52.行き過ぎた報道

 翌朝、朝食を取るために食堂へと向かった。

 朝食を携帯食にするのは迷宮探索に行く日だけだ。

 迷宮に行かないときは普通の食事をする。

 携帯食は不味くないけど、やっぱり普通の食事の方が断然美味しいからね。


 食堂に着くと、一昨日と同じく視線を集める。

 遠目から見るだけで話しかけて来そうな人は居ない。


 まぁ当然か。

 いきなりクランに加入して、その翌日には幹部だもんな。

 そんな人とどう接すればいいかなんてわからないよな。


「あ、オルンく~ん!」


 料理を受け取り空いている席に座ってから食事を始めたところで、俺の名前が呼ばれる。

 声が聞こえた方に視線を向けると、ルクレとメガネを掛けた女の子が一緒に近づいてきた。


「おっはよー! 一緒に食べてもいい?」


「おはよう、ルクレ。どうぞどうぞ」


 承諾するとルクレが俺の正面、メガネを掛けた子が斜向はすむかいに座った。


「初めまして。私はニーナと申します。《夜天の銀兎》の魔術開発室に所属しています」


 メガネを掛けた子が自己紹介をしてきた。


「ご丁寧にどうも。俺はオルン。先日から探索部の第一部隊に所属しています」


「二人とも硬いな~。全員同い年なんだから仲良くいこうよ!」


 みんなということは、どうやらこの子も十八歳のようだ。


「アンタは柔らかすぎるのよ……」


「あはは……。それじゃあ、ニーナって呼び捨てで呼んでもいいかな?」


「え、えぇ。問題ないわ。それなら私も、オ、オルンって呼ばせてもらうわ」


「うんうん、仲良くなったみたいで良かった! あ、そだ! ニーナ、見て見て~」


 俺がルクレに昨日教えた物を浮かせる魔術で、スプーンとフォークを浮かせる。


「…………え? えぇ⁉ なにそれ⁉」


「ふっふ~ん。いいでしょ~。昨日オルンくんに教えてもらったんだ!」


「こ、これ、オルンのオリジナル魔術、なの?」


 ニーナが恐る恐る訊ねてくる。

 魔術開発室に所属しているんだし、魔術とか魔導具に興味があって当然か。


「うん、もしよかったら教えようか?」


「え、いいの!?」


 ニーナが身を乗り出しながら質問してくる。

 ……顔近い。


 元々この魔術は公開するつもりだった。

 迷宮探索よりも普通の生活でこそ真価を発揮する魔術だと思うから。


「うん、いいよ。だけど、教えるに当たって、一つだけお願いがあるんだ」


「ど、どんなこと?」


 教えることに条件を出したことで、ニーナが警戒心を強めた。


「この魔術を、《夜天の銀兎》の名前で世間に公開してほしいんだ。方法は問わない。最終的に世間に広まるなら、その過程でクランが金儲けをしても構わない。例えば、最初は魔導具として販売して、しばらくしたら術式を公開する、とかね」


「……オリジナル魔術でしょ? そんなに簡単に公開していいの?」


 ニーナの懸念ももっともだ。

 魔術の開発は並大抵のことではできない。

 既に様々な魔術が存在していて、それらと差別化を図りながら、つ有用なものとなると、非常に難易度が高いことは容易に想像できるだろう。


「この魔術は、他の魔術の開発をしていた時の副産物として出来たものだから、この魔術の開発自体にはそこまで手間が掛かっていないんだ。需要がありそうな魔術だから、既に他の人たちも開発をしているかもしれないし、公開するなら早いに越したことはないでしょ」


 それにこの魔術で結構な収益が得られれば、俺のクラン内の評価も上がる。

 クランに入ってから実績を上げていない俺が幹部に抜擢されたんだ。

 目に見える実績は早めに作っておきたい、という打算的な考えもある。

 口には出さないけど。


「わかった、約束するわ。……ね、ねえ、第一部隊って基本的には隔日で大迷宮に行くんでしょ? だったら、大迷宮に行っていない日は魔術開発室に来ない?」


「ありがたい申し入れだけど、既に大迷宮に行っていない日にやることが決まっているんだ。幹部としての仕事もあるし。ごめんね。でも、余裕があったら顔を出すようにするよ」


