239.幽世④ おとぎ話の勇者

 

  ◇ ◇ ◇

 

(次から次へと……。ホントに、勘弁してほしいな……)


 今日一日で死にたくなるほど最悪な出来事に加えて、俺が知らなかった事実が怒涛のように押し寄せてきて、俺の頭はパンク寸前だ。


 その状況でダメ押しのように俺とシオンの前に現れた男が、《おとぎ話の勇者》または《異能者の王》という異名で語られている人物と同じ名前を名乗った。


 シオンによって語られた俺の異能に関すること、それは正直全くしっくりと来ていない。

 しかしながら、思い当たる箇所が多くあるのも事実だ。


 俺は自分の異能を【重力操作】と認識しているが、それだと俺が魔力を知覚している・・・・・・・・・という点が説明できなかった。


 更に、時間の流れへの適応。


 これも俺の異能がシオンの言う通りなら説明できる。


 俺は《黄金の曙光》で付与術士にコンバートした際、苦労せずに誤差なく・・・・時間をカウントできるようになり、味方へのバフも途切れさせることが無かった。


 それ以外にも、今まで気にしていなかっただけで思い返すと様々な場面で納得できることが多い。


「反応が鈍いな。俺、変なこと言ったか?」


 想定外過ぎる衝撃によって俺とシオンが言葉を失っていると、アウグストが不思議そうに首を傾げた。


「貴方が、《おとぎ話の勇者》ということですか?」


「……へぇ、俺は未来で・・・《おとぎ話の勇者》なんて、御大層な異名で呼ばれているのか~……。なんか複雑だなぁ……」


 アウグストが苦笑いを浮かべながら呟く。


(というか、この人、今サラッと『未来で』と言ったか? この状況をどこまで知っているんだ?)


「貴方は、この状況についてどこまで把握しているの?」


 俺と同じ疑問を抱いていたのか、シオンがアウグストに質問をする。


「うーん、ここが〝術理の世界〟とも〝外の世界〟とも違う時空間であることは何となく察しているが、正直なところわかってないことの方が多いな」


 アウグストがしれっとこの場所について答える。


 その答えは、シオンの仮説とも当てはまっていた。


 にしても、術理の世界や外の世界ってのは何だ?


「それじゃあ、〝ここ〟もしくは〝俺たち〟が貴方にとって未来の存在であるというのは、何でわかったんですか?」


 色々と疑問は浮かぶが、一番気になったことを確認すべく質問を重ねた。


「それは単純に、俺が未来にアクセスするべく色々と手段を講じていたからだ。まぁ、ダメ元だったんだが、気が付いたらここに飛ばれてたからな。だったらここやお前らが俺にとって未来のモノって考えるのが自然だろ?」


 アウグストがあっけらかんと答える。


 彼の言葉には、それ以上の含みがあるようにも思えなかった。

 淡々と事実を話しているだけにしか見受けられない。


「……話に聞く以上にとんでもない存在だね」


 シオンが感心しているような、それでいて呆れているような声を漏らしていた。


「まぁ、俺のことをあれこれ考えても仕方のないことだから、考えるだけ時間の無駄だぞ。――そんなことより、未来のことを教えてくれよ。代わりに【森羅万象】の扱い方を教えてやるからよ」


 アウグストが子どものように目を輝かせながら、未来のことを聞かせて欲しいと言ってくる。


 その対価として提示されたものは、かなり魅力的なものだ。


 俺が今一番知りたいことと言っても過言ではないのだから。


 しかし、ここで未来について彼に話をして良いものか判断しかねていた。


「――あぁ、タイムパラドックスを気にしているなら、その心配は無いぞ」


 俺が懸念していることをアウグストは心配無用と一蹴した。


「何故ですか? ここで貴方が未来のことを知って元の場所に戻ったら矛盾が発生してしまうじゃないですか」


「まぁ、色々と根拠はあるが、大きな根拠としては、俺たちの帰る場所が術理の世界・・・・・だからだ。ま、その辺も追々話してやるよ。で、どうするんだ? この取引に応じるか否か。時間はあまり残されて無いぞ?」


 彼の言う通り、あまり悠長にしていられない。


 この人の存在がシオンの仮説を補強してくれたとはいえ、時間の巻き戻りが終われば俺たちは元の場所に戻されるはずだ。


 そのタイムリミットがいつなのかわからない以上、時間を無駄にするのは得策じゃない。


 どうせ、このまま戻っても、また連中に蹂躙されるのがオチだ。


 だったら、ここは前に進むしかない!


