110.【sideオリヴァー】十年越しの会話

 目を覚ますと視界に木々が映った。


「――おはよう、オリヴァー。痛むところは無い?」


 声を掛けられた方を向こうとしたところで、自分が何かに拘束されていることに気付く。


(魔力の、鎖? ――あぁ、そうか)


 魔力でできた黒い鎖を見て状況を理解する。


 首だけを動かして声の聞こえた方を見ると、そこにはオルンが居た。

 オルンの瞳の色が普段の瑠璃色から黒に変化している。

 今も封印を解いた状態のままというわけか。

 まぁ、俺が再び暴れる可能性もあったわけだし当然だな。


 ちなみに黒い魔力の剣を使っていた時のオルンは、右目だけが黒に変化していた。

 恐らくあれは、強引に封印魔術の一部だけを解除していた結果だろう。


 封印魔術を強引に、か……。

 色々と思い出した・・・・・今なら、オルンが今も昔も変わらずに規格外だったということがわかる。


「あぁ、痛みはない。――それで、お前はいつのオルン・・・・・・なんだ?」


 俺の問いかけに目を見開くオルン。


「……よくわかったね、俺が過去の人格だって」


 俺の返答で危険はないと判断したのか、俺を縛っていた鎖が消える。


「あれだけ魔法を連発していれば嫌でもわかる」


 先ほどまで俺は、自分の意に反して暴れまわっていたわけだが、その時の記憶もきちんとある。

 本当に何をやっているんだろうな、俺は……。

 自分に呆れすぎて、怒りすら湧いてこない。


 力は…………うん、問題なく抑え込めている。


「魔法を連発? あの状態のオリヴァー相手に魔法無しは厳しいから、使うのは当然でしょ? ……というか、なんでオリヴァーが魔法のことを知っているの? 見せたことは無いはずなのに。――あ、未来の俺が教えたのか」


「そこらへんも説明してやる。俺自身、記憶を整理したいからな。――まずは確認だが、お前にとって今日は何日だ?」


「……俺の記憶だと、今日は四聖暦六一九年十月二十日だね」


 なるほど。やはり、あの日・・・か。

 まぁ、オルンが過去現在含めて一番強い・・・・時の人格となると当然か。


「今日は四聖暦六二九年六月五日だ。お前にとっては約十年後の世界だな」


「十年後……」


「お前は自分自身に起こったことについて理解しているか?」


「……十中八九【時間遡行】だと思っている」


「俺も同じ考えだ。【時間遡行】では今の意識のまま過去に戻ることはできないとシオンは言っていたが、まさか意識自体の時間・・・・・・・を遡らせて過去の人格を現代に呼び出すなんてな」


「でも、なんで俺は呼び出されたの? 過去の人格を呼び出してメリットなんてないと思うけど」


「本来ならメリットは皆無だな。だけど、お前にとっての〝未来のオルン〟に関しては、大きすぎるメリットがあったんだ」


「それは一体どんな……?」


「時間もない・・だろうから手短に話していく。まずはお前がこの時間に来る前の最後の記憶は、里で俺との模擬戦に敗北した・・・・・・・・ところじゃないか?」


「うん、その辺り。その後シオンを見送った・・・・・・・・ところで記憶が途切れている」


「やはりか。オルンにとっては、俺の前で封印を解いたのは初めてという認識だろ? だけど、俺にとっては、今日が二度目・・・だ」


「……」


 俺の話がオルンの知りたい内容に近づいてきたためか、オルンが真剣な表情に変わった。

 こういうときの表情は時間が経とうが、記憶を失おうが、変わらないんだな。


「あの日、お前がシオンを見送ってしばらく経ってから、《シクラメン教団》が里を強襲してきた。――そして、俺とお前を除く里の人間は奴らによって皆殺しにされた」


「……みな、ごろし……?」


 オルンの瞳が揺れる。


「そうだ。更に生き残った俺たちはフィリー・カーペンター――【認識改変】の異能者によって、奴らの都合の良いように記憶を書き換えられた」


 それから俺は、自分の記憶を整理しながら、時系列順にこれまでに起こったことを大まかに語った。


 オルンは時折何かを言いたそうにしていたが、口は挟まずに俺の話を聞いてくれた。


「そして今日、俺は溢れてくる力を御しきれずに暴走した。街を破壊しながらギルドに向かおうとしていたところを未来のオルンに妨害された。だけど、封印魔術のことを覚えていない未来のオルンが、力を暴走させている俺に勝てるはずも無く、あのままだったら、俺はオルンを殺すところだった……」


 街を破壊してしまったこと、それによって民衆に不安を与えてしまったことは本当に申し訳ないと思う。

 だけど、それよりなによりもオルンを殺しかけてしまったことが、一番許せないことだった。


 俺たち・・・の希望であるオルンを俺自身が手に掛けるなんて、あってはならないことだ。

 偽りの歴史・・・・・を正し、真に平和を実現させるには、オルンの力が必要不可欠だというのに。


「……それからはお前も知っての通りだ。死に瀕したオルンが危機的な状況を打開するために、恐らくは無意識的にお前の意識を引っ張り上げた。それから、俺をボコボコにしたわけだな。おかげで意識を取り戻すことができた。――ありがとうな」


