第七章
217.分岐点の出口
俺はまだ二十年程度しか生きていないが、それでもわかったことがある。
それは『後悔しない人生なんて、そんなものは結局無い』ということだ。
最良の選択をしたつもりでも、失敗というものは必ずある。
しかしそれと同時に、その選択によって得られるものも多くあるはずだ。
だからこそ、迷ったときは選んだ先で何を得るのか、それを考える方が建設的なんだと思う。
そして、大切なのは選んだ道で死力を尽くすこと。
多くのことを得て、満足できるように努力を続ける。
選ばなかった未来を想像しなくても済むくらいに。
……それでも、もしもやり直せる機会を得られるのなら、俺は――。
永遠に続く白亜の大地と、曙光がほのかに照らす空、そんな現実味の無い空間に俺は佇んでいた。
俺の隣に立つ銀髪の女性が、琥珀色の瞳をこちらに向けながら笑いかけてくる。
「それじゃあ、行こっか、オルン!」
微笑む銀髪の女性――シオンの声は晴れ晴れとした調子のこもったものになっていた。
「――あぁ。世界を
その言葉を最後に、俺の意識は遠のいていき――。
◆ ◆ ◆
「――重い……」
ソフィーの婚約騒動から端を発した《シクラメン教団》の幹部である《博士》との戦いやクローデル元伯爵の断罪などがあった日の翌日。
この日は腹部に何か重たいものが乗っているような感覚から始まった。
「…………は?」
その正体を確認すべく顔を上げて腹部を確認すると、そこには突っ伏して気持ちよさそうに寝ているフウカが居た。
(えっ!? 何でフウカが俺の部屋に居るの!?)
慌てて時間を確認するが、朝の七時前だった。
特段遅い時間でもない。
起きるのが遅くてフウカが起こしに来たって線は薄いだろう。
「ん……んぅ……」
俺が混乱していると、フウカがむくりと起きあがった。
「おはよう……。オルン……」
眠たげに目をこすりながら挨拶をしてくる。
「あ、あぁ。おはよう……。って、そうじゃなくて! 何でフウカがここに居るんだ?」
「……? ダメだった?」
状況が未だに飲み込めていない俺がフウカに尋ねるが、当のフウカは首をかしげながら不思議そうな顔をしている。
「……ダメってわけじゃないが、女の子が一人で男の部屋に来るのは良くないだろう」
「ぅん、次は気を付ける。そんなことより、調子はどう?」
「調子? ……随分と
何でいきなりそんなことを聞いてくるのか分からなかったが、自分の調子を確認してから感じたことを素直に伝える。
「そう」
俺の返答を聞いたフウカが一つ頷く。
彼女の表情は相変わらずで何を考えているのかよくわからない。
一拍置いて再びフウカが口を開いた。
「オルン、私の話を聞いて欲しい」
そう言う彼女の表情は直前までの眠たそうなものではなく、俺が知るフウカの中でも一番真剣なものだった。
「……わかった」
彼女の雰囲気を前に、俺も自然と背筋が伸びる。
「オルンは、自分の記憶に疑いを持ったこと、ある?」
「……え?」
俺はフウカからどんな話が飛び込んでくるのか分からなかったため、ある程度身構えていた。
それでも、フウカの発した言葉は、俺の思考を止めるには充分すぎるモノだった。
僅かに残っていた眠気も一気に吹き飛ぶ。
同時に前勇者パーティのメンバーだったゲイリー・オライルが遺した言葉が脳裏を過ぎる。
――『お前は約十年前にフィリーと接触している』
――『自分の
死ぬ前のゲイリーは《シクラメン教団》に所属していた。
そして今年の初め、俺がルシラ殿下を王都からツトライルまでの護衛をしていた際に、彼女を殺害しようとしてきた人物だ。
「……うっ、ぐっ……!」
彼の言葉を思い出すと、頭痛が襲ってくる。
「その反応、自分が【認識改変】を受けてたことは知っているんだね。だったら話は早い。本当の過去を知りたくない?」
フウカが真っ直ぐな目で聞いてくる。
「教えて、くれるのか?」
俺が尋ねると、フウカはフルフルと首を横に振った。
「私は詳しいことを知らないから教えられない。でも、それを知る人物と引き合わせることはできる」
俺は、自分の知識欲が強い方だと自覚している。
だからこそ、時間があれば本を読み漁っているし、魔術の知識も深めてそれを満たしている。
ましてや、今俺に提示されているものが自分の〝本当の過去〟だというなら、そんなもの知りたいに決まっている。
「フウカ、その人物と会わせてくれ」
迷うことなく答える。
「うん、わかった。だけど、――その前にお腹空いたからご飯食べたい」
先ほどまでの真剣な雰囲気から一変、フウカが自分のお腹を触りながらそう言う。
「…………。はははっ。相変わらずだな、フウカは。わかった。そろそろみんなも起きる頃だろうし、まずは食堂に向かおうか」
一瞬呆気に取られたが、いつも通り過ぎるフウカを見て思わず笑ってしまった。
それから俺はフウカと一緒に食堂に向かい、セルマさんやハルトさん、ソフィーたち《黄昏の月虹》の面々と一緒に朝食を取った。
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