「その取引に応じさせていただきます」


「よっしゃ! じゃあ早速、始めようか。未来のことは休憩がてら話してくれればいいからな。――っと、そうだ。キミたちの名前を聞いていなかったな」


 取引が成立したところで、アウグストが俺たちの名前を聞いてきた。


「オルン・ドゥーラです」


「シオン・ナスタチウムだよ」


「オルンにシオンだな。よし、覚えた。改めて二人ともよろしく!」


  ◇


「さて、まずはオルンの状況について教えてくれ。【森羅万象】について教えることはできるが、そもそも異能ってのは、ある程度自分の中で理解できているはずだからな」


「まぁ、その質問はごもっともですね。実は――」


 それから、俺は自分の状況についてアウグストさんに説明をする。

 途中途中でシオンが補足をしてくれたため、スムーズに話をすることができた。


「なるほどなぁ。そいつは、難儀な状態だな」


 俺の話を聞き終えたアウグストさんが神妙な面持ちで呟く。


「えぇ、改めて自分の状況を客観視しましたけど、アウグストさんと同じ感想ですよ」


「しかし、それだったら話は簡単だ。改竄された認識を正しい認識に戻せばいいだけなんだからな。そのためにもまずは、【森羅万象】がどういった異能なのかってのを説明するな」


「……はい。お願いします」


「【森羅万象】とは、――『万般を識り、其れを編む能力』だと俺は解釈している」


「『万般を識り、其れを編む能力』……。要するに、理解したことができるようになるということですか? それが技術だろうと、異能だろうと・・・・・・


 俺の返答を聞いて、アウグストさんが口角を上げる。


「流石、理解が早いな。その理解の早さも異能由来だ。だからこそ、俺たちは他人よりもあらゆることに精通できる。あらゆることが他人よりも早く習得できる。だが、それはこの異能を持っているからだ。俺たちは本物の天才ではない。それは肝に銘じておけ」


 俺が魔術や武術を少し齧っただけである程度習得できていたのは、この異能のお陰だったというわけか。

 もしかしたら、アネリに器用貧乏なんてバカにされていて良かったかもしれないな。

 それが無かったら、俺は天狗になっていたかもしれない。


 アウグストさんの言葉はそういう戒めのようなものだろう。


「……はい。わかっています。所詮俺は護りたいものも護れない凡人ですから」


「少々卑屈な感じもするが、俺たちにとってはそれくらいでちょうど良いかもな」


 アウグストさんが苦笑いを浮かべる。


 俺は神でも何でもない。

 ただの人間だ。

 そのことは、これからも忘れてはいけない。


「……ということで、この異能は聞くよりも視る方が断然早く、其れを識ることができる。オルンは力を求めているんだろ? だったらここからは実践も兼ねてバチバチ戦おうぜ。俺も久しぶりに身体を動かしたいしな。オルンの得物はなんだ?」


 アウグストさんが好戦的な雰囲気を纏いながら質問をしてくる。


 要は技術を視て盗めってことだな。


 それは、ありがたい。

 いつもやっていること・・・・・・・・・・だからな。


「俺の得物はこれです」


 そう言いながら、収納魔導具からシュヴァルツハーゼを取り出す。


「ほぉ、剣か。だったら俺も最初は剣でいくか!」


 シュヴァルツハーゼを見たアウグストさんが漆黒の魔力を出現させると、それを剣の形にして握った。


「胸を貸してもらいます!」


「あぁ、掛かって来い!」


 その問答を最後に、お互いに距離を詰めると、両者の剣が激突した。

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