39.覚悟

「それにしても、俺が加入した翌日に幹部全員が一堂に会する会議があるなんて、かなりタイミングが良いですね」


 定例会議の会場に向かう道中、俺はふとした疑問を投げかけた。


「確かにな。でもこれは偶然だぞ? 元々定例会議で教導探索について報告を上げるために、新人たちをギリギリまで教育してから臨んでいたんだ。それと今だから言うが、私とオルンを除いた引率者であるディフェンダー二人の中から一人を第一部隊に引き上げる予定もあってな。教導探索がその試験でもあったんだ。そこで選定した者の引き上げについて、今回の会議で認可を得るつもりだった」


 なるほどな。

 教導探索前に俺がした質問の〝本音〟がこれか。

 引率者に不測の事態でもどう対処するのかを見たかったんだろう。

 かなりの綱渡りを決行したものだ……。


 それにしても、あの二人の中から、第一部隊に抜擢されていたかもしれない人がいたのか。


「ふっ、オルンが気に病む必要はないぞ? 元々二人とも自分のパーティでやってきていたんだ。思い入れもあるはずだ。それにこれはオフレコだったため二人は知らない。むしろ私たちとしては前衛アタッカーに加入してもらいたかったから、オルンの加入はクランにとって最高の結果だ」


 そういうことなら、そこまで気にしなくて大丈夫かな?


  ◇


 会議室に到着した。

 セルマさんに続いて会議室の中へと入る。

 会議室の中には既に他のメンバーが揃っていたようで、席が二つだけ空いている状態となっている。


 参加者をざっと見てみると全員若い。

 平均で三十代と言ったところだろうか。

 《夜天の銀兎》は五十年以上の歴史を持つクランだ。

 本来ならもっと年配の人がいてもおかしくはないのだが、恐らくこれは昨年の事件で古参がほとんど脱退させられたためだろう。


 この件については概要しか知らないが、脱退させられた者たちは不正に手を染めていたらしく、総長によって断罪されたと聞いている。


「全員揃ったな。では、定例会議を始める。最初に私から皆に話したいことがある」


 俺が入り口に一番近い席に座ると、全員が揃ったことを確認した総長が定例会議を始めるために号令をした。


「既に知っている者が大半だと思うが、改めて紹介する。昨日付けで《夜天の銀兎》に加入したオルン・ドゥーラだ」


 総長が出席者に俺のことを紹介したため、その場で立ち上がった。


 参加者の視線が集まる。

 品定めをしているような視線が大半で、あまり居心地が良くない。


「探索者として元々勇者パーティに所属していたが、先日勇者パーティを脱退している。それから、我々の教導探索に同行し、一昨日一人で九十二層のフロアボスである黒竜を討伐した実力者だ」


 総長が俺のことを説明してくれる。


「彼の戦闘力は勿論、我々の未到達領域である九十三層の情報を含めた、我々の知らない多くの知識を持っている。更に特出とくしゅつする点は、パーティの管理を実質彼一人で行っていたことだ。以上のことから、加入したばかりではあるが、私は彼をアルバートの後任として、幹部にえたいと考えている。クランの加入及び第一部隊への配置は決定事項だが、幹部になるためには現幹部の三分二以上の同意が必要となるため、この場で決議を取りたい」


 なんか、想像以上の大絶賛で恐縮しちゃうんだけど……。


「では、決議を取る。賛成の者は――」


「総長、待ってくれ」


 総長が一呼吸置いてから決議を取ろうとしたところで、出席者の一人が待ったをかける。

 メガネを掛けた知的な三十代後半の男性だ。


「決議の前に本人の覚悟を問いたい。オルン君だったね? 君はこのクランに身を捧げられるのか? このクランはかなりの数の団員が在籍している。君の判断が団員の人生に大きな影響を与える可能性もあるのだ。そのことは勿論承知しているんだろうね?」


 メガネの男性が射抜くような視線をこちらに向けながら問いかけてくる。

 今の言葉からこの人がどれだけクランを大切に思っているのか、どれだけの覚悟を持ってこの場に居るのかが、ひしひしと伝わってきた。


 美辞麗句びじれいくを並べることはできる。

 しかし、ここで嘘を言っても仕方がない。

 正直な思いを伝えよう。


「俺は、――クランに身を捧げるつもりはありません」


 俺の発言に顔をしかめる人が何人かいた。


「ですが、クランに入ると決めた時から覚悟はできています。俺は探索者になるにあたって一つの誓いを立てました。『理不尽なことがあろうと何も失わないように、どんな状況にあろうとも大切なものを護れるくらいに強くなる』、と。俺は《夜天の銀兎》の一員として、どんな状況であろうと仲間を守るために全力を尽くします。――この回答では不服でしょうか?」


 俺個人としては、クランという組織よりも所属している人の方が大切だと思っている。

 このクランは五十年以上の歴史がある。

 このクランを大切に思う気持ちも大切だと思う。

 だけど、そんなクランを支えているのは人だ。


 人が居なければクランは無くなるだけ。

 だからこそ俺は団員を護る。

 クランを守ることは他の幹部の人たちに任せよう。


各々おのおの、答えは出たか? では、決議を取る。オルンを幹部に据えることに賛成の者は挙手してくれ」


 総長が決議を取る。


 会議室に集まったもの全員の手が挙がって、俺は《夜天の銀兎》の幹部になった。

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