185.王女からの依頼

 ルシラ殿下の第一声に俺たちは緊張感を漂わせる。


 基本的に探索者は政治に関わらない。

 間接的に関わっている部分は否定できないが、俺たち探索者から首を突っ込むことは無い。

 そちらに深く踏み込むと雁字搦めになることをわかっているから。


 それは王侯貴族も承知しているため、互いに持ちつ持たれつの関係でこれまで続いていた。

 特に王族の人間が直接探索者の元まで出向いて、面と向かって言葉を交わすことなんてほとんど聞いたことがない。


「殿下、申し訳ありませんが、貴女様からのご依頼でありましても安易に承諾するわけにはまいりません。まずは詳しい内容をお話いただけますか?」


 俺たちを代表してセルマさんが口を開いた。

 セルマさんとルシラ殿下は貴族院の同級生として仲も良かったと聞いているからだろうか、敬語こそ使っているがスポンサーである貴族相手の時よりも自然体で居るように思える。


「はい。まずはこちらの事情とお願いしたいことについて話しますね。当然ですが、これから話すことは我が国が現在抱えている問題でもありますので、他言は無用でお願いします」


 ルシラ殿下のその言葉に俺たちは首を縦に振って承知の意を示す。


 それを確認したルシラ殿下が再度口を開く。


「皆様もご存じとは思いますが、先日私の父、国王陛下が帝国の手によって亡き者にされました。元より帝国には目に余る行動が多々ありましたが、流石に今回の一件は我が国としても黙認できません。戦争へと発展することは避けられないでしょう」


 これは既に知っていることだ。

 王侯貴族は新聞などを使って国民へ帝国に対する怒りを煽り、国内で戦争への気運を高めている。

 魔導兵器の開発がこれまで以上に活発になっていることも加味すれば、近いうちに両国がぶつかるのは当然と言える。


「しかし、我が国と帝国の国力に大きな隔たりがあることは変えられようのない事実です。このまま帝国と争ってもこちらが負ける可能性が高い。そこで私は周辺の友好国と手を結び連合軍を組織しようと考えています」


 この大陸に大迷宮は元々四つ存在した。

 現在は西の大迷宮が攻略されて三つになっているが、大迷宮を有する国はそこで得た大量の資源を国力に変えてきた歴史があるため、ノヒタント王国を除いてどこも大国だ。

 まぁ、北の大迷宮を有するジュノエ共和国は、数十年前の戦争で国力を大きくそがれる結果となってしまったため、今は王国よりもやや国力が上程度まで下がってしまっているが。


 そんな歴史がある中で、ノヒタント王国は自国を豊かにするのと同時に、外交によって周辺諸国との友好関係の構築に努めていた。

 確かに王国と帝国がぶつかれば帝国に分があるが、王国が周辺諸国と手を組めば戦況はわからなくなる。


「そこで一つ目のお願いです。これはセルマ個人へのお願いとなります」


「私個人、ですか?」


「はい。既に周辺諸国への根回しはしています。しかし、最後の詰めを書面で行うことはできないので私が主宰として赴くつもりなのです」


「まさか、その場所というのは……」


「えぇ、セルマの考えている通りです。会談場所は王国東部――我が国の玄関口でもあるダルアーネとなります」


 ダルアーネはクローデル伯爵家が統治している王国の貿易の中心地だ。

 そして、セルマさんやソフィーの故郷でもある。


「貴女に嫌な思いをさせてしまっていることは承知しています。ですが、今は貴女の力が必要なのです。どうか私とダルアーネに赴いていただけませんか?」


「…………」


 ルシラ殿下の言葉にセルマさんは目を伏せる。


 直接聞いたわけではないが、セルマさんと実家であるクローデル伯爵家の間に確執があることはなんとなく察している。

 《黄昏の月虹》の教導をする際に知ったソフィーの過去からの推測でしかないが、セルマさんとしばらく一緒に過ごしていても、これまで実家のことを話題に出すことは無かったからな。


