159.助言① 《勇者》という称号

(落ち着け、これは模擬戦。俺の考えていた対人戦用の戦術がウォーレンさんに通用するのか、それを試す場だ)


 自分に目的を言い聞かせて動揺していた心を落ち着かせる。


「――【封印緩和:第八層レストレーション・オクタプル】」


 それから更に身体能力を引き上げ、再びウォーレンさんに真正面から突っ込んで距離を詰める。


 先ほどまでは魔術をメインに色々と策を弄してきた。

 だから次は敢えて向上している身体能力にものをいわせ、純粋な力でぶつかることを選択した。


 ウォーレンさんは、先ほどまでの俺の戦いから魔術による不意打ちを警戒しているように見受けられる。

 魔術への警戒に意識を割いていたため俺の動きについていけない――なんてことは当然無く、俺が高速で振るうシュヴァルツハーゼに自身の剣で迎撃してくる。


 【封印緩和レストレーション】のおかげもあり、俺の振るう剣はウォーレンさんの剣よりも重く鋭い。

 そのまま力で押し切ろうと考えていたが、ウォーレンさんの太刀筋は先ほどまでと違うものであった。

 先ほどまでの太刀筋が〝剛〟と表現するとすれば、今の太刀筋はまさに〝柔〟だった。

 まるでウィルの扱う双刃刀のように俺の剣筋はあっさりと往なされ、いつの間にかウォーレンさんの左手に握られていた小さな杖のような魔導具から魔術が発動し、爆発が俺を襲う。


