184.召状
しばらく頭痛が続いていたが、なるべくゲイリーから聞いた内容を考えないようにしたことで、ようやく動けるくらいには回復した。
シュヴァルツハーゼを回収し、ここに唯一残った低木の枝を一本手折ってから迷宮の入口へと戻る。
迷宮の機能が生きていれば各階層の入り口にある水晶で移動することもできたが、この迷宮は徒歩で入口まで登るしかない。
入口まで戻ってくると、迷宮の入り口にある探索者ギルドの職員が待機するために建てられた建物の中からギルド長が出てきた。
「お疲れ様、オルン君。首謀者は捕らえたのかな?」
「いえ、すいません。捕らえることはできませんでした」
「……そうか。君でも捕らえられなかったということは相応のことが起こったのだろうね。結果は残念だけど、ひとまず良しとしようか」
ギルド長が腹の中で何を考えているのかわからないが、彼が
「ギルド長、一つ聞きたいのですが、俺がこの迷宮に入ってから他に出入りした人間はいましたか?」
「いや、君以外にこの迷宮に出入りした人間はいないよ」
「そう、ですか」
「それで、オルン君。君はこのままツトライルに戻るのかな?」
「はい。少し寄り道をしますが、夕方までにはツトライルに戻るつもりです」
「それは良かった。後で改めて通達を出すけど、先に言っておくね。Sランクパーティ《夜天の銀兎》のメンバーは全員今日の二十時に探索者ギルドに来てほしい」
「メンバー全員で、ですか?」
「うん、大切な話をしたいという人が居てね。申し訳ないけど今回は命令だ。だから夜までには確実に戻っていてほしい」
今回の呼び出しが第一部隊全員ということは、話をしたいと言ってるのは彼女だろうな。
となると、内容はおそらく――。
「……わかりました」
「それでは、私は先にツトライルに戻っているよ。わかっていると思うけど、今回の一件に関しては、あくまで私の依頼に基づき君が氾濫の起こった迷宮を攻略した。これ以上でも以下でもない。いいね?」
「はい、承知しています」
◇
ギルド長と別れた俺は、オリヴァーと合流するために巨大スケルトンの現れた場所へと向かう。
アイツには聞かなければならないことがある。
その場所へ近づくと、先ほど俺たちが一度スケルトンを倒した時と同様に、巨大な白骨の山ができていた。
続いてオリヴァーが視界に入ると、それと対峙するようにセルマさんたち第一部隊のメンバーが居た。
そこには一触即発の雰囲気が漂っていて、
「オルンはどこだと聞いているんだ、鎧の探索者! 答えによってはタダじゃ済まさないぞ」
セルマさんが怒りの孕んだ声をオリヴァーに投げかける。
そういえば、《翡翠の疾風》の人たちにツトライルへ行ってもらうときに、セルマさんに伝言を頼んでいたな。
彼女たちはその伝言を聞いてすぐに駆けつけてくれたんだろう。
「セルマさん、俺はここに居るよ」
すぐさまみんなの元に駆け寄りながらセルマさんに声をかける。
「オルン!? 良かった、無事だったか!」
「どこ行ってたのさ、もー!」
「ったく、心配かけやがって」
「でも、本当に無事でよかった」
俺を見つけたセルマさんたちは安堵の声を漏らす。
「ごめん。ここは鎧の探索者に任せて、俺は氾濫が起こった迷宮に向かっていたんだ」
「そうだったのか。【精神感応】でもお前を捕捉できなかったから焦ったぞ。――鎧の探索者、変な疑いをかけてしまって済まなかった」
俺がこの場に居なかった理由に納得したセルマさんがオリヴァーに頭を下げ、ウィルたちも続く。
それに対してオリヴァーは気にしていないと言わんばかりに首を横に振る。
それから「良い仲間を持ったな」と寂しそうな声で呟くと、俺たちに背を向けてどこかへと行こうとしている。
進路的にツトライルではなくファリラ村か?
本当はオリヴァーに聞きたいことが色々とあったが、セルマさんたちに鎧の探索者の正体を明かすのは憚れるし、夜までにはツトライルに戻るようギルド長から言われている。
まぁ、近いうちにオリヴァーを訪れればいいか。
「本当に心配かけてごめん。こんなに早く駆けつけてくれて嬉しいよ」
「んなの当然だろ! しっかし、地上に深層のフロアボスに匹敵する魔獣が現れるのも驚きだが、鎧の探索者がそれを一人で倒したんだろ? 下層をソロで探索している時点で強いことは知っていたが、そこまで強いとはな」
「うん。彼が有力な探索者とパーティを組んだらすぐに追いつかれちゃうかも。《翡翠の疾風》も居るし、私たちも負けてられないね!」
俺の謝罪に対してウィルが返答すると、その言葉にレインさんが反応する。
オリヴァーの状況を考えると、誰かとパーティを組むことは考えにくいけど、可能性はゼロじゃない。
レインさんの言う通り《夜天の銀兎》としては、早く九十四層の攻略に取り掛かりたいところだろう。
大迷宮の攻略は
だが、今の俺にはヒティア公国に向かうという新たな目的が生まれている。
ヒティア公国は大陸中央部にある魔術大国だ。
そして、ダウニング商会の本店がある国でもある。
商会長に直接会うためには俺が公国に赴く必要があるが、ノヒタント王国は大陸の南東部にあるため移動にはかなりの時間を要する。
今の情勢やクランの状況を考えると、俺の長期離脱は厳しいか?