「残念。もう仕事が決まっているのね。ちなみにその仕事って聞いてもいいやつ?」


「あぁ。新人パーティの教育係をね」


「新人教育? それって探索管理部の管轄じゃない」


「どうにも才能に恵まれた子たちが居るらしくてね。探索管理部としても早く探索部に上げたいらしいよ。それで、比較的余裕のある俺に白羽の矢が立ったんだ」


「才能に恵まれた子たち? あぁ、第十班のことね」


 なるほど。

 第十班の面々は、既にクラン内でも『才能に恵まれている』ということで認知されているみたいだな。


「それだったら、ルクレに教育に回ってもらうから、オルンは魔術開発室に来ない?」


「ん? ……ボクが、なんだって?」


 幸せそうな顔で食事をしていたルクレが、急に名前を呼ばれて驚いている。


「ルクレってこう見えて、人に何かを教えるのが得意なのよ。交換しましょうよ!」


「ひどい! ボクたち、これまで一緒にやってきたのに! 良い人が見つかったらすぐに乗り換えるなんて! ニーナにとってボクは、都合のいい女だったんだ!」


「ちょっと、変なこと言わないでくれる!?」


 二人のコントのような掛け合いが始まった。

 仲良いな。


  ◇


 朝食を終えて二人と別れたあと、外に新聞を買いに行ってから自室に戻る。


 新聞に目を通すと、三社中二社が先日の勇者パーティの失態を大々的に書いていた。


 大手と呼ばれる新聞出版社は三社ある。

 その内の一社が、勇者パーティの情報を事実上独占している状態となっている。

 そのため他の二社は需要のある勇者パーティの動向や活躍を報じても、先の出版社の二番煎にばんせんじでしかなく、購読者が減っていたはずだ。


 その恨みも多少あるのか、先日の失態についてどちらの出版社も一面に載せていた。

 先日の事件の真相を知っている俺が見たところ、嘘は書かれていなかった。

 しかし、かなり誇張されている。


「これは波乱を呼びそうだな」


 なぜ波乱を呼ぶかというと、既に現状が探索者によって民衆の生活基盤が支えられているといっても過言ではないものとなっているからだ。


 夜を明るく照らす光だったり、水を出すことだったりと、生活をするにあたって生活用の魔導具は欠かせない存在となっている。

 魔導具は魔石が無いと稼働しない。

 そして、魔石を入手するには魔獣を倒さないといけない。


 地上に魔獣が出現することは稀にあるが、基本的には魔獣は迷宮にしか現れない。

 だからこそ民衆は魔石を持ち帰ってくる探索者の動向に注目しているし、その探索者たちの中で一番と称されている勇者パーティが高い人気を誇っている。


 先日の事件は、たまたま俺がその場にいて運よく討伐できたが、問題はそこじゃない。

 深層のフロアボスを中層に招き入れてしまったこと、いてはそのせいで多くの探索者の命が失われていたかもしれない可能性があったことだ。


 だけど、そんなことを馬鹿正直に記事にしたら、民衆の不安を煽ることに繋がりかねない。

 そんなことは容易に想像できそうなのに、なんでこんな記事を書いたんだ?

 それも二社同時に。


 更にせないのが、この記事が世に出回っている・・・・・・・・ことだ。

 つまり、勇者パーティの大口出資者スポンサーであるフォーガス侯爵が、この件について圧力を掛けていないということ。


 いくら勇者パーティの失態を書きたいと思っている二社でも、上級貴族であるフォーガス侯爵に圧力を掛けられればこの記事を取り下げざるを得なかったはずだ。


(世間体を気にするフォーガス侯爵らしくない。これにどんな意図があるんだ?)

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