかりを覚えたルーナが呟く。


「本当に何も知らないんだな」


「どういう意味ですか?」


「どうもこうも、言葉のままだ。《黄金の曙光》は元々、オルンを縛り付け、そしてオリヴァーに大迷宮を攻略させるためのパーティだったんだよ。――それを、お前という存在が滅茶苦茶にしたんだ」


 ルーナに向けるベリアの視線が鋭くなる。


『ルゥ子、話半分に聞いていいよ。これはあくまでアイツにとってルゥ子は邪魔な存在だったというだけの恨み言に過ぎないから。ウチ目線で見れば、ルゥ子のお陰でオルンもオリヴァーも良い方向に進めた』


 ベリアがティターニアの言葉を聞いて表情を緩める。


「……確かに、これは愚痴に過ぎないな。どうせ修正できる・・・・・誤差の範囲内だ。俺もそこまで気にしているわけではない。ただ一言文句を言いたかっただけだ」


これ・・が誤差の範囲内? それは油断が過ぎるだろう。これは、お前たちの優位性を失うほどのものだ。お前たちはこれから・・・・身をもってそれを実感することになる』


「ははは! 大きく出たな、ティターニア。……だが、さっきも言った通り、オルンはここで殺す。確実にな。そして、お前もだ、ティターニア!」


 ベリアがそう言い放った直後、上空に二つ目の太陽が現れたと勘違いするほどの眩い光が辺りを照らした。


 それは、可視化されるほどに高密度となっている黄金の魔力だった。


「――天閃!!」


 眩い光を放つ黄金の魔力がベリアを飲み込んだ・・・・・・・・・


 オリヴァーがルーナとベリアの間に降り立つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る