230.慟哭

 漆黒の魔力に飲まれた瓦礫や地表が消滅し、オルンの目の前は文字通りまっさらな土地へと変わる。


 ――が、振り下ろした剣が何かに阻まれた。


 それをオルンが感じ取るのとほぼ同時に、ドリルのように螺旋回転をしている水流が襲う。


 オルンはそれをギリギリで反応して躱す。


 しかし、水流が蛇のようにうねり、脇腹を貫いた。


「――がっ……!」


 前方にまき散らされている漆黒の魔力の中から現れた無傷のスティーグが、オルンの額を指で弾く。


 額に穴が開いてもおかしくないほどの衝撃を受けながら、後方へと勢いよく弾き飛ばされる。


「魔力をまき散らすだけの攻撃だなんて、まるで子どもですね」


 弾き飛ばしたオルンには目もくれていないスティーグが、背後に広がるまっさらになった土地を眺めながら呟いた。


 スティーグに弾き飛ばされたオルンが、ふらつきながらも立ち上がる。


「ほう……」


 スティーグが感心するような声を漏らす。


 そんなスティーグの視線は、水流によって貫かれたオルンの脇腹に向かっている。

 その脇腹には貫かれた形跡が無かった・・・・・・・

 身体だけでなく団服すら、元通りに戻っている。


 オルンはその眼に憤怒を宿していて、 彼の怒りが伝播しているかのように周囲の空気が振動している。


「それは、意識してやったのですか? それとも無意識ですか?」


 そんなオルンと相対しても、相も変わらず余裕綽々といった声音でスティーグがオルンに問いかける。


 当然オルンはそんな問いには答えず、


「――【魔剣合一オルトレーション】、【陸ノ型モント・ゼクス】」


 シュヴァルツハーゼを魔弓へと変え、収束魔力を矢にして番える。


「――黎天」


 空間が歪むほどに収束された矢を打ち出す。


 魔力と重力による破壊の奔流となった球体がスティーグを飲み込んだ。


 人間一人に対して行う攻撃にしては過剰にも見えるものだが、それでもオルンは攻撃の手を緩めない。


「――【漆ノ型モント・ズィーベン】」


 魔弓を魔刀へと変える。


 そのまま風の精霊の特性を反映させると、その刀身に漆黒の風が逆巻く。


「――風魔之太刀ふうまのたち!」


 破壊の奔流たる球体を、風に乗った無数の漆黒の斬撃が斬り裂く。


「なんで、こんなことに……」


 攻撃を終えたオルンが、たまらず 声を漏らす。


「それは単純明快です。貴方が《夜天の銀兎》に在籍しているからですよ」


「――っ!?」


 オルンが驚きの表情で声のした方へと顔を向ける。


 そこには、その場から一歩も動かず、攻撃を受ける前と全く変化のないスティーグが佇んでいた。


「…………どういう、意味だ……?」


「それは言った通りですよ。我々の今回の目的は、オルン・ドゥーラの抹殺なのですから」


「…………は?」


 スティーグの話を聞いて、オルンは間抜けな声を漏らす。


 オルンの中で自身の抹殺とツトライルの襲撃が紐づいていない。


 そのことを察したスティーグが言葉を重ねる。


「貴方という存在は、我々にとって厄介極まりないのですよ。かといって普通の手段では殺すこともできないのです。現に私は貴方の脇腹を貫いたというのに、それがある意味で・・・・・無かったことになっています」


 オルンが自身の腹部へと視線を落とす。


 怒りに飲まれていたオルンは、ここで自分の脇腹の穴が塞がっているだけにと止まらず、団服の穴も無くなっていることに気が付いた。


(この現象、どこかで見たような……。……そうだ、一年前にシオンと交戦したとき、アイツのケガが衣服ごといつの間にか元に戻っていた。だけど、それはシオンが【時間遡行】という異能を有しているから――う……ぐっ……)


