54.探索者になった理由
エステラさんに言われた部屋に入るとそこは、昨日の集合場所だった作戦室を一回り小さくしたような部屋だった。
そして第十班の三人が椅子に座っていた。
俺が部屋に入ってくるまで三人で雑談をしていたようだが、俺が入ってきた瞬間会話が止んだ。
「あ、お兄さん! ひっさしぶり~!」
第一声はキャロラインだった。
それに続くかたちでソフィアとローガンも挨拶をしてくる。
三人が以前と変わらずに俺に接してきてくれたことに内心ほっとする。
怖がられていることも覚悟していたので、正直この反応はありがたい。
「四日ぶりだな。俺がここに来た理由は聞いているか?」
「はい! オルンさんが僕たちをご指導いただけると聞いています! まさか熟練の探索者であるオルンさんに直接指導していただけるとは思っていなかったので、とても嬉しいです!」
俺の確認に対してローガンが興奮気味に答える。
ローガンの言葉に二人も同意しているようなので、この子たちの要望というのは間違いなさそうだ。
「熟練かどうかはわからないが、お前たちよりは長く探索者をやっているのは確かだな」
「えー、黒竜をたった一人で倒せちゃうんだから、凄い人であることは間違いないでしょ?」
「私もそう思います! あんなに強かった魔獣を圧倒していましたし……」
圧倒、ね。
確かに第三者からすれば、そう映るのかもしれない。
戦っていた本人からすると、かなりギリギリの戦いだったんだけどな。
「ありがとう。でも、黒竜はお前たちもいずれ倒す相手だぞ? 大迷宮の攻略を本気で目指すなら、な」
「……私たちに倒せるのでしょうか? あんなに怖い魔獣を……」
「今のままじゃ、難しいだろうな。でも、お前たちならいつか倒せると俺は思っている。既に多くの人たちから言われていると思うが、三人ともポテンシャルはかなり高い。きちんと努力を続けていけば、立派な探索者になれる素質が充分にあると思うぞ」
それからもう少し雑談を続けてから本題に入る。
「――さて、これからお前たちに知識や技術を教えていくわけだが、それに差し当たって、二つ念頭に置いておいてほしいことがある。――まず一つ目、常に思考を巡らせること。物事には色んな解決法がある。ひとつのやり方に捉われないでほしい。何気ない会話、何気ない光景が、思いがけない解決法になることもある。そして二つ目、俺の言うことが正しいと思わないこと」
「正しいと思わない、ですか……?」
「ん~?」
「えと……、どういう意味でしょうか?」
一つ目に関しては三人とも理解を示したが、二つ目は意味がわからないようで、全員の頭にはてなが浮かんでいる。
「俺は決して全知全能ではない。俺の言っていることが絶対に正しいとは思わないでくれ。俺もみんなと同じく、これまで
「「「はい!!!」」」
より詳しく説明したことで、三人に理解の色が灯る。
「よし、それじゃあ、教導を始める前に、まずはお前たちの探索者になった理由を聞いてもいいか? 将来の夢や目標を教えてほしい。そうだな、まずはソフィアから」
三人の過去については資料で確認しているため、探索者になった理由についてはある程度推測することができる。
だけど、本人たちの口からそれを聞きたい。俺の推測が間違っている可能性もあるからな。
それともう一つ、本人たちに探索者になった理由を、再確認してほしいという気持ちもある。
「は、はい! えと……、私は、お姉ちゃん――セルマ・クローデルのようになりたいと思っています。与えられたことだけをやるのではなく、自分のやりたいことを、自分の意思で決めたいです!」
エステラさんから貰った資料通りであれば、幼少期のソフィアは両親の顔色を伺いながら過ごしていたんだろう。
怒られないために、我儘を言わずに言われたことだけをしていたんだと思う。
今のソフィアが実家とどれだけ関わりがあるかはわからないが、実家にいたときよりも選択の幅が広がっているのは間違いない。
「まだ、それが何かは決まっていませんが、このクランに来て、色んな人と接する機会が増えて、如何に私の知っている世界が狭いかを思い知らされました。だから私は、目標や夢を見つけるために探索者になりました」
世界が狭い、か。
この前も『クランに入って世界が変わった』と言ってたな。
ソフィアの過去を知ってから、あの発言や今の言葉を聞くと印象がまた変わってくる気がする。
「うん、いいと思うぞ。探索者、それもクランに所属しているとなれば、様々なことが学べるはずだ。俺も協力するから、一緒にソフィアの夢を探していこう」
「は、はい……。よ、よろしく、お願いします……」
ソフィアの顔が真っ赤になる。ちょっとカッコつけすぎたかな……。
「それじゃあ、次はローガンだ。お前はどうして探索者になったんだ?」
「僕は、故郷に仕送りをするために、努力次第で金を稼げる探索者になりました。故郷の村は痩せた土地で、明日食べるものにも困っているような村です。そんなところで生まれた僕は、幸か不幸か魔術の才能がありました。村のみんなは、そんな僕が村でくすぶっていてはダメだと言ってくれて、なけなしの金を集めてツトライルに送り出してくれました」
