51.歓迎会
みんなが俺の歓迎会をしてくれるということで、《夜天の銀兎》が経営している料理店の個室へと移動した。
「それでは、オルン、ようこそ《夜天の銀兎》へ。――乾杯!」
「「「かんぱーい」」」
個室に移動してから、料理やお酒が出て来て、セルマさんの掛け声により始まった。
「みんな、改めてありがとう」
「なーに、こっちこそありがとうだ。黒竜を倒したお前ならどこからでも引っ張りだこになっていたはずだしな。うちに来てくれたことには本当に感謝してる」
ウィルが酒を呷りながら感謝の言葉を掛けてくれる。
「そうね。オルン君に『この選択が間違いだった』って後悔させないように、私たちも頑張らないとね!」
(後悔、か……)
レインさんの発言を聞いて、じいちゃんに言われた『迷って決めたことは必ず後悔する』という言葉を思い出した。
だけど今はこのクランに入ったという選択を後悔していない。
メンバーはみんな良い人だ。
これからもこの人たちと一緒に迷宮探索ができることが、素直に嬉しいと思っている。
「そんなこと無いよ。前から《夜天の銀兎》は良いクランだと思っていたし、クランに入ってそんなに時間が経ってないけど、その考えはより強いものになった。良い人ばかりだしね」
「嬉しいこと言ってくれるね~! ボクも思ってたよりオルン君が話しやすい人で良かったと思ってるよ! ほら、ボクたちって多分性格的には正反対じゃん? 仲良くできるかなぁってちょっとだけ不安だったんだ」
確かに俺とルクレは性格が全然違う。
ぶっちゃけて言うとルクレのような性格は苦手だ。
だけど、ルクレに対しては苦手意識を持たなかった。
ルクレとはこれからも仲良くできると思う。
「あはは! 確かに考えなしのルクレと、色んなことを考えているであろうオルンは、性格正反対だな!」
「ウィルに言われるとなんかムカつく! 言っとくけどウィルもこっち側だからね!」
「それは否定しないが、ルクレよりは考えを持って行動してるわ!」
「また始まっちゃったね」
ウィルとルクレが掛け合いを始めると、レインさんが二人に優しさにあふれた眼差しを向けながら呟く。
俺が来てからもちょくちょく掛け合いをしていたし、日常茶飯事なんだろう。
確かに二人の掛け合いは見ていて微笑ましい。
◇
「――それにしても、やはりオルンはいい男だな」
しばらく五人で食事をしていると、いきなり右隣から声を掛けられる。
そこにいるのがセルマさんだとわかっているのに、セルマさんが言った言葉だと理解するのに少し時間が掛かった。
セルマさんの方を向くと、こちらにとろんとした表情を向けてきている。
(その表情はズルいだろ……)
元々美人であるセルマさんのその表情はかなり魅力的に映った。
「えっと……、セルマさん? もしかしなくても、酔ってるよね……?」
「私は酒に強いんだ。この程度では酔ったうちに入らにゃいし」
にじり寄ってきながら、俺の言葉を否定する。
「呂律回ってないし、それ、酔ってる人が言うセリフだよ? ひとまず一回落ち着こう」
セルマさんから、少し距離を取りながら宥める。
「……なぜ、逃げる。私は魅力的ではないと言うのか?」
セルマさんはそう言いながら、どんどん顔を近づけてくる。
「いや、魅力的だから困るというか……」
間近で見ると、やっぱりセルマさんって美人だな。
唇も柔らかそうだし……。って違う!
流石にこれはまずい!
