74.【sideソフィア】悪意

 三十層に来てから多分一時間以上が経過したと思う。


 戦闘を何度も行いながら着実に前へと進んでいる。

 この前の教導探索の時よりもペースが遅いのは仕方ない。

 前回は先輩たちの指示に従いながらだったけど、今回は全部私たちだけで判断しないといけないんだから。

 それでも既にルートを八割ほど消化している。

 このまま行けば、あと少しでボスエリアまでたどり着ける。


「そろそろ広いところに出るから集中して」


 私たちは三人だから、これまでは広がらないで戦える比較的狭い道を選択していた。

 だけど、どうしても広い空間にでないといけない場所がある。

 そこで戦闘になると数の多さがそのまま有利に働く。

 三十層では六体以上の集団は現れないって聞いているけど、油断はしちゃいけない。


「あぁ~、だりぃな。街に着いて早々・・・・・・・、なんでこんなことしなきゃいけないんだよ」


「仕方ないだろ。南の大迷宮は、階層入り口の水晶の登録ができていないんだ。だから、一層からここまで降りてきたんだろうが。ただでさえ無いやる気が、更に削がれるから文句を言わないでくれ」


 広い空間に出ると、別の探索者パーティと遭遇した。


「他のパーティだ。ログどうする?」


 迷宮探索で他の探索者パーティと遭遇することはよくある。

 下層に行くと階層自体の広さと探索者の数の少なさから、遭遇頻度は下がるみたいだけど、上層や中層はその逆だから決して珍しいことじゃない。


 別パーティと遭遇した場合は、別々のルートを進むようすり合わせをする必要がある。

 同じルートを進んでも、魔石や素材の取り合いになって不毛な争いになることもあるから。

 ――と、オルンさんから教えてもらった。


「まずは向こうの目的を聞かないと。探索が目的なら僕たちの選択したルートを譲ってもらおう。――こんにちは! 少しよろしいでしょうか?」


「あぁ? なんだガキかよ」


 ログが話しかけると、筋肉モリモリの大男が気だるげな声を発する。

 ……ちょっと怖い。

 それ以外にもあと三人いる。

 四人パーティのようだ。大男とは逆に体が細い男性が一人、女性が一人、最後の一人はフードを頭から被りゆったりしたローブを着ているから、性別の判断ができない。


「僕たちはこの階層の攻略のために潜っているんですが、そちらの目的が探索ならあちらのルートを譲っていただけませんか?」


 ログが進む予定のルートを譲ってほしいとお願いする。


「あぁ、勝手にしろ。ガキに用はねぇからな」


 感じ悪い人だけど、道は譲ってくれるみたいだからとっとと行っちゃおう。

 こういう人にはあまり関わっちゃいけないと思う。


「ありがとうございます。では僕たちは――」

「待て」


 ログがお礼を言って進もうとしたところで、細い方の男から待ったがかかる。


「……なんでしょうか?」


「お前たち《夜天の銀兎》の探索者か?」


 なんでそんなことを聞いてくるんだろう。

 《夜天の銀兎》の探索者というのは、私たちの服装でわかったのかな?


「《夜天の銀兎》だと? どっかで聞いたことあんな。どこだっけ?」


「アンタ、バカ? やっぱり脳みそまで筋肉なんじゃないの?」


「んだと!?」


「《夜天の銀兎》は《竜殺し》が所属しているクラン・・・・・・・・・でしょうが!」


 《竜殺し》ってオルンさんのことだよね?

 やっぱり有名人なんだ。

 すごいなぁ……。


「あぁ、そうだった! なぁ、お前ら、《竜殺し》と面識あるか?」


「「「…………」」」


 私たち全員が口を噤む。


 情報は大切だって何度もオルンさんが言っていた。

 この人たちがなんでオルンさんのことを聞いてくるのか、その理由がわかるまでは下手なことは言わない方がいいと思う。


「沈黙は肯定と受け取るぞ?」


 細い男が威圧的な口調で話しかけてくる。


「ズリエル、確認して」


 これまで一言も発していなかったフードを被った人が声を発する。

 その声は透き通った綺麗なものだった。

 多分女性だと思う。


「仰せのままに」


「――っ!?」


 男性がそう言った直後、ログが息を飲んだ。


 ……どうしたの?


「ビンゴです。この少年と《竜殺し》は知り合い、というよりは師弟関係にあるようですね。コイツらを撒き餌に《竜殺し》が釣れるかもしれません」


「なんで……!?」


 ログが狼狽している。

 何も言っていないのに、なんでわかったの!?

 もしかして心を読む異能とか?