「俺は別に……。でも、そっか。この十年間、色々あったんだね。俺が想像していたものとは全然違うかたちだけど」


 オルンが怒りと悲しみが合わさったかのような、複雑な表情をしながら呟く。


  ◇


「それで、オリヴァーはこれからどうするの?」


 暫くの沈黙が続いた後、オルンが問いかけてくる。


「今は何もしない。俺の本意ではなかったとはいえ、街を破壊したことには変わりない。自己満足でしかないが、罪は償いたい。民衆の不平不満は一身に受けるつもりだ。処刑されるなら逃げることも考えるが、恐らく処刑されることはないだろう」


「……そっか。ねぇ、南の大迷宮ってどんな感じなの? 俺たちの祖先が作った・・・・・・迷宮は」


「そうだな、攻略難易度は他の迷宮の比じゃないな。今の探索者では、まず攻略できないだろう。だけど、情報は確実に蓄積されている。技術も進歩しているし、時間は掛かるがいつかは攻略されるだろうよ。……ツトライルで生活していると、大迷宮が今の社会に無くてはならないものになっていると、まざまざと実感させられる。敵ながらこの手法・・・・はお見事としか言いようが無い」


「……皮肉だよね。世界の安寧のために作られたはずなのに、今の人間はその安寧を知らず知らずのうちに破壊しようとしているんだから。まぁ、それも随分先の話だろうけどさ」


「未来のお前も一人で九十二層のフロアボスを討伐していたぞ」


「それは、知りたくなかったなぁ……」


「ククク。まぁ、真面目な話、フィリーが色々と動いているようだし、既に西の大迷宮は攻略されている。ここから先、一気に事態が動くことも考えられる」


「そうだね。話を聞く限りだと教団は本腰を入れているように感じるね。俺たちを利用しよう・・・・・としたのも、それを見越してなんじゃないかな。そして何よりも《アムンツァース》の今の立ち回りも、俺たちの敗北・・・・・・が原因なんだろうね……。その結果、犯罪組織と呼ばれて、更にシオンの手を汚させることになるなんて……」


 昔のオルンにとってシオンが特別な存在だったことは、俺も知っている。

 ……やるせないよな。


 俺も同じ気持ちだ。オルンの言う通り俺たちが負けたせいで、《アムンツァース》は今の立ち回りをせざるを得ない状況に追い込まれたと言っても過言ではないだろう。

 それほどまでにここ最近の教団は、勢いを増している。


 それにしても、コイツ本当に中身九歳児か?

 つくづく実感させられるよ。俺とお前の差を。

 これがオリジナルとレプリカの違いか……。


 だけどそれは、十年も前に割り切った。

 俺にできることは、王を護る盾になることだ。


「――っ。どうやら時間みたい」


 突如苦しげな表情をしながら頭を押さえるオルンがそう呟く。


 どうやら本来のオルンの意識が浮上し始めているようだ。


 【時間遡行】は対象の時間を巻き戻すことができる異能だ。

 基本的には巻き戻したものが巻き戻す前の状態に戻ることは無い。

 しかし、それには維持可能期間というものが決まっているらしく、十年はその期間の範囲外となる。

 よって、一定の時間が経つと巻き戻す前の状態に戻る。――つまり、過去のオルンの人格から本来のオルンの人格に戻るということだ。


「オルン、本当にありがとう。お前のおかげで俺もオルンも助かった」


「……俺の方こそありがとう。殺すしかオリヴァーを止める方法は無いって言われてたから、いつか殺さないといけないのかと思ってた。でも、力を暴走させた後もオリヴァーはこうして生きている。――色々と課題は山積みだけど、オリヴァー、一緒に世界を変えようね」


「――あぁ。勿論だ」


「それじゃあ、またね・・・、オリヴァー」


 清々しい表情をしたオルンが最後にそう言うと、瞳の色が徐々に瑠璃色に戻っていき、木に背中を預けるようにして眠りに着いた。


「またな、オルン」


  ◇


「……ぅ……うぅ……」


 しばらくして本来のオルンが目を覚ました。


 さて、ここからは頭を使わないといけないな。

 探索者になってから頭脳労働はずっとオルンに任せっぱなしだった。

 だけど、今からはそれではいけない。

 どの情報を渡し、どの情報を伏せるのか、頭のキレるオルンを相手にするのは骨が折れるが、やらなければならない。


 今のオルンに全ての情報を開示しても、良い結果にならないことは目に見えている。

 しばらくは様子見が妥当なところか。


「おはよう、オルン――」


 そう考えながら俺は、オルンに声を掛ける。


 こんなに穏やかな気持ちでオルンに声を掛けるのは、数カ月前の共同討伐以降では初めてかもしれない。

 共同討伐以降、何とも言えない焦りが俺に付きまとっていたように感じる。

 今考えると、あの時からフィリーの暗躍は始まっていたのかもな。

 危険因子であるオルンをパーティから追い出し、更に近くから俺を操るために――。


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