「レインさん、セルマさんを止めてくれない!?」
一番頼りがいのありそうな人に助けを求めたが、これは悪手だった。
「ん~? あはは! セルマなにやってるの? わたしもまぜて!」
完全に酔っぱらっていたレインさんは、見た目相応な子どもっぽい感じになっていて俺の左腕に抱き着いてきた。
俺の左腕から何か柔らかいものに挟まれている感触が伝わってくる。
見た目は幼いし、来ているローブもだぼっとしているためわかりにくいが、しっかりあるんだなとか、女性は体温が高いというのは本当なんだ、といった現実逃避気味な感想が浮かんでくる。
「ちょ! 悪化してる! ウィル! 助けて!」
ルクレは「オルン君、モテモテだね~」とか言って眺めているだけで助けてくれそうにないため、ウィルに助けを求める。
「両手に華とはやるな。今日はオルンが主役なんだし、味見しちゃえばどうだ?」
「それ、一番やっちゃダメなやつ!」
結局助けてくれなかった。
レインさんが抱き着いてきているせいで動くことができず、セルマさんの顔が間近に迫っている。
(普段だったら効かないけど、酔っている今なら――)
止むを得ず、【
(危なかった……)
「ん? 二人とも急に眠ったな。まぁ、酔っ払いが変な行動をするのはいつものことか」
ウィルが少し不審がっていたが、酔っていたからということで納得したようだ。
「二人とも寝ちゃったなら、これでお開きかな? ボクも少し酔ってきちゃったし」
「だな。ルクレ、悪いが会計を済ましてもらっていいか? 俺とオルンは眠った二人を負ぶっていくから」
「分かった。それじゃあ、会計してくるね~」
そう言うとルクレは部屋を出て行った。
「さて、それじゃあ、オレはレインを負ぶるから、オルンはセルマの姉御を頼めるか?」
「構わないけど、ウィルがセルマさんの方がいいんじゃないの?」
これは俺よりも身長が高いウィルの方が適しているのではないかという意味だ。
決して俺がセルマさんを負ぶるのが嫌というわけではない。
「まぁ、そうなんだけどな。オレって姉御の妹に怖がられている気がするんだよな。そんな奴がこんな時間に部屋に来たら悪いだろ」
なるほど。
確かに昨日の朝食時のソフィアの反応を見ると、ウィルが懸念する理由も分かる。
「確かに俺の方が適任だな」
それから二人でそれぞれセルマさんとレインさんを負ぶって、会計を済ませたルクレと一緒に寮へと帰った。
◇
「今日は本当にありがとう。楽しかった」
寮のエントランスで、改めて二人にお礼を言う。
「どういたしましてだ。オレも楽しかったぜ」
「ボクも楽しかったよ~。また行こうね!」
「それじゃあ、また明後日な」
「オルンくん、おやすみ~」
「おやすみ」
部屋が反対方向にあるウィルとルクレと別れてから、セルマさんの部屋へと向かう。
場所は先ほどルクレから聞いて把握している。
「ここだな」
ルクレに教えてもらった部屋に到着してからドアをノックすると、中から「どなたですか?」とソフィアの声が聞こえた。
「オルンだ。こんな時間に悪い」
「オ、オルンさん!? どうしたんですか!?」
「セルマさんが酔い潰れちゃってな。ドアを開けてもらってもいいか?」
本当は俺の魔術によるものだけど……。
「お姉ちゃんが? 珍しいですね。あ、今開けます」
扉が開くと可愛らしい部屋着を着ているソフィアが現れる。
「こんばんは。悪いな、突然来ちゃって」
「それは大丈夫ですけど、あの、お姉ちゃんが酔い潰れたって……」
「あぁ。さっきまでパーティメンバーで一緒に食事をしていたんだけど、酒を飲みすぎたみたいでな」
心配そうな表情をしていたため、補足してから負ぶっているセルマさんをソフィアに見せる。
「おんぶ……」
何やら呟いたソフィアの目から一瞬ハイライトが消えたように見えた。
だけど、その直後には笑顔に変わったから俺の見間違いかな?
「わざわざありがとうございます。――お姉ちゃん起きて」
ソフィアが負ぶられたままのセルマさんを軽くたたきながら起こそうとしている。
こんな時間に異性の部屋に入るのはよろしくないから、起きてくれるならここからはセルマさん本人に動いてもらいたい。
「……ぅ……、うーん? ここは……?」
何度かソフィアにたたかれ、セルマさんがようやく目を覚ます。
「おはよう、セルマさん。もう部屋に着いたよ」
「ん~? 部屋ぁ? オルンが運んでくれたのか?」
寝起きのセルマさんは、普段からは想像も付かないほど弱弱しい声をしている。
「……起きたなら、オルンさんの背中から降りたら? オルンさんに迷惑でしょ?」
ソフィアが普段よりも冷淡な声音で、セルマさんに声を掛けている。
別にセルマさんくらいならいくらも背負っていても疲れないけど。
「あぁ、そうだな。悪い。…………ん? ソフィア!?」
セルマさんはソフィアもここに居ることをようやく知ったようだ。
ソフィアが居ると分かると、すぐさま俺の背中から降りる。
「気持ちよさそうに寝てたね?」
ソフィアの表情は笑顔であるし、俺に向けられているものでは無いはずなのに、ソフィアの何とも言えない雰囲気に気おされる。
「あ、えっと、これはだな……」
何故かセルマさんが動揺しきっている。
酔い潰れたところをソフィアに見られたのがよっぽど恥ずかしかったのかな?
「後で、お話聞かせてね?」
「わ、わかった……」
セルマさんは居心地悪そうにしている。
「それじゃあ、俺は自分の部屋に帰るよ」
「あ、あぁ。わざわざ運んでくれてありがとう。手間を掛けたな」
「これくらいなら、大した手間では無いよ。今日は楽しかったしね。――それじゃあ、二人ともおやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい、オルンさん」
表情が笑顔で固定されているソフィアが少々怖いが、俺には何もないようだ。
セルマさんがすごく狼狽しているようだけど、大丈夫かな……?
そんな栓無きことを考えながら自室へと戻り、そのまま眠りに着いた。
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