220.罪過
◇ ◇ ◇
私、レイン・ハグウェルの幼少期は、唯我独尊の一言に尽きる。
魔術大国であるヒティア公国の名家だったハグウェル家に生まれた私は、姉のテルシェよりも魔術の才能があったらしい。
それを知った両親によって、早々に学園へと入学させられた。
テルシェはというと、私が学園に入学する時期に生まれたとある家の娘の側仕え兼護衛となった。
私とテルシェに対する両親の扱いの違いや、私が最高峰の魔術と呼ばれている【
この時の私は、冗談ではなく本気で、世界が私を中心に回っていると信じて疑わなかった。
そんな私の転機は、テルシェが仕えている少女――シオン・ナスタチウムが学園に入学してきたことだったと思う。
彼女の魔術の才能は、特異魔術士である私をも優に超えていた。
必然的に、学園内における天才の代名詞が私からシオンへと徐々に移り始めることになる。
ハグウェル家の人間がナスタチウム家の従者になっていることからもわかるように、家の格という意味では当然ナスタチウム家の方が上となる。
両親からもシオンの怒りを買う行動は慎むよう言われていた。
しかし、無知蒙昧だった私は彼女に突っかかってしまった。
理由は単純。
その状況が私にとって面白くないものだったから。
とある日、私は学園でシオンに声を掛けた。
「貴女、天才なんだって? だったら私に魔術を教えてよ」
言葉こそ教えを乞うようなものだが、実際は喧嘩を売っていた。
その過程で自分の方が上であることをシオンだけでなく周囲に知らしめようと考えて。
「えっと、貴女はテルシェの妹さん?」
シオンは突然突っかかってきた私に戸惑いの表情を見せながらも、穏やかな雰囲気だった。
「シオン様、愚妹の戯言に耳を貸す必要はございません。次の講義まであまり時間もありませんし、講義室へ向かいましょう」
シオンの後ろを歩いていたテルシェが私たちの間に割って入ってきた。
今思えば、愚行に走っている私や家を護るための行動だとわかる。
だけど、当時の私にそんなことがわかるはずもなく……。
「劣等生は黙っててよ。私は今、天才って言われてるシオンと話をしているんだから」
私がそういった直後、シオンの雰囲気が重たいものに変わった。
「劣等生ってテルシェのことを言ってるの?」
「それ以外に誰が居るの? だって、お姉ちゃんは私よりも才能がない劣等生だから貴女の従者なんてやってるんでしょ?」
「撤回して。魔術の才能という点で言えば、テルシェよりも貴女の方が上なのかもしれない。でも、人の価値は魔術の才能だけで推し量れるものじゃないでしょ。事実、テルシェは多才で、私はいつも彼女からたくさんのことを学んでるんだから」
シオンの纏う空気がどんどん冷たいものになっていった。
今の私がその場に居たらすぐに離れたいと考えるものだけど、当時の私は食いついてくれたことに内心喜んでいただけで、事の重大さが理解できなかった。
「え~、どうしようかな~。あ、そうだ! だったら魔術で勝負しよ! 貴女に負けたら撤回して上げるよ」
「シオン様――」
「――いいよ、勝負しよ」
テルシェが再び間に入ろうとするも、その努力虚しく私の望み通り対決をすることになった。
そして、その結果は惨敗。
誰が見ても、シオンの方が上だと思えるほど完敗に終わった。
これが、
前述の通り、私は両親からシオンの怒りを買う行動は慎むよう言われていた。
それなのに、私がシオンに突っかかったものだから、ちょっとした騒ぎになったらしい。
当時の私は子どもだったことに加えて、今ではその時何があったのかを教えてくれる相手がいないから、当時の詳しいことは私にはわからない。
それでも、両親が何かしらの罰を受けたとは子どもながらに理解していた。
そんなことからしばらく経った、四聖暦六一九年十月二十日のこと。
私がこの日付を忘れることはないと思う。
両親の呼び出しに応じて彼らの元を訪れると、その場には両親の他に
それから両親に頼まれたのは、眼帯の青年が率いる人たちをとある場所に転移させてほしいとのことだった。
