231.【sideレイン】姉妹のかたち

 

  ◇ ◇ ◇

 

  ―ツトライル街外南西部:第二迷宮近郊―

 

 獅子の魔獣が死角から一人の探索者へと飛び掛かる。


「うわあああっ!?」


 その探索者が獅子の魔獣の接近に気が付いたころには、目の前まで迫っていて躱すことができない状況だった。


「っ! 【空間跳躍スペースリープ】!!」


 悲鳴を聞いたレインが一瞬で構築した【空間跳躍スペースリープ】を発動する。


 転移によって探索者と獅子の魔獣を強制的に引き離す。


「た、助かった……」


「油断するな! 気を抜けば、次は死ぬぞ!」


 九死に一生を得た探索者が安堵しているところに、セルマの喝が飛んでくる。


「は、はい!」


 探索者は気を引き締め直して、再び戦線へと向かう。


『一分後にローテーションを行う! 戦線の探索者たちは、切り替えが完了するまで気を緩めるなよ!』


「「はい!!」」


 セルマが魔獣の大群と相対している探索者たちに念話で指示を飛ばす。


 最後方で休息を入れていた探索者たちが臨戦態勢を取った。


 あと数秒で戦闘する者と休憩する者が入れ替わるというタイミングで、最前線・・・にいるレインが声を上げる。


「ローテーションの隙は私が補う! みんなは下がって! ――【超爆発エクスプロード】!」


 前線を爆発が襲い、魔獣の侵攻が緩んだ。


 その隙を見逃さず、前線で戦っていた探索者たちが下がる。


 前線が薄くなったところで、レインが魔術を発動する。


「――【空間跳躍スペースリープ】!!」


 後方に見える崩れたツトライルの外壁だった瓦礫を上空へ転移させた。


 空から瓦礫が降り注ぎ、それが魔獣たちを襲う。


 その間に休息していた探索者たちが前線へと戻ってきた。


『……っ! レイン! いい加減、お前も一度下がれ! それ以上戦い続けるのは危険だ!』


 セルマがレインに怒鳴るように指示を出す。


 当のレインはというと、鼻血を流しながら肩で息をしている。


 レインは魔獣が地上に現れ始めてから、ずっと戦い続けていた。


 明らかに魔術の使い過ぎだ。

 そのダメージが鼻血として表に出ていた。

 既にレインは強烈な頭痛を感じている。


『……ごめんね、心配かけて。だけど、私は、この戦いだけは何があっても逃げちゃいけないの!』


 レインはセルマにそう言いながら、攻撃の手を緩めない。


 同時期にカティーナたちの居る第四迷宮からも魔獣が地上に出てきているが、魔獣一体一体の強さはこちらの方が上だった。


 それに加えてこちらにもサイクロプスが現れている。


 セルマ達は劣勢を強いられているが、レインが制限なく【空間跳躍スペースリープ】を行使していることで死者は未だに出ていない。


(私は、教団の言葉を真に受けて、黎明の里を壊滅に追いやってしまった。起こってしまったことはもう変えられない。……でも、起ころうと・・・・・していること・・・・・・なら、変えることができる。教団がツトライルを滅茶苦茶にするなら、私は何としても、それを防いでみせる!)


 レインは、セルマが【精神感応】で入手した情報を聞いて、今回の敵が《シクラメン教団》だと知った。


 過去に利用されて、大量虐殺の引き金を引いてしまったレイン。

 それは、十年近くが経った今でも彼女の中で全く消化できていない出来事だ。


(こんなことが罪滅ぼしになるなんて思っていない。……だけど、私はもう後悔をしたくない。ここは、絶対に退けない!)


 レインは、黎明の里を壊滅させてしまった罪から、戒めのように行使することを封印していた【空間跳躍スペースリープ】を最大限活用して劣勢な戦線を支えていた。


 先ほどのように戦闘員を切り替える際にサポートしたり、魔獣に襲われそうになっている探索者を転移で逃がしたりと。


 頭痛に苛まれながらも、レインの戦意は未だに一切衰えていない。


 しかし、魔術の大量行使は、着実にレインの戦闘能力を削いでいた。


 それでも他の探索者たちとともに魔獣の大群と戦い続け、ようやく魔獣の数が目に見えて減り始めた。


「はぁ……はぁ……はぁ……。良かった、これなら……」


『レイン! 魔獣の数も落ち着いた。いい加減少し休め! これで終わりとも限らないんだから』


『……そうね、そうさせて――』


「――うわああっ!?」


 魔獣の群れとは別にサイクロプスと戦っていた探索者の一人が悲鳴を上げる。


 その探索者は体勢を崩していた。


 サイクロプスが容赦なく拳を振り下ろす。


「――っ!」


 レインがこれまでのように【空間跳躍スペースリープ】を発動しようとした。


(――っ!? 術式構築が間に合わない。このままじゃ――)