「――ぐっ!」


 爆風を利用しながら再び距離を取る。

 咄嗟に魔力障壁を張って爆発をある程度相殺することができたため大きなダメージではなかったが、この模擬戦で初めて攻撃を受けることとなった。


 ウォーレンさんが間髪入れずに距離を詰めてこようとしたため、【反射障壁リフレクティブ・ウォール】を発動して阻害する。


 目の前に現れた【反射障壁リフレクティブ・ウォール】を見てウォーレンさんがその場に留まった。


「先ほどの攻撃はまた一段階動きのキレが増していたな。お前も・・・支援魔術基本六種の本質に至っていたのか」


 距離ができたことでウォーレンさんが再び口を開いた。

 支援魔術基本六種は、魔術によって強引にバフの対象者の氣を活性化させるというもの。

 つまり、支援魔術基本六種の本質とは〝氣〟のことだろう。


「……はい。ウォーレン様は自力で習得したのですか?」


「まぁな。他人に言っても信じてもらえず、信じてくれたとしても自力のバフを習得できた奴はいなかったから、これが俺の異能なのかとも思っていたが違ったみたいだな」


 俺が探索者になって約十年が経つが、術式を介さない支援魔術――延いては氣の存在について聞いたことがあるのは、今を除けば《赤銅の晩霞》のハルトさんからのみだ。

 俺が知る限り氣について知っているのはハルトさんとフウカ、そしてウォーレンさんの三人だけとなる。

 ハルトさんとフウカがキョクトウの出身ということで大陸東部では有名な話かと思い自分なりに調べたが、東でも氣の存在が周知されているということはなさそうだった。


 氣の習得はかなりの修練が必要になることは身をもって体験したが、それだけの労力を割いてでも習得する価値のあるものだと思っている。

 それなのに浸透しておらず、ハルトさんは俺に口止めまでさせている。

 その理由についていくつか仮説は立てられるが、どの仮説も根拠に乏しい。

 ハルトさんから更に情報を引き出せられれば良いのだが。


 ……と、思考が脱線しているな。今はウォーレンさんとの戦いに集中しなければ。


「その話も後でゆっくりと聞きたいものですね」


「ははっ! いいだろう。俺に勝てたらな!」


  ◇


 それから自分の考えていた全ての戦術をウォーレンさんにぶつけた。

 いくつか良い線までいったものもあったが、全て対処されてしまい戦いを決定付けるに至るものは無かった。


 逆に俺もウォーレンさんの攻撃を全て対処できていたため、お互いある程度ダメージを受けているが戦闘を続ける分には問題の無いものだった。


「……ふぅ。ま、こんなところかね」


 かなりの数の攻防を繰り返したところで、ウォーレンさんが突然そう呟くと雰囲気を戦闘時のものから通常時のものへと変えた。


「これで模擬戦は終わり、ということですか?」


 俺も構えを解いてからウォーレンさんに問いかける。


「あぁ。結構満足したからな。お互いあとは伏せておきたいもの・・・・・・・・・しか残ってないだろうし。お前がまだ戦いたいって言うなら付き合うが、どうする?」


 ウォーレンさんが色々と隠していることはなんとなく察することができた。

 戦闘でいくつもの魔導具を使用するのが軍人と探索者の大きな違いの一つだが、ウォーレンさんの使用していた魔導具は一部を除いて俺でも知っているものばかりであった。

 王国中枢に近いところに居る彼であれば、国が開発した最新鋭の魔導具を保有していても何らおかしくない。

 つまり、少なくともこの戦いが彼の本気でないことは確かってことだ。 


 対して俺も【瞬間的能力超上昇インパクト】や【魔剣合一オルトレーション】、【封印解除カルミネーション】は使用しないと決めていた。

 あくまでこの模擬戦の目的は対人戦の経験を積むためのもの。

 奥の手まで晒す気は無かった。


「いえ、試したいことは全部試せましたので私もここまでで問題ありません。ウォーレン様、貴重な機会を頂きありがとうございます」


「こっちこそ、思っていた以上に楽しめた。感謝する。……セルマちゃんもいいか?」


「はい。私はあくまで戦いの動向を見ていただけですので、両者が満足しているのであれば私から言うことはありません」


 最後は少々呆気なかったものの、ウォーレンさんとの模擬戦は引き分けという結果で幕を閉じた。


  ◇


 ウォーレンさんとの模擬戦のあと、元から予定にあった九十三層攻略の最終打ち合わせを前倒しで行うことにした。

 太陽が沈んでからしばらく経った頃に打ち合わせは終わり、俺はツトライルのとある料理店の個室でウォーレンさんを待っていた。

 模擬戦が終わった後でウォーレンさんからサシで話す機会が欲しいと言われたため、これから二人で話すことになる。


「いやぁ、待たせちまって悪いな」


 俺が料理店に着いて少ししてからウォーレンさんが個室に入ってきた。


「いえ、私も先ほど来たばかりですので」


「それなら良かった。さ、飲もうぜ。模擬戦が終わってからも色々と動きまわっていたから今日は美味い酒が飲めそうだ」


「承知しました。お付き合いします」


 それから注文した酒がやってくると、ウォーレンさんはジョッキを傾けて豪快に酒を呷っていた。


「ぷはぁ! やっぱ仕事終わりの一杯は格別だな!」


 上機嫌なウォーレンさんと何気ない会話をしながらの食事が始まった。




「――さて、そろそろ真面目な話もしていきますか」


 しばらくしてからウォーレンさんが真面目な口調でそう告げてくる。


「色々と聞きたいことがあるんじゃねぇか? 気持ちよく酒を飲ませてもらったからな。話せる範囲で質問に答えるぞ」


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます。まずは何故私だけがここに呼ばれたのでしょうか? お誘いいただけたこと自体は大変光栄ですが、ウチのセルマや第一部隊のメンバーを同席させなかったのには何か意図があるのでしょうか」


「ま、そこは気になるよな。それについては単純にこの場で話すことになるだろう内容をセルマちゃんにはあまり聞かせたくなかったためだ。セルマちゃん以外の四人を誘うってのも可哀想だし、お前さんだけを誘うことにしたんだ」


「…………」


 予想外の返答に驚く。

 つまりこれからの内容はセルマさんと共有しない方が良いということだろうか?

 どんな内容が飛び出してくるのか、否が応でも緊張感が高まってしまう。


「お前は模擬戦の前に勝ったら俺が模擬戦も申し込んだ理由を教えてほしいと言っていたな?」


「はい。お忙しいウォーレン様が何の理由も無しにそのような時間を割かれるとは到底思えませんでしたので」


「元々これについては伝えるつもりだったから、この場で理由を話してやる。色々と理由はあったから一言では説明できないが、大きな理由としては探索者――もっと言えば《勇者》の先輩として何か助言できることがあればと思ってな」


「……《勇者》として、ですか? 心持ちについてとかでしょうか?」


 《勇者》とは南の大迷宮の到達階層を更新した探索者パーティメンバーに対する称号のようなものだ。

 ちなみに他の大迷宮でも違った称号が存在する。

 それが北の大迷宮では《王者》であり、東の大迷宮であれば《識者》だ。


 《勇者》という単語に大した意味は無い。

 本物の勇者はおとぎ話に登場する《異能者の王》と呼ばれていた人物のことだからな。

 今は勇者パーティ――《黄金の曙光》が無くなってしまったため《勇者》と呼ばれる探索者は存在しない。

 仮に《夜天の銀兎俺たち》が九十四層を攻略して、九十五層に到達することができれば、その時に俺たちは世間から《勇者》と呼ばれることになる。

 そのためウォーレンさんは九十五層に到達したときのことを見越して、到達階層を更新した者としてふさわしい立ち居振る舞いをするよう助言をくれたのかと思ったが、彼は俺の問いに対して首を横に振った。


「いやいや、《勇者》なんてのは周りがはやし立てているだけで、この称号?には何の意味もないさ。別に《勇者》と呼ばれるようになったからってしっかりしないといけない決まりも義務もないんだしな。それは曙光に所属していたお前なら理解しているだろ? さっき言った助言ってのは、お前らは既にターゲットになっていると思っていたほうが良いってことだ」


「ターゲット……。第三者から悪意を向けられているということでしょうか?」


「あぁ。勿体ぶる必要もないからとっとと言っちまうが、お前らをターゲットとして認識している組織は、探索者の天敵である《アムンツァース》だ」


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