「そんなに離れてない場所じゃん。わざわざ転移しなくてもいいと思うけど」
「警戒が厳しいんだ。だから、君の【
私の質問に眼帯の青年がそう答えたことを今でもよく覚えている。
シオンに惨敗して自分のアイデンティティを見失いかけていたことに加えて、人助けになるということで、私はその依頼に応じることにした。
そして私は、指定の場所――黎明の里へと彼らを転移させた。
これが私の
それが齎したことを、私は早々に知らされることになる。
その数日後、いつも通り私が帰宅すると、家の中は真っ赤に染まっていた。
家具や壁だけでなく、両親も使用人も――全てが。
突然の出来事に頭を真っ白 にしていた私に、「帰ってきたのね」と女性の声が聞こえてきた。
声のする方に視線を向けると、所々を返り血で赤くしているテルシェがいた。
「なんなの、これ……。お姉ちゃんが、これをやったの……?」
「…………」
「答えてよ!」
「それだけ私に食って掛かって来られるなら上出来ね。レイン、今すぐ私と貴女を黎明の里に転移させなさい。数日前にやったのだから出来るわよね?」
冷たいテルシェの視線は現実味の無い血まみれの光景よりも怖くて、すぐに私はテルシェと一緒に眼帯の青年たちを転移させた場所に跳んだ。
「なに、これ……」
視界に映るものが、血まみれだったものから、建物のほとんどが崩れ落ちている場所へと変わった。
ここは人里と聞いていたが、私とテルシェ以外誰もおらず、少し離れたところには不格好なお墓のようなものがいくつも作られている。
未だに家に溢れかえっていた悪臭が鼻に残っているのか、
「貴女がやらかしたことをきちんと直視しなさい」
戸惑っている私にテルシェが冷淡な声を向けてきた。
「……私が、やらかしたこと?」
「数日前まで、ここには多くの人が暮らしていた。それをこんなにしたのは、貴女が転移させた連中よ」
「で、でも、ここでは人体実験が行われていて、あの人たちはその人たちを救うためにって……」
「確かに貴女は指示に従っただけで、実情を知らなかったのかもしれない。でも、『知らなかった』では済まされないこともあるのよ。……この中にいくらかの金銭と数日分の食料、数着の服があるわ。これを持ってさっさとこの国を出ていきなさい」
テルシェはそう言いながら私に収納魔導具を手渡してきた。
「どういうこと……?」
「そのままの意味よ。通常なら情状酌量の余地ありとなるかもしれないけど、今回の事件に於いて、それはあり得ないわ。この国にいれば遅かれ早かれ貴女は殺される。だから、今の内に出ていきなさい――」
◇
「――――久しぶりに見たな……」
目を覚ました私は、第一声にそう呟いた。
今見たものは、夢ではあるけど、嘘偽りの無い私の幼少期。
今の私は《夜天の銀兎》の探索者として、平穏と言って差支えの無い毎日を過ごしている。
その毎日は楽しいもので、最近は過去を思い返すことが減っていた。
だからなのか、まるで
「……えっ!? もうこんな時間!?」
身体を起こしてから時間を確認すると、普段なら既に部屋を出ている時間だった。
急いで立ち上がって、寝巻から団服に着替える。
簡単に身だしなみを整えてから部屋を出る。
「遅れてごめんなさい!」
《夜天の銀兎》本部、第一部隊の作戦室に入ってから第一声で謝罪した。
「おはよ~、レインさん!」
「おはようさん。どっか寄ってたのか?」
先に部屋に居たルクレとウィルが、いつもと変わらない表情で私を迎え入れてくれた。
あんな夢を見てしまったからか、この二人のそんな態度が私にはとても暖かく感じた。
「ご、ごめんね。その、ついさっきまで、寝てて……」
どんな理由であれ、この歳になって寝坊してしまったことが恥ずかしくて、口ごもりながらになってしまった。
「ほら、やっぱり寝坊だった!」
ルクレが嬉しそうな声を上げる。
「まじかよ。野暮用で遅れていると思ってたんだがな……」
二人の会話を聞いていると次第に顔が熱くなってくる。
(うぅ……。この歳で寝坊とか、恥ずかしすぎる……!)