 この場の全員がセルマの回答を待っているが、彼女は答えを出すのを躊躇っているように感じる。

 だけどそれは、ダルアーネに向かいたくないというよりは、彼女が抜けることで《夜天の銀兎》の活動に支障をきたすことを心配しているように感じた。


「セルマ、行ってきなよ」


 そんなセルマさんの背中を押すようにレインさんが声をかける。


「レイン? しかし……」


「やっぱり家族とは向き合うべきだよ。向き合う機会があるなら尚更ね。この機会を逃したらもしかしたら二度と訪れないかもしれないよ? 家族が居ることは当たり前のことじゃないから。セルマには私と同じ思いをしてほしくない。私たちのことは心配しないで。大迷宮の攻略はストップしちゃうけど、セルマが抜けた穴は私がしっかり埋めるから!」


「ボクもレインさんの言う通りだと思う! 迷ってるなら行動するべきだよ!」


「だな。そんなウジウジしているのは姉御らしくねぇぞ。パパっと決断してそれを行動に移す、それがオレたちのリーダーだと思っていたんだが?」


 レインさんの言葉に同意するようにルクレとウィルもセルマさんの背中を押す。

 仲間が迷っているなら背中を押すべきだろ。

 たとえそれが、自分たちにとって益にならない結果になったとしても。

 それが本当の仲間だと思うから。


「みんなこう言っていることだし、ここはセルマさんの気持ちを優先するべきじゃないか? 勿論、俺もセルマさんの選択を尊重するよ」


「……みんな、ありがとう。では、少しの間クランを不在にさせてもらう。私が居ない間、《夜天の銀兎》を任せたぞ」


「任せて!」「任された!」「おうよ!」「わかった」


「ルシラ殿下、そのご依頼謹んで拝命させていただきます。道中および外交では存分に私をお使いください」


「ありがとう、セルマ」


 俺たちの言葉を受けて、セルマさんはルシラ殿下とダルアーネに向かうことを決断した。




「それで王女様、依頼はそれだけではないんでしょ? 俺たちに依頼したいことっていうのはなんですか?」


 ハルトさんがフランクながら多少の敬語を交えてルシラ殿下にもう一つの依頼内容について問いかける。


「はい。もう一つのお願いというのが皆様をここに呼んだ理由となるものです。現在は情報統制をしているためまだ公にはなっていませんが、実はここ最近で国内北部を中心に魔獣の氾濫が数件発生しています。そして、私がツトライルへ向かう道中でも魔獣の氾濫に襲われました。この事実から帝国では魔獣の氾濫を人為的に引き起こす技術を確立させているものと考えられます」


 俺はアベルさんから事前に聞かされていたし、先ほどの氾濫にも遭遇しているため驚きはない。

 しかし、この話を初めて聞いたであろう俺以外の探索者は驚きを隠せない表情をしている。


「――それ、本当の話?」


 ルシラ殿下の話が一区切りしたタイミングでフウカが口をはさむ。

 普段から口数が少ない彼女でもこの事実は簡単には受け入れられないのだろう。


 当然だ。

 氾濫が意図的に起こせるということは侵略行為が容易になると言っても過言ではないのだから。


「信じがたい内容ですが、氾濫が頻発していることは事実です。その後の『帝国が氾濫を人為的に引き起こせる』というのは私たちの推測にすぎませんので、正しいと断定することはできませんが」


 ルシラ殿下はそう考えているようだが、俺は《シクラメン教団》が氾濫を引き起こしていると考えている。

 とはいえ、帝国と教団が手を組んでいる可能性が高い以上、王国的にはどちらでも大差ない。

 敢えて口をはさむ必要も無いか。


 そんなことを頭の隅で考えながら、なおも話し続けているルシラ殿下の言葉に耳を傾ける。


「前述の通り、我が国は帝国との戦いに向けて、まずは連合軍を組織するまでの時間稼ぎに徹するつもりです。ですが帝国の国境から近い北部で氾濫が頻発している状況では、時間稼ぎはおろか、連合軍を組織しても一方的にやられることもあり得ます。そうならないように、現在兵站の要所を含めた主要都市を中心に魔導兵器の配置数を増やして対策をしているところです」