 思考を巡らせていると、再び重たい頭痛がオルンを襲う。


 オルンが頭を押さえながら痛みに耐えているところに、スティーグが更に言葉を重ねる。


「だから、私たちは考えました。貴方を抹殺するためにはどうするべきか、と。そして導き出した答えは、貴方の心を壊すことでした。貴方自らが死にたいと望めば、貴方の異能はそれを叶えてくれるはずですからね」


「俺の、異能……? ぐっ……!」


 スティーグの話を聞くにつれてオルンの頭痛は激しさを増していく。


「あれが見えますか?」


 そう言うスティーグがオルンから視線を逸らす。


 その視線を辿っていくと、そこには《夜天の銀兎》を覆っている赤い半透明の障壁だった。


「あの中には《夜天の銀兎》の人間が閉じ込められています」


「まさか……!? やめろっ……!」


 スティーグが行おうとしていることに気が付いたオルンが吠える。


 だが、スティーグはそんなオルンの声を無視して話を続ける。


「あの中を毒ガスで充満させて、もがき苦しむ仲間の声を聞かせるのが、一番ダメージありますかね?」


「ふざ、けんじゃねぇ!」


 激しい頭痛に襲われながらも、オルンはスティーグへと肉薄する。


 そのまま握りしめていた魔剣を振るう。


 しかし、その刀身がスティーグへ届く前に、スティーグの手刀がオルンの手首から先を斬り飛ばす。


 そのままスティーグは流れるような動作で、オルンの鳩尾に掌底を叩き込んだ。


「がはぁっ……!」


 オルンが吐血をしながら、堪らずその場に膝をついた。


 そのままスティーグは膝をついて屈み気味のオルンの頭の上に足を乗せると、そのまま力を込めて踏みつける。


 顔面を叩きつけられたオルンの周りの地面に走った罅が、その威力を物語っていた。


「ここからが面白いところなのですから、黙って見守っていてくださいよ。……ですが、よくよく考えたら毒ガスは時間が掛かりすぎますね。待っている間は暇になりますし。――ではこうしましょう」


 そう言ってスティーグが指を鳴らすと、障壁に覆われた《夜天の銀兎》の敷地内に大量の水竜が出現した。


 水竜が《夜天の銀兎》を蹂躙し始める。


「ほら、寝ていないできちんと見届けてあげしょうよ。貴方の大切な仲間の最期を」


 スティーグがオルンの髪を引っ張りながら、強引に顔を持ち上げる。


 オルンの視界に映ったのは、今まさに水竜の一体がブレスで建物を薙ぎ払おうとしているところだった。


「…………止めろ……。……止めて、くれ……」


 そんなオルンの声が水竜に届くことは無く、無慈悲に《夜天の銀兎》の敷地内で水竜が破壊の限りを尽くしていた。


「しっかりと目に焼き付けてくださいね。これは貴方が引き起こした・・・・・・・・・ことなのですから」


「………………」


「そうそう。もう一つおまけで教えてあげましょう。貴方がまだ子どもだった頃、貴方たちの里を襲撃したのも《シクラメン教団》ですよ」


「……っ……」


「貴方のせいで、二度も罪のない人たちが大勢死ぬことになりました。我々は貴方を逃がしませんよ。もし、万が一にもこの状況を脱することができて、貴方に新しい生活拠点ができたとしても、我々は貴方が死ぬまで、これを永遠に繰り返します」


「俺の、せいで……、みんなが……」


「えぇ、そうです。貴方は周囲を不幸にするだけの疫病神です。貴方が生き続ければ、それだけ人が死んでいきますよ。良いのですか?」


 スティーグの言葉を受けて、オルンの心が遂に決壊する。


 不穏な雰囲気を察したスティーグが、掴んでいた髪を離してオルンから離れる。


「……あ……、あぁ……、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙――!!」


 オルンが慟哭を上げた。


 更にオルンの周囲の魔力が漆黒に染まり、火山の噴火のように爆発的に巻き上がり、漆黒の柱が空に伸びる。


 その光景を見たスティーグが、ニヤリと気味悪い笑みを浮かべた。


 世界全体が揺れ、空間のところどころに罅が入る。


 


 それは世界の終焉を意味していた――。

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