村の出身とは知っていたが、俺が思っていたよりも厳しい環境だったみたいだ。
そんな状況であれば、自分のことで手一杯になるはず。
それなのに
「――だから僕は、村のみんなが飢えなくて済むように、探索者として成功して、みんなにお腹いっぱいのご飯を食べさせてあげたい。僕をここまで連れてきてくれた、村のみんなを楽にさせてあげる。それが僕の目的です!」
ローガンの言葉には強い意志を感じる。
立派な信念だと思う。
「それは、村のみんなに感謝しないとな」
「はい。僕は周りに恵まれていたと思います。だけど僕は弱い。恥ずかしい話ですが、僕は既に上級探索者と遜色ない強さを持っていると思っていました」
それについては初対面の時に感じていた。あのまま増長していれば、孤立していただろう。
「でも、教導探索でオルンさんの実力を知って、黒竜の怖さを知って、僕はまだまだだと思い知らされました。僕は実力が足りていない……! 目的を達成するには、もっともっと力がいる。だからお願いです! ――僕に探索者のイロハを教えてください! お願いします!」
ローガンが頭を深々と下げて頼み込んでくる。
ローガンには鬼気迫るものを感じる。
言葉にすることで、より一層目的が明確になったのかもしれないな。
(それにしても、
ローガンの力強い目を見て、俺はふとオリヴァーのことを思い出していた。
「……わかった。俺の知っていることは、お前に教えていく。それを自分の力に変えるのはお前の努力次第だからな。そのことは忘れないように」
「はい! よろしくお願いします!」
「最後はキャロラインだな。お前はどうして探索者になったんだ?」
「んー、あたしには、二人みたいな理由は無いんだよねー。魔獣を殺せる。魔獣を殺せば周りの人が笑顔になってくれる。だから探索者になった。それだけのことだよ」
この子の過去は三人の中で一番壮絶なものだった。
この子は未だに深い闇を抱えていることは今の発言からも想像がつく。
いずれ、この闇と向き合うことになるだろうな。
「それだって立派な考えだと思うぞ。今の生活に魔石は必要不可欠だ。キャロラインは人の笑顔が好きなのか?」
「うん! 大好き! だって笑っている人は、あたしを
…………相当に根が深そうだな。
「そうか。それなら、ソフィアやローガンと協力していこう。そうすれば、お前たちはずっと笑顔でいられると思うぞ」
教導探索でも俺の指示には従っていたと言えなくもないが、実際のところはキャロラインの動きに合わせてソフィアとローガンに指示を出していた感じだった。
ディフェンダーはパーティ戦闘の要だ。
今は魔獣よりもキャロラインの方が強いからどうにかなっているが、中層の終盤や下層に行けば個人ではどうにもならない状況も必ず出てくる。
その時に連携ができなければ、待っているのは死だ。
俺の教え子になったからには、そんな最後は絶対に認めない。
……まぁ、彼女はそもそもキャロラインはディフェンダーよりもアタッカー向きなんだけどね。
「んー、確かにあの黒竜はすごく強かった。あんなのに勝てるようになるには、お兄さんくらい強くないといけないけど、今のあたしじゃ無理だなー。あたしが合わせるようにすれば、あの黒竜も殺せるようになる? あたしは、――みんなから笑顔を奪ったあの害獣を殺したい」
「断言はできないけど、みんなで協力すれば、それだけ勝てる可能性は上がるはずだ」
「そっかー、うん、それなら考えてみる」
どうやらキャロラインの今の目的は黒竜を倒すことみたいだ。
ひとまず、これからは自分からも連携に参加してくれるようになるかな。
黒竜を倒すときに一人であるこだわりは無さそうだし。
「みんなの探索者になった理由はわかった。今言った初心を忘れないようにしてほしい。『初心忘るべからず』ってやつだな。自分の原点っていうのは、自分の支えになってくれるものだから」
これが、三人に探索者になった理由を言わせた理由だ。
俺も黒竜と戦うときの最後の決め手は、探索者になる時の誓いだった。
精神論はあまり好きじゃないけど、強い意志というのが凄い力になってくれると黒竜との戦いで学んだ。
この子たちにも、そんな自分の支えとなる物を持っていてほしい。
「あの、オルンさんの、夢とか目標ってあるんですか?」
「勿論あるよ。俺は、『理不尽なことがあろうと何も失わないように、どんな状況にあろうとも大切なものを護れるくらいに強くなる』、そう決意して探索者になったんだ。弱いままだと何も護れないから、俺だってまだまだ強くなるつもりだ」
そう、まだまだ強くならないといけない。
大迷宮を攻略するには今の俺の実力じゃ足りない。
これから先、黒竜よりも強い魔獣が出てくるんだ。
黒竜を倒せたくらいで満足していちゃいけない。
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