「とりあえず今は早く帰ろ! オルン君も疲れてるだろうしさ!」
「そうだな。帰ろうか」
こうして俺は改めてツトライルへの帰路に就いた。
朝王都を出る時はこんなことになるなんて夢にも思わなかったなと、苦笑いをしながら衝撃の連続だった先ほどまでの出来事を話せる範囲で第一部隊の面々に伝えていると、すぐにツトライルへと到着した。
◇
「皆さん、お帰りなさい!」
俺たちがクランの本部に帰ってくると、探索管理部に所属している団員の一人が駆け寄ってきた。
「ただいま。私たちに何か用事か?」
俺たちを代表してセルマさんが駆け寄ってきた団員に問いかける。
「はい。お疲れのところ申し訳ないのですが、ギルドから第一部隊宛に召状が届いています。本日の二十時に探索者ギルドに来るようにとのことです」
団員はそう言いながら三つ折りにされた紙をセルマさんに手渡す。
セルマさんが受け取った紙を開いて中身を確認している。
「さっきオルンが言ってたやつか?」
隣からウィルに問いかけられる。
「恐らくね」
「確かに受け取った。わざわざ届けてくれてありがとう」
「いえ、これが自分の仕事ですので。それでは失礼します」
「セルマさん、紙には何か書いてた~?」
団員が見送ってから、ルクレがセルマさんに召状に呼び出しの内容が書かれていたのか聞く。
「いや、彼の言っていた通り、今日の二十時に探索者ギルドに来るよう書かれているだけだ」
「それじゃあ、内容はギルドに行くまでわからないね」
「あぁ。二十時まではまだ時間があるから、いったん解散としよう。十九時三十分に再度ここに集合だ。特にオルンは、疲れを取るには時間が足りないだろうが、仕事はしないでゆっくり身体を休ませるようにな」
「わかってる。流石に今から書類仕事をする元気はないから、大浴場でまったりしてくるよ」
「お、そういうことなら付き合うぜ。とっとと行こうぜ、オルン!」
大浴場に向かうと告げると、ウィルが乗っかって来る。
ウィルが俺の首に腕を回してくると、そのまま大浴場に向かって歩き出す。
ルクレの「いってらっしゃーい!」という言葉を背に受けながら女性陣たちと別れる。
それからウィルと雑談をしながら湯に浸かったり外で涼んだりと、のんびりとした時間を過ごしているとあっという間に集合時間がやってきた。
◇
エントランスで再びセルマさんたちと合流してから探索者ギルドへと向かう。
「お、《赤銅の晩霞》じゃねぇか!」
ギルドの建物の入り口までやってきたところで、《赤銅の晩霞》が別方向からギルドにやってきた。
それにいち早く気付いたウィルが彼らに声をかける。
……なんか、デジャヴを感じるな。
「よぉ。最近はよく会うな。ま、交流会があったんだから当然かもしれねぇが」
ウィルの声に反応したハルトさんが人懐っこい笑みを浮かべながら近づいてくる。
「そっちもギルドに呼び出されたのか?」
セルマさんがハルトさんに問いかける。
「あぁ、そうだ。……なるほどねぇ、呼び出されたのは俺たちだけじゃなかったんだな。となると、この呼び出しは面倒な臭いがぷんぷんしてくるな。なぁ、やっぱ帰っていいか?」
《夜天の銀兎》も呼び出されたことを知ったハルトさんは目に見えてテンションを下げると、隣に居たカティーナさんに帰って良いか質問していた。
「ダメに決まってるでしょ! もしここで団長が逃げてギルドから面倒なこと押し付けられたら、全部ハルト団長にやってもらうから!」
「そんなの横暴だ!」
「私たちに押し付けようとしている団長の方が横暴でしょ!」
ハルトさんとカティーナさんが言い合いをしていると、フウカが俺の元へと駆け寄ってきた。
「オルン」
それから彼女は俺の名前を呼ぶと、ジッと俺を見つめてくる。
そんなに見つめられると気恥ずかしいのだが……。
「ん? どうした?」
しばらく俺のことを見ていたフウカは、満足したのか視線を逸らしてから首をふるふると横に振ってから「何でもない」と口にする。
相変わらず彼女は表情の変化が乏しいから何を考えているのかいまいちよくわからない。
「こほん! ここだと周りの人の迷惑になるから、ひとまず建物の中に入ろ?」
なおも言い合いを続けているハルトさんたちにレインさんが間に入って二人を宥めていた。
「はぁ……。しゃーねぇか」
それから《夜天の銀兎》と《赤銅の晩霞》が探索者ギルドの建物に入ると、ギルド職員であるエレオノーラさんが近づいてきて、とある会議室へと案内された。
その会議室には既に何人か入っていた。
人数は七人。
一人は俺たちを呼び出した張本人であるギルド長。
続いて
やはり彼女たちの本職は探索者ではなくノヒタント王国中央軍近衛部隊所属の軍人で、主な職務は王女の護衛といったところだろう。
ローレッタさんが《勇者》に固執しているのは、国王の護衛だったウォーレンさんと同じ称号を手にして、自分の主人である王女の箔付けをしたかったと考えるのが最もしっくりくる。
そして最後に、高貴さを損なうことなく身動きがとりやすいようにカスタマイズされたドレスに身を包んだ、ノヒタント王国の王女――ルシラ・N・エーデルワイス。
ルーシーさん――ここではルシラ殿下と呼ぶべきか――と目が合うと、彼女は安堵したような柔らかい表情を向けてくる。
俺たちが会議室に入ったところで、ルシラ殿下が口を開く。
「《夜天の銀兎》並びに《赤銅の晩霞》の皆様、この度はお忙しいところ急なお呼び立てにもかかわらずお越しいただきありがとうございます。私はノヒタント王国の第一王女、ルシラ・N・エーデルワイスと申します。本日は身勝手ながら皆様にお願いしたいことがありこの場を設けさせていただきました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます