218.【sideスティーグ】紅の黎明

 

  ◇ ◇ ◇

 

 静まり返った仄暗い廊下に、コツコツと靴音が鳴り響く。


 その音の主である《シクラメン教団》幹部の一人、《羅刹》スティーグ・ストレムが歩みを止めると、身体の向きを変えた。

 そんな彼の目の前には、仄暗い空間の中で異彩を放っている巨大な扉が行く手を阻むように佇んでいる。


 スティーグがカードのような魔導具を翳すと、扉がゆっくりと開き始めた。


 部屋の中は全体的にぼんやりとした光に包まれていて、視界の確保には困らないくらいには明度があった。

 そして、その中心には巨大な長方形のテーブルがあり、等間隔に八つの椅子が並べられ、一番奥には他の椅子とは装飾の異なるここの主の椅子が鎮座している。


 部屋には既に四人が自分の椅子に座っていた。

 いち早くスティーグの入室に気付いたのは、【シクラメン教団:第二席】である老人――《雷帝》グンナル・シュテルンだった。


「《羅刹》、《博士》の処分、ご苦労だった」


 グンナルが、先日ダルアーネでオズウェルを殺したことに対して労いの声を掛ける。


「耳が早いですね、《雷帝》殿」


「アレは用済みなくせに目障りだったからの。お主が動くと聞いて注目していたのだよ」


「なるほど、そういうことでしたか」


「あ? 《博士》の処分だァ? オレはそんな話全く聞いてねェぞ」


 スティーグがグンナルと話をしながら自分の席に着くと、テーブルに両足を乗せている男が声を上げた。

 見るからに気性が荒らそうな雰囲気を醸し出している彼の名前はディモン・オーグル。

 【シクラメン教団:第四席】であり、《戦鬼》の異名を与えられている。


「知らなくて当然だ。お主には大陸東部でうろちょろしていた《アムンツァース》の連中の殲滅という重大な役目を与えていたからの。それに邪魔になりそうな情報は入れないようにしていたのだ」


 今年の初め、シオンが農場ファームを襲撃したタイミングで、《アムンツァース》は大陸全土の教団の拠点に対して同時多発的に襲撃を実行した。

 彼らのその作戦は大陸の西側では成功したが、東側では成功したとは言えない結果に終わった。


 その要因が《戦鬼》の存在だ。

 彼が戦場の悉くに現れ、妨害をしたことで《アムンツァース》側にも少なくない被害が出てしまっている。


「あぁ、なるほど。その裏で色々やっていたってことかァ。連中との殺し合いは最っ高に楽しかった! まだ残兵がいるからな。アンタの指示に従うのは癪だが、オーダー通り全員喰らってやるよ!」


 良くも悪くも豪快な性格であるディモンは、グンナルの話を聞いてオズウェルの処分を聞かされていないことは水に流すことにした。


 彼らの話が一段落着いたところで再び扉が開いた。

 そして深緑色の髪をなびかせた女性――《導者》フィリー・カーペンターが部屋の中に入ってくる。


「……《死霊》は相変わらず来ていないのね」


 彼女が自分の席である上座から数えて一番目の椅子の傍へまで移動したところで、この場に居ない残りの幹部について言及した。


「彼女は居ても居なくても変わらないからの。ベリア様も気にされないだろうさ」


 フィリーの呟きにグンナルが反応する。


「それもそうね。……《焚灼ふんしゃく》、もうすぐ定刻よ。そろそろ起きておきなさい」


 グンナルの返答に相槌を打ったフィリーが自身の席に着くと、隣でテーブルに突っ伏しながら眠っている赤髪の少女に声を掛けた。


「…………まだ、眠い……」


 フィリーの声に反応して頭を上げた少女が目をこすりながら声を漏らす。


 彼女の外見は十歳くらいであり、この言動からしても子どもとしか見えない。

 【シクラメン教団:第三席】――《焚灼》ルアリ・ヴェルトは、そんな愛くるしい見た目をした少女であった。


 ルアリが目を覚ましたことを確認したフィリーが、彼女から目を逸らす。

 誰も映していないフィリーの目は、先ほどまでルアリに向けていた友好的なものとは違い、どこまでも冷酷なものに見受けられた。


 そんな冷酷な瞳を主の椅子へと向けると、どこからか現れた赤黒い霧が集まり始める。

 しばらくすると、霧の中から、左腕を失い右目に眼帯をしている二十代半ばの見た目をした男――《シクラメン教団》のリーダー、ベリア・サンスが姿を現した。


「席が二つ空いているようだが、……あぁ、《博士》と《死霊》か」


 空席があることにベリアが疑問の声を漏らすが、それらの人物を思い出すと、納得したような声に変わった。


「《博士》に関してはベリア様もご承知おきの通り、先日私が処分いたしました。《死霊》殿については彼女の意志でこの場に居ないものと思われますが、無理やりにでも連れて来ましょうか?」


 ベリアの呟きにスティーグが反応する。


「いや、アレはある意味で教団の心臓だ。むやみやたらに外に出す必要も無いだろう」


「かしこまりました」


「――さて、お前たちを呼んだのは他でもない。長年における下拵えの結果、ようやく魔力濃度が規定値を超えたからだ」


 必要なメンバーが全員揃っていることを確認したベリアが言葉を紡ぐ。

 これから紡がれる彼の言葉によって《シクラメン教団》の在り方が大きく変わる。

 そのことをこの場の全員が理解しているためか、部屋の中に緊張感が走る。


「これより、計画を第二段階に移行させる。まずは掃除・・だ。ツトライルの件は、《羅刹》、お前に任せる」


「拝承いたしました。では、《戦鬼》殿と共に事に当たらせていただきます」


「はァ? なんで、オレが新入りであるテメェの下に付かなきゃなんねェんだよ。お断りだね」


「まぁ、そうおっしゃらずに。《戦鬼》殿にも旨味のあるご提案ですよ?」


「……オレに旨味だとォ? オレは《アムンツァース》の残党狩りを我慢してこの場に居るんだぞ? 連中を喰らうことよりも、オレが楽しめる舞台を用意できるとでも言うのかァ?」


「えぇ、当然です。貴方には《剣姫》の相手をお願いしたいと思っています」


「……へぇ、《剣姫》の相手、ねぇ」


 スティーグの発言にディモンの目がぎらつく。

 自分の話に食いついたことを確認したスティーグが更に言葉を重ねる。


「はい、そうです。キョクトウの姫にして、かの妖刀の適合者。今回のターゲットではありませんが、邪魔者であることは間違いないので排除するに越したことはありません。これは、彼女の剣技に対抗できる貴方にしかお願いできないことです」


「ハハハ! 最ッ高じゃねェか! いいぜ、《剣姫》と戦えるって言うなら、テメェの指示に従ってやるよ。だが、《剣姫》と戦えなかったときは、わかってるだろうなァ?」


「はい、承知していますよ」


 ディモンの獰猛な殺気がスティーグに向けられるが、彼は全く意に介した様子もなく、普段の邪気のなさそうな笑みを浮かべながらあっけらかんと答える。


「話は纏まったな。《羅刹》と《戦鬼》でツトライルを制圧しろ。 《導者》と《雷帝》、《焚灼》は俺と一緒に裏切り者の殲滅だ。帝国と王国の戦争はお前に任せる、《英雄・・》」


 ベリアが改めて幹部たちに指示をしていき、彼が最後に声を掛けたのは、上座から数えて七番目の椅子に座っている青年。

 

 帝国の皇太子――フェリクス・ルーツ・クロイツァーだった。

 

「……元からそのつもりだ。帝国が世界に覇を唱えるため・・・・・・・・・・にも、ノヒタント王国は潰す必要があるからな。利害が一致している間はお前たちに協力してやるよ」


 これまで瞑想しているかのように目を閉じながら幹部の椅子に座っていたフェリクスが、ベリアの言葉を受けて目を開いてから返答する。

 フェリクスのその瞳は、正しい未来を見据えられていないことを証明するように、光彩が濁っていた。


 順調に事が進んでいることを自覚したベリアが昏い笑みを浮かべる。


「――ようやくだ。ようやくスタート地点・・・・・・が視えてきた。お前たちには働いてもらうぞ、世界を在るべき姿に戻すために」


 そして、《シクラメン教団》が本格的に動き出す――。


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