37-B.【sideシオン】少年が夢見た世界を実現するために

 場所は変わって、東の大迷宮の九十五層。


 そこには激しい戦闘の跡と血痕、そして二十体を超える死体が転がっていた。


 そして、その場に立っているたったの四人によって、この光景は作り出されていた。


「だぁぁ、やっと終わった。くそっ、無駄に数を増やしやがって。どうせ結果は変わらないってのによ」


 立っている四人の内の一人である、筋肉が隆起し身長が二メートルに届きそうなほどの大男が、心底嫌そうな声を零す。


「流石にトップレベルのパーティが五組も結託するのは予想外だったわね。まぁ、こっちにはシオンさんが居るわけだし、負ける要素は無かったわけだけど」


 女性の一人が大男の発言に同意する。


「いずれにしても、こちらに損害が出なくて良かった。いくらシオンさんの異能・・・・・・・・があったとしても、死んだら終わりだったわけだしな。……シオンさん、これで一通りこの大迷宮で活動している有望な探索者は駆逐できたわけですが、これからどうしますか?」


 大男とは別の男が、四人の中でも、一際存在感を放っている銀髪の女性に問いかける。


「そうだねー。今のところ九十層以降に行ける見込みのある探索者はこの街にいないし、西の《英雄》のような探索者は現れていないから、しばらくはここを離れてのんびりしたいかな。ま、《英雄》みたいなのが何人も居るわけじゃないから当然だけど――」

「シオン様、申し訳ありませんが、その要望を叶えることはできません」


 シオンと呼ばれた銀髪の女性が男の問いかけに答えると、いつの間にか現れていた五人目の人が発言する。


 その人物は頭から、だぼだぼのローブを被っていて顔やボディラインが分からないため、男性か女性か判断が付かない。

 声に関しても中性的な声色で、こちらに関しても判断が付かない。

 一言で表現するなら『怪しい者』だった。


通達屋メッセンジャーか。何の用?」


 突然現れた『怪しい者』にさしたる驚きも見せずに、シオンがメッセンジャーと呼んだ怪しい者に質問を投げかける。


「本部より通達です。シオン様、並びにギブア、アグネス、ズリエルは南の大迷宮に向かい、《夜天の銀兎》所属の《竜殺し》を――殺害・・するように、と」


「……南の大迷宮に、私が? 南は今、教団が幅を利かせているし、私は面が割れているんだけど。そんな状況で、何故私が行かないといけないのかな? そもそも《竜殺し》って誰? 南で一番の有望株は《勇者》――オリヴァーでしょ。オリヴァーを殺せない・・・・以上、南には関わらない方がと思うけど? すぐに攻略されるわけでも無いんだしさ」


「シオン様のご意見は尤もです。しかし、事態は一刻を争います。《竜殺し》と呼ばれている者は、先日単騎で深層のフロアボスを討伐した探索者の通り名です」


「一人でフロアボスを……? もしかしてその人は――」


「はい。シオン様や《英雄》と同じ・・だと考えられます」


「なるほど、それで私に白羽の矢が立ったわけ、か。オリヴァーの状態を聞いた限り、南が攻略されるのは最低でも十年は先の話だと思っていたけど、本物・・が現れたのであれば、あっという間に攻略される可能性もあるね。こればっかりは私じゃないと手に負えないことは、西の件でわかったわけだし、仕方ないかなー。でも、私と同じなら殺すんじゃなくて、こちらに引き込む・・・・べきじゃない?」


「『《竜殺し》は既に教団側に付いている』、これが本部の見解です。《竜殺し》が本当にそう・・であれば、確実に消しておくべきです」


「……そうだね。どの程度の実力を有しているかはわからないけど、手を抜いて倒せる相手じゃないか……。ということで、南へ行くことになるけど、三人はそれでいいかい?」


「はっ、強ぇやつと戦えるのであれば、俺様は構わないぜ!」


「私もいいわよ。ただ、南の大迷宮には行ったことが無いから、一層から地道に攻略していかないといけないってことよね。それだけが、億劫ではあるわ……」


「そこは仕方ないだろう。ギルドカード無しで迷宮に入れるだけマシだ。強制送還されることは無いわけだしな。――シオンさん、俺も異存はありません」


「ん、決まりだね。それじゃあ、準備してからツトライルに向かおうか。メッセンジャー、君が被ってるローブ、私の分もあるかな? 南方面にいるときは、正体を隠しておきたいからさ」


「勿論、用意しております」


 シオンがメッセンジャーから、その者が被っているものと同じローブを受け取る。


「ん、ありがと。それじゃあ、各人今日中に準備を済ませるように。明日の朝一でこの街を発つよ。南方面では私は派手に動けないから、情報収集はお願いすることになるかな。とりあえず、街に着いたらすぐに大迷宮の攻略を開始しよう。そうだね、目標は三日で九十一層到達・・・・・・・・・、かな」


「はいよ」「わかったわ」「了解しました」


 シオンの声掛けに他の三人が応答し、階層の入り口へと移動を開始した。


 メッセンジャーは話すべきことを話し終えると、現れたときと同様に音もなく姿を消していた。


 シオンはその場に立ったまま呟く。


「《竜殺し》って探索者も、可能ならこちらに引き入れたいところだけど、教団に与しているなら殺すしかないね。…………《英雄》や《剣姫》、不完全な・・・・《勇者》に害悪なあの女・・・・・・、そして《竜殺し》、か。役者が揃ってきたかなー。《英雄》に関しては帝国のためにしか動かないから、うちと教団の争いに介入してくることはない。《剣姫》は味方だし、オリヴァーが、力を十全に・・・扱えるようになれば戦力の問題は解決できる、かな。うん、無理してまで《竜殺し》を引き入れる必要はないね。害悪なあの女だけでも相手にするのは面倒だし、《竜殺し》には早々に退場してもおう。――――私は、死んでしまった・・・・・・・オルンの意志を引き継いだんだ。絶対に成し遂げると誓った。そのために邪魔な教団は必ず叩き潰す。そしてオルンを死に追いやったあの老害・・は――絶対に殺す……!」


 信念の宿っているシオンの瞳が見据えている先は、かつて――いや、今も愛している少年が思い描いた夢の光景だった。






 今回ターゲットとなった《竜殺し》こそが、最愛の人物である――オルンであること・・・・・・・・・――。

 それを彼女が知るのは、もう少し先のことである。

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