「ふっふっふ~。じゃあ賭けは私の勝ちってことで、今日の昼食はウィルのおごりね!」
「ちぇー、しゃーねぇな」
「そんな! 寝坊した私が悪いんだから、昼食代は私が出すよ!」
申し訳なさから私がそう言うと、二人はきょとんとした表情をしている。
「どうして? 集合に遅れたって言っても五分くらいで、ボクたち特に迷惑かけられてないよ?」
「だな。それに、レインさんはセルマの姉御やオルンの穴埋めで毎日事務的な仕事をやってくれているじゃねぇか。疲れが溜まっているんじゃないか? 何なら今日は休みにしても全然構わないぞ。オレたちだってレインさんほどじゃねぇが、事務仕事もできるしな」
「そうだよ! ボクも手伝うよ!」
二人の気遣いに心が温かくなる。
ルクレもウィルも私には勿体ないくらいの素敵な仲間だと、改めて実感した。
「……ありがとう、二人とも。でも、私は大丈夫よ。迷宮調査とかそういったことは二人に完全に任せっきりになっちゃっているわけだしね」
「お? なんか、急に元気になったな!」
「元気になってくれてよかった! レインさんがシュンとしていると、こっちも調子出ないからね~!」
「…………。ふふっ、任せなさい! 私はお姉さんとして、これからも二人を引っ張っていくから! それじゃあ、今日も一日頑張りましょう!」
「「おぉ!!」」
◇ ◇ ◇
ツトライルにある探索者ギルドの最奥。
本来、ギルド長のみが入ることを許されている小さな部屋に二人の男が居た。
一人は南の大迷宮を含めた大陸南部の管理を探索者ギルドより一任されている初老の男――ギルド長リーオン・コンティ。
そしてもう一人は、オルンに『じいちゃん』と呼ばれ慕われている老人――カヴァデール・エヴァンスだった。
「――こんな所じゃろ」
カヴァデールが部屋の床に描かれている魔法陣から手を放す。
「これで、術式の改竄は終わりですか? 思ったよりも呆気ないものですね」
「改竄と言っても必要最低限しか弄ってないしのぉ。それよりも協力に感謝するよ、リーオン殿」
「貴方の正体に加えて、帝国の一次侵攻や国王の殺害、それ以外にもいくつも言い当てられているのですから、協力せざるを得ないでしょう。死ぬのは嫌ですが、覚悟はできていますよ」
第一次侵攻とはオルンたちがレグリフ領に出張していた際に起った、《英雄》によるレグリフ領侵攻のことだ。
カヴァデールは昨年の七月ごろにリーオンに接触し、その際に自身の正体を明かすと同時に、これから起こることについて予言をしていた。
そして、その予言は悉く現実となっている。
最初こそ半信半疑だったリーオンだったが、ここまで言い当てられると信じずにはいられない。
何故ならリーオンにとって見過ごすことができない予言が
「しかし、本当にこれしか方法は無いのでしょうか? 《シクラメン教団》によって
「ツトライルの襲撃だけを回避するのならば、他にもやりようはあるじゃろ。じゃが、それでは根本的な解決にはならない。いずれは全てを蹂躙されて終わりじゃ」
「だから、貴方は賭けに出たと? ここに住まう人たちの命を天秤にかけて」
「何かを得るには対価が必要じゃ。それが今回はツトライルの住人の命というだけのことじゃよ。じゃが安心せい。前にも言った通り、この対価はある意味で見せかけじゃ。本当に支払うものは別にある」
「…………」
カヴァデールのその言葉の真意を知るリーオンの顔が悲しげに曇る。
「お主にはこれを渡しておく」
そう言ってカヴァデールが手渡したのは、腕輪型の魔導具だった。
「これは?」
「任意の相手に念話を飛ばす魔導具じゃ。使用できるのは一回。それも数秒程度じゃが、何とか作ることができた。これを使うこと、それがお主の
「……貴方は、本当にこの結末で良いのですか?」
「ほっほっほ。良いに決まっておる」
リーオンの言葉を笑い飛ばしたカヴァデールが遠い目をする。
「……儂は息子に何もしてやることができなかった。むしろ奪ってこそいたじゃろう。これは儂の罪滅ぼしじゃ。息子の未来を閉ざしてしまったからこそ、せめて孫には無限の未来を与えたいんじゃ――」
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