「ははははは! 俺たちは運がいい! 迷宮攻略なんてクソめんどくさいことをやらなくて済んだな!」


 四人から嫌な雰囲気が漂っている。

 これは私が小さいころに毎日のように感じていたもの――〝悪意〟だ。

 でも悪意だけじゃなくて、殺意も乗っているように感じる。


 なんでこの人たちが私たちに悪意を向けてきているのかわからないけど、ここは逃げた方がいい。

 この人たちは、私たちよりも強い。


「キャロル! ログ! ルートを逆走して逃げよう!」


 二人に提言した直後、背後で大きな音がした。


 振り向くと私たちが入ってきた通路が壁で塞がれていた。

 それだけじゃない。

 他の二つの通路も塞がれた……。


「逃がすかよ!」


 どうやら大男の魔術だったみたい。

 見た目に反して魔術が使えるようだ。


「なぜこんなことをするんですか!?」


「簡単な話だ。お前たちが《竜殺し》と親密であるからだ。それ以上をお前らが知る必要はない」


 細い男の威圧的な声が発せられる。


「おい! テメェらは手を出すな。こいつらは俺様一人で片付ける。俺様は鬱憤が溜まっているんだ!」


「それは私だってそうよ! でもまあ、譲ってあげるわ。私は《竜殺し》を殺すときのために、楽しみを取っておくことにするから」


 オルンさんを殺す……?

 なんで!?


「逃げられそうにないよ。二人は通路の壁を壊して! 時間はあたしが稼ぐから!」


 私たちにそう告げるとキャロルが大男に向かって行く。


「バカ! 一人で突っ走るな!」


 ログの言葉を無視してキャロルは大男に攻撃を仕掛ける。


「二人を怖がらせた! 絶対に許さない!」


「……あぁ?」




 ――――え?




 大男に突っ込んだはずのキャロルは、気が付くと私たちの後ろに吹っ飛ばされて壁に激突していた。


「キャロル!?」


「……う……うぅ……」


 キャロルが飛ばされた原因が、いつの間にか持っていた大男の大剣によるものだとようやく理解できた。


「へぇ、後ろに跳んで衝撃を減らすとは、良い反応するじゃねぇか。だが、これでアイツはもう戦えねぇな」


 大男の言う通り、壁に叩きつけられたキャロルは意識を失っていた。

 ケガは見たところ無さそうだけど、骨折とかはしているかもしれない。


「――っ! ソフィー! 切り替えろ! 後ろの三人は手を出してこない! そう考えて、この男に集中するぞ!」


「う、うん!」


 ログの掛け声で意識を切り替える。

 キャロルのことは心配だけど、息はあった。

 キャロルには【自己治癒】があるし、多分大丈夫。

 キャロルが復活するまでに何とか逃げる算段を立てないと……!


 怖いけど、戦わないと待っているのは〝死〟だから必死に抗う!

 こんなところで死にたくない!


「【雷撃サンダーショック】!」


 ログの動きに合わせて攻撃魔術を発動する。

 ログも果敢に攻撃をするけど、大男はその体に見合わない俊敏な動きで私たちの攻撃を全く意に介していない。


「ぐぁっ!」


 そしてログが吹っ飛ばされて私の近くに倒れる。


「ログ、大丈夫!?」


 外傷は見当たらないけど、念のため【治癒ヒール】を発動する。

 こういう時、並列構築が使えれば……。


「……吹っ飛ばしたヤツもだが、お前もなかなか良い動きをするじゃないか」


「師匠に比べれば、アンタの動きはわかりやすいからな! 剣の扱いが下手くそなんじゃないか?」


 ログが槍を杖代わりにして立ち上がりながら、大男を馬鹿にするような発言をする。


「んだと?」


 軽口を言えているけど、ログの体は震えている。怖いんだ、

 当然だよね。


(わかってたけど、やっぱり勝てない……。このままじゃ……。――ううん、諦めちゃダメ! オルンさんも言ってたじゃん。『常に思考を働かせろ』って! この状況を打開するには……)


 私が思考をしているうちに再びログと大男が接近する。


「ははは! いいな、お前! でも――弱すぎる」


 キャロルの時のように、大男が大剣を横に振るう。


 ログが反応して槍で受けるけど、槍は叩き折られ、なおも大剣は止まらない。


 ログへとその凶刃が振るわれる。


「だめえええぇぇ‼」


 私が考えて導き出した答えは、賭けになるけど、しょくするように必死に干渉することだった。

 ――これまで感じていた違和感の正体に。


 そして私は、その賭けに勝った。


「……なっ!? なんだこれ! 体が動かねぇぞ……!」


 大剣がログの体に届く寸前で急に止まった。


(…………そういうことだったんだ)


 私は一瞬で自分の異能を理解した・・・・


「これなら……。――吹っ飛んじゃえ‼」


 私は異能で大男に干渉して大男を大きく後に吹っ飛ばす。

 本当はそのまま壁に叩きつけたかったけど、距離があってそれはできなかった。

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