53.教育方針

 この記事による今後の影響について思考を巡らせていると、ドアからノック音が聞こえてきて現実に引き戻される。


(もうそんな時間か)


 時間を確認すると八時三十分を回っていた。


 ドアを開けると予想通りセルマさんがドアの前に立っている。


「お、おはよう、オルン」


「……おはよう、セルマさん」


 セルマさんは顔を赤らめながら、居心地悪そうにしている。


 これは昨日のことは完全に覚えているんだろうな……。

 そんなセルマさんを見ているとこっちまで恥ずかしくなってくる。


「その……、昨日はすまなかった」


「ま、まぁ、昨日は酒も入っていたわけだしね。大丈夫。お互い昨日のことは忘れよう」


 いつまでも引きずるわけにはいかないし、酒絡みの失敗は仕方ない部分もあるだろう。

 昨日みたいな楽しくなる場面だと特にね。

 ……俺も気を付けないとな。


「そ、そうだな。これからは気を付けるようにする。――さ、さて、準備はもうできているか?」


「うん、大丈夫。いつでも行けるよ」


「そうか、では早速行くとしよう」


「わかった。ちょっとだけ待って」


 手に持っていた新聞を収納魔導具に入れて団服を羽織ってから部屋を出る。


  ◇


「新聞を購読こうどくしているのか?」


 探索管理部へと向かう途中、セルマさんが質問してきた。


「まぁね。やっぱり情報は大切だから」


「それには同感だ。やはり読んでいる新聞は、アドリアーノ社のものか?」


 アドリアーノとは、勇者パーティの情報を事実上独占している新聞出版社の名前だ。


「いや、三社全部に目を通しているよ。それにアドリアーノは基本的に勇者パーティのことをメインに取り扱っている。俺が勇者パーティにいたときは、俺が取材に応じていたから、当事者である俺が読んでもほとんど得られるものは無かったよ」


 勇者パーティにいたときも一応目は通していたけど、重要視はしていなかった。


「そう言えばそうだったな。お前は取材を受ける立場だったな。なぁ、新聞は外に買いに行っているのか? うちでは希望者の部屋に指定の出版社の新聞が毎朝届くように手配できるぞ?」


「え、そうなの? それはすごくありがたい」


「共有のバックナンバーはあるが、個人的にスクラップブックを作りたいという人もいるからな。代金は毎月の給料から天引きさせてもらうが、手配しておこうか?」


「お願いしていい? 希望する出版社はアドリアーノとブランカ、カルテーリの大手三社で」


「了解した。では、部屋の扉の隣に設置しているポストに、新聞を投函するようにしておく。手配に数日かかるかもしれないが、それまでは今まで通り自分で買ってほしい」


「それくらい何の問題も無い。ありがとう」


  ◇


 セルマさんと話をしていると、目的地である探索管理部に着いた。


 そこは色々な書類があって、あまり整理整頓されているとは言えない。

 まぁ、毎日のように相当な量の情報が集まっている場所のはずだ。

 散らかっているのは、仕方ない部分もあるのかな?


 そこらへんにあった書類をちらっと見てみると、内容は大したものではなかった。

 重要な書類はきちんと保管されているのかもしれない。


 奥へすたすたと歩くセルマさんに付いて行きながら、その途中ですれ違った団員と挨拶をしていく。


 そしてようやくエステラさんの元へと着いた。


「エステラ、おはよう」


「んにゃ? あぁ、セルマっち、おっはよ~。新人君もおはよ~」


「おはようございます」


「相変わらず、すぐに散らかるな。お前がだらしないからだぞ?」


 セルマさんが苦言くげんていする。

 すぐにってことは、定期的に片付けてこの散らかり様ということか。


「耳が痛いにゃ~」


 エステラさんはちゃんと響いているのかわからない、微妙な反応をする。


「全く……」


 セルマさんが呆れたようにため息をつく。

 どうやらいつものやり取りのようだ。


「にゃはは~。さて、新人君、早速来てくれてありがとね♪ 資料には目を通してくれたかな?」


「えぇ。頂いたものは全て確認しました」


「そかそか。それじゃあ、改めて聞くんだけど、――あの子たちの教導をお願いしてもいいかな?」


 さっきまでのちゃらんぽらんな雰囲気から一転、真剣な表情で問いかけてくる。


「はい。引き受けさせていただきます」


 俺が受託する旨を伝えると、エステラさんの顔がぱっと笑顔に変わる。


「ありがと~! そしたらいきなりだけど、早速これからお願いしてもいいかな?」


「それは構いませんが、教育の方針とかはありますか?」


「ん? 無いよ?」


「え……」


「新人君に――ん~、教育係に任命するのに新人君じゃダメか。んじゃ、オルっちって呼ぶね」


「はあ、構いませんけど。それで、教育方針が無いとは?」


「オルっちに全部お任せ! 探索者として一人前にしてあげて。半年後にパーティメンバーだけで中層を攻略できるくらいに鍛えてくれたら、文句なし! あの子たちをオルっち色に染めちゃいなさいな!」


(内容は丸投げか……。そして目標は半年で中層攻略、と。かなりハードルが高いな。とはいえ、あのメンツなら何とかなるか……?)


 頭の中で皮算用かわざんようをしていると、エステラさんの雰囲気が再び真面目なものに変わる。


「こほん、冗談はここまでにして。……オルっちが勇者パーティ時代に、探索者としてだけではなく、パーティ運営もやっていたことは知っている。そういう裏のことも教えてやってほしいのさ。あの子たちには、次の代の中心をになってほしいから。無茶なお願いをしている自覚はあるけど、任せたよ、曙光のマルチタレント!」


 ま、できるだけのことはやってみるか。

 まずは打ち解けるところから始めないといけないが、今回の話は本人たちの希望でもあるみたいだから、大丈夫、かな?

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