 本来のレインであれば、【空間跳躍スペースリープ】を発動しようと思った時には、術式構築を完了させている。


 だが、今のボロボロのレインでは即座に発動することができなかった。


 誰もが、その探索者の死を悟った。


「だめ……――」


 レインの絶望の声が漏れるのと同時に、サイクロプスが振り下ろす拳と探索者の間に、無数の光が走る。

 そして、空中に蜘蛛の巣のような正六角形が浮かび上がった。


 それがサイクロプスの拳を包み込むように受け止めた。


「――【付与:火ファイア・エンチャント】」


 刀を模した魔導具を手にしたテルシェが呟くと、燃え盛る炎が刀身を包んだ。


 テルシェが氣を活性させながらサイクロプスへと肉薄し、その腕を斬り落とす。


 サイクロプスが悲鳴のような声を上げる。


 そんな反応を無視して、テルシェは地面を蹴ってサイクロプスの遥か頭上へと移動する。


 いつの間にか彼女の手にしているものは刀から弓矢に変わっていた。


「――【付与:雷サンダー・エンチャント】」


 弓に矢を番えたテルシェがそう呟くと、鏃の周囲に雷が迸る。


 サイクロプスがテルシェを見上げた。


 その瞬間、テルシェは矢を射る。


 矢がサイクロプスの単眼を捉え、そのまま脳と頭蓋を貫いた。


「己を過信して周りに迷惑をかけるところは、全く変わってないのね、レイン」


 力なく倒れたサイクロプスの近くに着地したテルシェが、冷たい目をレインに向ける。


「お姉、ちゃん……。っ! 気を付けて! そのサイクロプスは死なない・・・・の!」


 レインが声を上げると、脳を潰されたはずのサイクロプスがテルシェに腕を振って攻撃してくる。


 テルシェは驚いた様子もなく地面を蹴って、攻撃を躱しながら距離を取る。


 サイクロプスは立ち上がると、次第にその単眼が再生していった。


「……【自己治癒】を反映させてるのね。面倒なことを」


 テルシェがサイクロプスを睨みながら呟く。


 このサイクロプスはカティーナたちの方で現れた個体とは異なり、魔力弾を撃ち出す機構ではなく、【自己治癒】の能力を有していた。


 そんな彼女にレインがゆっくりと近づいていった。


「お姉ちゃんが、何でここに……? もしかして、助けに来てくれたの?」


「加勢はあくまでついでに過ぎないわ。この計画が順調に進んだ場合に備えて、私たちの王に献上する・・・・情報を少しでも増やしたいだけよ。……そんなことより、今すぐ私とそこのデカブツをまだ木々が生い茂っているところに跳ばしなさい」


「え、どうして……?」


「理由は知らなくていいわ。とっととやりなさい。そういうの、大得意・・・でしょ?」


「――っ!」


 レインは十年前に教団の言葉に乗って、大して考えることなく【空間跳躍スペースリープ】を行使した。

 そのことを遠回しに指摘され、レインの表情が苦痛に歪む。


「おい、お前はレインの姉なんだろう? 何故そんなに妹に冷たく当たっているんだ!」


 近くで二人の話を聞いていたセルマが耐えられず、二人の間に割って入る。


「セルマ・クローデルね。これは私たち姉妹の問題よ。関係ない貴女にとやかく言われる筋合いはないわ」


「なんだと、私はレインの仲間――」


「大丈夫よ、セルマ。……今から跳ばすね、お姉ちゃん」


 セルマがテルシェに詰め寄ろうとしたところをレインが止める。

 そのままレインはテルシェとサイクロプスを彼女指定の場所へと転移させた。


「何で止めたんだ?」


「お姉ちゃんが私にあんな態度を取っているのは、私が原因だから。私が悪いから……」


「レインとお前の姉に何があったのか知らないが、姉なら妹のことを受け止めるべきだろ!」


「……ありがとう、セルマ。だけど、今はサイクロプスをどうにかしないといけないから」


「先ほどの身のこなしからしても、レインのお姉さんが只者じゃないことは想像できるが、実際どのくらい強いんだ?」


「……実は、私もお姉ちゃんの実力は詳しく知らないんだ。……でも、恐らく私たちよりも強いと思う。だって――」


「ん? だって、なんだ?」


「ううん、何でもない。ひとまず魔獣が少ないうちにこちらの体勢も整えないとね」


「そう、だな」


 遠くでサイクロプスと対峙しているテルシェを視界に捉えながら、レインとセルマは他の探索者たちと態勢を整え始める。


(――だって、お姉ちゃんは十年前の時点で魔術士の家系だったハグウェル家を一人で壊滅させたんだもん。お父さんも名高い魔術士だった。それなのに、お姉ちゃんに呆気なくやられてしまったんだから)


 テルシェの勝利を信じて、レインは再び迷宮から出てくる魔獣の方へと意識を向けた。

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