 まぁ、対策としては妥当なところだろう。

 しかしそれでは、主要都市から逸れた小さな町や村の近くにある迷宮には対処できないことになる。

 ということはやはり依頼の内容は――。


「しかし、それだけでは国内北部の全てをカバーすることができません。そこで、皆さんには私たちの対処では対策できない地域に存在する迷宮の攻略・・・・・とツトライルの防衛・・をお願いしたいのです」


「王女殿下、質問してもよろしいですか?」


 ルシラ殿下が依頼内容を語り終わるとすぐさまレインさんが質問をしたいと発言した。


「はい。何なりと」


「確認させていただきたいことが二点あります。まずは迷宮の攻略について、こちらは探索者ギルドも了承していると考えてよろしいでしょうか」


 レインさんの一つ目の質問を受けたルシラ殿下はギルド長の方へ目配せすると、ギルド長は頷いてから口を開く。


「その点は数日前から打診を受けていて、探索者ギルドとして許可を出すつもりだよ。許可証は作成中だけど、明日までには対象の迷宮に対する攻略許可証は完成する見込みとなっている」


「わかりました。それでは二点目ですが、ツトライルの防衛とは具体的にどのようなことをすれば良いのでしょうか?」


「今回の帝国の行動の根幹には、かの国の魔石不足が絡んでいるとエディントン伯爵より報告が上がってきています。その内容から、帝国の最終的な目的は南の大迷宮を手中に収めることだと推察しています。当然、ツトライルにも大隊規模の軍を常駐させるつもりですが、軍人では魔獣の対処に明るくありません。そこで、Sランクパーティの皆様には定期的にツトライル周辺にある五つの迷宮を監視していただき、仮に氾濫が起こった際には他の探索者たちを率いて対処していただきたいのです」


「帝国軍がツトライルに侵攻してきた際は王国軍で対応していただけるということですよね?」


「はい。皆様が直接戦争に関わる必要はありません。まぁ、ご助力いただけるなら心強い限りですが。――そして当然ですが、私のお願いを聞き入れていただけるのであれば、相応の報酬を用意させていただきます」


「ちなみに、その報酬とは?」


「今回の一件が終わってから以後十年間、《夜天の銀兎》並びに《赤銅の晩霞》には私の権限で特権階級を与えます。具体的な内容としましては納税義務の免除や国家事業として開発している魔術や魔導具の閲覧権限付与など、皆様の今後の活動に有利となる様々な特権を与えさせていただきます」


 その報酬内容は破格すぎる。

 今後のクランとしての活動が大幅にやりやすくなるのだから。


「どうする? 私としては受けてもいいと思うけど」


「俺も賛成だ。どちらにせよしばらく大迷宮攻略はできないんだし、それならこの話に乗っかるのは悪くないと思う」


 レインさんの問いに対して俺は自分の考えをみんなに話す。


「オレも受けていいと思うぞ」「ボクも賛成!」


 ウィルもルクレもルシラ殿下の依頼を受けることに賛同したことで、《夜天の銀兎》はこの依頼を受けることに決まった。


「フウカ、兎はこの依頼を受けるらしいけど、ウチはどうするの?」


 カティーナさんがリーダーであるハルトさんではなくフウカに問いかける。

 それに対してハルトさんもヒューイさんも文句はないようで、フウカの答えを待っていた。


「私たちも受ける」


「わかった。――王女様、俺たちもその依頼受けさせてもらいます」


 ハルトさんは、フウカが受けると決めると即座にその決定に従い、ルシラ殿下に赤銅も依頼に応じる旨を伝える。


「皆様、心からの感謝を申し上げます。お引き受けいただきありがとうございます。それでは続きまして迷宮を攻略する側とツトライルを防衛する側について皆様で話し合っていただけますか? 私はその決定に異議を申し立てませんので、ご自由にお決めください」


「王女殿下はああ言ってくれているが、もう決まってるようなもんだろ。オレたち《夜天の銀兎》が防衛、《赤銅の晩霞》が攻略でいいんじゃねぇか?」


 役割分担について両者での話し合いが始まると、ウィルが真っ先に発言した。

 確かにその分担が妥当だろうな。

 防衛では氾濫がおこった際に他の探索者たちとも連携する必要がある。

 そうなれば、他にもいくつもパーティを抱えている《夜天の銀兎》の方が他の探索者たちを動かしやすいだろうから。


「それじゃあダメ」


 ウィルの発言で纏まりそうな雰囲気だったところにフウカが異を唱えた。


「赤銅が防衛を担当するってことか? 別にそれでも構わねぇが、他の探索者たちとの連携は上手くいくのか?」


 ウィルがフウカに純粋な疑問をぶつける。


「ううん。他の探索者たちとの連携は《夜天の銀兎》に任せる」


「ん? それじゃあ、オレが言った通りってことだよな?」


 ウィルが戸惑いながら頭にはてなマークを浮かべている。

 いや、ウィルだけでなくみんなフウカが何を言いたいのかいまいち理解できていない。


「はぁ。フウカ、もう少し詳しく話してやれ。普段はそれでもいいが、他所の人たちからしたらそれじゃあ意味わからねぇし、納得もできないだろ」


 ハルトさんが見かねてフォローを入れる。

 フウカはハルトさんの言葉を受けて一つ頷くと、少し考えるようにしてから再び口を開いた。


「……今回の王女の依頼は、受動的な防衛と、能動的な攻略に分かれてる。だから攻略は速度重視で臨むべき。攻略が早く終われば、あとはここに居るメンバー全員で防衛に集中できるでしょ?」


「……なるほど、一理あるね。だとすると、フウカちゃんは二つのパーティを混成にして、攻略のチームと防衛のチームに分けるべきだと考えているんだね?」


 レインさんが自分の理解で間違いないかフウカに問いかけると、フウカはこくりと頷く。


「それで、フウカの考える攻略のチームは?」


「速度重視であって殲滅力も必要であることから私とオルンは確定。あとは私たちの全開戦闘・・・・にギリギリで付いて来れるハルトの三人で挑むのがベスト」


「その選出基準ならその三人になることに異論は無い。だが、それだと全員前衛だろ? 不測の事態のことも考えて後衛も一人入れていた方が良くないか?」


 ウィルが前衛三人の構成に疑問を呈する。


「それなら問題ない。先日の交流会でそれぞれの異能や特徴について情報交換したからわかってると思うけど、私の異能は【未来視】、ハルトの異能は【鳥瞰視覚】。私たちが居れば大抵の状況把握は容易。それに圧倒的な応用力を持ってるオルンが加われば、対処できない状況はまず訪れない。むしろ私たち三人で苦戦する状況だったら、他にここに居る誰かが入っていても状況は変わらないと思う」


「うーん、反論できないね。わかった、それじゃあ攻略はオルン君、フウカちゃん、ハルトさんの三人に任せるよ。残りのメンバーでツトライルの防衛。みんな、それでいいかな?」


 フウカの演説を聞いたところでレインさんがこの場の全員にそれで問題が無いか確認する。

 それ以上は異議を申し立てる人もおらず、


「話は纏まったようですね。それでは、オルン、フウカ、ハルト、迷宮の攻略をお願いいたします」


「承りました」「ん」「承知した」


 こうして俺はフウカ、ハルトさんと一緒に各地の迷宮を攻略していくことに決まった。


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